『夕立迷路・6』

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 神津君と私の制服をコインランドリーで洗って乾かす提案は、私の制服が普通の水洗いでプリーツの処理が甘くなってしまうと家族への言い訳が難しいという事で却下になった。
 とりあえずずぶ濡れだった神津君と須藤君は近くの銭湯に行きついでにコインランドリーに寄るらしい。濡らしてもいい玄関に服を干し、私は須藤君のTシャツ一枚の上に夏掛け布団を掛けられた状態で横になり頭の上半分に濡れタオルを乗せていた。冷えの反動で少し熱っぽくなり始めているとの須藤君の見立てで、自分としてはまだ大丈夫で帰宅までは保つと思ったのだけれど、神津君の厳命で今日は家まで送ってくれるのを待つ事になってしまっている。――いつもは余力が残っていれば駅前で別れるのだけれど、でも今日は確かに家まで送って貰いたいと内心思っていた。
 まだ終業式まで数日残っていて、教室で香取君に会った時にどの様な顔をすればいいのか判らない。あの怒り方だと何らかの報復があるだろうし、それは多分須藤君ではなく私か神津君に向けられるだろう。神津君を傷つける香取君は許せないものの…二人きりになって神津君を盾に何らかの要求を突き付けられたら、それに逆らいきれるか自信がない。例えば極端に言えば従わなければ神津君を刺すなどと脅されたら……。
 コンコンと玄関ドアをノックする音が聞こえ、身体がびくんと震える。須藤君は無視して寝ていていいと言ってくれていたし、男の子の一人暮らしの部屋で私がTシャツ一枚で応対していい筈もなく、でも無視するのは気が引けてそぉっと起き上がり壁に手を突いてドアへと向かう。誰が来ているのかをドアのレンズ越しに覗いて確認する程度はしていいかもしれない。
「僕。佐々木。入ってもいいかな」
 私がレンズを覗こうとしたタイミングで声が聞こえてきた。
「あ、あ、えっと…一人?」
 佐々木君は先刻の事態を知らないから、香取君と一緒かとは流石に聞けず言葉に迷ってしまう。
「僕一人。アイスクリーム買ってきたから冷凍庫入れさせてくれるかな」
「……。今須藤君達銭湯行っちゃってるけど、いい?」
 何と言うかまめな人だなと思いながら私はそぉっとドアを開けた。香取君のあの件の後に男子と二人きりになるのは怖いけれど、でも佐々木君が手荒な真似をするとは思えず、私は濡れタオルを手にしたまま一歩引く。
「具合大丈夫?僕に気を使わないで横になって」
「ありがとう。ごめんなさい」
 コンビニのビニール袋を見せる佐々木君の言葉に頷き、夏掛け毛布の所まで戻ろうとした私に何気なく手が差し出された。
「肩貸すね。歩くの辛そう」
「本当にごめんなさい」
 須藤君は論外として神津君や他の男子よりやや小柄な佐々木君でも当然私よりは背が高くて、少し引っ張られそうなものなのに背を丸めて優しく手伝ってくれる動きに私は安堵の息を漏らす。佐々木君は香取君みたいな事はしないだろう。気づいていないかもしれないけれどTシャツ一枚以外は何も身に着けていなくて…私の制服はここに干してあるけれど、男子特有のデリカシーのない配慮で下着一式は神津君の服などと一緒に今コインランドリーで洗われている頃だった。
「アイス、食べられる?」
「ごめんなさい…今はちょっと食べられそうにないです」
 丁寧にタオルを濡らし直してから横になった私の額に乗せてくれた後、佐々木君は冷蔵庫にアイスクリームを仕舞い始める。チョコモナカやガリガリ君などバラエティに富んだ組み合わせは学習会の皆の好みに合わせていると少し遅れて判った。
「制服の泥、落とそうか?」
「少し拭いたからそのままで…あまり丁寧にすると怪しまれちゃう」
「なるほど。それもそうだね。――ちょっとだけいい?」
 そう言った後、佐々木君は私の横に坐り頭を撫でた。
「?」
「少しね、当然な事と最低な事があってしんどくて。頭、撫でさせて」
 あれだろうか、動物カフェなどで疲れを癒す感じに近いのかなと思いながら私は佐々木君を見る。子犬を連想させる佐々木君は体育があまり得意でない為総合順位は落ちるものの偏っているけれど実は成績はいいし、最近聞いた話では香取君とはまた違う凄い家の人らしい。何か軋轢などあるのだろうかとぼんやり考えてると、ふと目があって少し疲れた様な笑顔を佐々木君は浮かべた。
「えっとさ…泥の件はいいんだけど……」
「?」
「精液の臭いがするからどうにかした方がいいと思うよ」
 その言葉に一気に顔が真っ赤になったのが判る。確かに神津君が満足してくれるまでして貰えたのだから、当然膣内も口内もたっぷり精液を注がれていて…私が一番銭湯に行かないといけない状態だったなんて気づいていなかったのが恥ずかしい。でもまだ一人で銭湯の女湯に入るのは辛い気がする。
「……。もし嫌じゃなければ二人が帰ってくるまでに僕が拭くけど、いい?」
 学習会の後、体力が尽きた私の身体中の残滓を拭ってくれるのはいつも佐々木君だけれど、でも今日は神津君とだけの事後で、その上部屋には二人きりで…でも佐々木君を部屋から追い出して自分一人で拭うには体調が悪過ぎた。
「え、と……それは…えっと……」
 神津君だけの精液を他の男子に掻き出されたり拭われるのは何だかいつもと違って避けたい気がする。佐々木君が善意で提案してくれているのが判るから申し訳なくてはっきりと言えない私に、佐々木君はにこっと笑った。
「了解。それなら頭撫でるのは続けていい?」
「それなら」
 犬か猫を飼いたくても飼えない人なのだろうか。生乾きの頭を撫でて何か面白いのかなぁなどと考えるけれどよく判らないから私は目を閉じた。でももしも佐々木君が動物を飼うのならそのペットはとても幸せだろうなと思える、とても丁寧で優しい手の動きに貧血とそれに続く悪寒の中、ほんわりと穏やかな感覚になる。
 佐々木君は何かあったの?そう聞きたいけれどペット代理状態ならば変に詮索してはならない気がして、私はゆっくりと息をつく。これからどうすればいいのか見当もつかないのだから、まずは自分でしっかりしてからでないと佐々木君の話を聞いていられる状態ではなかった。
 まずは神津君と相談して…いや須藤君にも聞いて貰った方がいいかもしれない。学習会を今後どうするか、私を皆がどう考えているかを聞いて回るのは恐らく意味のない事で、どう香取君に接すればいいのかは自分一人で決めるのは危ない気がする。
 しっかり考えないといけない問題なのにふっと眠気が押し寄せてくるのは、放課後からの慌ただしさで疲れている為なのかもしれない。意識がとろんと溶けかけた時、ドアの開いた音が聞こえた。
「佐々木来てたのか」
「うん。たまに暑いからアイスのストックとか」
 神津君の声に私は目を開ける。いかにも湯上がりといった風情の神津君と須藤君の姿が見え、跳ね起きようとしたけれど身体がのろのろとしか動かない。頭から手を離していた佐々木君にちょこんと額を指先で突っつかれ、私はまた畳の上に仰向けに落ちてしまう。
「な、何?」
「ちょっと悪戯」
 何で突っつかれたのか判らなくて唖然としてしまう私に、佐々木君が何だか幸せそうな理由不明な笑みを浮かべた。犬扱いか猫扱いかよく判らないけれど飼い主だとすればまったりと悪戯者な人なのだろう。
「タクシー呼んで送ろうか?まだ歩くの大変そうだし自転車借りてきても危なっかしい気がするよ」
「そうか」
 そう言えば以前学習会の最初の頃にハード過ぎてダウンしかけた時に、近所に住む田中君の友達から自転車を借りてきて送って貰った憶えがある。貧血とは違ってひたすら疲れてひたすら眠かった為自転車の後ろに乗りながら起きているのが大変だった…けれど今回は落ちずに乗り続ける余力があるかの方が確かに怪しい。あっさりと納得した須藤君だけれど、高校生の身分で、しかも貧血になる寸前までにしていた内容を考えると、とてもではないけれどタクシーなんて贅沢をしてはいけない気がする。
「まだもう少し時間平気だから、もう少し横になっていて、いいですか?楽になったら歩けそう」

 私の希望に三人が視線を交わし、一言二言の後、夕食の一時間少々だけ様子を見て貰える事になり須藤君と佐々木君が買い出しに出かける事になった。
 手に怪我をしているせいだろう、お米研ぎに難儀している様子の神津君の背中に罪悪感を憶えてしまう。動けるならお米研ぎもおかず作りもすべて私にさせてほしいのに。――素麺を茹でるのも面倒と言っていた神津君だけれど、学習会の男子は上手下手はあってもほぼ全員お米研ぎ位は一応…及第点ぎりぎりには出来る様にはなっている。アパートに集まってキャンプ感覚の料理だから全般的に大雑把だけれど、それでも何とか食べられる域に踏み留まっているのはまさにキャンプのノリだからかもしれない。完全に出来そうにないのは毎回調子よく買い物組になって炊事を回避する田中君と…あと家事全般をポリシーで拒否していた香取君くらいだった。須藤君は自炊半分の外食半分で、濃厚具沢山なラーメンなどを部活動後の帰りに寄ってよく食べているらしい。
「あの…神津君」
「何だ?」
「手、大丈夫…ですか?」
 短い一言で神津君の機嫌が悪いのが判って小さな声が更に小さくなってしまう。
「銭湯出る前に須藤に消毒やら何やらして貰った。恐らく問題ない」
「よかった……」
 受験生の夏で、神津君は塾の夏の集中セミナーを受講する予定の筈だからシャーペンが持てないと大変だろう。
「……。玲、怪我したのは利き手じゃない方だ。安心しろ」
 きゅっと水道の蛇口を締め、炊飯器にお釜を入れてスイッチを入れてから神津君が枕元に腰を降ろした。ガーゼの上から包帯代わりなのかテーピングを巻いている手をひらひらと見せてくれた神津君の少し不機嫌そうなかすかな笑みに、私は息をつく。
「お前の方があれだ。今日は疲れてる筈だ、気を使わず休め」
「気なんて使って…ない、です」
「あいつに関しては俺の管轄だ。お前は一切気にするな。巻き込まれるな」私の額に乗せてくれた神津君の手がお米研ぎの後だから水に冷やされていてとても気持ちがいい。「お前を独占していたのは、まぁ須藤や佐々木は判りきっていたし管理担当はそういう意味もあったんだが…それ以外でもやっぱり一対一でやりたくなる奴は、出る、な」
 少し苦い口調で呟く神津君の言葉は恐らく思考整頓もので、返事は期待されていないだろうと感じ、私は黙って聞いていた。
 他に、例えば須藤君や佐々木君が私と二人きりでセックスがしたいと言ったら…二人はいい人だけれどやっぱり抵抗がある。先刻の香取君の場合は神津君を守りたいから従いかけたのであって、私の優先順位は神津君が不動の第一位と言うか絶対で、慣れているとかそんなのと別次元で、何らかの情に訴える状態であっても、そう、ちょうど先刻の佐々木君にパスさせて貰ったみたいに御遠慮願う事に本当は躊躇いがない。――神津君と両思いでもないのにこう考えるのはおかしいけれど、他の異性にほだされたりで二人きりになって身体を許すのは浮気だと思う。
 あの時、未遂とはいえ香取君の要求を飲んだ私を、神津君はどう感じたのだろう。
 聞きたくても、怖くて聞けない。
「――い」
 神津君の声に、私はふと我に返った。
「ごめんなさい。何……?」
「少し、話をしていいか?」
 高からず低からずの落ち着いた声はいつも通りだけれど少し改まった響きがあり、起き上がろうとした私の肩をぽんぽんと軽く叩いて神津君が止めた。
「……。嫌な思いをさせて、本当にすまない」
 わずかな間の後神津君の口から紡がれた言葉に、私は即座に首を振った。嫌な思いというのは事実だけれど、でも神津君とばかりいい思いをして不平等な印象を他の人に与えたのは私も同様なのだから、神津君が私に謝るのはおかしい。
 ぽん、と神津君が私の肩に手を置いて首を振った。
「あいつが俺に何かを強要しようとする事はないが、お前にはした。酷い事も言った。――最初からお前を巻き込んでばかりだ」
「違……」
 否定しかけて私の唇が動かなくなる。巻き込まれたなんて被害者顔をしていい筈がない。私は自分の意思で動けるのだから私自身の意思で流されている、そう考えかけて堪らなく恥ずかしくなる。神津君が欲しいから、好きになって欲しいから乱行でも身体を開いてしまう自分は香取君にそう扱われてもおかしくないのかもしれない。
「神津君…あ……あの、私…、う…ううん……、えっと…あの……」
 意気地なしで言葉が紡げない私に、神津君がほんの少し目を細めた微笑みを浮かべた。どきんと胸が大きく高鳴って頭が真っ白になりながら、こんなに神津君が守って怪我までしてしまった上に優しくしてくれるのだから、もっとちゃんとしないといけない…でも乱行の時点で多分世間でのちゃんとするとはズレているけれど、それとは違う意味で。
「あの…、あの、です……あ…あの……っ」
「ゆっくり話していい。急ぐな」
 ぽんと軽く肩を叩かれ私はゆっくりと深呼吸をする。
 どうしよう。
 沢山伝えたい事がありすぎて言葉にならない。全部伝えようとすると暴走しそうで何度も深呼吸しても言葉が順番に並んでくれない。顔が真っ赤になってぎゅっと目を閉じて、言葉を言いかけては凍ってを繰り返した後、お菓子の金平糖や線香花火みたいに様々な方向に飛び出しそうな気持ちや言葉や衝動の中の一番判りやすいものを見つけて、ようやく私は思いっきり息を吸い込む事が出来た。
「え……っと。沢山あって、今日まとめられない、です、けど、でも……」静かな表情で私を見下ろす神津君の目を、ようやく見る事が出来た気がする。「――神津君の事が、好きだから、ここにいるんです…。それだけは、絶対です」
 神津君と二人きりなのは嬉しいし、でも須藤君の部屋で横になっていられるのは須藤君への信頼で、学習会を即座終了と言った神津君の…多分衝動は正直嬉しいけれどでも勢いなどでなく本当に望んだ時に言ってくれた時でないと浮かれて甘えてはいけないと思う。と、少し驚いた顔をした神津君に、顔から湯気が出るのではなかろうかという程に顔が熱くなって慌てて首を振る
「あ、あ、あのっ!重たい女になります宣言とかじゃなくて!わ、私の気持ちではっきり言える部分は今そこだけしか見えなくて!押しつけちゃおうなんて考えていなくて!スルーしてしまってOK…で……」
 何を言ってるか徐々に判らなくなってきて語尾が小さくなっていく私に、神津君がそっぽを向いて何か口を動かしているけれど、雨音以外は聞こえない静かな部屋なのにその言葉は聞き取れない。
「絶対命令券、一枚交付する」
「?」
「何かお前がどうしても俺にさせたい事があるなら一回、要求を無条件に飲む」
「え?何で…そんな大盤振る舞いを……?」
「今日のあの屈辱は俺が女なら一生許さないだろうからな。そんな事の後にこうしてるお前へのお礼であって、奴への対応などとは別だ」ここでとんでもない要求をしたらどうするのだろうかと考えた私の前髪を神津君がくしゃくしゃと掻き混ぜた。「お前の事だからどうせ後生大事に残しておいて、でもどうせ忘れない程度に慎重に最後の手段で使うだろう」
 そもそも神津君に絶対押し通せるお願いをするなんて、まるで神様に奇跡を約束されるみたいでどう考えればいいのか判らない。いやそもそもあの公園で私を庇ってくれた神津君にそんな気遣いをされてしまうのが間違いな気がした。
「あ!あの、あの、お願い事あります。出来れば急ぎの……」
「……。まさか水飲みたいから汲んで欲しいとかそのレベルで茶を濁すつもりじゃあるまいな」
 少し不貞腐れた様な悪戯っぽい様な表情の神津君に、私は首を振る。
「えっと…今のうちに着替えるので…制服とティッシュを取っていただいてから、少し外で待っていていただければ……」
「ティッシュ? ――ああ、そう言う事か」
「ひにゃ……っ!」
 不意に夏掛け毛布を剥いでTシャツの裾をめくった神津君に、思わず私は変な声をあげてしまう。下着はコインランドリーから戻ってきてそのままなので当然そこは無防備な状態で、Tシャツと夏掛け毛布に隠れていた場所を部屋の空気がふわりと撫でる。事後であって本日はホテルでずっとそういう事をしてはいるものの、仕切り直しの後では気恥ずかしさが復活していて……。
 くちゅりと音を立てて神津君の指が膣内に挿入された。

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