永遠の松田優作

『泣きぼくろ』という工藤栄一監督作品のロケの途中、監督の提案で焼肉パーティ―があった。
「明日は明るいうちに終わるからな。照明部さんは買い出しだ!デイシーンだ。ライトはいらん」
誤解のないように言っておくが、別に横暴な人ではない。
ノーライトだ!と叫ぶのはライティングの事も相当勉強なさっていて良くわかっている上での発言である。

翌日、プロデューサーと僕が材料の買い出しに行き、みんなが帰って来るまでに僕は残ったライトで
会場の照明をしておくことになっていた。
美術さんが海岸の何もないところに建てた撮影用のレストランのセットでドンチャン騒ぎである。
美術部チームの一人が、セットから飾り用のスタンドマイクを出し、ラジカセにテープを入れた。
ラジカセから流れる松田優作さんの『灰色の街』に合わせて彼が熱唱し、大喝采の盛り上がりになった。
工藤監督もゴキゲンの笑顔で、ステージを降りた美術部さんも大満足気だった。
それからは皆焼肉と酒に熱中した。酔って自転車で土手をジャンプするスタッフもいた。

そんな騒ぎの中、 僕は工藤監督が気になってじっと見ていた。
ラジカセの中で歌い続ける松田優作の声に耳を傾け、誰もいないスタンドマイクを
工藤監督はずっと見つめて いたのだ。
マイクの向こうにいる松田優作を、黙って、ずっと見つめていたんだろう。
そして、ラジカセの中の優作さんは『マリーズ・ララバイ』を歌い終えた。
「よし、もう終わりだ。テープを止めろ、終わり!」
突然の工藤監督の声にテープは止められ、全員が静まりかえった。
監督の突然のことばは何を意味するのかが誰にもわからないでいた。

工藤監督は酒のグラスを片手にマイクに近づいて いく。
さっきまでの喧騒がうそのような静寂。
誰もいないマイクに、工藤監督は静かに持っていた酒をかけた。優作さんを見ていたのだ。
監督の目には確かに、優作さんが映っていたのだろう。
スタッフ達の目にはハテナマークは消え、そこで歌っていた優作さんが映った。
みんなにも初めて優作さんの姿がそこに浮かびあがったのだろうと思う。
『マリーズ・ララバイ』は『泣きぼくろ』の主題歌になった。




海岸に建てこんだセットの前で


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