エッセイと私
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歳のころ・・・「一枚の絵」という雑誌の公募展にわたしは生まれてはじめて水墨画の作品を出品し銀賞を受賞しました。それをきっかけに水墨画は上野の森美術館や東京都美術館、岐阜美術館と公募展に出品しはじめ現在に至っていますが・・・
実はエッセイも小学館の雑誌「デニム」の「ライター公募」に応募。月間ライター賞を受賞したことがあります。
(タイトル「苦手な窓口」たぶん1992-3年ごろ)その後は「生活の絵本」
1998年2号 に投稿したエッセイが見開き2ぺージに全文掲載。(
「壷がくるぞ〜」)など
またフリーライターとしてタウン誌等で執筆活動などもやっていたこともありましたが
最近は売り込むのもめっきりめんどうになり「泉照の気まま日記」をHPにてぐ
-たら書いております。著書に
「魔女ママのきまぐれノート」
(単行本)杉崎しをり|日本図書刊行会/近代文芸社|1993年 05月発売単行本|
ISBN/JAN:4773318767本体価格:971円(税込:1,020円)なんぞもあったりします。 未だに楽天ブックスやアマゾンあたりで売られてるようです。
占い師「呉 慶蘭」として 2003―
4年「占いデパートせんせん」に所属していた頃に、「占いデパートせんせん」のHPにて「週間占い」の執筆担当しておりました。タロットによる週間占いです。千本ノックみたいな仕事でございました。こんな感じで「書く」のも「描く」のも好きなんですが、とにかく「売りこんでも」使ってもらえなくなりましたねぇ・・・。要するにこの程度の人間などネットの世界を見ればわかりますが、掃いて捨てるほどいるわけです。
でも「辞められない」のは、つまるところ「金の問題じゃない」んですね。「好き」なわけです。「かくこと」が。
永井路子女史だったと思うんですが、テレビのト
-ク番組かなにかで「小説家にならなかったら何になっていたと思いますか?」
というインタビュワーの問いに
「売れない小説家になっていたと思います」
と答えてらした記憶があります。
「ピアニストという蛮族がいる」中村
紘子著 というエッセイがありますがこういう人間は「ものかきという蛮族」の一人なのかもしれません。