少年に組み敷かれたまま急に閉じた世界から突き放されて反射的に視線を声の方へと向けた葉月の瞳に、二人の大人の男が映る。扉の鍵はかかったまま、純也が覗いていたであろう窓からにやにやとこちらを見ているのは、二十代半ばの日焼けした男達だった。保養所の客なのか、髪を脱色などはしておらずスーツ姿になれば普通のサラリーマンで通用しそうな男達だが、その表情は下卑た好色で残忍なものである。正義の味方とは到底言えない、不吉な遭遇としか思えない事態だった。
「助けて!」
純也の声に、少年が舌打ちをした。
「助けを求められてるなら仕方ないよな」「そうだな大人の対応って奴だ」
葉月の世界とは縁遠い嘲笑の成分が過多な物言いに、呆けていた思考が無理矢理に冷まされ、急速に暗雲が垂れ込めていく。言葉の内容は正しいかもしれないが、その裏を感じざるを得ない、そんな声だった。
「そこのボク、ドアを開けなさい。警察やママに言いつけちゃうぞ」「学校もな」
芝居がかった物言いの後に続く馬鹿げた笑いに、葉月の上で少年が不快そうに顔をしかめる。親に報告されてもその家庭事情から少年は痛くも痒くもないだろうが、それでも余所者に騒がれるのは問題なのだろうか、少年はゆっくりと葉月から身を離す。
ぐぽりと音を立てて膣から引き抜かれるものに身を震わせる葉月の頬を、少年の手が撫でた。
「葉月。気をつけろ」
その目の真剣さに葉月は動揺する。子供の密漁疑惑で犯されるのと、見ず知らずの大人に助け出されるのとどちらが危険だというのだろうか…だが不安は増す一方だった。もう一人の少年が酷く厳しい表情で裏手の扉の鍵を外すのを、更なる不幸の始まりの様に葉月は見ていた。
「中もボロだなー…こりゃあ凄い」
扉を開けるなり周囲をはばからない騒々しい声をあげて入ってきた男達はきょろきょろと廃屋内を見回し、そして葉月へと容赦なく視線を注ぐ。あからさまな好色な視線に、上体を起こしてへたり込んでいた葉月は男達に背を向ける。
「で、何のプレイをしてたんだい?ボク、お兄ちゃん達に言ってごらん」
「……、お姉ちゃんに…ひどい事……」
流石に相手の不穏さに気づいたのか純也が口篭もり俯く。もしも純也が助けを求めなければ仲間内のいざこざで済ませられたかもしれないが、その機は既に失われていた。
「確かにこれは酷いなぁ」
近くで動いた気配が畳の上で紙か何かを拾い上げた軽い音に葉月は慌てて肩越しに振り返り、放り出されたままのポラロイド写真を拾い上げつつにやにやと嫌な笑みを浮かべる男と視線が合い、また背を向ける。
「酷いなぁ狼藉三昧って奴?お姉ちゃん濡れぬれのザーメンまみれでボクは我慢大会かぁ」
何枚も撮影された写真がどれだけ淫らな光景を捉えているかは葉月は確認出来ていないが、それが異性の目にどの様に映るかは想像するまでもない。全身が震えてうずくまりたくなるのを堪え、葉月は歯を食いしばった。
「た……助けてくれるというのなら、それは返して下さい」
手に届く範囲にある布はどろどろに濡れた水着だけだったが、葉月は全身が震えて歯が鳴り出しそうなのを堪えてそれを手に取り、両手で胸元と下腹部を隠して涙が溜まった大きな瞳で男を肩越しに鋭く見る。
「気の強いお姉ちゃんだなぁ」
「俺達助けてやるんだぜ?」
何が楽しいのか判らないふざけた笑い混じりの声に、葉月の全身が鳥肌たった。医者家系のやや硬い家庭で育った葉月には彼らの口調は耳障りで生理的嫌悪感を招くものでしかなく、一生縁がない世界の住人の様に波長が合わない。
「あ、貴方達が手に入れる筋合いじゃ、ありません」
「ボロボロなのに随分気の強い姉ちゃんだな。弟クンの前でぶちこまれてひぃひぃ鳴かされてたんだろ?『お願いします助けてください』とか言えないのかよ」
もしも一葉一人ならば到底口にしなかったであろう勇気を奮った言葉はかすかに語尾が裏返りかけていたが、男達はそれに気づかなかったらしい。喧嘩腰になってもまったく相手にされない無力さに泣きたくなるが、それが何の意味もないと判らない程子供ではなかった…少年達と同じの様で違う、その違いがはっきりと判らないのが葉月にはどこか歯痒い。
「弟クンが助けてって言ってるんだからお姉ちゃんも一緒に逃げようよ。なあ?」
親切めかした言葉の後、不意に腕を掴まれて葉月は身を硬くする。反射的に甥へと向けた視線の先に純也へ延びる黒い刀身のナイフが映った。純也を拘束する
縄を乱暴に断つ音が聞こえても、それを善意の解放者の自衛の武器とは感じられず、粗野な威嚇と感じてしまう自分の偏見と猜疑心の強さを恥じたくても、一向にそれは消えず強まっていく。
「葉月お姉ちゃん……」
緊張した空気は判るのか問いかけに似た純也の弱々しい声を漏らしつつ葉月の近くへと一歩寄り、手を伸ばしかけて躊躇いがちに指を戻す。都会的な顔立ちの中で臆病な目が畳の染みと葉月の膝の下を往復していた。それが性行為の残滓を見ているのに気づいた葉月の胸がずきりと痛む。
――経験のない甥に淫らな行為を見せてしまった罪悪感よりも、それに純也の身体が反応した事を葉月は心のどこかで責めてしまう。
「早く逃げようか、ほらほら」
ぐいと腕を力任せに引かれ、葉月は思わずそれを振り払おうと力を入れる。
「――や…、嫌です、放して下さい」
「そりゃないんじゃない?俺ら君の救世主だよ?」
「セイギの味方って?」
ぎゃははと続く耳障りな嗤いに、葉月の全身が鳥肌たつ。反抗的な態度を取っているのが葉月一人だからなのかもしれないが、彼らの視線は容赦なく葉月の肌に絡み付き、そして乳房と腰を見る時の好色な下卑た嗤いは悪意そのものだった。
「怖くないない、優しくするよ俺ら。あーあこんなぶっかけられちゃって可哀想だなぁ」
にやにやと笑いながら無理やり引き起こされかけ、葉月は全身でそれを拒み、男の手を振り払う。
「やめて下さい!」
本当に助けに現れたと受け取るには悪意が明らかすぎる態度に、葉月は男を睨みつける。少年達を信用しているわけではないが、彼らの方がまだ価値観や常識を共有出来る気がした…だからと言って少年達を信頼してはいないのだが。
「あんまり逆らうなよ、弟の前で恥かきたくないだろう?」
男の声がわずかに低く苛立ったものになった。
「弟くらいのガキに腰振っちゃったんだからもう気取らなくていいんじゃね?なあ弟クン、お姉ちゃんのセックスばっちり見ちゃったからギンギンにおっ勃っちゃったんだろ?」
急に悪意の矛先を向けられた純也の顔からは血の気が引いていた。気弱そうに低く視線をさまよわせた後、俯いた甥の口が小さく動いたが、その声は誰にも届かない小さすぎるものに過ぎない。両手でパーカーの裾を引き下げて腰を隠すその下のものが萎縮しきっているのは誰の目にも明らかだった。――まだ幼い甥に自分を庇って貰おうとは考えていない葉月は落胆はしないが、不甲斐なさを感じてしなうのは仕方のない話だろう。
「ほらほら、弟クンのOKも出たから一緒に行こうか」
「いやっ!」
脇の下に手を回して力任せに身体を抱き寄せる男を突き放そうとした葉月の視界に、少年の姿が映った。
「俺の女にそれ以上触るな」
子供らしからぬ唸り声よりも、煮えたぎる様な憎悪の目に葉月は怯む。子供は表情豊かなものだが、玩具を取り上げられた子供の癇癪とは異なる激しい嫌悪は自分に向けられたものではないのだろうが身体が竦んでしまっていた。
「何だこのガキ」
「オイタしてた子供は引っ込んでろよ。女とセックスするには早いんだよ色ガキ」
「舵!」
ひらひらとナイフを見せつける男を睨みつけたまま短く吠えた少年に、もう一人の少年が素早く投げた銛が吸い付く様に収まった。短く小気味のよい風切音と共に、その切っ先が男へと向けられる。
「何だこのガキ、やる気かよ」
「漁師のガキを舐めるなよ、こちとら物心ついた頃から魚を突いてるんだ」
その言葉がはったりではないと銛を見慣れていない葉月ですら感じる程、少年の銛にはブレがない。子供用なのか判らない短い銛は綺麗に砥がれ、廃屋の薄い影の中、鈍い光を弾く。
刃物を見慣れる意味では家で料理を手伝う葉月の方が馴染んでいる筈なのだが、男同士の凶暴な威嚇に全身がこわばり身動きが取れなくなる。少年からは解放されたい、だが男達についていくのはそれ以上嫌だった。
「……、い…いい加減にして!貴方達女を何だと思ってるの!?物じゃないのよ……!」
怒鳴った葉月の声は上擦り思ったよりも小さな声にしかならず、それが更に己の惨めさを痛感させる。せめて毅然と言い放ちたいのに全身が竦んでしまう。
その次の瞬間、華奢な感触が葉月の手首を掴み、ぐいと無理矢理に引いた。
少年達や男達ではない位置からの動きに反射的に何も出来ない葉月の瞳に小さな背中が映る。それが甥の背中だと判ると同時に、葉月は一糸纏わぬ姿のまま裏の戸から外へと連れ出されていた。
屋外に出た瞬間、雑木林の木漏れ日が薄暗がりに慣れていた視界を曇らせ、裸足の足の裏が荒れた土の硬さに痛みを訴える。
誰かに見つかったらと強烈な緊張に全身がどくりと脈打ち、膣口から濃厚な白濁液が溢れ、汗まみれの内腿へと伝っていく間も、白い尻肉をぷるんと勢いよく弾ませながら健康的な肢体は甥に引かれるまま小道を駆け抜けていった。
Next Fish-20