『夕立迷路・3』

表TOP 裏TOP 裏NOV BBS / <3>

 扉を開けてすぐ視界に入ったのは大きなベッドだった。
「……」
 内扉の正面にベッドがあって外扉から一直線、という構図ではなくて十畳くらいの個室で一番目立つ家具がベッドなだけで二つの扉を開け放つと廊下から丸見えというワケではない。それでもやはりベッドの大きさが目立つ。確かにそういうホテルなのだから当然なのかもしれないけれど、あからさま過ぎる気がして私はしばし呆然としてしまってからようやく周囲を見回して、そして神津君の姿がない事に気づく。
 もしかして続きの間とかがあるスイートルームか何かなのだろうか?と考えながら、まるで散歩中に飼い主を見失った犬みたいな頼りない気持ちになり私は神津君を探してしまう。
 と、洗面所に面したガラス扉の奥から神津君が現れてほっとすると同時に、その奥が浴室なのと裸足なのと勢いのある水音に私は失敗に気づいた。
「ごめんなさい、お風呂の準備しちゃった?」
「いい。先に見回していたのは俺だし」
 バスマットの上で多分備え付けのタオルで濡れた手を拭いている神津君に、私は両手を差し出す。
「?」
「制服とか、えと、ハンガーに掛けておこうかな、と……」
 神津君が服を脱いで入浴してから服を干す方が自然かな?と思うけれど勝手に干すと抵抗があるのかもしれない。でも神津君に脱ぐ事を急かすのは何だか痴女みたいに思われるかもしれない。でも濡れたままだと風邪を引いてしまう可能性もあって…。色々な考えが思い浮かぶたびに自分で駄目出しを繰り返してぐるぐるしてしまうのは、視界に入るベッドを意識して恥ずかしすぎるからかもしれない。
「一緒に入らないのか?」
「せ、制服干しておいた方が、いいかなって」
 ドライヤーで乾かすのは恐らく無理だろうし、入浴するのならば浴室乾燥は無理だろうし、そもそも普通の家みたいに浴室乾燥がついていないのかもしれない。せめてハンガーに掛けて干しておいた方がいい筈で、私は俯いたまま真っ赤になってしまう。まるで旦那様をお風呂に入らせる奥さんみたいな行動をしてしまっている気がして……。
 舞い上がってしまうと、次の瞬間、急に不安になってしまう。
 いつ神津君にとって不愉快な行き過ぎた行動をしてしまうか、してしまったかもしれない不安に、凍りついてしまう。
「……」
 ぽんぽんと、神津君の手が私の頭を軽く撫でた。
「ごっこ遊び、してみるか?」
「?」
「須藤達の前だと到底出来ない奴。お姫様と下僕や、お嬢様と執事や、若夫婦や…女子はそういうの好きなんだろう?」
「……。あんまりよく判らないけれど…執事って入浴の世話までするの?」
「俺もそれは判らない、が…確かにそれは違う気がするな」
 真面目な表情で首を傾げる神津君に、私は少し笑ってしまう。確かに一部では執事やら戦国武将やら流行しているらしいけれど私はそれらは未読で判らない。でも、神津君の執事姿は正直想像がつかなかった。どちらかと言えばサービスをする側でなく受ける側に思える。でも「お姫様」という響きはついこの前の陸上大会時の階段での行為を思い出してしまう。
「神津君、どうしてそんな提案を?」
 浴槽に勢いよくお湯が溜まっていく音が聞こえる中、私は思わず問いかけてしまう。神津君がごっこ遊びなんて提案をしてくれるのが不思議で、理由が判らないとつけあがってしまいそうで自分の中できちんと線引きしないと一歩も動けなくなりそうだった。とても好きなのに、だからこそブレーキを踏み続けないといけない立場なのが辛くて、神津君の提案に自分がつけあがってしまい嫌われてしまうのが怖い。
 とん、と洗面所の壁に背中を預けて神津君が気難しい表情で天井を見上げ、そして濡れた前髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「……。判断し難いんだが、とりあえず、今日はお前を甘やかしたいんだ」
 神津君の頬がかすかに赤くて、私は理解不能でぽけっとそれを見つめてしまう。
「あの女が何か言ったとして、俺に関する事でお前が泣いていたのが俺はどうにも気に入らない。穴埋めとは思わない。だが、俺は甘やかしたい。――嫌か?」
「甘えるって、どう……」
「いつもしたがってる事をしていい」
「え? え……っと……?何…か……あった?」
「例えば、キスやセックスの最中に俺に抱きつこうとして堪えてるあれや、名前呼ぼうとしてやめるあれだ。お前が理性なくならないとやらない事全般」
 神津君の言葉に耳まで一気に赤くなるのを私は感じる。基本的に一対一でないから極力皆と平等に接しなくてはいけないと常々意識しているけれど、確かに私は神津君だけにしたい事が山程あって、でも歯止めが効かなくなってしまうとたまにしてしまう。あまり神津君はそれらをされるのが好きではなさげだから極力抑えているつもりなのにバレてしまっているらしい。
 でも、だからこそ、神津君と両思いになれない限り我慢しなくてはいけない気がする。もし一度でも最初から許されたらつけあがってしまいそうで、もっと苦しくなってしまいそうで……。
「玲」
 神津君の声に、私はちいさな声ではいと応えてしまう。
 多分、今日は家に帰ってから一晩中泣いてしまうだろう。それは彼女が羨ましいからでも眩しいからでもなく、それでも神津君の恋人になれない自分のどうしようもなさとそれでも神津君が好きで堪らないから。とても残酷な事なのに、それでも神津君が求める動きを期間限定でも許してくれる事が嬉しくて堪らなくて……。
「神津君…、あの、あの……」
 俯いたままぽろぽろこぼれる大粒の涙が熱くて私は顔が上げられなくなる。
「玲、何だ?言ってみろ」
 そんなに優しい声で、迷子の子供をあやすみたいな、もっともっと穏やかで優しくてそれでいて少し照れた声で聞かないで欲しい。贅沢過ぎて死んでしまうそうなくらいなのに、胸が痛くて張り裂けそうになる。
「――きらわないで」
 ようやく言えた言葉の返事を待ちながら何度もしゃくりあげてしまう私を、本当に優しく、壊れ物を包み込む様に柔らかく抱きしめた後、神津君は何度も軽く触れるだけのキスを繰り返した。
 舌を最初から絡めたり恥ずかしい悪戯を同時にしたりセックスの前戯の発情させるキスでなく、優しく触れるたびにそこに柔らかな火が灯る様なキスのたびに少しずつ私の力が抜けていく。濡れた制服が肌に貼り付いて引っ張る中、私は少しだけ腕を動かして、神津君のシャツの袖口を握る。
「お前は嫌いな奴にこんな事をするか?」
 身長差が大きな私にキスする為に屈んでくれていた神津君がふわりと私を抱き上げ、そしてベッドに腰掛けて膝の上に私を乗せてくれた。
 いつもならこのままベッドに横たわる状態なのにと考えるのが不謹慎で贅沢で、腿の上に腰を降ろす状態は神津君の顔を至近距離で見下ろせてしまえる。濡れた髪がほつれた束になっているのが男子なのにとても色っぽくて、濡れた服の水の匂いに溶け込んだ神津君のにおいを堪能出来過ぎて眩暈をおこさないのが不思議なくらいだった。
「……。今日、誕生日じゃないけど……」
 自分の頬を抓りたい気分でこそっと明言してみると、神津君に思い切り吹き出して大笑いをされてしまう。
「お前の誕生日ならあいつが絶対に一週間以上前からあれこれ始めるから事前に判る」
「あいつって?」
 何人か友達を脳裏に思い浮かべてみるけれど彼女達と神津君の接点は同級生なくらいで、でも私も彼女達へのプレゼントを買いに行く時は一緒に出かけたりするのでその打ち合わせが意外と五月蝿くて耳に届いてしまうのだろうか。でもそれなら複数形の方が正しいし、誰か個人の女子を神津君が指しているとすれば少々内心穏やかではない。
 珍しく楽しげな大笑いをしていた神津君の表情が少しむっとしたものに変わり、私の失敗に気付いた次の瞬間、唇が重ねられた。
 神津君とキスをする事は多いけれど、膝の上に乗せられてのキスは初めてでぽぉっとしてしまう私の唇に強く押しつけられていた神津君の唇が少しの間の後、柔らかな接触に変わる。神津君の指が濡れた額を優しく撫でて、頬をなぞった後、顎を軽く上げさせる。
「玲」
 囁く声が本当にちいさくて、ちいさくて、それなのに私の耳から頭の芯まで染み込んで全身に広がっていく。少し低くて、気難しくて、気持ちが読み取りにくいのに、残酷なくらいに性的な声。ぶるっと身体が震えて奥から愛液がとろっと溢れてくるのが判って恥ずかしい…もし貫かれながらこの声で囁かれたら従順な犬の様に何でも肯定して達し続けてしまう。皆の前では基本的に呼んで貰えない私の名前。苗字でなくて名前を呼んでくれる時は、私は神津君の所有物になる。
「甘えろ。言いたい事や好きな事やしたい事を、全部するんだ。躊躇うな。――しがみついて、体位もリズムも突く場所も全部隠さずおねだりをするんだ、玲。全部、叶えてやる」
 片手で優しく抱きしめられながら、身体を撫でられながら、神津君の歯がそっと私の顎を噛む。膝の上に座っているから、太腿の側面に当たっている神津君のとっても逞しいモノが今すぐにでも私を貫ける状態に、いやいつもの状態よりももっともっと硬く大きくなっているのが判ってしまう。射精してくれる時に近い。私だけでなくて神津君もとても興奮しているのに、まだキスしかしていない。
「――いい、の?」
「焦らし過ぎると強姦ごっこに切り替えるぞ?こら」
 強姦とか言いつつも神津君は何のかの言っていつもハードセックスな人だからあんまり変わらない気がしなくもないけれど、でもどちらにしても私が同意しない筈がないから全面和姦で…ごっこだと抵抗しないといけないのかな?と一瞬考えてから私は首を振ってそっと腕を上げて、神津君の肩に手を添えた。
「……。神津、くん……」
 男の人ってどうしてこんなに身体が硬いんだろう。肩の筋肉に触るだけで眩暈がしそうになる。いや女子平均以上に私が貧弱なのがいけないのだけれど、言い訳みたいだけれど神津君の身体だから私は欲情してしまうと宣言したくなってしまう。須藤君なんてもっと逞しいと言うか逞しいを越えて岩みたいな感触で、多分男性ホルモンとかその辺りを撒き散らしている筈なのだけれど私ははっきりとは欲情しない。本当に神津君だからこそこんなに身体の奥から蕩けそうになる。
「貧弱で…硬くない……?」
 神津君と密着出来る様になってしばらく経っているのに、栄養失調気味な子供と間違えられてしまう私の身体は大人の女性らしい柔らかな曲線に変わってくれる気配がまったくない。抱き心地は多分壊滅的でメリットに乏しいのが情けなくて思わず聞いてしまう。
 少し答えに迷った空気が流れた後、神津君は「――俺が迷うのはなしか」と呟いた。
「硬いが、嫌いじゃない。小動物かえらくヤワなチワワの仔犬や栄養不足の仔猫みたいだし、いや胸は普通より大きいし…傷つくなよ?子供とセックスしているみたいで背徳的なのもそそる」
「こど……」
「言っておくが俺はロリコンじゃない。許せて一つ下までだ。お前は確かに俺の同級生で…そもそも不具合があれば萎える。お前、今まで何回俺とセックスしている?」
「えっと……ほぼ、毎日」
「それが答えだ」
 同級生、と言うのが私の立場を指しているのか純粋に年齢差を意図してのものなのかが少し気にかかるし、神津君が明らかに話題を変えたのが判って更に気になってしまうのだけれど、多分そこは今追求してはいけないのだろう。
 どんな事でも許して貰えるのならば、本当は一番最初に聞きたい事がある。
【神津君は、私の事が少しでも好きですか?】
 少しは気に入ってくれているから毎日抱いてくれているのだとは思うけれど、でも男の人の生理的に毎日抱ける子がいるなら抱くのは当たり前だと、他の人達の様子を見てると実感してしまう。須藤君は妹みたいに可愛がってくれるけれど神津君と同じくらいのハードな責めをするし、皆中出しに躊躇がない。皆が平気なのだから神津君も平気なのだろう…恋人でなくても男の人は女の人を抱けるし、それを言ったら神津君が乱交が好きと言うだけで私は他の人に抱かれてしまう。当然彼らへの恋愛感情はない。
「えっと…神津君……」
 話そうという思考をしないまま私の唇が動き、「好き」と続けて言いそうになって音が止む。何でも言っていい筈なのに、もう伝えている言葉なのに何度も繰り返す事が出来ないのは、何ヶ月も身体を重ねているのにやっぱり縮まらない距離を再確認するのが怖いからだった。
「玲?」
 濡れた制服越しに感じる神津君の体温が生々しくて、全身を絡めてしまいたくなる。セックスの間はいつも接触している身体。神津君は基本的に密着したがらないみたいだけれど、でも無我夢中になると当然二人とも汗まみれで絡み合う事が多くなる。猫のにおい付けみたいに、いいやもっと卑猥で、もっと原始的な肌の密着。神津君のこんなに近くにいる事が許されている悦び。
 貪りたい衝動に、耳まで熱くなっているのが自分でも判る。
 どれ位ならしていいのか、全部許してくれると言われてもやはり踏み込み過ぎるのは怖くて、でも積極的な行動を神津君が許してくれる時点で嬉しくて、自分の願望が恥ずかしくて、行動する前から頭の中がいっぱいいっぱいになってしまう。
「駄目な時は、すぐ言って欲しい、です」
 何だかぎこちない宣言をした後、私は神津君の唇に自ら唇を重ねた。
 最初は唇をただ重ねているだけで、恐る恐る神津君の肩に乗せている手を首の後ろへと滑らせて、私は抱きついてしまう。シャツの襟が硬くて、でも濡れたシャツの背中はぴったりと貼りついていて指が引っかかる。エアコンの風で冷やされている濡れた布の下からじわりと伝わってくる神津君の体温が気持ちいい。
 この後、何をすればいいのだろうか。
 いつも神津君の行動に受け身の状態だからキスをした後、次はどうすればいいのかが唐突に判らなくて戸惑う私に、至近距離から笑い声にもならないかすかな息の音がした。
「――!」
 重ねているだけの唇がゆっくりと動いて、神津君の舌が柔らかく私の唇を舐める。くちゅっと粘液っぽい水音が鳴り、そして少し開いた上唇と下唇の間を優しく舌が這う。唇のすぐ内側の粘膜をスローモーションの様になぞる舌がこそばゆく、静かな個室の中でくちゅくちゅと甘い音が鳴る。指で敏感な場所を弄られるよりも卑猥に感じるのは私自身が神津君の首に腕を絡めている為だろうか。
 互いに頭を少し動かすたびに重なる胸から脇の下にかけてシャツとブラウスが擦れ、素肌とまた違う感触が堪らなく恥ずかしくて、気持ちがよくて、私は思わず神津君の唇にもっと自分の唇を押しつけてしまう。
 神津君の両手が私を抱きしめるだけになって愛撫が止んだ。
 はっきりと動いているのは互いの唇と舌で、それにあわせて頭が動く。乳房を揉まれもしていないし、ましてや下腹部を弄られてもいないのに、全身が蕩けそうなくらいに熱く重く肌の下で気持ちよい波がうねって大きく揺らされている感覚に陶酔する。下着の中で愛液がもう溢れて染みてしまっているのが判るけれど、もっと神津君のキスを続けて欲しくて仕方ない。
 徐々に漏れてしまっていた喘ぎは恥ずかしい位に甘くとろんとしたもので、やがて神津君が唇を離した頃には私は彼の肩にくったりと顔を沈めてしまった。
「受け身の癖がついてる割に、よく頑張った。やっぱりお前……可愛いよ」
 頭の芯までふわふわになっている状態で、何か少し困った様な口調で囁かれた言葉に反応出来ずぽーっとしている私に苦笑いを浮かべた神津君が、まるで子供の服を脱がす様に制服を脱がしていく。ハンガーに吊るさないといけないのに、と頭の隅で思い浮かぶけれど身体が動かせない私を、手早く服を脱いだ神津君が両膝の裏と背中に手を回して軽々と抱き上げた。

Next 『夕立迷路・4』
初校201111012351

■御意見御感想御指摘等いただけますと助かります。■
評価=物語的>よかった/悪かった
   エロかった/エロくなかった
   乱交希望/2Pガンガン進め
メッセージ=

表TOP 裏TOP 裏NOV BBS