6月12日 撮影11日目



撮休明けの今日は、クランク・アップまでのラスト・スパートで
スタッフ達も気を引き締めていた朝・・・しかし、待ちうける波瀾は誰にも予期できるはずはなかった。

銀座にあるビルのスタジオは、元々本当のヤクザさんの組事務所だったという。
今日の予定は、組長室、事務所、階を替えて病室に見立てた部屋、そして、東陽町に移ってゴルフ練習場。


長門裕之さん、田口トモロヲさん、ガダルカナル・タカさんという組み合わせは、
よくあるヤクザ物の作品と違って新鮮なリアル感をかもしだしていた。
「カットを割ろうと思えばいくらでも細かく割れちゃうんだけど、このまま見れちゃうんですよね。
      全然飽きないで見れちゃう。最初の長門さんのアップがあったら、あとはワンカットでいきましょう!」

デイシーンの組長室のあとは、事務所の設定の部屋に移っての撮影。
夜に予定が組まれているゴルフ練習場には時間制限があった。
7時から10時半まで。
なるべく早くこの場所を終わらせて向かう必要があった。


時計とにらめっこをしながらの撮影。
一番大きな芝居があるシーンの撮影が始まった。
組長や兄貴分に、修(北村君)がボコボコにされてしまうシーンだ。
長いシーンなので、まず全体の流れをつかむために、
何度かシーンを通してのリハーサルが続く。
細かいカットも、効率の良い進行で順調に撮影はすすんでいた。そして・・・



修が兄貴分に蹴られるカット。
北村君 「監督、この前このシーンの後のシーンを撮ったでしょ?そのとき、顔のこっちに            
傷があったんですよ。今の動きだと、ここに傷がつかないんですよね」
監督 「そうか・・・どうしようか。今のままだと蹴るだけだもんな。一回からだ起こして顔を殴ることにしようか、
でもそれじゃ左で殴ることになるから、やりにくいよね」                
しばらく、どうしたら自然なかたちで顔に傷がつく殴られ方をしようか悩む監督達。
「あ、こうしたらどうですか?」
相手役の俳優さんから提案が出された。
「蹴る前に最初に殴っちゃうっていうのは?それで倒れたところを蹴るっていう・・」
なるほど、芝居としても決して無駄な動きではなく、役柄の心情をうまく表している。
その動きに決定して、改めてテストが始まった。

「テストいくぞ!テストお!よーい・・・はい!!」

振り向きざまに殴られる修・・・「あ!!ごめーん!大丈夫?・・ごめんねー・・」
カメラの方にかたまっているスタッフ達には、しばらく何が起きたのかわからなかった。
場をなごますための冗談の芝居・・?様子がおかしい。
メークさんがまず駆け寄った。北村君は頬を押さえて動けず、相手役の俳優さんは
心配げな顔で困っている。「ほんとにはいっちゃった・・・」
北村君の顔に、実際にパンチが当たってしまったのだった。
北村君の唇はスッパリ切れていた。撮影中断である。



北村君の心配と、今日の残りの予定の心配と、多くの問題に頭を抱える監督。
「すごく現実的なこと言っちゃうと申しわけないんだけど・・。実際問題として、これからの
予定のこと考えるとさ、どっちかなんだよ。今病院に行ってもらって、その間ずっと待ってる時間が
ないから、他のシーンの撮影をするっていうのかどうするか・・今決めなくちゃ間に合わない」
「じゃあ、監督、もうどうせ殴られたあとのカットなんだし、顔に傷があっても大丈夫でしょ?」
「・・・・まあ、あとのカットはもう北村はしゃべらないけど・・できるか?」
「このカットは取り合えず血が止まってる間に撮っちゃって、あとは大丈夫ですよ」
「じゃあ、急いで撮ってから病院に行くということで・・じゃあ、やろう、ごめんな北村」

のこりのカットは緊張の中、撮影され、このシーンは撮り切ることができた。
北村君は病院に行き、組長室に戻って夜のシーンの撮影になった。


麻呂赤児さんの登場だ。個性のかたまりのような俳優さんである。

時間がどんどんなくなってきていた。
もうすでに7時を過ぎ、ゴルフ練習場の時間制限がきつくなってきた。
「櫻井さん、ちょっとご相談が・・・。もうすぐに出ないと間に合わないんですが、
必要な機材をい持って先に出発ってことはできますかね・・・」
「大丈夫です、ここの片付けは助手を残していくとして、出発の準備をしちゃいましょう」


照明部だけではなく、スタッフ全員、あわただしく移動の準備にはいった。
夕食は移動しながらバスの中。監督、カメラマン、僕は別の車ですでに出発していた。

ワンシーンの撮影だが、4カットである。スタッフや機材を待ちながら、監督の説明を聞く。
「優先順位としては、カット3とカット4が先だね。時間があったら1と2を撮ろう」
本隊が到着したのは、9時半を過ぎていた。
撮影はテキパキと進み、予定のカットはすべて撮影することができた。

「明日は休みになります。北村君の傷の様子がわかるまで、予定が組めません。
決定次第連絡しますので、待機ということにしてください」

すべての撮影終了予定は、6月15日である。
残っているシーンは、北村君の出演シーンでも重要なところが多い。
どうなってしまうのか、「弱虫〜チンピラ〜」