* *
唐突に噎せた。
息苦しさに噎せながら瞳を開けた葉月の瞳に、明るい青空と太陽をせに自分を覗き込む半泣きになっている甥と数人の少年の姿が映る。
「よかった、葉月お姉ちゃんよかったぁ」
「だから死なないって言っただろ」
抱きつきかねない純也と比べ、少年達の様子は呆れているものだった。恐らく死なないかどうか心配して騒いでしまったのだろう。迷惑をかけてしまった申し訳なさで岩場に横たわっていた状態から上半身を起こすと、海水を吐いた跡なのか口元の周りが特に濡れていた。
「松崎君…だった? 助けてくれたのね、ありがとう」
素潜りの失敗があっても助けてくれたのはこの少年だろう。純也の肌は乾いており少年だけが濡れている。まだ女子大生とは言えそれなりの大人である自分を岩場まで運べる体力にやや驚きながら葉月は少年に頭を下げた。
「磯を舐めるなよ、俺がいたからよかったけど放っておいたら死んでたかもしれないぞ」
素っ気のない言葉の後、少年はランニングを脱いで雑巾の様に手で絞る。
「あ。傷むからそんな絞り方したら駄目よ。洗って返させて」
「それまで俺は裸かよ。いつもこうだから、気にするな。――それより密漁の事だ」
まだまだ葉月よりも小柄な身体は子供らしい体格だがそれでも筋肉がしっかりと発達していて男性らしい風格が漂い始めている、そんな少年の視線が年上の葉月に鋭く突き刺さる。
「……、純也君には悪意がなかったの」
取引に失敗した以上は大人が絡んできてしまうのは田舎の漁村として当然なのかもしれないと判っていても、葉月の唇からはどうしても庇う言葉が出てしまう。年長者としての現場の監督不行き届きなのも当然だが、兄や純也の苦労と努力を考えると少しでも軽減させたくなる。
「どうしても警察沙汰が嫌なのか?」
「警察って…子供が何も判らないでしてしまった場合は注意くらいかもしれないけれど、でも何もないならそちらの方がいいのは判るでしょう?」
「まぁそれはそうだな。――それなら、取引しようか」
純也と同い年くらいとは思えない会話の応酬に葉月の胸の中で警戒心が沸き上がってくる。だが相手はまだ子供、どうせ大した事はないだろうと高をくくっている部分と、何のかの厳しい事を言っても葉月自身を助けてくれた恩人という判断しがたく後ろめたい部分があった。
「どんな?」
「父ちゃんにも警察にも先生にも純也の父ちゃんにも密漁の事は言わないし、新学期になっても俺たちが学校で純也をこそ泥って呼ぶのをやめてやる」
こそ泥という響きに純也の顔がはっきりと痙攣する。
こんな小さな村では一度そう呼ばれれば意図してのものでなくとも汚名を返上する事は容易ではないだろう。ウニ一つでいくら巻き上げられるのか、今日日の子供達の恐喝事件を思い出し葉月はぞっとする。医者である純也の家は金持ちに思われるかもしれないが、実際はそう高給取りではない…自分が一度払うだけで終わらせないと、そう考えて葉月は少年を真っ正面から見据える。
「私が払えるものなら、払うわ」
「ふぅん…。――俺達と遊んで貰うって条件でもか?」
遊ぶと聞いて葉月の頭に最初に頭に浮かんだのはTVゲームか特撮ヒーローごっこだった。だが、少年達の視線が自分の水着姿に注がれているのに気づき、葉月はその意図を感じ取る。
「遊ぶって……」
問いかけて葉月は口をつぐむ。所詮小学生程度なのだから水着姿の女に興奮しているだけだろう、それならば余計な事を言わずお茶を濁してしまうのが年長者の腕の見せ所と考えてしまう、それが油断そのものだと葉月はまだ理解出来なかった。
「葉月お姉ちゃん……」
「平気よ、純也君」
心配そうな甥の表情の意味を読みとれずに葉月は少年を見据える。
「強気な姉ちゃんだな」口をにやりと曲げる少年の周りで他の少年がにやにやと笑う。「少し先に俺らの秘密基地があるからそこに行こうか」
漁港とは逆の方向を顎で指されて葉月はわずかに躊躇いを憶えてしまう。駅前から漁港までは鄙びた村の中でもそれなりに人気があるが、そこから少しでも離れると小さな農耕地とまばらな民家と鬱蒼とした山ばかりになる。不案内な葉月では少年達が純也に何か暴力を奮っても対応しきれないかもしれなかった。
「純也君は帰っておく?私は…ちょっと用があるみたいとか言っておいてくれればいいから」
本当は純也にも付き合って貰いたい不安感があったが、遊びがどの様なものでも甥の失敗の償いで女子大生が子供と遊ぶというのは格好のいい話ではないだろう。
「葉月お姉ちゃん……」
「葉月って言うのか。行くぞ葉月」
「すぐ帰るから平気だから、荷物お願いね。――貴方ね、年長者を呼び捨てにするのはどうかと思うわよ」
心配そうな甥にやや無理をして作った笑顔を向け、葉月は先を行く少年の後を虚勢を張る様に姿勢を正して歩き出す。
濡れて背中や項や胸に張り付く胸元まで届く髪とまだ日焼けしていない薄桃色の柔らかな肌とそれに浅く食い込む白いビキニに注がれる視線が、まだ幼なさの残る性的好奇心に満ちたものから、獲物を手に入れた牡の卑猥な期待へと変化している事すら、葉月には判らなかった。
* *
「ここ……?」
岩場から地元民しか知らなそうな細い小道を歩く事十数分。葉月は不意に開けた光景に呆然としていた。
裏手から入った時は海沿いとしか判らなかったが、その小屋は廃棄された古い海の家らしく、広い正面の板を打たれた簾格子の向こうには海水浴場が広がっており、そこには大勢の海水浴客が戯れていた。陽の下の喧噪が海の家の中にも届くが、だからこそ廃棄されて数年は経過している寂れた室内を惨めなものに感じさせる。
「あいつら保養所の連中で地元に少しも還元しない」
ぶっきらぼうな口調の少年は恐らく大人の愚痴をそのままなぞっているのだろう。そういえば兄も保養所がどこかにあると言っていた気がする。
「海に来てバーベキューで肉食ってバスで帰る連中がこの辺り買い占めたんだ。民宿も潰れた」
「そうなの……」
確かに簾格子のその先には小さな柵の様な物があるのが見えた。規模は小さいが風光明媚な海水浴場を企業が占有し地元商売が成り立たないのならば確かに気に入らないだろう。同じ都会人として微妙な罪悪感を憶えながら、葉月は暗い室内に暗順応してきた瞳で見回す。
秘密基地としては立派なそこは、中央に通路を挟み左右に約十五畳づつの座敷と、手前には台所、そしてシャワーとトイレの札が下がったままの戸があった。天井には電灯もついているが、廃棄されているのならばもう電気は通っていないだろう。TVゲームの相手という可能性はなくなったらしい…尤も葉月はTVゲームが苦手で相手にもならなかっただろうが。
それにしても、板が打ちつけられているとしてもその向こうに人がいる状態に葉月は安堵する。ここで少年達が無茶な事をしようとしても葉月は助けを呼べるし、悲鳴を上げる様な事態ならば純也の失敗よりも少年達の行為の方が問題が大きいだろうから彼らも糾弾を諦めるだろう。
「葉月。じゃあ始めようか」
少年の声に、葉月は安い合板の戸がいつの間にか閉ざされた事に気づいた。
かちりと、鍵が閉まる音が小さく鳴る。
「腕相撲?」
「葉月は馬鹿か?」
「だから貴方に呼び捨てにされる覚えはないの」
「じゃあ純也をこそ泥呼ばわりしていいのか?」
冗談めかした言葉を否定した少年が座席の中央を指さした。トタン屋根の所々が朽ちている中、スポットライトの様な光が座敷に差し込んでいる。それならば雨風に曝されそうなものの、いつもはビニールシートででも防いでいるのか畳は不思議とあまり傷んでいなかった。
「……。何をさせるつもり?」
人がすぐ近くにいる安堵にぽつりと暗雲が湧く。あの岩場で聞くべき問いだったかもしれない。
「身体いじるに決まってるだろ」
「――っ!」
ぞくりと嫌悪と衝撃が葉月の身体を襲った。まだ小学生くらいの子供なのだからそこまではっきりとした要求は出てこないだろうと甘く見すぎたのだろうか。
「貴方達ね…それ犯罪よ」
「じゃあ純也が密漁したのも犯罪だよな。言い触らしてもいいのかよ、あいつの父ちゃんも赤っ恥掻くぞ、お医者さんなのに泥棒の父ちゃんだって言われ続けるな」
「そ、それは……」
都会と違って田舎は噂がいつまでも残りそうで葉月は言葉に詰まる。医者が尊敬される姿は想像出来ても、医者が泥棒の親として後ろ指をさされるという状況が葉月には想像がつかない。――葉月が小学生だった頃は例の保健の授業があり…思いだそうとしても男子と遊ぶ事もなかった為にあまりよく憶えていない事が悔やまれる。
「どうする? 俺はみんなに言ってもいいんだぞ、葉月がどうしてもって言うからやめてやろうかと考えたけど、言うのが筋だしな」
「判ったわよ!」
海からあがったままの素肌が乾いて沁みる中、手のひらがかすかに汗ばんでいく。薄暗い海の家の中で少年達の不埒な笑いが絡みつく。明るい陽光の下は室内からよく見渡せるが、向こうからはこちらを覗く事は出来ないだろう…それが唯一の救いかもしれない。
葉月の鼓動が全身に伝わり、肩での呼吸が身体を揺らす。毅然とした態度で早く終わらせて少年達の行き過ぎた要求を窘めなくてはいけない、そう考えるのが葉月自身譫言か何かの様な虚ろなものに感じられる。
既に乾いている足の裏の砂を払い、座席にあがる後ろ姿に容赦なく注がれる視線にようやく葉月は気付いた。気付いてしまえば、その異様に熱く絡みつく視線はまるで物理的な存在の様に肌を撫で回してくる。
『嫌……なんていやらしい目で見るの……っ』
女の身体に興味津々と言った年頃なのだろうか、不躾に注がれる視線に畳の上をのろのろと進む尻肉がひくりと震えると、誰かが生唾を飲む音が聞こえた。
葉月にも少しは男性経験がある。と言っても大学に進学してからは疎遠になり、結局そういう行為は片手の指で数える程度で、快楽らしい感覚はうっすらとしか覚えていない状態だった。お互いに初めてだったのもあって、薄暗くした室内で、遠慮がちな行為は暴力的ではなかったが濃厚なものでもなかった…それを思い出してしまうのは冒涜的で、葉月にとって自分自身が理解出来ない。
トタン屋根の穴で出来たスポットライトの中央に立ち、葉月は下腹部の前で手を合わせる。
「そうだな…まずはそのままオナニーしてみろ」
「何言ってるの…っ!?」
年下の男児の口から出たとんでもない命令に葉月の頬がかっと熱くなった。振り向いた葉月の目に座敷に上がってきている少年達の姿が映り、それは葉月の逃げ場を奪う様に戸口との間に立ち塞がっている。一般的な身長の葉月の胸の位置までしか背のない少年達だが、野生児の様な彼らは全員葉月よりも俊敏で体力があるのは確実だった。純也の失敗と二重の意味での退路が断たれてしまっている。
「……。ここでの事で…純也君達に何か酷い事をしないでいてくれる?」
「あぁ。ここでの事で純也達をからかったりしないし、秘密にしておいてやるよ」
「絶対よ」
どうやら少年達の中で松崎少年が完全にリーダーシップを握っているらしい。親が組合長というのもあるだろうが、彼自身その素質と風格が存在している。そう感心しかけた時、振り向いた葉月の正面に立つ彼の手が不意の伸び、葉月の乳房を鷲掴みにした。
「ひぁっ!」
「やっぱり思った通り上げ底はしてないな。ものすごくいやらしい身体だ」
まだ大人の手ではないが少年の手は繊細にはほど遠い。その手が白いビキニの上からぐにゅりと葉月の乳房を掴み、孤ね回す。カップで嵩増ししていないのが気に入ったらしくその声は満足げである。葉月は先刻という言葉が意識を失っていた時に行われた人工呼吸を指すと判らない。
他の少年達が見ている中、白い乳房を黒く日焼けしている子供の手でぐにぐにと揉みしだかれ、思わず葉月は顔を逸らす。
「顔はお嬢様っぽいし、身体も綺麗だ。ここら辺の女はどうしても垢抜けないからな、葉月みたいな女いない」
片手が更に加わった。立ったまま両手で乳房を揉まれ葉月の耳までが真っ赤に染まる。あまりの恥ずかしさに呼吸が詰まり、縮こまりそうになるのを堪える事だけで精一杯な葉月のビキニのカップの中で、乳首が収縮して尖り過敏さを増していく。
ぞくぞくっと全身を駆け巡るいやらしい感覚に華奢な姿態が小刻みに震え、ビキニの紐が腰の左右と首と背中の後ろで揺れる。大きくはない手だがその力加減の足りなさが余計に子供の行為と野蛮な蹂躙の違和感を増させた。
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