『夕立迷路・7』

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「っ……ぅ…!」
 まだ身体は自由に動いてくれないのに全身が軽くぶるぶると震え、私の片脚を軽々と高く上げさせる神津君の腕に、畳の上からお尻から背中の途中までが浮いてTシャツの裾が胸元までずり落ちていく。
 くちっくちっと音を立てさせながら神津君の指が膣内から残滓を掻き出していく中、精液の臭いがはっきりと私の鼻に届いて顔が熱くなる。神津君の精液。神津君とだけのセックスの残滓。恥ずかしいのに、見せたくないのに、でも…どこか見せつけてしまいたい気持ちがうずうずしている。神津君とだけのセックスの結果です、と。――それと同時に何か、胸の奥底で当惑や不安に似た何かが蠢いて膨らんでいく気がした。神津君と二人きりだから芽生える筈のない、幸せと違うベクトルの何かは重い雨雲に似ていて、消えないだけでなくじわりと広がっていく。
「ぁ…んっ……」
 構造上何回掻き出してもすべて綺麗になくなるのは無理な話で、私もティッシュで拭う程度しか考えていなかったのに、神津君の指は私の膣内をすべて掻く様に様々な角度や動きで蠢いて卑猥な刺激で擦りたててくる。
 ホテルの時点で疲れていたのにぞくんと一度疼いてしまうとそれは逆らい難いものに変わってしまう。神津君の指がリズミカルに動くたびにはっきりと粘液質な水音が室内に鳴り響く中、徐々にTシャツの裾が大きく揺れる胸を滑り落ちていき、尖りきった乳首が前後に揺れる残像が視界の隅に映る。
「こ……ぅづ…くんっ……、すどっ…く、んっ!かえっ…きちゃ、うっ……」
「見せつけて……」
 悪戯っぽく言いかけた神津君が微妙な表情を浮かべたまま一瞬動きを止め、そしてそっと膣内から指を引き抜いた。ぞくぞくする刺激がなくなって切ない半面、何か判らない不安が少し小さくなった気がして私は思わず息をついてしまう。
 高く上げられていた脚が優しく下げられ、神津君が濡れていない方の手で柔らかく私の頬をなぞる。
「……。?」
「今日くらいは大人しくしておくか。――悪い、調子に乗った」反射的に首を振る私の頭を撫で、そして神津君は真面目な表情で私を見た。「つい先刻、あんな思いをさせた後に悪戯などするべきじゃない。あの馬鹿は例外だと思うが…でもお前の信頼関係や気持ちが落ち着いて整理されるまで余計な力技をするのは無神経だ」
「で、でも…、そんな…無神経なんて事ないです……」
 香取君の言動は確かに精神的外傷になりそうだけれど…そう思いかけて不意に身体が寒くなる。皆はどう思っているのだろうか、神津君は庇ってくれたけれど他の皆は私を香取君の様に考えないでいてくれているのだろうか?
「玲。いや今は槇原と呼ぶべきか? いや…やはり玲、だな」
 独り言を呟きながら神津君は私の身体を向き合う形で膝の上に跨がらせた。
「汚れちゃう……」
「とりあえず構うな。――玲。何か、して欲しい事はあるか? 着替えなどでなく、俺に出来る事で」
 他の人の気持ちを神津君が測る事など出来ないし、私も神津君以外の人の気持ちは考えていなかったけれど、香取君の様な極端な例はもう二度とあって欲しくなくて…でも気持ちを知るべきなのかが判らない。酷い事態に繋がる要素以外なら今のままで十分な気がする。
 ――早く答えないといけないと焦る私の額を、神津君の指がそっと撫でる。
「……。出来れば一人にしたくない。だが流石に外泊は問題がある、か?」
「それは……」
 早春の遊園地のホテルでの外泊は、正直な話家族の評判はよくない。社会人で自分の収入を得ての宿泊費捻出ならば問題がないけれど、小遣いを貰っている身なのだから大きな支出も宿泊も親に一言予定を告げるべきという両親の考え方は私にとって当然に思える。その上、宿泊費を支払わない狡い滞在な上に男子七人との乱交など言語道断である。
 神津君とは一緒にいたい。でも、そうすると私はきちんと考えられない気もする…いや、考えられない。神津君の事ばかり考えて、浮かれてしまう。多分それは今すべき事とは違い、そして後ろ髪を引かれる位に魅力的で甘くて素敵な提案で、神津君が私の精神的な事情を考慮してくれているのが判るからこそ絶対に近いものだった。
 それでも、私は首を振ってしまった。
「ごめんなさい。ちゃんと帰らないと、親が心配するので」
 香取君の事があったからこそきちんと足を地に着けないと崩れてしまいそうな気がする。崩れてしまったら神津君はそれを支えてくれようとするだろうし、それはとても気持ちが楽で…でもやってはいけない事に思えた。
「――そうか」
 少し戸惑った表情の後、神津君の手が私の頬に添えられて真っ直ぐに瞳を見つめられる。
「?」
「いいか。今日の…香取の馬鹿は俺の責任だ。確かにお前は俺に応えた。だが、それはお前がああも愚弄されて然るべき問題でない。俺の読みの甘さや油断が悪い」
「でもそれは」
 不意に神津君が私を強く抱きしめた。両耳を塞ぐ形で添えられた腕に、お風呂上がりの温かい肌が気持ち良いけれど言葉が聞き取れなくなる。しばしその状態が続いた後、そっと優しく腕が解かれた。
「えっと…聞こえなかった、です」
「今言うのは卑怯な事だから聞かせない」
 聞かせないと決めたのならどれだけ訊いても答えて貰えそうにないから、一瞬『絶対命令券』を使いたいかなと考えてしまう。
「本当にすまなかった」
「神津君は悪くないです」
 即答出来る事と出来ない事が頭の中で渦巻いていて堪らなく不安だけれど、でも私にとってそれだけは絶対だから即答出来た。

 食事の後、結局三人揃って送ってくれる事になったのは、私の体力はやはり限界だったのかフラフラとしていて自転車の後ろでしがみついていられるか怪しい為だった。
 相談の結果須藤君が体力作りの一環として私を背負ってくれて、たわいもない事を話しながらの帰り道の間一度も香取君の件は話題に上らず…多分意図して避けてくれていると推測出来た。受験生や志望校の話で、須藤君は体育大学志望かと思いきや今のアパートから通学可能な柔道強豪で有名な大学への進学希望らしい。――私は何になりたいのか、まだぴんとこない。
 そう、あと一年足らずで皆とはお別れになるのだ。大学生になってからも続けられるものではない。
 女子生徒を背負った一団は目立つからか大通りではなく住宅街を歩く中、不思議と怖さは感じなかった。神津君は当然だけれど須藤君も佐々木君もきっと香取君みたいな事を私に言わないでいてくれる、そう思えた。帰る前に佐々木君にぽんぽんと頭を撫でられ、須藤君がいつも通りの無骨な表情だけれどとても優しく私を背負ってくれたお陰で、私は瓶の中で水と混ぜられた砂が沈殿していく様な穏やかな微睡みの中、皆の話し声を聞いていられた。
 親へは夕立で濡れて体調を崩したと半分正解な説明をして早々にベッドに入る。
 ふうっと息をついた次の瞬間から、震えが止まらなくなって私は天井をじっと見つめる…いや、目に映っているけれどあまり意味はなくて、香取君の罵声が何度も何度も耳元で繰り返される感覚に襲われてしまう。あれは香取君にとっては本心なのだろう。私にとって異なっていても、受け取る人に全て同じ認識で伝わるのは無理な話だし、私が神津君が好きで学習会に参加していると他の人は知らないのだから。
 神津君にぎゅっと抱き締めて貰いたい。
 先刻あんなに抱き締めて貰えているのに心が我が儘で贅沢になっている。そういう人間じゃないと何度も言って欲しくなる。でも、神津君以外の男子に身体を許しているのは事実で、それは私が許しているのであって無理矢理でも何でもない。神津君以外の人に貫かれながら達してしまう事も沢山あって…それでも身も心も最高に幸せなのは神津君との時だけで、でも達してるのは、事実だった。香取君との場合ですら。快楽は平等だけど不平等でもあり、技術やタイミングや嗜好や相性等で波があってもスイッチが入れられてしまうと溺れてしまう怖いものだった。怖いと感じているのに、私は流され続けている。
 怖いのに、苦手なのに、何か不安なのに、でも、流されてしまう。
 涙が溢れて止まらなくて、でも拭うよりも自分の身体を抱き締めるだけで精一杯だった。
 神津君は絶対に好き。
 須藤君はもしお兄ちゃんがいればこんな感じかなと思えるいい人。
 佐々木君はあまりよく判らないけれど悪い人ではない感じ。
 他の人は…同級生の男子程度の認識。
 これは神津君以外の男子とでも達してしまった罰なのだろうか。どうすればいいのだろうか。
 まだ一応夏休み前だから明日も授業はあって、当然香取君とも教室で顔を合わせてしまう。香取君は社交的だから皆の前では神津君にも私にも牙を剥かないだろうけれど、私はもう普通に接していいとは思えない…神津君を守りたいし、いや普通を装う事が神津君を守る事なのだろうか? 私も神津君達も関係が関係だから教室でも何か特別な話や挨拶はしていない。でも昼の彼女みたいに私と神津君の関係を怪しむ人がいると言う事は、普通の同級生の挨拶のつもりでも私が気付いていないだけで判り易い何かのサインが出てしまっているかもしれず、それを急に変えた場合やはり周囲に異変と気付かれたり香取君の不興を買ってしまう可能性がある。――でも学習会の一員として接していた頃ならまだしも今後香取君の御機嫌を取らないといけないのだろうか?とちょっと疑問を感じてしまうのも否めない。
 どうすればいいのだろう。
 神津君だけには迷惑をかけたくない。
 時計が秒を刻む音がカチコチと鳴り響く。夏休み前の季節で部屋の中で夏掛け毛布を被っているのに全身が震えて、疲れ切っている筈なのに眠気が訪れない。
 香取君に身を任せるのは神津君が望まないし私もやはり怖いし信頼出来ない。そう判っているのに、もし神津君の事を脅迫のネタにされたら拒みきれる自信がない…あんなに大見得を切ったのに。
 ガクガクと全身が震えて、冷たい汗が額を伝って流れ落ちていく。
 ――結局私はその夜眠る事が出来なかった。

「――え?」家を出て二区画先で待っていてくれていた神津君と佐々木君が嬉しかったのと同時に、やっぱり非常事態なのだと緊張する私は挨拶の後のその第一報に思わず耳を疑ってしまった。「転校って、誰が?」
「香取」
「……。――何で、どうして? いきなり、だって……」
 高校三年の夏に転校など受験生としてあまりにも良くないその知らせに呆然とする私は神津君と佐々木君の顔を交互に見る。少し苦い表情の神津君と心配そうな表情の佐々木君に合わせて歩き出す私の耳に蝉時雨が響いて、今日は晴天で空に入道雲が見える。頭の中がごちゃごちゃになって思考停止寸前になってしまう。
「ともあれ槇原さんは安心していいよ」
 穏やかな口調で微笑む佐々木君には香取君の心配をしている気配は微塵もなくて、優しい人なのか何だか怖くなる。では何を心配しているのだろうか、子犬みたいな人だけどしみじみと判らない。
 もしかして香取君は転校が決まっているから無茶苦茶な行動を取ったのだろうか?それだと納得出来る様な気がするけれど神津君達が転校を知らなかったのが意外でならない。香取君は意外と淋しがり屋だったのだろうか?
 少し疑問を感じるけれど香取君との接点がなくなるのは正直有り難くて、どっと肩の力が抜けそうな自分が少し意地悪な人間に思えて恥ずかしくなる。
「……。佐々木君は……」
 香取君の事は考えまいとした私の口から言葉がぽつりと零れた。
「何?」
 にこっと笑う佐々木君に、私は続く言葉を考えていなかったのに気付いて首を振る。
「ごめんなさい。何でもない、です」
 並んで歩いていた佐々木君が不意に二・三歩先にととっと回り、そして私の前に来てふわりと頭を撫でた。
「? え…と、愛犬週間……?」
「槇原さん可愛いから」
 にこっと微笑む佐々木君の言葉に、私は昨夜からの『神津君以外の皆にどう思われているのか』の疑問を見透かされた気がしてどきっとする。軽く頭を撫でた後、佐々木君は少し苦い表情のままの神津君を悪戯っぽい表情で見上げてから踵を返して歩き出す。
 取り敢えず佐々木君は私の事を香取君みたいに考えてはいないのかもしれないと思っていいのだろうか。そうだといいなと思う私は、少し苦い表情のままの神津君の視線に気付いて首を傾げてしまう。
「えと……?」
 流石に香取君の転校を聞いて安心するのは不謹慎だっただろうかと少し申し訳なくなる私に、神津君の指が額をこつんと弾く。
「お前は、可愛い」
 少しぶっきらぼうに言い神津君はそっぽを向いて少し早足に歩きだす。今日初めての神津君の接触が嬉しくて頬が赤くなってしまうのを感じながら、いつもと似ている朝の始まりが私には嬉しくて泣きそうになる。
「熱は?」
「出てないです」
 少し嘘。寝不足の微熱は自己管理不足なのだから体調不良と申告するのは狡になってしまう。少し泣きはらした瞼が腫れたり顔がむくんでいたりで、今朝は殆ど眠れていないのをいい事に早朝から顔を冷やしたり支度にたっぷりと時間をかける事が出来て、ぱっと見はいつも通りになっている。その分少しでも眠れた方がよかったのだけれど、どうしても昨日は眠気が訪れてくれなかった。
 歩きながら、ぽつりぽつりと鈍く空回りしがちな頭を回転させる。
 元は香取君と神津君達は友達なのだから、転校となったら本来は送別会みたいな集まりをしたい筈だろう。私の件があるまで喧嘩になりそうな気配はなくて…昨日のあれは嫌で怖いけれど香取君と神津君達が仲直りしたいのならば私は邪魔になってしまう。一時の喧嘩でバラバラのまま転校など淋しいだろう。
「あの、私、しばらく学習会なしでいいですか?」
 びくっと振り向いた佐々木君に数秒遅れて神津君が見慣れない表情で私を見た。
「体調?」
「え……え…と……、体調不良とかでなくて…、転校の……香取君と…皆で何か、送る会とか」
「――そういうのは時間じゃないんだ」
 言葉の意味が判らず首を傾げてしまう私に、神津君が額をこつんと指先で弾く。
「奴とは高校入ってからの付き合いで確かにお前より長い。だが今回傷付いたばかりのお前より奴を優先する必要性を俺は感じない。――もし奴と何か語り合う時がくるとしても、それは今じゃない」
「槇原さんが思いやってあげる必要はないと思うよ」
 男の子はこういう事にはドライなのだろうか。一切の迷いもない口調の二人に私は戸惑ってしまう。喧嘩などでは第三者は中立的立場で見てくれるもので、喧嘩してしまった神津君は仕方ないとしても、佐々木君は香取君の肩を少しくらい持ってあげてもいいのではなかろうか…。庇って貰えるのは嬉しいけれど、どこか申し訳ない。
「――もう、学習会は怖い?」
 とても優しい口調で佐々木君が質問してきて私は思わず立ち止まってしまう。
 神津君が好き。でも神津君が私を抱いてくれるのは恋人だからでも何でもなくて…友達との楽しい共有時間だからセックスをしているのに過ぎなくて、学習会がなければきっと縁は切れてしまう。
 でも香取君みたいな感じで扱われてまでそれは続けてはいけない。神津君への恋は一方通行なのだから他の人に身体を許してまで続けるべきなのか…昨日からたまに考えていた疑問を神津君以外の人から問いかけられて一瞬戸惑ってしまう。相手がどう考えているのかよりも先に自分がどうしたいかを考える、その要素は神津君最優先過ぎてて軽んじていた気もする。
「佐々木君はどうして参加してどうしていきたいの?」
 私の問いに佐々木君が子犬みたいな目をぱちくりと瞬かせた後、困った様に微笑んだ。
「成り行きかな?据え膳食わぬは武士の恥って言うし」
「そういうものなの?」
 つまり佐々木君も流された人なのだろう。少しほっとした私をちらっと見てから佐々木君はゆっくり歩き出し、それに続いて神津君と私も歩き出す。
 遠距離通勤には少し遅く普通の通学時間には少し早めで人影の少ない静かな住宅地での少し問題のある話は、佐々木君も私も小さな声で、神津君の合いの手は何故か入らない。まだ暑くない朝の住宅街は昔から緑化地区や住宅制限があるお陰で街路樹や軒先の緑が多くて、朝早くからの打ち水や緑の匂いが少し濃い。
「健全な男子としては槇原さんが嫌がらない限りは学習会が続いてくれると嬉しいな。でもそれで槇原さんを傷つけるなら僕は許さない」
 佐々木君らしくないはっきりとした断言に少し驚いてその横顔を見た私に、柔らかないつもの子犬っぽい笑顔を佐々木君は見せた。
「――槇原が続けていいか終わらせたいか決めるまで学習会は中断でいいな。元からハードだから身体を休めるいい機会だろう」
「え……」
 ようやく聞けた神津君の言葉に私は戸惑った声を上げてしまう。
 もうすぐ夏休みで、神津君と須藤君と佐々木君のメールアドレスや携帯番号を教えて貰ってはいるものの、私から連絡をする事も受ける事も殆どない。それは神津君達から何気なく指示が貰えているからであって、私からの可否連絡はつまりセックスのOKサインであってそれは恥ずかしいとしか言い様がない。
 でも、他の人達がどう考えながら私を扱っているかの困惑はまだ残っていて……。
「試してみる?」
「え?」
「槇原さんが辞めたいって即答出来ないなら、その、神津君とのマンツーマンか僕や須藤君も含めてかで学習会のお試しプレイで槇原さんの気持ちを確認してみるとか、どうかなって」

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初校201402251634

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