栗色の髪の騎士と不思議なたまご 2

 

 

1密使

 

最近の豊川少年は忙しかった。

あの、異国の一冊の古い本が巻き起こした騒動を調査し、火の鳥を封印した功績

で豊川少年は、稲荷狐としての階位が上がり、現在は更に重責な任務についてた。

 

それは・・・・

 

vipの身辺の世話係・・・・。

 

VIPの身辺世話係? それでこんなすげーホテルに泊まりこんでるのか?

 

都内の大井町プリンセスホテルは、富田林りんこが自宅アパート火事消失時に滞

在したような、こじんまりとしたビジネスホテルとは比べものにならないゴージャ

スなホテルだ。一階部分には、商業施設のレストランや、カフェが入り、中央の

吹き抜け天井からは、さんさんと日光が降り注ぎ、棕櫚や観葉植物の植物類が、

あちらこちらに配置され、まるでガラス張りの温室の中にいるようなクリスタル

パレスだ。

 

その一階フロアのカフェの、籐で出来た椅子にもたれて、吹き抜け天井を見上げ

ながら、豊川少年にむかってそういったのは、他でもない、横浜中華街関帝廟の

眷属の龍神の化身のリューであった。

 

「お前ら、稲荷族は金あるよなぁ~。んで・・・何たくらんでるわけ?

 

リューが単刀直入に豊川少年に言った。

 

豊川少年は、フルーツの入ったブルーハワイのようなジュースをストローで黙っ

て飲みつつリューの質問に答えない。

 

「・・・・。秘密です。リューさんといえどもいえません」

 

「そういわずに、教えろよ。俺だってね、手ぶらじゃ横浜に帰れないわけよ。何

も、好きでわざわざこの暑い中東京まで来て、お前と会ってるわけじゃないのよ。

お前、俺が暑いの大の苦手だって知ってるでしょーよ。これも、任務だから仕方

なく出向いてきてるんだから。」

 

「ですから・・・VIPの世話係です。お教えできるのは僕はここまでです。長老

に口止めされてますんで。」

 

「だから~そのVIPが誰なのかくらい教えてくれてもいいだろ~」

 

リューのしつこさに豊川少年が、ため息をつくと

 

「・・・・。それじゃ・・・あとひとつだけお教えします。おそらく、そちら

にも『関係者』がいらっしゃると思いますよ。」

 

「えっ? うちにもって・・・御廟にか?

 

豊川少年はこくんとうなづいた。

 

「ですから・・・そのうち解ります。」

 

豊川少年はそういうと、ポケットから携帯を取り出して時間を確認しながら

 

「そろそろ部屋に戻らないと・・・・。リューさん・・・無駄だと思いますが、

念のため言うだけいっときます。くれぐれもイモリになって周辺をかぎまわらな

いでくださいね。あのお方は怒らせると怖い方なんで。リューさんといえども、

あの方には歯が立たないと思いますから。これは忠告です」

 

そういうと、籐の椅子から立ち上がって、テーブルの上の伝票を手にした。

 

曲がりなりにも関帝の眷属の龍神が、「歯が立たない相手」だから「うろつくな」

といわれて、憤慨しないわけがない。

 

「随分ないいようじゃないか・・・。」

 

リューが切れ長の瞳で豊川少年をにらみつけたが、豊川少年は涼しい顔のまま

 

「フェニールのときを思い出してください。今度の方はあんなもんじゃない。」

 

そう言い返した。豊川少年の薄茶の採光がキャッツアイのように光った。

 

リューは

 

(こいつ・・・あの事件以降、位階が上がったらしいが・・・確かに、以前より

気迫が強くなった・・・。)

 

豊川少年が着実に成長しているのをかんじた。

 

この程度の子供のような豊川少年すら、この気迫である。それが、大人クラス、

長老クラスになるといかほどの力を発揮するのか。

 

彼らは、容易に人間界に溶け込み、時に、国や経済の中枢にまで入り込んで「世

を動かす」。

 

豊川少年もまた、人間界で暗躍する、『稲荷族』として着々と成長していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 二つの巨星

 

大井町プリンスホテルの38階は最上階のスイートルームであった。そのワンフロ

アをVIPとやらが貸しきって滞在していた。

 

リューが、稲荷狐の豊川少年の忠告どおりに、このまま引き下がるわけもなく、

目だたぬようにイモリに変化して38階へと忍び込んだ。

 

エレベーターでフロアにつくと、まるで、個人の家の玄関先のようなポーチがあ

り、そのレンガ式でスペイン様式のポーチの先にドアがあった。他の部屋のドア

はない。どうやら、このドアから中へはいってはじめて、いくつかの部屋が広がっ

ているらしかった。

 

リューは、そっとドアの隙間から中へとはいっていった。

 

稲荷狐の豊川少年はこのフロアの中の一室を「vip身辺お世話係控え室」として

使っているようだった。

 

今現在、豊川少年は控え室に待機している。

 

更に、奥の部屋から人の話し声が聞こえてきた。一人は成人男性。もう一人は、

女性にしては低い声だが、男性にしてはいくぶん高い、不思議なトーンの声だ。

 

二人は、応接セットのテーブルを挟んで対峙していた。

 

男は年のころは三十半ばくらいか。丹精な顔立ちで仕立ての良いグレーのスーツ

を着ている。一見官僚か外交官か、いずれにせよ、上級公務員のような風情だ。

 

もう一人は・・・黒いスーツに身を包んでいる。長い艶のよい黒髪、青白いよう

な肌、やはり端正な顔立ちをしているが、男にしては線が細く、真紅のルージュ

が印象的だ。一見、美青年なのか美女なのかわからない、中性的な容姿をしてい

る。

 

男のほうが、スーツのうちポケットから一枚の写真を取り出して、その中性的な

黒いスーツのものの前に差し出していった。

 

「仕事だ。魁。ターゲットはこの人物。この国のトップだ。」

 

男は、目の前の黒いスーツのものを『魁』と呼んだ。

 

魁と呼ばれたものは、写真を一瞥して

 

「ふん」

 

というと、不機嫌そうに

 

「どうせまた、武曲は来ぬのだろう。」

 

といった。

 

そんな魁にむかって男は

 

「いつまですねているのだ。これは太一真君の命ぞ。」

魁にむかっていった。

 

「真君の命? どうせいつも入れ知恵をしているのは文曲・・・おぬしであろう

よ。おぬしのそのさかしい顔を見ていると胸が悪くなってくる。いくら頼まれて

も私は動く気はない。」

 

強い口調で言い返した。

 

「おぬしに協力して、千年前も私は動いた。しかし、武曲は来ぬばかりか、私は

この国の野蛮な田舎武士に射られて深手をおうはめになった。しばらく石と化し

てなりを潜めていたが、その石の私をやつらはこともあろうに玄翁で打ち砕こう

とした。私の自尊心はボロボロだ。それもこれも、文曲!おぬしのせいだっ!

ぬし、ドサクサにまぎれて、私をこの星で消そうとしたであろう!

 

魁とよばるこのものは、柳眉をつりあげて、男を「文曲」と呼んだ。

 

 

「魁! それは誤解だっ! あの時、武曲が下界に下りなかったのは真君のご意思

であった。」

 

文曲と呼ばれる男が反論すればするほど、魁の怒りは収まらぬようで、その声も

おおきくなった。

 

「では何かっ!わたしがこの星でこの下等な輩に消されそうになったのも真君の

ご意思であったというのかっ!

 

「そなたはこうして生きておるではないか。真君はわれらが命数をご存知だ。そ

れゆえ、武曲をさしむけずともそなたは無事であると判断されたのであろう。深

いご判断があったのだ。」

 

「うまいことをぬかす。わたしがここにこうしておられることは結果論だ。たま

たま命を拾ったにすぎぬわっ」

 

 

二人の会話をドアの影でじっとイモリの姿で聞いていたリューだが

 

(魁・・・天魁・・・「貪狼星」? 文曲・・・文曲星? 北斗の七星・・・?

んでそんな大物がここに? )

 

あわてて、部屋から出たところを、何者かに尻尾をつかまれて逆さづりにされて

しまった。

 

豊川少年だった。

 

「まったく・・・無駄だとは思いましたが・・・やっぱりきちゃいましたか。」

 

そのまま、リューは豊川少年の胸のシャツのポケットにいれられて、外に出た。

一階に向かう専用エレベーターの中で、豊川少年のポケットからだされ、リュー

は人型をとった。

 

人の形になったリューにむかって豊川少年は、ため息をつきながら

 

「そのうち、文曲星どのがそちらへおいでになります。これで少しは気が済んだ

でしょう?

 

といった。

 

「なんであんな大物が来てるんだ?

 

リューの問いに豊川少年が首を横にふって

 

「僕にもわかりません。僕は下っ端にすぎませんから」

そういった。

 

リューは、漠然とした不穏な空気をかんじながらホテルをあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 雷雨

 

横浜の中華街のほぼ中心に商業の神「関羽」を祭った廟、関帝廟がある。

リューは、その廟を守護する「龍神たちのなかのひとり」だ。

『廟を守る』ということは、その廟に集まる、関帝を信仰する人たちを守るとい

うことだ。リューは関帝の眷属として、関帝廟を祭る人々を守っている。

ゆえに・・・この国の情報を収集するのも「リュー」のような眷属たちの仕事だっ

た。

 

ときには、宗派をこえて、稲荷族の豊川少年とも協力しながら仕事をすることも

あるが、基本的にはおのおの別の組織の眷族であるから、すべてが右から左に情

報を共有するわけでもない。

 

しかも、稲荷族は人間として人間界に関わる力がある。

そこがリューたち龍神とは大きく違う点だった。リューたち龍神は、直接人間と

して人間界にかかわることは出来ない。あくまでも、眷属として、人間にパワー

を授けるだけだ。

 

しかし、稲荷はちがう。人に化身して、人として人間界で直接関わっていく。

 

リューは豊川少年と接することで、己と豊川少年のような稲荷との違いを今回、

まざまざと感じたのだった。

 

リューは、まっすぐに関帝廟には戻らず・・・・気がつくと、あのルークの間借

りしている鷹取来栖の祖父の家の前にいた。

 

いつの間にか、雨も降り出していたが、リューは気にもとめず濡れるがままになっ

ている。

 

リューはいつもルークのいる二階の部屋のベランダにむかって、足元に落ちてい

る小石をひとつつまんで投げた。カチンと音をたてて小石が窓のさんに当たった。

 

その音がルークに届いたらしく、ルークが二階の窓をあけてベランダに出てきた。

 

リューに気がついたルークが不機嫌そうな面持ちで

 

「そんなところで何をしている」

 

といった。

 

いつもなら、軽口をたたいて、勝手に上がりこんでくるリューだが、今日は様子

がいささかおかしい・・・と見て取ったルークは

 

「はいれ」

 

ベランダから一言いって部屋の中へ戻った。

 

 

家の中に入ってきた、ずぶぬれのリューを迷惑そうににらみつけながら、ルーク

はバスタオルをリューに投げつけた。

 

「カーペットやソファーをぬらすなよ。この家のじいさんがやかましい。今はちょ

うど留守だが、夕方には戻ってくるだろう。用があるなら早めに済ませてくれ」

 

ルークがそっけなくいった。

 

「・・・・。」

 

リューは黙ったまま窓際の籐の椅子に腰掛けた。

 

外の雨脚の音が強くなったように感じられた。まだ昼間だというのに室内は薄暗

く、先ほどの暑さが嘘のようにひんやりと涼しい。

 

思えば、ここはいつもクーラーが効いているから居心地がいいのかとばかり、暑

さに弱いリューは思っていた。

だが、どうも、それだけではないらしい。

 

ゴロゴロと響く雷の音とともに、稲光が時々、フラッシュをたいたように室内の

調度品を青白く浮かび上がらせた。

 

ルークの居る空間は、いつも、何かひんやりとした空気に包まれている気がした。

それが、彼本来の持つ「気」のようなものから来ているせいかもしれないとリュー

は思った。

何か、石造りの宮の中にいるような、ひんやりとした気。

 

関帝廟の大理石の柱に巻きついているときの心地よさによく似ている。

 

リューは静かに口をひらいた。

 

「ドルイドの騎士どのは・・・・ドルイドという司祭を騎士として守っていたと

き、その仕事に疑問をもったことはないか?

 

リューの言葉にルークは

 

片方の眉を軽くもちあげながら

 

「なにを突然・・・?

 

といった。

 

そして

 

「私は、騎士として、やってはいけないことをしたモノだ。司祭に託された『卵』

を捨てたものだ。その罰として、終わりの無い旅をしいられ、挙句、肉体を持た

ぬまま人間界にまでやってきてさまよい歩き、このアンドリューとかいうものの

体にヤドカリのように間借りしている・・・いわゆる騎士の中の最低の劣等生だ。

その私に・・・何を聞こうというのだ?

 

そういって静かに微笑んだ。

 

「・・・・。そう・・・だったな」

 

いつものリューらしくない返事だ。

 

「何かあったのか? お調子者のお前がそこまで深刻な顔をしているのもめずら

しい」

 

ルークの言葉にリューは

 

「稲荷たちが・・・何かたくらんでいる。何か・・・良くない気がするのだ。俺

のような下っ端の雑魚は所詮、廟の護衛でしかなくて・・・神々の命じるままに

動かねばならないのかと・・・・。」

 

そういった。

 

「・・・それが嫌なら、剣を捨て、鎧を脱ぐまでだ。」

 

ルークの言葉に

 

「どうしてお前はいつもそうやって平静でいられるんだ!なんでもっと激しく激

することをしないっ!!」

 

リューはつい熱くなった。

 

そんなリューを見てルークは

「やっといつものお前にもどったようだ。お前は龍神なのだろう。生まれつき定

めを背負っているのに、何故そんなに迷う? 面白いやつだ。だが、それがお前

だ。」

 

そういうと、窓際へ行き、カーテンを開けた。

 

「雨が上がったようだな・・・」

 

リューは無言でその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四 封印

 

リューが横浜中華街の関帝廟に戻ったのは陽もすっかり落ちて、あたりが暗くなっ

たころだった。むろん、まだまだ中華街の中は大勢の人たちで賑わいをみせ、熱

気に満ちている。

 

ここに集う、観光客も、飲食目的でやってくる近隣からの人々も、龍神の化身が

人間にまざって中華街を歩いているなど想像もしていない。

 

しかし、信仰深い中華街の人たちの中には、リューたちの存在を直感的に察しつ

つ眷属の霊気を時折感じ、畏怖と敬意をはらいながら生活するものもあった。

 

 

そのリューが、今日一日、下界を警邏して得てきた情報を仲間に報告しようと

廟にもどってきて、廟の門をまたごうとした瞬間・・・・

 

何か、透明な空気の壁のようなものが眼前に立ちはだかり、リューはその壁には

じかれたようになって中へ入ることができなかった。

なんどか門をくぐろうとするが、そのたびに、まるで、空気の入った巨大な鞠か

なにかが目の前にあるかのように、身体ごとはじかれて、

どうやっても廟の中へ入れない。

 

「なっ・・・・いったいなんなんだっ!!

 

リューが声を上げると

 

廟の中から仲間の龍神の声が聞こえてきた。

 

「ディ・リューか・・・。この廟は封印された。封が解かれるまではわれらも出

られず、お前も入れない。」

 

「いったい・・・何がおきたんだ!!

リューが叫んだ。

 

「われらにもわからん。ただ、われらも関帝廟も無事だ。」

 

仲間の龍はそれだけリューに伝えると、後は口を閉ざして、廟は静寂に包まれた。

 

わけがわからないのはリューだった。

 

帰宅したらいきなりマンションのオートロックが停電で開かない・・・そんなか

じだ。

 

リューが呆然としていると、ちょうどその前をいつも廟の入り口にある社務所で

参拝人に入場券を販売している翁が通りかかった。

 

彼は、リューの正体を知っている人間だ。

 

「おや・・・、リューさん・・・なんでここに? 」

 

リューは不機嫌そうにその老人をにらみつけた。

 

老人は、そのリューの表情を見て何かを思い出したように左手の手のひらを右手

で作ったこぶしでうちつけながら

 

「あいや~リューさん、締め出しになったね~」

 

といった。

 

「何か知っているのか?

 

リューの言葉に、老人が、門の脇の朱で書かれた「封」のお札が貼られているの

を指差していった。

 

「あれよ。締め出しの原因。」

 

「なんだ・・・? あれは」

 

「封よ。さっき、太一真君の使いが来てあのお札を陽が沈んだら貼るようにとこ

の老人に渡していった。あっ、はがそうとしても無駄よ。人間しかお札触れない。

 

「なんでこんなことを・・・」

 

「解らないよ。でも、ときどきこういうことあると聞いたことあるよ。『神仕組

み』があるのかもしれないね」

 

翁がいった。

 

「神仕組み・・・?

 

聞きなれない言葉をリューは聞き返すようにつぶやいた。

 

老人は

「神仕組みは凶星が動くから、静かにしていたほうがいい」

 

そういうと、そそくさと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

5 もう一人の居候

 

「で・・・・なんでここに、お前までいるんだ?

 

ルークが容赦なく不愉快そうに眉間に縦しわをよせて言った。

 

「まあまあ・・・ここはわしの家だ。ルークの仲間なら大歓迎じゃ」

 

関帝廟から締め出しをくらった形になったリューが再びやってきた場所は、さっ

き訪れた、鷹取来栖の祖父の家だった。

 

鷹取来栖の祖父、鷹取爵は文学者だった。

ルークや火の鳥をこちら側へ呼び寄せたのも、この老人の研究する一冊の古い洋

書とそれに接した鷹取爵の孫、鷹取来栖の好奇心が事の発端だった。

 

いままで感じたこともない西洋の巨大な気の気配に、リューと稲荷が調査をし始

め、気の根源であるルークたちと関わることになったのだった。

 

東洋式に変換するなら、ルークは「金気の化身」であり、火の鳥は「火気の精霊」

そのものだった。

 

だが、本に関心を寄せた当の本人である鷹取来栖は、ルークや火の鳥たちを受け

れられず最近は完全に無関心を決め込んでいる。

 

鷹取爵の言葉にルークにはめずらしく声を荒げた。

 

「仲間ではない!!」

 

「まあまあまあ・・・・。そう怒るな。ルーク。わしは大いに、このリューとい

う男の話に関心がある。くわしく聞かせてくれないかね。」

 

「じいさんは、西洋のことが専門だろ? 東洋のことは専門外なんじゃないのか?

 

ソファーに身を沈めたリューが上目遣いにちらりと鷹取爵をにらんだ。

 

 

「うむ・・・確かに。しかし、少しは知識がある。お前さんが集めてきた情報を

教えてくれたら、その封とやらが解けて廟に戻れるまでここにいてもいい」

 

ルークがため息をつきながら

 

「言うと思った・・・」

 

とつぶやいた。

 

リューがニヤリとして

 

「交渉成立だ」

 

そういった。

 

ルークとリューの奇妙な共同生活がはじまった。

 

 

リューの集めてきた情報はこうだ・・・・

 

「豊川少年こと稲荷族は、なにやら大きな企てをしているらしい」

「その企てに『北斗の七星』のなかの『文曲星』と『貪狼星』が関与しているら

しい」

そして

「突然の関帝廟封印」

関帝廟の社務所の老人の「神仕組み」「凶星が動く」という言葉。

 

そして・・・文字通り、リューの「締め出し」。

 

これらのキーワードを前に、鷹取爵は

 

「『封神演技』をしっとるか?リューとやら」

 

といった。

 

言われて

 

「商から周に国が変わるときの騒乱の話だろ? 中華圏の人間で知らないやつは

いないんじゃないか?

 

といった。

 

「そのときも『貪狼星』が九尾の狐となって『姐己』という絶世の美女となって

国を傾けた」

 

「まさか・・・この国でも何か起きるのか!!というか・・・稲荷のやつらが何か

画策してるのかっ!

 

鷹取翁の言葉にリューは身を乗り出した。

 

「稲荷族は古代より、この国の経済の根幹を担ってきたのだ。主に影から天皇家

を支えてきた。彼らが、手品のようにどんな飢饉に見舞われても、いずこからとも

なく『稲の荷』を担いでくるから『稲荷』なのだ。その稲荷族が・・・貪狼星を

・・・。過去にその『姐己』はこの日本の地でも暴れたことがあったな。」

 

老人の言葉に、リューは昼間のホテルでの文曲と呼ばれる男と魁と呼ばれるもの

の会話を思い出していた。

 

「たしか・・・千年前がどうとかこうとか言っていた・・・・」

 

リューの言葉に鷹取翁が

 

「・・・・千年前・・・・『玉藻の前』じゃな。鳥羽上皇に取り付き、保元の乱

のもとを作ったという・・・横須賀の三浦義明に栃木県の那須まで追われ、『九尾のきつ

ね』という正体をあらわし、弓で射られて『殺生石』になったという・・・・その

石の上を飛ぶだけでも鳥が落ちるというほどの毒気を放ち、地上でも、近寄るも

のはことごとく死んだという・・・『能』の演目にもなっておる。」

 

いきいきと目を輝かせて言った。

 

「ということは・・・稲荷族と貪狼星はかかわりがあるのか・・・」

リューがいった。

 

ルークは、まったく関心が無いそぶりで二人の会話に付き合っていたが、部屋の

時計をちらりと見ると

 

「そろそろ休ませてもらう。明日も学校がある」

 

といって椅子から立ち上がった。

 

リューが

 

「まだ、小学校の先生をやっているのか?いつまでそんなことをしているつもり

だ」

 

というと、ルークはそっけなく

 

「アンドリュー・ロイドの身体を借りている以上、彼の仕事を滞らせるわけには

いかん。」

 

そういって二階の自室にもどっていった。

 

ルークの言葉にリューが

 

「あいつには悩みとかないのかねえ。いつも淡々としている。」

 

と、独り言のようにいった。

 

「彼と一緒に暮らしていて思うことがある。今与えられた立場を淡々と、しかし

全力でこなす・・・先のことも、あとも事も考えない・・・あれが、『騎士』と

いうものなんじゃろう。」

 

鷹取翁が言った。

 

「しかし、今の奴に命令する主はいないじゃないか。奴は誰の命令で動いている

んだ?

 

リューのことばに鷹取翁がいった。

 

「今のルークにとって、アンドリュー・ロイドの身体を借りなくてはならなくなっ

たということそのものが、天から与えられた使命なんじゃよ。だから彼らはアン

ドリュー・ロイドとして生きている。今の彼は彼の力ではどうすることも出来な

い状態にいる。そのことを彼は悩んでもしかたがないと思っているんじゃよ。」

 

 

「俺にはよくわからん。俺はご廟を信仰する人間と関帝を守るのが仕事だ。それ

なのに稲荷たちは、人間たちの世を乱して人間を危険に陥らせようと画策してい

る。稲荷も俺たち龍神のように人間に利益をもたらすものじゃないのか?

 

リューの言葉に鷹取翁が

 

「人間の欲の手助けをすることは、そもそも『善』かね?

 

といった。

 

リューはいつになく

 

「そりゃ『ご利益』は『善行』の褒美ときまっている。だから『善』だ。」

まじめに答えた。

 

「稲荷もルークも、お前さんとは違う『善』の基準でうごいとるのさ。さてわし

も休もう。年寄りもこれでいてなかなかいそがしい。お前さんは・・・二階の開

いてる部屋でも好きなように使ってくれ。ではおやすみ」

 

リューは二人が去った居間のソファーにそのままゴロリと横になった。

 

そしてすべてが腑に落ちないままだったが、ルークの淡々とした姿に触発された

のか

 

「そうだよな・・・俺も、仲間が廟に封印されている今、中華街を守れるのは俺

だけだ・・・封が解かれるまでの間、街を守らなきゃな・・・」

 

早々に眠りについた。

 

 

 

5、二度目の夏

 

関帝廟の眷属のディ・リューが、鷹取来栖の祖父、鷹取爵の家に居候を決め込ん

でいた頃、ロシアから日本へ病気治療のためにやってきた少女ユリアの家族もま

た、鷹取来栖の祖父の家に程近い、マンションに滞在していた。

 

日本へやってきてちょうど一年が経ち、ユリアの病気もすっかり良くなり、いつ

帰国してもよい状態ではあったが、ユリアの父の貿易の仕事が、日本でしばらく

継続できるようになってきていたので、もうしばらく家族全員日本に滞在するこ

とにしたのだった。

 

そんなユリアだったが、蒸し暑い日本の夏にすっかり夏バテを覚えて、クーラー

の効いた自室のベッドに寝転がりながら

 

「アイヌの歴史」

 

なる本を広げている。

 

本を眺めながら、首にさげたファベリジェエッグのペンダントを、エナメルの冷

たい感触を楽しむかのように、片手の指先でもてあそんでいた。

 

このペンダントはロシアの祖母から送られてきたもので、ロマノフ朝に作られたいわゆるアンティークのものだ。

 

ユリアは、これをお守りのかわりにいつも首からさげていた。

 

その卵型のネックレスがときどき、ポワンポワンと発光している。

まるで、心臓の鼓動のようなテンポで光っていたが、それがふとやむと、

 

「ユリア・・その本 おもしろいか?

 

とペンダントの中から声がした。

 

その声の主は、ゆえあってユリアのペンダントの中に潜むことになった、『火の鳥』フェニールだった。

 

こりフェニールの力でユリアはまったく言葉のわからない日本でも、不自由なく

読み書き会話が出来ていた。

 

フェニールには・・・そうした力があった。

 

しかし、フェニール本人が翻訳に飽きてきたらしく、ユリアにそんな問いかけを

したのだった。

 

「面白いわよ」

 

ユリアがそっけなく応える。

 

「だいたい・・・なんでそんな本読んでるんだよ」

 

フェニールの問いにユリアは

 

「ん? これ? ネットの友達が言ってるの。『日本の北海道にいたアイヌはロシア人だった』って。

本当なのかな?と思って。図書館で本を借りてきたの。」

 

「で? 日本の本にはなんて書いてある?

 

フェニールがペンダントの中から問いかけた。

 

「ネットでは、『日本の朝廷がアイヌを倒して北海道を侵略した』っていってるわ。本当だったら・・・

怖い人たちだなとおもって・・・。本には・・・アイヌがロシア人だとは書いてない。」

 

「それで調べてるのか・・・」

 

「だって・・・」

 

ユリアは昨年の夏の事件を思い出していた。

 

「日本人は意地悪だから・・・私のこと、魔女だっていって無視したり・・・突き飛ばしたり・・・」

 

ユリアが口ごもった。

 

と、同時にフェニールも黙り込んだ。

 

ユリアが日本人の学校へ、見学を兼ねて通っていたとき、事件が起きた。

そして、「いじめ」にあっているユリアを見かねて、フェニールは一瞬我を忘れてユリアの怒りに感応し、

 

学校を炎上させてしまったのだった。

 

その暴挙は、すぐさま稲荷狐と龍神の知れるところとなり・・・・彼らのおかげ

でなんとか、自分の力を制御できるようにはなっていたが・・・。

 

二人の会話を棚の上に置かれたべレスタの中の白馬、ベルトーユが聞いていて

 

「まあまあ、二人とも、あのときのことはもうあまり深く考えずに・・・」

といった。

 

「ユリアも日本人すべてが恐ろしく悪いやつだと思ってるわけではないから、本

で調べているんでしょう? ネットの人たちの言葉を鵜呑みにせずに」

 

ベルトーユの言葉にユリアは

 

「よくわからない・・・」

 

と応えた。

 

「まあ、帰国するまでまだ時間はあるんだし、のんびりしてればいい。ユリアは

体のためにこの国に来たんだし。治ればそれでいいじゃないか。」

 

フェニールがそういった。

 

そういったあと・・・

 

「・・・・!?」

 

突然

 

「ルーク!

 

と叫んだ。

 

驚いたのは、ユリアとベルトーユだった。

 

「どうしたのフェニール」

 

フェニールの『ルーク』という言葉にベルトーユも反応した。

 

もとはというば、火の鳥フェニールも、白馬ベルトーユも、騎士ルークと共に旅

をしているはずだった。

 

しかし、ルークが突如、「こちら側」へ来たことによってフェニールとベルトー

ユも彼を追って「こちら側」へやってきたのだった。

 

今は、お互いの居場所を知りながらも離れて暮らしている。

 

ルークは普段、ユリアと、鷹取翁の孫、鷹取爵の通う学校のイギリス人教師「アンドリュー・ロイド」の身体を借りていた。

 

その秘密をユリアは知らない。

 

「ルークの気配だ・・・ルークの気配を強く感じる・・・」

 

フェニールがそういった。

 

「ルークって・・・誰?」

 

ユリアがいった。

 

ベルトーユがフェニールにたずねた。

 

「やっぱり・・・話しておいたほうがいいんじゃないか?」

 

フェニールが

 

「・・・・うむ・・・」

 

渋々返事をした。

 

「何よ 二人とも!!隠し事しちゃって!

 

ユリアが怒ると

 

「わかった。説明するから、ちょっとネックレスはずしてくれ。久しぶりに外に出たい」

 

フェニールの言葉に促されて、ユリアはネックレスをはずしてベッドの上に置いた。

 

赤いエナメルに金の細工が施されたファベルジェエッグの中から・・・

 

手のひらサイズの真紅の鳳凰が出てきた。

 

いや・・・見た目はまるで真っ赤なクジャクのミニチュアフィギュアだ。

 

その真っ赤なクジャクのミニチュアが、羽を広げたり、首をこきこきと曲げたり体操をしている。

足には氷翡翠というバングルがついていた。このバングルの力でフェニールの身体から出る炎は熱を奪われ、

外に出ても火事を起こすことなくいられるようになっている。

 

このバングルをフェニールに届けたのが稲荷狐の

豊川少年と関帝廟の龍神リューたちだった。

 

 

そのフェニールが言った。

 

「あ~ペンダントの中にずっといると、さすがに肩こる~。」

 

「そんなことどうでもいいから、そのルークって何なのか教えてよっ」

 

ユリアがじれったそうにいった。

 

「ルークってのは・・・アンドリュー先生の中身だ」

 

「は? 中身?」

 

ユリアは、瞳を見開いた。

 

「そう。中身。アンドリュー先生の中に、ルークって奴が入ってる。火事の中からユリアを助けたのはルークだ。」

 

「要するに・・・これだ」

 

フェニールは、目の前にあるファベリジェの卵型のペンダントを片足で摘み上げた。

 

「俺たちは『器』がないと、こちら側にいられない。ルークの『器』がアンドリューってことだ。」

 

「・・・乗り移ってる・・・ってこと?」

 

「そういうことになる」

 

「それじゃ、本物のアンドリュー先生はどうなってるの?まさか・・・死んじゃってるとか・・・」

 

「死んではいない。ただ・・・眠っている。アンドリューの身体の中で眠ったままだ」

 

フェニールがいった。

 

「それじゃあ・・・・私を助けてくれたルークって・・・?アンドリュー先生じゃないの?」

 

ユリアの言葉に

 

「アンドリュー先生であって、アンドリュー先生じゃない。」

フェニールが応えた。

 

 

「なにそれ~~わけわかんない~!!

 

ユリアはそういうと枕を抱きかかえて、しばらくぼーっとしていたが、はっとしたように我に帰ると、

 

「フェニールも・・・ベルトーユも・・・本物のルークを見たことあるの?

 

恐る恐る二人に尋ねた。

 

ユリアの頭の中に、「蛙の王様」や「美女と野獣」の物語が浮かんでいた。

 

両方とも、はじめは醜いが、あとで立派で美しい王子様になる。

しかし、アンドリュー先生はどうだろうと考えたとき・・・アンドリュー先生は、今現時点で

充分かっこいい・・・その先生が・・・更にかっこよくなる確率は低い気がしたユリアだった。

 

とすると・・・かっこいいと思っていた、アンドリュー先生の中身のルークのルックスがひどく気になるユリアだった。

 

フェニールは、ユリアの心の中を察すると

 

「ルーク・・・。あいつは・・・そりゃあもう・・・・」

といって黙った。

 

「醜いの!?

 

ユリアが顔色を変えて叫んだ。

 

それを聞いていたべレスタの中のベルトーユが、ため息をつきながら

 

「ユリア・・・その現金な性格、もう少しなんとかなりませんか?

 

といった。

 

「も~!!だから、どっちなの?! 醜いの? かっこいいの?

 

ユリアの歯に衣着せない問いに

 

フェニールはぽつりといった。

 

「怪物。」

 

フェニールの言葉に

 

「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ユリアが思わず雄たけびをあげた。

 

その声が、キッチンにいたユリアのママにも届いたらしくママがあわてた様子で

部屋にやってきた。

 

「何かあったのユリア」

 

「ううん。なんでもないわママ。今本読んでいたのよ。」

ユリアは枕元の、図書館で借りてきたさっきの本を掲げてみせた。

 

?・・・そう。」

 

ママは小首をかしげながらキッチンへ戻っていった。

 

フェニールはもうユリアのペンダントの中に戻っている。

 

(ほんとに、アンドリュー先生の中身のルークって騎士は、怪物なのかしら・・

。実は、王子様を壁にたたきつけたら・・・蛙が中から出てきました・・・なんて嫌すぎる。

王子様が狼男なのも嫌・・・・。あああ~ほんとのことが知りたい~~~! でも、ほんとが、蛙や狼男だったら? 

このまま知らないほうがいい?

でもまだ決まったわけじゃないじゃない? アンドリュー先生よりかっこいいかもしれない。

そうよっ! そうだった時、このまま封印しちゃうのは絶対後悔するっ! 真実をつきとめなきゃ!!!

 

ユリアはそう思い至ると、

 

「この眼で確かめるまで、あんたの言うことなんか信じないわ」

 

そうペンダントの中のフェニールにむかっていった。

 

 

.深夜の会話

 

ユリアが眠りについたことを確かめると、フェニールはそっとペンダントの中か

ら出てきて、タンスの上に置かれたべレスタの側まで飛び上がった。

 

「おい!ベルトーユ 起きてるか」

 

フェニールがべレスタをつついた。

 

「起きてます。」

 

中からベルトーユの声がかえってきた。

 

「さっきの件だ。」

 

「ルークのことですね。いったい何があったんです?

 

ベルトーユが聞き返した。

 

「気配を感じた。今も感じている。ルークは・・・アンドリューから離れて外に

出たんだろうか・・・・。」

フェニールがいった。

 

「そんな・・・何故? アンドリューの身体に何かあったんでしょうか?

 

「わからない・・・ただ・・・・」

 

「ただ?

 

「ただよくわからないのは・・・気配は感じるが、弱いんだ。完全にアンドリュー

から出たわけでもないような。まるで・・・器からあふれ出しているような・・

・」

フェニールがいぶかしげに言った。

 

「あふれ出している? ルークの気が・・・? 何があったんでしょう・・・・?

 

「皆目わからない。奴に会って見なくては・・・。明日にでも、ユリアをルーク

のもとへ行かせよう。しかし・・・ユリアが案外博打好きな性格で助かった。

あれで、『ホントのことなんか知りたくない!』って引きこもられたらアウトだからな」

フェニールの言葉にベルトーユは

 

「どうなんでしょうね」

と苦笑した。

 

二人がそんな会話をしているころ・・・・

 

 

東京の都内のホテルの最上階のスイートルームの一室では、同じくルークの気配

を感じ取っていたものがいた。

 

魁は、はっと目を覚ますと、ベッドから身を起こして

 

「武曲!! 武曲が来たのか?!

 

そういった。

 

その声に、隣室で休んでいた、魁のお世話係りの仕事を長老たちに任されている

稲荷きつねの豊川少年は、魁の眠る寝室のドアをたたいて

 

「魁さま? いかがいたしました?

 

と声をかけた。

 

中から魁が

 

「稲荷か。入れ」

 

と入室を許可した。

 

「武曲が・・・来ているのか?

 

魁が豊川少年に尋ねた。

 

この間は「文曲星」がやってきて、魁に何事かを依頼しに来てはいた。

そしてそのことは稲荷族である豊川少年も知っていたが、「武曲星」が来るとい

う話はまったく聞いていない。

 

「いえ・・・わたくしめは、伺っておりませんが・・・」

 

豊川少年の答えに

 

「そうか・・・・。しかし・・・・確かに、『武曲』だ。武曲の気を感じる。

魁が言った。

 

「稲荷。明日出かける。用意をしておけ」

 

魁はそう、豊川少年にいいつけると、再びベッドに横になった。

 

「はっ・・・」

 

豊川少年は軽く礼をして部屋を出た。

 

 

明日出かける・・・といわれ、豊川少年は困っていた。

魁に何を着せるか・・・。

 

とにかく、魁は、スーパーモデル並みに目立つ。それもそのはず。その美貌が彼

女の武器なのだから。そして容赦なく人心を惑わす。そしてその人心とは、その

辺の市位の民ではなく・・・その国の「帝」級の人間のみ。

それが彼女の仕事だ。

 

そんな魁がそもそも人間界をうろつくこと事態ご法度だった。

 

魁が一目につくことで他に与える影響を極力抑えなくてはならない。

 

といって・・・今回、魁の機嫌が至極悪い。

話のいきさつを聞いていると、どうも前回の任務のときに行き違いがあったよう

だった。

それゆえに、魁は今回の仕事を受けることを渋っている。

 

稲荷族はそんなご機嫌斜めな魁に仕事を引き受けさせるように、身の周りの世話

のほかに、ご機嫌とりも文曲星から頼まれていた。

 

本来なら、外出は控えてもらうところだが、なんとしてでも魁の機嫌を直しても

らわなくては困る。

 

豊川少年はファッション誌をめくりながらため息をついた。

 

「磨きあげるほうが得意なんですけどね。地味に仕上げるのはどうも苦手です・・・。」

 

そういうと、ファッション誌の一ページを破って部屋の隅のfax機にそのページ

をセットした。

 

そして、携帯でどこかへ電話すると

 

「今faxで送ったやつを一式、明日の朝までに用意してフロントへ。お願いしま

す」

 

そういって電話をきった。

 

「気に入ってくれるといいけど・・・」

 

そうつぶやいて、豊川少年も眠りについた。

 

 

 

 

8 消えたルーク

 

「ここは・・・いったい?

 

翌朝、いつもの時間に目覚めたルークがベッドサイドに置かれている、縦長の姿

見の前を通った瞬間・・・・

 

アンドリュー・ロイドの身体からルークが消え去り・・・アンドリュー・ロイド

その本人が目をさました。

 

そう、鷹取来栖の家に、古い洋書があるからと来栖たちに招かれて、学校の帰り

に来栖少年宅に立ち寄ってから、アンドリュー・ロイドの身体はルークに乗り移

られ、アンドリュー本人は、深い眠りの中にいたのだ。

 

そのアンドリューが、突然目覚め・・・ルークが消えた。

 

アンドリューは、見覚えの無い部屋を恐る恐る出て、慎重にあたりを見回しなが

ら階下へ降りていった。

 

アンドリューをルークだと思っているリューが

 

「おう。おはよう。」

 

と声をかけた。

 

声をかけられたアンドリューは、見知らぬ東洋人をまえに言葉もない。

ただ、「おはよう」といわれて、とりあえず「おはよう・・」と言い返した。

 

その、ルークらしくない、アンドリューの怯えたような態度を見てリューは

 

? どうしたんだ? 」

 

といった。

 

言われたアンドリューは

 

「・・・・あの・・・ここ、どこですか?貴方は?

 

といった。

 

やっと、ルークの身に、否、アンドリュー・ロイドの身に何かあったことに気が

ついたリューは顔色を変えて

 

「おいっ ! ルーク!!いったいどーしちまったんだ!?

 

そう叫ぶと、アンドュー・ロイドに駆け寄って、彼の両肩をつかむと、前後に揺

さぶった。

 

何がどうなっているのか解らない様子のアンドリューは、リューに揺さぶられな

がら

 

「ちょっ・・・ちょっと・・・何をするんです! やめてください!!

 

といった。

 

リューは、アンドリュー・ロイドの顔をまじまじと見つめると、アンドリュー・

ロイドの肩から手を離し、あわてて、二階のルークの部屋へ上がっていった。

 

リューは、ルークの部屋に入ると

 

「ルーク!! ルーク!!

 

と叫んだ。

 

そして、ベッドサイドの姿見の近くに立ったとき・・・・

 

引き込まれた。

 

何に?

 

鏡に・・・だった。

 

姿見にリューの姿が映ったとたん・・・鏡の中にリューは引き込まれた。

 

「なっ・・・!!なんなんだ!!いったい!!!!

 

リューが辺りを見渡すと、鏡の向こう側が、ちょうど鏡の形にドアか窓のように

切り抜かれて、さっきまでいたルークの部屋が見える。

 

あとは、上も下も、右も左もない、真っ暗な、まるで宇宙のような空間に浮いて

いるかんじがする。

 

「なんなんだ・・・これは?

 

リューが独り言をいうと

 

「お前も来たのか・・・・」

 

と、聞き覚えのある声がした。

 

リューが声のほうを振り返ると、そこには、金色に輝く人影があった。

 

「ルーク・・・? ルークなのか?

 

「そうだ。」

 

「いったい・・・これはどういうことだ?!

 

リューが金色に輝く人影に向かっていった。

 

「私にも、わからない。朝、目覚めて、鏡の前を通ったら、引き込まれた。

私は出られないが、お前はどうだ? 出られるか?

 

言われて、リューは

 

「解らないが・・・」

 

言いながら、リューはルークの部屋が見える窓のような切り取られた空間にむかっ

て進んでいくと、その窓にむかって足を踏み込んだ。

 

と・・・・

 

リューは、ルークの部屋に戻ってきた。

 

再び、リューは鏡のほうに向き直って、わざと鏡の中へ引き込まれてみた。

 

 

? 俺は、行き来自在か?

 

「そのようだな。」

 

ルークがいった。

 

「何が起きているのかさっぱり解らんが・・・とりあえず、お前は出られるわけ

だ。」

 

ルークの言葉にリューは

 

「とりあえず・・・鷹取のじいさんに話してくる。何か解るかもしれん。ちょっ

と待ってろ。」

 

そういった。

 

そういいつつ・・・リューは、ルークの態度にまたしても不可解なものを感じて

いた。

 

(なんで、こいつはあわてないんだ? 当の本人はちっとも慌ててる様子がない

のに、慌ててるのは俺のほうだ。突然こんなまっくら闇の世界に閉じ込められて、

何がなんだかわからず、出られないのに・・・奴は落ち着いている・・・。いっ

たいなんで奴はいつもこうなんだ? 激することもなく・・・怯えることもない

・・・何故なんだ? )

 

更に・・・ふと、リューの心の中に今までに感じたことの無い感情がわきあがっ

た。

 

(もし・・・こいつをこのまま放っておいたら? こいつはどうなるんだ?俺がこ

いつをこのままにしたら? こいつは、未来永劫この闇の中から出られないのか?

 

そんなリューの心の中を察したようにルークが

 

「どうした?リュー。お前は出られる。このままお前だけ出て行き、なにも知ら

ないことにすることも出来るぞ」

 

そういった。声が・・・笑みを含んでいるように思えた。

 

リューは、ぞっとした。

 

(なんなんだ・・・こいつは・・・・。)

 

リューは龍神の眷属だ。今まで、数々の「悪人」を相手にしてきた。「悪」とい

うものを充分に知っているつもりだった。

 

しかし、リューの知っている「悪」とはまるで違う、「悪」とか「善」とかいう

ものとは異なる、底知れない「気」を感じた。

 

たとえて言うなら・・・「負の気」だ。

 

黄金に輝いているのに・・・何故こいつから伝わるものはいつも「冷たい」んだ?

 

リューは頭を激しく左右に振ってから、気を取り直して

 

「とにかく、待ってろ。ここから出る方法を探してくる。約束だ。俺は約束は必

ず守る」

 

そういうと、リューはルークを残して、その闇の空間から出て行った。

 

 

 

9 凶星の波動

 

「消えた・・・・」

 

ルークが鏡の中に引き込まれた後、火の鳥フェニールと、魁はほぼ同時にその変

化に気がついた。

 

フェニールはともかく、魁は、この突然現れ、そして消えた「気配」を「武曲星」

のものだと思っている。

 

それほどまでに、ルークと武曲星の持つ「気配」が似ているらしい。

 

「武曲星」とは、北斗の七賢の中のひとつ、「武勇」の星で、この星を背に戦え

ば向かうところ敵なしといわれる「破軍星」よりも、強い「武」の星であった。

その「武」の精である「武曲」とルークの『気配』が酷似している・・・。

無論、この時点では、魁はこの気が「ルーク」のものだとは知る由もない。

 

荒れたのは魁だった。

武曲の気配を感じて、その消息をたどるつもりでいたのに、突如として、その気

配が消えた・・・・。

 

魁の機嫌は最悪だった。

 

その魁の放つ「怒りの波動」を感じ取った「文曲」が、あわてて魁の滞在するホ

テルに現れた。

 

ロビーに稲荷の豊川少年が降りてきて、文曲を出迎えた。

 

「何があった! 稲荷!! 魁の波動が伝わってきたぞっ! こうならぬように、あれ

ほどそなたらに魁の世話を頼んでおったのにっ!!何をしていたっ!

 

いきなりの文曲の怒号に稲荷の豊川少年も言葉もなかったが、事態はそれほどま

でに深刻だということだった。

 

「申し訳ありません!!

 

豊川少年がとにかく文曲に頭を下げると、文曲が

 

「話を聞こう。何があった?

 

といった。

 

しかし、そう聞かれたところで、魁の機嫌がここまで悪くなる原因など豊川少年

にはまったくわからなかった。

 

「・・・。特に・・・何も・・・・。ただ・・・・」

 

「ただ? ただなんだ?

 

文曲が、眉間にしわを寄せたままたずね返した。

 

「昨夜遅く・・・突然魁様がお目覚めになり・・・『武曲が来ていないか』と。

そうたずねられました」

 

稲荷の返事に文曲は

 

「武曲が? 武曲が来ていないかと、魁がそうたずねたのか?

 

「はい。」

 

「で・・・お前はなんと応えた?

 

「何も、伺っておりませんでしたので、存じませんと・・・」

 

豊川少年の言葉に

 

「うむ・・・・。」

 

文曲がうなった。

 

「で・・・? その後は?

 

「その後は・・・翌朝、出かけるから用意をしておけと・・・そうおっしゃって

またお休みになられました。で・・・朝になりましたら・・・あのご立腹」

 

文曲は、しばらく黙っていたが、

 

「わかった。」

 

そういうと、二人は魁のいるホテルの最上階にむかった。

 

魁は文曲の姿を見るなり

 

「何しに来た」

 

と荒々しい口調でいった。

 

「何があったのだ魁。お前の波動が伝わってきた。野放図に殺気を放たれては困

る。どうでもいい輩たちまでが共鳴する。」

 

「知ったことか。那須の野に千年も放置されていた私を、ここに連れてきたのはお前だ」

 

「放置していたわけではない。お前にこの星にとどまっていてもらったのは、太一真君のご意思。」

文曲の言葉に

 

「また太一真君かっ! 太一真君のご意思といえば聞こえはいいが、すべては貴様のはかりごと!

魁がそう声を荒げていうと、文曲は、思いがけない静かな面持ちでいった。

 

「そう・・・。私のはかりごと。わたしのはかりごとを以って真君にお使えするのが、

文曲星であるわたしの定め・・・。それの何がおかしい? 

お前の慕う武曲とて同じ。武の力にて真君にお使えするのがあれの勤め。

ではお前はどうか? お前の力でこの星の動向を微調整するのがお前の役目ではなのか?

 

文曲の言葉に魁が笑った。

 

「わたしの務め? そんなものは、忘れた」

 

「真君への忠誠心もか?

 

「真君への忠誠心が、それすなわち、そなたへの忠誠心にすり替わる・・それが気に食わぬのよっ!!

 

魁はそう噛み付くように言い放つと、部屋を出て行ってしまった。

 

文曲は、部屋のソファーにどさりと身を沈めて、天井を仰ぎながらネクタイをゆるめると

 

「獣を手なづけるのは一苦労だ」

 

そうため息まじりにつぶやいた。

 

 

 

10.       リュー 走る。

 

リューは、ルークを残して、鏡の中から一人脱出すると、階下の居間に戻り、鷹取翁を呼んだ。

 

居間にはアンドリュー・ロイドも放心状態で立ち尽くしいる。

 

「朝から、いったい何事かね・・・・」

 

鷹取翁が、一階の奥の部屋から、寝巻き姿でおきてきた。手には杖をもっている。時々、腰の具合の悪いときは杖をつくらしい。

 

鷹取翁にむかってリューが

 

「ルークが・・・ルークが、こいつから離れた。」

 

と、居間に立ち尽くす、アンドリュー・ロイドを指差していった。

 

「なんじゃと?

 

鷹取翁が聞き返した。

 

「だから~ルークが、こいつから離れたっていっている。」

 

リューがじれったそうに言う。

 

やっと、おき抜けのぼんやりした頭にスイッチが入ったようで、リューの言葉を理解した鷹取翁は

「何!!ルークが離れた!? で、今、ルークはどこにおるんじゃ!!」

とやっと慌てた様子でそういった。

リューが

 

「二階の・・・鏡の中にいる。なんでも朝起きた途端、鏡にひきこまれちまったらしい。」

 

といった。

 

「鏡に?

 

「俺も、わけがわからね~。じいさん、あんたならどういうことか解るよな!」

 

リューに詰め寄られて鷹取翁は

「ちょっ・・・ちょっと待ってくれ。まず、お茶を一杯くれんか。おき抜けで、何も口にいれとらん」

そういいながら今のソファーに腰掛けた。

リューは、スローモーな老人にイラつきながらも、キッチンへ行き、不慣れな手つきで、電気ポットで湯を沸かし

、その辺にあるカップに紅茶のティーパックをひとついれて湯を注ぐと、鷹取翁の前に

 

「ほれ。」

 

と差し出した。

 

「おお。すまんね。」

鷹取翁は出されたお茶を一口すすって、はぁ~とため息をつくと

「とりあえず、ルークは二階の鏡の中におるんじゃな」

といった。

 

「ああ。そうだ。この目で確かめて、本人と話してきたからまちがいない。」

とリューはやきもきしながらいった。

 

「では、まず、焦ることはない。まず、取り急ぎは、このアンドリューさんをなんとかせんとな」

 

そういった。

 

「アンドリューさん。まあ、お座りなさい。事情が飲みこめんで困惑されているのはわかる。

あんた・・・わしの孫の家から帰る途中事故にあわれて、ずっと意識がもどらんかったんじゃよ。

お身内に連絡しようにも連絡がとれなかったんで、うちで引き受けさせてもらっていた。いや~意識がもどってよかった。よかった。」

 

鷹取翁が、適当なことをいった。

ルークが離れた、アンドリュー・ロイドという男は、ルークとは対照的な気の小さそうな男に見えた。

しかも何か、一回り小さくなったような気がする。

 

「まあ、もうしばらくいなさい。ご自宅のほうは、いつでも帰れるようにはしてある。」

 

鷹取翁の言葉にアンドリューは、あまりにも至れりつくせりな対応にかえって警戒心を募らせて、びくびくしている。

まるで、アクション映画の、何か、ヤバイ組織に巻き込まれている主人公のような気分だ。

とすると、さしずめ目の前にいる老人はヤバイ組織のドン・・・そして、その側にいる、東洋人は組織のチンピラ・・・・。

(この人たちはなんなんだ・・・。僕は別に、何ももって無いぞ。何も知らないし・・・いや待てよ、

何も知らないと思っていても、ひょっとすると、彼らにとっては有益な何かを知っているのかもしれない・・・・。)

アンドリュー・ロイドのなかで、勝手な想像がどんどん膨らんでいた。

 

リューが

「ルークは・・・一体どうしてあんなことになってるんだ! 外に出られるんだろうな!」

 

といった。

言いながら・・・ちらりとアンドリュー・ロイドを見た。

 

その視線にアンドリュー・ロイドはびくりとした。

 

じろじろとリューがアンドリューのことを射る様な切れ長の目でにらみつける。

にらみつけながら・・・・

 

(また、こんな軟弱な野郎の中にルークは戻るのか? )

 

そう思った。

 

鷹取翁は

「おそらく・・・ルークは、虚数空間に引き込まれたんじゃろうな。」

 

といった。

 

「虚数空間? なんだそりゃ」

 

リューがいった。

「もともとルークはこの三次元で肉体を持たない。

いわば、エーテル体のルークの質量に変化が起きたのかもしれん。」

 

「わからん・・・・」

リューが真顔で首をかしげた。

 

「要するに・・・・凶星の影響かもしれんということじゃよ。」

 

鷹取翁が言った。

 

「肉体を持たないルークの質量は不安定じゃ。もしかすると、凶星の影響で質量が増大して、

アンドリューの身体の中にいれなくなったのかもしれん。鏡は虚数空間とつながっている。

同調する質量の空間に引き込まれても不思議はない・・・といっても、もうこれは、

わしの専門をはるかに超えとる。東洋史のエリアどころか、物理の世界じゃ。これはわしの推測にすぎん。」

 

「難しいことはどうでもいい。奴が無事にこっちに戻れるのかどうか。それが知りたい。どうすればいい」

 

リューが身を乗り出してたずねた。

 

「ルークに適当な『入れ物』を与えることだが・・・彼ほどの質量を乗り移らせることが出来る人間が

いるかどうか・・・・。しかも、その人間は確実に彼の犠牲になる。そこが問題じゃ。」

 

鷹取翁の言葉にリューは

 

「う・・・・む・・・・」

 

一言うなってから・・・・

 

「あいつにも話して見る」

 

リューは、稲荷の豊川少年にも今回の事件を告げに出かけていった。

 

「あいつなら、何かいい知恵を出すかもしれん」

 

一縷の望みをかけながら・・・・。

 

 

 

 

 

11.       再会

 

魁の着替えをホテルのフロントに取りに来た稲荷の豊川少年は、フロントのカウンターに文曲の姿を見つけて、

あわててロビーの大きな棕櫚の鉢植えの影に隠れた。

 

別に、隠れる必要はなかったが、魁の機嫌が悪くなったことを叱られて、少々、文曲に苦手意識を持ったのだ。

棕櫚の陰に隠れながら文曲がホテルから出て行くのを待っていたが、正面玄関から、

大柄な西洋人風のスーツ姿の男が入ってくると、そのままつかつかとフロントへ近づき、文曲に声をかけた。

 

「やあ。メグレズ。やっぱり君か。こんなところで会うとはねぇ」

大柄な西洋人に声をかけられて、文曲は振り向きざまに

 

「アルクトゥルス!」

 

といった。

 

「名前を覚えていてくれて光栄だね。」

 

アルクトゥルスと呼ばれた男は、ニヤリと笑うと

「ポラリスの使いか? 」

と言うなり、身をかがめて文曲の耳元でささやくように言った。

「この星はお前たちだけのものじゃない。お前たちの思うようにはさせん」

 

そういうと、何事もなかったかのようにチェックインの手続きを済ませてホテルの奥に消えていった。

 

様子を見ていた稲荷の豊川少年が思わず文曲の側へ駆け寄ろうとしたとき、背後から豊川少年の肩を叩くものがあった。

豊川少年は、一瞬飛び上がるようにして驚きながら振り返ると

 

「ようっ。」

 

そこにはリューが立っていた。

 

「リューさん・・・・驚かさないでくださいよお~」

豊川少年は

 

はぁ~とため息をついて近くにあるカフェテラスの籐の椅子に腰を下ろした。

「こんなところでこそこそ何やってんだ?お前。Vipのお世話はどうなってるんだ?

 

リューがそういうと

 

「こっちはこっちで大変なんですっ!リューさんみたいに暇じゃないんですから!

 

豊川少年がここ数日の緊張が続くストレスのせいか、珍しくヒステリックにいった。

 

「暇じゃないって。失礼なやつだな~。こっちも大変なことになってるんだよ。お前、今大丈夫か?

 

「ちょっとだけなら・・・。何があったんです?

 

「それが・・・」

リューは言いかけて口ごもった。

 

「どうしたんです?

 

「ルークが・・・アンドリュー・ロイドってやつから離れて、今『鏡』の中に閉じ込められている。」

 

リューが神妙な面持ちで言った。

 

「なんですって? 鏡の中? どういうことです?

 

豊川少年は小首をかしげてリューをにらみつけた。

 

「鷹取のじいさんにも話してみたが、虚数空間がどーとかこーとか・・・凶星がどうとか・・・

俺にはもうさっぱりわけがわからなくて・・・で、恥ずかしながらお前のところに来た次第だ。」

リューがいつになくうつむき加減にいった。

 

「・・・・僕も、わけがわからないけど・・・ルークは無事なんですか?

 

「ああ。今のところは。でも今後どうなるかはわからない。とにかく、

一刻も早く出してやらないと。ただ、出すにもどうしたらいいのか。」

 

豊川少年は、あごに手を当てて

 

「ふ~む・・・・」

 

とうなった後、ポケットから携帯を取り出して時間を確認しながら

「とにかく、一度僕は部屋に戻ります。この件・・・文曲様にお話してみます。リューさんはここでちょっと待機しててください。

 

そういうと、豊川少年は、フロントに寄り、大きな紙袋を受けとってから、魁の待つ最上階へと戻っていった。

 

しばらくして・・・

 

稲荷の豊川少年が、エレベーターから降りてきて、リューにむかって手招きをした。

 

リューは、促されるまま、豊川少年とエレベーターに乗った。

 

そして・・・ついたのは、魁いる最上階よりも更に上の・・・・

ホテルの屋上だった。

12.文曲

 

ホテルの屋上はヘリポートになっていた。

そこには遊覧飛行用のヘリが一機停められていた。リューは稲荷と一緒にそのヘリに近づくとヘリのドアを開けた。

 

中には濃いグレーの仕立ての良い三つ揃いのスーツを着た、端正な顔立ちの細身の男が既に座席にすわっている。

 

文曲星だった。

 

「君が関帝廟の眷属の龍神か?

 

文曲がいった。

 

リューは直感的に

 

(苦手なタイプだ・・・・)

と思った。

 

(こいつが、御廟を封印して俺を締め出しにしたのか・・・上品な面して、やることが荒っぽい・・・。)

 

リューがそう思った瞬間、まるでリューの心の中を直接読んだように

 

「廟の封印、手荒な真似をしてすまなかった。」

と文曲がいった。

 

「まあ、中へ入りたまえ」

 

文曲に促されるまま、稲荷と豊川少年がヘリの中へ入った。

「こんな狭苦しいところへ呼び立てて悪いね。少々嫌な相手に出くわしたもので、

ここなら会話も聞かれにくいだろう。少し我慢してほしい。話は稲荷からおおよそ聞いた。

友人が鏡の中にとりこまれたとか。」

 

文曲の口から出た「友人」という言葉にリューは一瞬心がざわめいた。

 

(こういう奴は苦手だ・・・)

 

リューは、いつものリューらしくない態度で黙り込んでいる。

その様子を見た文曲が・・・

 

ふわり・・・と笑った。

そう、ふわりと、微笑みかけるように笑ったのだ。

 

そして言った。

 

「私に話があったのではなかったか?

 

といった。

 

言われ、リューは戸惑った。まるで、未整理な部屋の中にズカズカと入り込まれるような感覚に、

リューは完全に心を閉ざして完全にくちごもった。

 

文曲がかまわず言う。

 

「君たちの友人は、おそらく魁の波動の影響を受けたのだろう。」

そういった。

「鏡の中から出す方法は・・・ある。私が行っても構わないが・・・・それでは面白くない。

せっかく魁が興味を持ったのだから、魁に任せるとしよう。稲荷、あとは頼んだぞ。

また何かあったら、連絡するように。また他に何か聞きたいことはあるか?

 

文曲がいった。

リューは無言のままだった。

 

「わかるよ・・・君のようなタイプは私のようなタイプが嫌いなのだろう? 魁も私を嫌う。

君たちは素直だ。素直であからさまだ。そして扱いにくい。私も君たちのようなタイプが大嫌いだ。」

 

そういうと、はじめて声を出して笑った。

 

「お互い様ということだよ。気にするな。嫌いだろうと、協力するときは協力する。公私混同はない。

安心したまえ。話は済んだ。さあ、行きなさい」

 

リューと稲荷は黙ったままヘリを降りた。

 

話し合いというより、一方的な伝言だった。

 

背後でヘリが飛び立つ音がした。

 

リューが遠ざかるヘリを見上げながら言った。

 

「あれが・・・文曲星か・・・・。」

 

稲荷の豊川少年もヘリを見上げた。

 

「ルークは・・・友人なのかな・・・」

リューがポツリと言った。

稲荷の豊川少年が

「・・・違うんですか?

 

といった。

 

「・・・・・。わからない。考えたことがなかった。ただ・・・気に入っていた。

何でかわからないが・・・。気に入っているから助けたいと思う・・・それだけだ。

あの文曲って野郎は、勝手に人の心の中に踏み込んでくるような話し方をする・・・・気に入らん」

 

そういって・・・リューはふと、鏡の中でのルークとの会話を思い出していた・・・。

 

(ルークも・・・心の中を見透かす・・・。文曲に似ている・・・。

あの冷たい気・・・・。だが・・・別に、苦手じゃぁない。

よくわからん・・・。それとも・・・・文曲の外見が気に入らないだけか?

あの官僚のような、支配者階級の臭いをプンプンさせたあのスーツ姿が気に入らないだけか?

 ルークにスーツを着せたら・・・俺はルークが嫌いになるのか? )

 

悶々とし始めたリューにむかって稲荷の豊川少年が言った。

 

「文曲様は・・・僕も苦手です。嫌いじゃありませんけど・・・苦手。

あの方には既に答えが出てる。いつも・・・。細かな指示を出さないのに、結果をご存知。

僕たちの心の中も・・・・。次元が違うということをまざまざと突きつけられる気分になる・・・・。

まあだから文曲様なんですけどね。本来は、こうしてお側に寄ることも出来ない方なんですよね。

あの方が気さくに振舞ってくださるから・・・つい自分たちと比べてしまうけれど・・・」

 

豊川少年が苦笑した。

 

「さあ、行きましょう。ルークを鏡にの中から出すのが先決です。魁様のところへ行けば、また進展しますよ。」

 

豊川少年がリューにむかっていった。

 

二人は、魁のいる部屋へむかった。

 

 

 

 

 

 

13 天貪星 魁

 

リューと豊川少年が、魁のいる最上階のフロアに戻ってくると、いきなり、部屋のドアが開き、魁が廊下に飛び出してきた。

 

そして、何かを探すように辺りをゆっくりと見渡し、豊川少年とリューの姿を見つけて、リューの側に近づくなり

 

眉をひそめて

 

「お前が・・・? 」

 

と一言つぶやいた。そして側にいる稲荷の豊川少年をジロリとにらみつけて

 

「こやつは・・・誰だ」

 

といった。

 

リューは、魁を間近に見て、その恐ろしいような美しさに身動きできなくなっている。

 

黒いスーツに身を包んでいる全身から、青白い光がボーっとその輪郭を取り巻いている。

 

(これが・・・天貪星・・・魁・・・・。)

 

魁は、お構いなしにリューをジロジロと見つめると・・・

 

「ふん・・・うつり香か・・・。お前、名前は? いままで誰と一緒にいた?

と聞いた。

 

「リュー・・・リューだ。」

 

リューは、魁の気迫におくびれずに答えた。

 

「文曲の気配も感じる。文曲と会っていたな。奴に、またよからぬ入れ知恵をされた輩か。

だが、文曲以上に、武曲の気を感じる。お前、武曲のいるところを知っているな。案内しろ」

 

リューは稲荷の豊川少年の顔を見た。

豊川少年は、ゼスチャーで何度もうなずくと

 

(言われたとおりにしてください。)

といわんばかりにリューに手を合わせている。

 

リューは

 

「わっ・・・解った。案内しよう。」

 

といってから

 

「って・・・言っても・・・武曲なんて俺しらねぇし・・・・文曲はヘリでどっかいっちまったけど、

こいつの移動手段はなんなんだ?まさか電車とかじゃないだろうな」

 

リューが小声で豊川少年に言った。

 

「こいつとか、呼び捨てとか辞めてください~!! 多分、魁さまは、ルークを武曲さまと間違えてらっしゃるんですよ。」

豊川少年が震え上がっている。

 

「間違えてるって・・・間違えたままでいいのかよっ! わかった。わかった。とにかく、

後のことは野となれ山となれだ。で、魁さまの移動手段はどうするんだよ。」

小声で話しているつもりでも、リューと豊川少年の会話は魁に丸聞こえだった。

 

「何をごちゃごちゃ言っている。座標を言え。このまま移動する」

 

魁がそういった。

 

「ざ・・・座標? カーナビ搭載かよ・・・・。おい、鷹取のジジイんちの座標、お前わかるか?

 

豊川少年が

 

「ちょっ・・・ちょっと待っててください。部屋にノートパソコンがあるので。調べてきます」

 

「おっおい! 俺を一人にするなっ! 俺も行く」

 

リューはあわてて、豊川少年の後について部屋にはいっていった。

 

リューは、部屋ドアをしめると、

はぁ~とため息をついた。

 

「お前・・・よくあんな恐ろしい奴の面倒見てるなぁ」

 

リューが関心したように言った。

 

「仕事ですから。」

 

豊川少年がノートで調べ物をしながらそっけなく答える。

 

「えっと・・・横浜の・・・山手でしたよね・・・確か・・・・ああ、あったあったここだ」

 

豊川少年がメモをとってノートを閉じると

 

「行きますよ」

 

リューにそういってスタスタと部屋を出て行った。

 

(あいつ・・・将来 役人か政治家付きの秘書だな・・・)

 

リューはボヤキながら稲荷についていった。

 

 

 

14.       ルーク現る

 

鷹取爵翁の家の前に移動した魁と稲荷とリューはそのまま鷹取翁の家の中へ入っていった。

 

居間にいたアンドリュー・ロイドと鷹取翁は、突然やってきた三人を前に呆気にとられている。

 

魁は、見向きもせず、一直線にルークの閉じ込められている鏡のある二階の部屋へとむかった。

その後を稲荷とリューが慌ててバタバタとついていく。

 

「千客万来じゃ・・・。」

 

鷹取翁がそういった。

 

ルークの部屋にやってきた魁は、ベッドの脇の古い縦長の姿見を見るなり

 

「あれか・・・・」

 

といった。

 

そして、鏡の前につかつかと歩みよると、鏡の正面に立ち、右手を鏡の表面にあてた。

 

その瞬間・・・鏡から金色の光が放たれた。

 

一瞬、周りが何も見えなくなるほどの光が部屋の中に放たれ・・・

 

次の瞬間、鏡の中から人影が現れた。

やがて、そのまばゆい光が収まると、金色の人影は、はっきりと一人の西洋人にかわった。

 

「なっ・・・!! 毛唐かっ!!

 

その現れた男の姿を見た魁が驚いた様子で言った。

 

「ルーク・・・・」

 

稲荷の豊川少年とリューがほとんど同時に言った。

 

三人の前に現れた、ルークはケルトの装束を身にまとった古代ケルト人だった。

 

毛織物のマントを肩にかけ、胸の辺りで、ケルト文様の施されている銀のブローチをつけている。

 

金色の髪は肩より長く、アンドリューの目の色よりもやや暗い青い瞳。身の丈は、長身のリューよりも大きかった。

 

「真夏に・・・その毛織物のマントは・・・暑くねーか・・・ルーク・・・・。」

 

リューが言った。

 

ルークは自分の姿を改めて確認するように、マントをたくし上げて、両腕を軽く広げて、自分の身体を軽く見回した。

アンドリュー・ロイドの身体から離れて久々に自分のありのままの姿にもどったルークは、久しぶりの開放感を感じた。

 

驚いたのは魁だった。

目の前に現れたのは、「武曲」ではなく、ドルイドの騎士の古代ケルト人だったからだ。

 

これはタダではすまない・・・と感じ取った稲荷の豊川少年は

 

「ぼっ・・・ぼく、着替えを調達してきます~!

 

言うなり、部屋から出て行ってしまった。

 

魁の不機嫌そうな波動が、びしびしと伝わってきて、リューもいたたまれない。

 

しかし、不思議と、魁の不機嫌の大元のルークは平然としている。

 

そして、ルークが口を開いた。

「お前は誰だ? 」

言われた魁は、柳眉を吊り上げて

 

「お前こそ誰だ!!

と怒鳴りつけた。

 

リューは、あわてて、二人の間に

 

「まあまあまあ・・・・これにはいろいろ事情がありまして・・・」

 

と、太鼓持ちのように割って入った。

 

リューをぎろりと睨み付けて魁は言った。

 

「文曲の入れ知恵はこれか!奴めっ!!!またしても私を利用したなっ!

 

怒り心頭の魁にむかってリューが気をそらさせるかのように

 

「それより、なんで、俺たちじゃ、ルークを外に出せなかったのに、あなたさまは簡単に引き出せたんです?

 

と魁に尋ねた。

魁は

 

「質量を調整したまでだ。」

 

魁は不機嫌そうにそういって、上着のポケットから小石のようなものを出して見せた。

 

「星くずだ。これは物質の質量を調整するのに役立つ。」

 

魁がそういった。

 

「これがあれば、こいつは鏡の中に引き込まれずに済むですかね?

 

リューが、尋ねると

 

「これだけでは出来ない。これにエネルギーを送っているのは私だ。これにエネルギーを送ることで、

この石は質量を放出する。その質量がこやつの質量を調整している。私から離れればまた鏡の中だ。」

 

「それじゃ、ずっと魁様のお側にこいつはいなきゃならないということですかねぇ?

 

リューは苦笑いをしながら言った。

魁はじろじろと目の前のルークを見ながら

 

「・・・・。それもうっとおしい。あるいは・・・こやつも出来るかもしれぬ。試して見ろ。」

 

そういうと、持っている小石をルークに手渡した。

 

石は、見かけよりもズシリと重かった。

 

そして、くるりと踵をかえすと

 

「また、鏡の中に取り込まれたら、呼べ。私はホテルに戻る」

 

そういうと、魁はリューとルークの目の前で部屋から忽然と消えた。

 

15       ユリアの訪問

 

アンドリュー・ロイドが学校を欠席したことで、ユリアは、自主的に鷹取家に行く気になっていた。

 

無論、アンドリューの身体からルークが抜けていることなど、ユリアをはじめ、フェニールもベルトーユも知る由も無い。

 

フェニールにしてみれば、あの突然のルークの気配が現れたり、消えたりした事件の真相を突き止めたいところだったため、渡りに船といったところだ。

 

ユリアは「先生」の突然の学校欠席が気がかりでならなかった。

 

何故なら、アンドリューことルークは、普通の人間ではないわけだから、病欠はありえない。

何かの事故か、事件が起きているなら、それが何なのか知りたくてたまらなかった。

それと、ルークの本当の姿にも関心がある。

とにかく、ユリアにとってルークは興味しんしんの存在なのだ。

ユリアの場合、アンドリューへのほのかな恋心からの相手への関心が高まっている・・・のとは、

いささか違うような気がするフェニールたちだった。

 

どうも・・・ユリアには、少しかわった性癖がある・・・

 

そんな感じをフェニールもベルトーユも持っていた。

 

興味を持った対象は、とことん知り尽くさないと気がすまない・・・そんな科学者の探究心に似ている。

 

不可解なことであればあるほど、矛盾に満ちていればいるほど、放っておくことができない・・・そんな、時に容赦の無い探究心と好奇心。

 

その自前の探究心が、『ルークはかっこいいのか、醜いのか』という、乙女心からの好奇心も手伝って、興味はつきない。

今にも解剖しそうな勢いだ。

 

ユリアは、学校から帰宅すると、早速、ルークの乗り移ったアンドリュー先生のいる鷹取爵宅へむかった。

 

今回は、手土産を持ってくることも忘れて玄関の前で戸惑った。

 

「なんて言えばいいかしら・・・・」

 

ユリアがフェニールに言った。

 

フェニールが

 

「近所を通りかかった・・・でいいんじゃないか?

 

といった。

 

「うん。わかった」

 

ユリアは、深呼吸をしてドアのチャイムを鳴らした。

 

ドアを開けたのは、アンドリュー先生、その人だったが・・・・

? 君たちは?

 

アンドリューの対応に、ユリアは驚いた。

 

アンドリュー先生だけれど、あのアンドリューではないことは一目瞭然だったからだ。

 

「えっと・・・私・・・・」

 

玄関の前で、口ごもっていると、

 

「ユリアちゃん~。来てくれたのかぁ~?

 

と、玄関のドアノブを握ったままのアンドリュー・ロイドを押しのけてリューが現れた。

 

「リューさん・・・」

顔見知りの人に会ったかのようにユリアはほっとして微笑んだ。

 

「暑かっただろ? 入って入って」

 

リューはご機嫌でユリアを招きいれた。

 

と・・・・

 

ユリアは、中へ入って、居間のほうをちらりと見て、息を呑んだ。

 

居間の奥のソファーに、マントは取ったものの、ケルトの装束に身を包んだ、騎士というより、

格闘家のような大男が座っている。

 

金髪の髪は背中の中ほどまであり、瞳の色は深みのある紺碧の色。

エメラルドグリーンのような上着の半そでから出た腕はユリアの足よりも太そうで金色の産毛に覆われている。

 

ユリアは呆気にとられて言葉もない。

 

「あっ・・・あのひとは?

 

ユリアが恐る恐るリューに尋ねながら、こわばった笑顔で、無理やりスカートの両はじを軽くつまんで、バレリーナのような会釈をした。

 

リューが

 

「ルーク」

 

と答えると、

「嘘・・・・。」

 

ユリアが笑顔を引きつらせてつぶやいた。

 

ユリアの想像の騎士は、オペラのニーベルンゲンの指輪に出てくるジークフリートのような、洗練された感じだった。

 

しかし・・・目の前のルークは・・・・

洗練されたナイトというよりは、もっと原始的な感じだった。

たとえて言うなら、マンモスと象くらいの違いだろうか。

 

無論マンモスのほうがルークだ。それもそのはず、ルークは古代の騎士なのだから。アルカイックなパワーに満ちていて当たり前だった。

 

しかし、ユリアにとっては正直言って、「かっこいいんだか、なんだか解らない」感じだ。

 

ユリアが男の子だったら、このワイルドな風貌に憧れを持ったかもしれない。

しかし、実際、鷹取来栖は、ここまではっきりルークの姿を見たわけではないのに、

すっかり怖気づいて、関わらないようにしているくらいだから、賛否両論分かれるところだ。

 

いずれにせよ、以前のアンドリュー・ロイドの外見のときのような、親近感は皆無になっていた。

 

ユリアは気を取り直して、リューにいった。

 

「聞いてるわ。フェニールたちから聞いてる。でも・・・・なんで、『外』にいるの? アンドリュー先生に乗り移ってたんじゃなかったの?

 

「ちょっと深い理由があってね・・・」

リューが苦笑いをしていった。

 

そのとき、ユリアの胸元のペンダントから声がした。

 

「ルークがいるのか? ペンダントの中から出してくれ」

 

フェニールの言葉に、ユリアがペンダントをはずして、卵型のファベルジェエッグの蓋をあけた。

 

中から、ミニチュアサイズの金色のクジャクが現れて、そのまま、パタパタパタ・・・・と宙を飛ぶと、

奥にいるルークの側まで飛んでいった。そして、テーブルの上に着地すると

 

「久しぶりだなルーク」

 

そういった。

 

「フェニールか?

 

ルークの言葉に

 

「何が起きたんだ? こっち側にいるのに、なんであっち側のときの姿でいられるんだ? そっくりの器があったのか?

 

フェニールがいった。

 

「説明が難しい。こんなものを渡されたらこうなった。」

そういうと、魁から渡された小さな透明の石をポケットから出して見せた。

 

「・・・・? 石?

 

フェニールは小首をかしげながら言った。

 

「誰から渡されたんだ?

 

「よくわからん。リューたちが連れてきた奴から渡された。これがあれば、人に乗り移らなくてもいいらしい」

 

「ふむ・・・・」

 

フェニールは盛んに首をかしげながらパタパタとホバリングしながらルークの手のひらの上の石を見つめていた。

 

 

 

 

16.真夜中の訪問者

 

深夜・・・ルークは、久しぶりにもとの体に戻って、今まで使っていたベッドを少々狭苦しく感じながらも眠りについていた。

 

そんなルークの元に、深夜忽然と現れたものがあった。

 

文曲だった。

 

明かりのついていない部屋には、窓からの月明かりがわずかに差し込むばかりだったが、文曲は、

気に留める様子もなく、ルークと、室内を眺めながら、

 

「なるほど・・・魁が間違えるのも無理はないな。確かに『武曲』の気に似ている。

しかも・・・武曲とはにても似つかない、対極の毛唐なのに・・・。珍しいこともあるものだ」

 

とルークの枕元で言った。

 

その声にルークが目覚めて、ガバッとベッドから身を起こすと、文曲は片手を前に出して、ルークを制するようにしながら

 

「怪しいものじゃない。危害は加えない。」

 

といった。

目の前の、スーツに身を包んだ細身の東洋人風の男にむかって

 

「何者だ」

 

ルークが誰何すると

 

「始めましてと言っておこう。私は文曲というものだ。北斗七星からこの星に来ている。」

 

文曲がそういった。

 

「星から?! では・・・神・・・なのか?

 

ルークの素朴な言葉に文曲はふっ・・・と微笑んだ。

 

「神・・・。この星でそう呼ばれていた時代が、かつてあったな・・・。

正確には、君たち人間の言う神とかいうものではない。

この星以外の場所から来たものだ。素朴な君にどう説明していいか、わからないが・・・。」

 

そういった。

 

ルークは

「その・・星から来たものが、わたしに何の用件だ」

 

といった。

 

「昼間・・・魁に会っただろう?

 

文曲の言葉に、ルークは

 

「カイ? ああ・・・あの小石を私に渡して去ったものか」

 

といった。

 

文曲が

「そうだ。その小石は役に立っているようだな。虚数界に引き込まれなくなったか・・・といっても君にはわからないか。

さてさて、コミュニケーションが難しい。通訳が欲しいところだ。」

というと、ルークのほうから

「細かいことはどうでもいい。とにかく、この石のおかげで器がなくてもこちら側にいられる。」

そういった。

その言葉に文曲が、はじめて、ルークという男に興味を示したように目を一瞬見開いて

 

「ほほう・・・・。」

と、あごをなでながら言った。

 

「君はなかなか賢いもののようだ。小人は、解りもしないくせに、何故だ何故だとやたらうるさく質問する。

仕方なく説明してやっても結局理解できない。説明するだけ不毛というものなのに・・。

わたしをうんざりさせるのは、常にそういう輩だ。だが、君は違うようだ。君は己の分をわきまえているようだ。

気に入った。」

そういった。更に

 

「気に入ったついでだから、その石は無償で君に進呈したいところだが・・・そうもいかなくなった。

是非、君に協力して欲しいことがある。今日はそのためにここに来た」

といった。

 

「わたしに? 協力? 」

ルークが少々不可解そうに言うと

 

「そう・・・。是非君に。魁のボディガードをお願いしたい」

 

文曲が言った。

 

「この星に、われわれ以外のものもやってきていることがわかってね。

彼らが何をこの星でしようとしているのか・・・・彼らの動向を魁と一緒に探って欲しい。」

 

文曲の言葉にルークが

「小難しいことはわからん。ボディカードくらいならなんとかなるだろう」

そういうと

 

「君は、勘がいい。勘というものは、感覚的なものだというものもいるが、勘とは帰納的思考の一種だ。

経験値というデータが蓄積されればされるほど的中率も高まる。ある意味演繹的思考よりも高度かもしれない。

問題は膨大なデータを瞬時に処理できる能力を持っているかどうかだが・・・・いや、すまない。

私は君が気に入ったらしい。普段以上に饒舌になる。

君がわれわれの文明のものでないことが残念でならない。君となら高次な会話が出来ただろうに。」

 

いつもは口数少なく、他者に対して伝達事項のような口しか効かない文曲が、ルークを前に珍しく上機嫌に話している。

 

ルークが文曲の言葉に

「・・・。戦士は経験の数だけ強くなる。経験が体

しみ込む。それだけだ」

 

そういった。

 

文曲はその言葉に、軽く両目を閉じてうなづくと

 

「早速だが・・・その経験値を更に高める機会を提供する。報酬はその、君の質量を調整する隕石だ。

明日、稲荷狐を迎えに差し向ける。彼と一緒にわれわれの滞在する場所に来て欲しい。

衣服一式そのときに稲荷に運ばせる。あっ・・・そうそう・・・あのリューという男・・・私は彼が少々苦手でね。

君が適当にあしらっておいてくれないか。おそらく、首を突っ込んでくるだろうから。では・・・お待ちしているよ。」

 

文曲はそういうと、闇の中にふっ・・・と消えた。

 

 

「リューをあしらえだと? 私もあいつは良くわからん・・・。」

 

ルークはそうつぶやくと、ゴロリとベッドに横になり、いつの間にか再び眠りについていた。

 

 

 

 

17. 始動開始

 

 

文曲にホテルの屋上へ呼び出されたとき・・・リューは「ルークにスーツを着せたら、自分はルークが嫌いになるのか・・・」とふと考えさせられたが

     ・・・

 

その、「スーツを着たルーク」が目の前にいた。

 

「スーツ姿のルーク」はまるで、アメリカの大統領や大物スターの隣にいるSPのような風貌だ。

背中まで無造作に伸びていた金髪はばっさりとカットされて、襟足は心持ちかりあげている。

 

そんなルークの姿を前に、リューは呆然としていた。

 

「さてと。これで出来上がり!

ルークをコーディネートは稲荷狐の豊川少年だ。

 

ルークのスーツ姿は、文曲のあのシャープなスーツ姿とはまったく違っていた。

 

「それにしても、あの魁にボディーガードなんていらないんじゃないのか? あんなおっとろしい奴に。」

 

リューの言葉に、クルリと振り向いた稲荷の豊川少年が、まなじりを吊り上げて言った。

 

「リューさん!! 魁さまのことを呼び捨てとか、奴とか言わないでくださいっ!! 」

 

二人のやりとりを聞きながら、ルークは、自分の服装を鏡でチェックし、軽く、腕を持ち上げて、上着の着心地を確認しつつ・・・

 

「見張りだ。」

 

といった。

 

稲荷の豊川少年と、リューがそろってルークのほうを見る。

 

「見張りだよ。私は。あの魁とかいう女の見張り役だ。」

 

そうルークがいった。

 

「どういう意味ですか?

 

豊川少年が尋ねた。

リューもきょとんとしている。

 

「文曲は、ボディーガードといったが、恐らくは、私に、魁の見張りをさせたいのだ。

魁というものは、善悪がない。気の向くままに動く。要するに、いつ寝返ってもおかしくないのさ」

 

ルークの言葉にリューが

 

「どっ・・・どうしてそんなことが解る!!

 

少々語気を強めていった。

 

ルークが、ゆっくりと振り返ると

 

「自然神とは、そういうものだ。ドルイドの祭るケルトの神々もそうしたものが多い。」

そういった。

 

稲荷の豊川少年が、

 

「そうか・・・。日本の神に似ていますね。荒御霊にニギ御霊・・・。善悪では計り知れない、

あらぶるパワーと穏やかな波長・・・。魁さまは『荒御霊』の属性なのか・・・。」

そういった。

 

リューだけ仲間はずれのようになった形で

「なっ・・・なんだよ、二人とも、解った様な顔しやがって」

と少々すねたようにリューは言った。

 

「要するに・・・目の前に燃え盛る炎があるとする・・・その炎は善か悪か、と聞かれたら、どちらだと思いますか?

 

豊川少年がリューに尋ねた。

 

「そっ・・・それは・・・決められない。火事になれば、悪だ。しかし、炎がなければ料理が作れん。中華街は商売上がったりだ。」

 

「そういうことですよ。魁さまは、どちらにも転ぶ可能性を持っている。そういうことです。

だから、文曲さまは、ルークに魁さまの見張りを依頼された・・・。ボディーガードという形で。」

 

豊川少年がそういうと

 

「遠回りな言い方ばかりする連中だっ!!気に入らんっ!!なら、そういえばいいだろうにっ!

リューが不機嫌そうにそういった。

 

「実際、そんなことは知らなくていいことなのさ。私は、魁の側にいればいいのだから」

 

ルークの言葉に

 

「仮に、もし魁が敵側が気に入ったら・・・どうやって、魁が寝返るのを停めるんだ?

リューがくってかかった。

 

「停めることは出来ないだろう。恐らく。せいぜい、文曲に知らせることくらいしか出来んだろう。」

 

「それじゃ、意味がないんじゃないのか?

 

リューがルークをにらみつけるように言った。

ルークはそっけなく

 

「見張りだといっただろう? あとは文曲がなんとかするだろうさ」

そういうと、ニヤリと笑った。

 

稲荷狐の豊川少年は、

「じゃあ、そろそろ行きますよ。外に車を待たせてあります。魁さまと文曲さまのいらっしゃるホテルに向かいます。

ホテルはこの間のホテルとは違います。諜報活動の拠点として使うので、ビジネスホテルです。

魁さまの表向きの身分は『宝石のバイヤー』です。ルークさんはそのボディガード。

ホテルに着き次第、文曲さまから資料を渡されます。それから・・・リューさんは、僕と雑用係です。いいですね。」

 

てきぱきとリューに指示を出す豊川少年を見てルークは

(こいつの扱いは、この稲荷の少年が一番適任だな。)

内心ホッとした。

 

「じゃあ、行こうか」

 

ルークが、リューと豊川少年の背中を軽く押しながら、三人は鷹取翁の家を出た。

 

 

 

 

18At 渋谷

 

ルーク、リュー、豊川少年の三人は、一路、横浜山手の鷹取翁の家から、魁の滞在する、大井町プリンセスホテルではなく、

文曲の指定する渋谷のビジネスホテルにむかった。

 

大井町プリンセスホテルにくらべて、渋谷のビジネスホテルはやや地味で小ぶりではあるが、ビジネスホテルとしての品格は備えたホテルだった。

 

そのホテルのワンフロアを文曲の拠点用に稲荷族がしつらえていた。

 

貸しきりのフロアの一室が、小会議室になっている。その会議室に三人は入っていった。

会議室の中には既に、文曲と魁がいた。

三人がドアを開けると、窓際にいた文曲が振り向き

 

「待っていた。入りたまえ」

 

そういって、部屋の中央の置かれた、楕円のテーブルにつくように促した。

 

魁は窓際の張り出しに腰掛けたまま、三人をちらりと上目遣いににらみつけた。

 

「はじめに言っておく。私は文曲に協力する気は毛頭無い。ただ、ホテルでゴロゴロしていても面白くないから、ここに来ただけだ。」

 

魁がぶっきらぼうにそういった。

 

文曲は笑顔で

「わかっている」

 

そういった。

 

「さて、全員そろったようだから、ざっとこれからの事を説明させてもらおう」

 

そういうと、一枚の写真を上着の内ポケットから取り出して、テーブルの中央にむかって指で軽くはじいた。

写真は、すーっとテーブルの真ん中まで滑っていってとまった。

 

先日、大井町プリンセスホテルホテルのロビーで、文曲に話しかけてきた、大柄な西洋人の顔写真だった。

 

稲荷の豊川少年とリューは

「あ・・・あのときの」

 

口をそろえていった。

 

文曲はちらりと二人を見つつ

 

「アルクトゥルス。われわれと同じ、異星人だ。」

 

そういった。

 

魁が興味を示したらしく、張り出し窓から降りて、つかつかとテーブルに近づき、写真を取り上げてまじまじと見ながら

 

「初めて見る顔だ」

 

といった。

「私は、あいにく奴とは既知なんでね。表には出られない。うしかい座のアルクトゥルス。

魁は幸い面が割れていない。奴の目的が何なのか・・・それを探ってもらいたい。

まあ、おおむねの目的はわかってはいるが・・・。そこで、二手に分かれてもらう。

リューくんと、豊川くんはアルクトゥルスの尾行。ルークと魁は直接アルクトゥルスに接触して動向を調査してもらいたい。」

 

文曲がそういうと、リューがいった。

 

「こいつは何かスゴイ攻撃力とか持っているのか?

 

文曲が

 

「攻撃力ねぇ・・・・。多少ガンマ線を出すくらいだ。あとは人間とたいしてかわらん。」

 

「・・・・ガンマ・・・線・・・。」

豊川少年が小声で言った。

 

「君たちにはまったく影響ないだろう。それと、基本彼らは地球人と共存する道を取っている。むやみに放出することはない。」

文曲がそういうと

 

「そんなに油断してて大丈夫なのかよ・・・。人間を盾にしてきたら、俺たちは手出しできないぜ。」

 

リューが疑いの目つきでいった。

 

「それはない。彼らは利益にならないことはやらない。そんなことをしたら、自分たちが異星人だとバレてしまう。

彼らより、地球人のほうがよほど情緒的に未熟で不安定なことを彼らは良く知っている。

彼らは地球人よりはるかに合理的だ。自分たちの正体を曝露するようなことは、けしてしない。」

 

文曲がそういった。

 

魁が

「ガンマ線・・・・」

つぶやく様に言った。

 

「では、諸君、よろしく頼む。」

 

会議はあっさりとお開きになった。

「おい・・・資料とか渡されるんじゃなかったのか?

リューが豊川少年にいった。

「ははは・・・何も無いみたいですね」

豊川少年が苦笑した。

 

あまりの漠然とした指示に全員戸惑ったが、真っ先に魁が

 

「ホテルに戻る。」

 

そういった。

 

その言葉に、稲荷の豊川少年が

「それじゃ、僕たちはアルクトゥルスの追跡に必要な機材を調達しにいきます。リューさんワゴン動かせますよね。」

豊川少年の言葉に

 

「まあ・・・。非合法だが・・・。」

 

そういった。

 

二つのチームはそれぞれ「動き」はじめた。

 

 

 

 

19.二つのチーム

 

文曲の指示で、リューと豊川少年、ルークと魁がそれぞれチームを組み、うしかい座からの訪問者アルクトゥルスの動向を調査することになった。

 

それにしても・・・・

リューは稲荷の豊川少年の用意したワゴンの中で

 

「すげぇな・・・こりゃ」

 

と呆れたように言った。

 

一見「デイリー弁当」と書かれたお弁当の集配に使う、ボックスカーの中には、お弁当どころか、ぎっしりと通信機器が完備されている。

 

「文曲さまからの指令は、僕だけの問題じゃありませんから。稲荷族が総出で支援してます。」

豊川少年が誇らしげに言った。

 

「一体・・・何に使うんだ? こんなの」

 

リューの言葉に豊川少年が

 

「取引先の調査とか。これは移動興信所みたいなもんです。動かすお金が大きいですからね。

稲荷族は。取引先の調査もしっかりしないといけないもんで。」

というと、

「なるほどねぇ~。壁に耳あり障子に目あり・・・ってのはお前んとこの格言だもんな。」

 

リューがため息まじり言った。

そんな会話をリューと豊川少年が、ホテルの前に停められたお弁当集配用のボックスカーの中でしている頃・・・・

 

大井町プリンセスホテルの中では・・・最上階の魁の部屋で、ルークと魁が、

同じホテルに宿泊中のアルクトゥルスとの接触の機会をうかがっていた。

 

「あの二人が情報をつかまないことには、身動きがとれない。今はあの二人に任せるしかないな。」

 

魁が、窓から地上を見下ろしながらいった。

眼下にリューと豊川少年の乗ったワゴンが見える。

 

と・・・魁が思い出したように、ルークのほうを振り向いて

 

「この間お前に渡したあの小石。あれを貸せ。」

 

といった。

 

ルークは、言われるままに上着のうちポケットに入れていた小石を魁に渡した。

 

魁は、その小石をじっとみつめると、ぐっと握り締めて自分の上着のポケットにしまってしまった。

 

そうしておいて

 

「なんだ・・・・理由を聞かないのか?

 

とルークに言った。

ルークは

「その理由をわたしが知る必要がないから理由を言わないのだろう」

といった。

 

魁が、ふん・・・と鼻で笑うと

 

「文曲を信じるなよ。」

 

といった。

 

ルークが

 

「ではお前はどうなんだ」

 

と魁に問いかけると魁は

 

「さて・・・ね。」

と笑った。

そして

「半径一キロ以内、私から離れるなよ」

 

魁がそういった。

 

そういって

「あの二人の様子を見てくる」

 

といって、その場から消えた。

 

再び、階下のワゴンカーの中に魁がいきなり現れて、リューと豊川少年が口をそろえて

 

「わっ!!

 

といって身体をのけぞらせた。

そんな二人を完全に気に留めず

「どうだ。何かつかめたか?

と魁は聞いた。

 

ヘッドホンをしていた稲荷の豊川少年が

 

「盗聴器が壊れているわけではないんですが・・・。通気ダクトから進入してしかけた盗聴器からは、

ほとんど何も聞こえません。時々、ドアの閉開音が聞こえる程度。足音は、床がジュータンらしく、まったく聞こえません。

これ以上感度を上げると通気ダクトの空気の音を拾ってしまうから、これで限界なんですけど・・・。」

 

そういった。

 

「会話が聞こえないということか? アルクトゥルスは今一人なのか? 」

魁が尋ねた。

「いえ・・・さっき、一人仲間の西洋人風の男が部屋に入っています。

ホテル内の防犯カメラの映像は、すべてこのモニターでも傍受できますから。」

 

豊川少年の言葉にリューが

 

「まったく、どーいう仕掛けになってんだよ・・・」

とポツリといった。

 

「会話を拾うのに盗聴器じゃ無理か・・・。」

 

魁はそういうと

 

「さっき来た男が出て行ったら、その男を尾行しろ。どこへ行ったかわかったら連絡しろ」

 

魁はそういう、その場から消えた。

リューが

 

「あの、ぱっと出たり消えたりする現れ方・・・なんとかなんねーかな。俺身が持たない・・・。」

 

というと

 

「確かに・・・・」

 

豊川少年もため息をついた。

 

 

 

 

 

 

20.急展開

 

ワゴンの中の豊川少年が、大井町プリンセスホテルの正面玄関から出てきたアルクトゥルスと、その連れの男を見て

 

「動いた!!

 

と声をあげると、ヘッドホンをはずして、リューに向かって

 

「二人を尾行します! リューさんはここで待機してくださいっ!!!」

 

そういうと、ワゴンから飛び降り、ホテルのはす向かいで乗客待ちをしているタクシーの列の中に、

手を上げながら駆け込んで、タクシーに飛び乗ると、アルクトゥルスたちの乗ったタクシーを追跡するようにタクシーの運転手にいった。

 

運転手は

 

「俳優さんかなんかかい?

 

と稲荷の豊川少年に尋ねた。

どうやら、運転手は、豊川少年を芸能人かなにかの追っかけかなにかだと思ったらしい。

 

言われて、豊川少年は苦笑しながら

 

「えっ?・・・ええ・・・・知るひとぞ知るアメリカのアーティストなんです・・・」

 

といった。

運転手が

 

「へぇ~何する人たち? やっぱり音楽かなんか?

 

と話しかけてきたために

 

「えっ・・ええ。『カウボーイ・ベンチャーズ』っていう・・・。あんまり売れてないんですけどね・・・ははは。」

 

と答えた。

 

「カウボーイ・ベンチャーズ・・・ねぇ。俺たちの若いころに『ベンチャーズ』つてあったなぁ。

エレキでテケテケテケやるやつ。今みんないいオッサンだけど、ときどきコンサートやってるよ」

 

豊川少年は、話好きな運転手に困惑しながらも

 

「日本の歌手の曲を作りに来たらしいですよ。『日照りの麻布十番』とかいうらしいです。」

 

豊川少年は、そういうと

 

アルクトゥルスの乗った車が止まって、中から二人が降りたのを確認すると

 

「すみません!!ここで結構です!!

 

そういうと、運転手に料金を渡して

 

「おつりはいいです。」

 

豊川少年は、タクシーから飛び降りて、二人を追跡した。場所は有楽町界隈だった。

 

アルクトゥルスと、その連れの男は、二ブロック先の

洋風のレンガ造り風のデザインの古いビルへ入っていった。

 

豊川少年が、二人の後について、そのビルに入ったところを・・・・

 

何者かが、後ろから口を押さえて、豊川少年を羽交い絞めにした。

 

「おっと・・・暴れなさんな。われわれは、君に用がある。」

 

アルクトゥルスだった。

 

数時間後・・・・

 

ワゴンの中のリューのもとに、豊川少年から電話がかかってきた。

 

「リュー・・・さん・・・。あの~・・・稲荷の豊川ですぅ~

 

豊川少年からの連絡を待っていたリューが

 

「何か、つかんだか!!

 

というと

 

電話の向こうの豊川少年が、なにやらひどくバツが悪そうな声でいった。

 

「リューさん・・・あのぉ~・・・怒らないでくださいね・・・。」

 

豊川少年の歯切れの悪い言葉にリューがイラつきながら

 

「どうしたっ!何かあったのか!

 

と尋ねると

 

「僕たち・・・・アルクトゥルスさん側につくことになりました・・・・」

 

豊川少年が申し訳なさそうにそういった。

 

その言葉に、リューが

 

「はぁっ? お前・・・何いってんだ!!

 

怒鳴るように聞き返した。

 

「怒らないでくださいよぉ~。僕の個人的決定じゃないんですぅ~。長老会の決定なんですよぉ~

長老会はアルクトゥルスさんたちと手を結ぶ方針をとったんですぅ~

 

豊川少年が半べそ声でそういった。

 

「まっ・・・待てよ。お前たち、文曲の命令で動いてたんじゃなかったのか!!

 

リューがいうと

 

「トップの方針が変わったみたいです~。僕も何がなんなんだか~わけが解りません~」

 

豊川少年がいった。

 

「で・・・今後お前はどうなるんだ? 」

 

「とりあえず、身柄拘束です。そっちには帰れません。ということで~。」

 

そこで携帯は切れた。

 

リューは真っ青だった。

 

「稲荷族・・・やっぱり裏切ったかぁぁぁぁぁ!!!!

リューは持っていた携帯を力任せに床に叩きつけて、ワゴンから出ると魁とルークのいるホテルの最上階にむかった。

 

 

 

 

21.       稲荷族の裏切り

 

血相変えて、魁のルークのいる最上階の部屋に飛び込んできたリューは、開口一番

 

「豊川の奴!寝返りやがった!!

 

と叫ぶように言った。

 

魁は、一瞬、きょとんとしたような表情をしたが、次の瞬間・・・こみ上げる笑いをこらえきれない様子で

くっ・・・

 

と喉を鳴らすと、まさに腹を抱えて

「あーっはっはっはっは・・・」

 

と大笑いをした。

 

魁の爆笑に、驚いたのはリューとルークのほうだった。二人は思わず、顔を見合わせた。

 

稲荷族の裏切りに、慌てる風もなく、怒る風でもなく・・・・

 

爆笑するとは・・・。

 

魁は、ひとしきり笑うと、

 

「傑作!!傑作!!慌てふためく文曲の顔が見えるようだわっ!

といった。

 

「さては稲荷族は、相当アルクトゥルスにうまい話を持ちかけられたようだな。」

 

魁が言った。

 

「笑ってる場合なのかよ・・・」

 

リューが言うと

 

「文曲は稲荷を信じきっていた。飼い犬に手をかまれるとはまさにこのこと。

こんなに愉快なことはない。あのすかした文曲の慌てふためく無様な様を拝みにいってやろう」

 

魁が笑いながらいった。そのとき、まさに、苦虫を噛み潰したような表情の文曲が

 

「その必要はない」

 

と目の前に現れていった。

 

「もっ・・・文曲!!

 

リューはいきなり現れた文曲に驚いて声をあげた。

 

魁は

 

「なんだ。もう聞きつけたのか。相変わらずの地獄耳だな。大方、この部屋の会話を聞いていたのだろう。」

そういうと、冷ややかに笑った。

 

文曲は、腕組みをしながら

 

「確かに、わたしの判断ミスだ。稲荷族がこうもあっさりアルクトゥルスになびくとは計算外だった。」

といった。

 

「これから・・・どうする?

 

ルークが尋ねると

 

「とりあえず、私はこれから会って話しをしなくてはならない相手ができた。君たちはしばらく、あの家に戻っていてほしい」

 

文曲の言葉にリューが

 

「あの家って・・・鷹取のじいさんの家か?

 

そういうと

 

「稲荷族からの支援が全面的に打ち切りとなると、われわれの拠点もなくなる。人間の家に身を寄せるなど、考えられぬことだが、仕方あるまい。」

文曲がそういった。

 

「万事休す・・・か」

 

リューが言った。

 

「なんとしてでも、奴らを阻止する」

 

そういうと文曲は、三人の前からすっ・・・と消えた。

 

 

 

 

22.       天孤

 

京都、伏見稲荷の社殿の本殿の扉の前に現れた文曲は、そのまま本殿の扉を開けて、中へ入った。

 

本殿の扉の向こうは、結界を堺に巨大な聖域が広がっている。

 

文曲の気配を感じ取った、社殿の中の水干姿の稚児狐が

 

「貴方様は、どなた様でいらっしゃいますか?

 

と文曲に尋ねた。

 

「伏見の長老に会いに来た。文曲といえばわかる。取り次げ」

文曲がいうと、水干姿の稚児狐は、うやうやしく頭を垂れてから

 

「少々お待ちください」

 

といって、社殿奥へ消えた。

 

しばらくして、稚児狐が戻ってくると

 

「こちらで長老がお待ちでございます」

 

と文曲を社殿の奥の間に案内した。

 

長い渡り廊下の欄干は朱塗りで、その廊下をぬけると、白木の扉が見えた。

 

白木の扉を稚児狐があけると、二十畳ほどの板張りの部屋が現れた。その部屋の置くに、

唐様の服装をした白髪の老人が、朱塗りの椅子に腰掛けている。

 

文曲の姿が目に入ると老人は椅子からゆっくりと立ち上がり、近寄ってきた。

 

「これはこれは・・・文曲星様。このような辺鄙なところへよくいらっしゃいました。」

 

両手を懐のなかで組んで頭を下げる、唐風の挨拶をした老人は、伏見稲荷の最長老だった。

 

「古老に話が会って来た。のんびりもしていられない。要件のみはなしたい。」

 

文曲がそういうと、古老は

 

「最近は、めっきり歳をとり、込み入ったことどもは、すべて若い世代に引き継ぎました。

よろしければ、そのものにお話ください。才のある者です。」

 

古老は、しわがれた両手を二三回たたいた。

乾いた音が室内に響くと、衝立の陰から、一人の狩衣姿の若者が現れた。

 

「伏見の天孤と申します」

 

文曲は、その青年の顔を見ると、一瞬目を見張って息を呑んだ。

 

魁に瓜二つだったからだ。

 

青年は

 

「何か?

 

と文曲に言った。

 

文曲は

 

「いや・・・。なんでもない。折り入って、伏見の稲荷に話があって参った。」

 

と内心の動揺を隠すように、言った。

 

「では、こちらへ」

 

天孤と名乗る、魁と瓜二つの青年に促され、文曲は別室に通された。

 

書院つくりの落ち着いた小部屋の窓は円形にくりぬかれ、中庭が見渡せるようになっている。

 

部屋の中心には、螺鈿細工の施された、小ぶりの丸テーブルと椅子が置かれていた。

 

「どうぞ」

 

青年に促され、文曲は上座の席についた。

 

「ご用件は?

 

「うむ。早速だが、そなたたち、豊川稲荷とは交流はあるか?

 

文曲の言葉に天孤は

 

「我らは、稲荷族といっても豊川稲荷のように人間界に直接関わっていくようなことはいたしませんゆえ・・・。」

 

といった。

 

「それが・・・何か?

 

「いや・・・此度は、太一真君の使いで私もこの星に久々に参った。そして、ある任務を遂行しに参ったのだが・・・・

その協力者である豊川稲荷が、突如協力を拒んできたのだ。」

 

文曲の言葉に天孤は

 

「なんと・・・文曲星様を軽んじるとは・・・」

と柳眉をひそめた。

 

「そなたらに声をかけず、豊川稲荷にだけ頼っていたわたしにも落ち度がある。

しかも、ことが差し迫ってからいきなりの訪問。恥じ入る。」

 

文曲の言葉に、天孤は

 

「何をおっしゃいます文曲様。私ども伏見稲荷は俗界からは隔絶しておりますゆえ、文曲様が豊川稲荷を重宝し、

使役するは道理。恥じ入るなどとおやめください・・・。して・・・私たちにお力になれることがありますでしょうか」

 

「うむ・・・。実は、豊川稲荷はうしかい座のものと手を組んだ。うしかい座の者たちと、

人間界の経済界と密接に関わる稲荷族が手を組んだといことは・・・」

 

「販路の確保・・・」

 

天孤の言葉に文曲は

 

「うむ。きゃつらのさばこうとしているものを断固阻止せねばならない。力を貸してくれまいか。

そなたには、豊川稲荷に接触して情報を流してもらいたい。稲荷族同士なら、接触も容易だろう」

 

そういった。

 

「お任せください。蛇の道は蛇。彼ら同属の獣の臭いは、私どもにはすぐにわかります。

なに・・・金の臭いがしたからやってきた、独り占めはさせないぞと言ってやりましょう」

 

「そういわれると、心配になる。」

文曲の言葉に天孤は

 

「おお、これは失礼いたしました。ご心配はご無用にございます。私ども伏見の稲荷の好物は俗界の金子ではございませんゆえ。」

 

そういうと、魁と瓜二つの顔をほころばせた。

 

「私どもの好物は、人間の出す『活気』。金子だけあっても意味がないのでございます」

 

「ますます、不安にさせる・・・」

文曲がいった。

 

「わかっております。本体の木を枯らすほど蜜を吸うほど愚かではございませんよ。われわれは」

 

天孤の言葉に文曲は

 

「それを聞いて安心した。では頼む」

 

そういった。

 

「ときに・・・文曲様、ご滞在はどちらに?

 

「稲荷族が突然撤退して行き場がない」

 

「それでは私どもが、その無礼の穴埋めをいたしましょう。よろしければこの社殿にご滞在ください。ごゆるりと・・・」

 

天孤はそういうと

 

「では、わたくしめは早速豊川稲荷たちのもとへ参ります。」

そういうと、部屋から出て行った。

 

文曲は立ち上がると、腕を組んだまま、窓際に近づいて中庭を見つめていた。

 

中庭の池の水面が風に揺れた。

 

 

 

 

23.鷹取翁宅にて

 

稲荷族というスポンサーを突如失った文曲は、財源を喪失した。

豊川少年がうしかい座のアルクトゥルスのもとに行き、必然的に魁はあの大井町プリンセスホテルの最上階から追い出される格好になった。

 

仕方なく、魁はルーク、リューと共に、鷹取爵翁の家に身を寄せることになった。

 

魁をつれて、再び戻ってきたルークとリューを見て鷹取翁は、年甲斐もなく興奮していた。

そして、あのアンドリュー・ロイドもまだ鷹取翁宅で生活をしていたが、魁を目の当たりにして、その圧倒的な気迫に圧倒され、遠巻きに見守るだけだった。

ルーク、リュー、鷹取翁の三人が、魁にむかって、そもそも、「文曲星」が地球に何の用件でやってきたのかをたずねた。

 

魁は

「詳しいことはわからない・・・。わたし自身、この星で、深手を負って以来、那須の野で千年眠っていたのを、文曲に起されたのだ。」

 

といった。

 

「ただ・・・文曲は、たびたび、この星にやってくる。そして世を乱すことを私に命じる。

そうやって、バランスをとっているのだそうだ。北極星であられる太一真君は、この星をことさらに気遣っておられる。

この星は、すなわち太陽系そのもの。この星の動向が太陽系を決めるといっても過言ではない。

ゆえに・・・介入なさるのだ。今回も、文曲は私に、動乱の使命を与えようとした。」

 

魁の話に相槌を入れたのは、鷹取翁だった。

 

「バランスをとる・・・とは、人口の調整が目的なのかな?

 

魁は、鷹取翁の言葉に首を振ると

 

「いや、結果大抵は戦乱になるが、人口調節が目的ではない。むしろ混乱による失速が目的。わたしが千年眠っている間、

この星は進歩しすぎたのだ。そして、我らが関わるのは、この星のモノたちが、この星の存続にあまりにも無関心だからだ。」

 

そういった。

あのいつも、激している魁にしては、珍しく穏やかに話している。

それが、リューには意外に感じられた。

 

「で・・・なんで日本なんだ?

 

リューがいうと

 

「この国が世界経済の要になっているからだ。ここを乱せば、全世界の経済が失速する。

この星の住人たちの経済活動はこの星の寿命を縮める。

太一真君はそれを懸念されておられる。ゆえに、常に監視され、ときに文曲に介入させ、

バランスを保てるように我らに指示されるのだ。」

 

魁がいった。

 

「で・・・あのアルクトゥルスたちというのは?

 

ルークが尋ねると

 

「うしかい座の連中か・・・わたしも詳しくは知らないが、文曲が言うような大人しい連中には到底思えない。

何か、目的があるのだろう。文曲はお上品すぎて、野蛮な輩のことがまったく理解できないのだ。」

 

魁の言葉に、ルークが

 

「お前は野蛮なのか?

 

といった。魁が笑いながら

 

「お前らに近いのだ。」

といった。

 

リューが魁の言葉に

「それはそれは・・・光栄至極」

と、ため息混じりに言った。

 

「さてと・・・文曲さまとやらがどっかに行ったきり戻らないが・・・・これから、どうするか・・・が問題だな。」

 

リューがいった。

 

「といって、アルクトゥルスや稲荷の動きは俺たちじゃどうにもわからないし・・・。とりあえずは、様子を見ているしかないか・・・。」

 

リューの言葉に、ルークが

 

「・・・・・。」

 

しばらく沈黙していたが、ふと口をひらいた。

 

「フェニールなら・・・彼らの居場所がわかるかもしれん」

 

「あのユリアちゃんのペンダントの中の火鳥フェニールが?

 

リューが言った。

 

「うむ。アルクトゥルスではなく・・・あの豊川少年の場所なら、フェニールが探せるかもしれん。」

 

「なんでだ?

リューが不思議そうに言った。

 

「お前も、稲荷も、人間の想念で生きているからだ。そしてわれわれも。同じ波長を持つものをフェニールは感知する」

 

「ってことは・・・フェニールを警察犬代わりに使えば、豊川の居場所がわかるかも知れないんだな」

 

リューがいった。

 

「場所だけはわかるが・・・。」

ルークの言葉に

 

「場所だけでも把握する価値はある」

 

魁がいった。

「ほんじゃ、明日にでもユリアちゃんにお出ましいただこうか」

 

リューが久しぶりにご機嫌になった。

 

魁がリューの浮かれようを不愉快そうににらみつけると、ルークにむかって

 

「そのユリアちゃんというのは何だ? 」

と尋ねた。

 

「火の鳥の飼い主だ。人間の少女だ」

 

ルークが答えた。

 

魁がその言葉に、履き捨てるように言った。

 

「ふん。ガキか」

 

リューとルークが、魁の言葉に、顔を見合わせて、苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

24大豊商事

 

丸の内のビル群の中に、稲荷族が直接管轄する商事会社があった。

 

伏見から、やってきた天孤の行き先は、そこだった。

 

社員すべて、稲荷の眷属で、人間は一人もいない。だが、一部上場の一流企業だ。誰一人人間界のものは、

彼らが「異形のものたち」などとは疑いもせず、取引をしている。大豊商事は三井、住友とならぶ、

老舗の「稲荷コンツェルン」だった。

 

大豊商事の自社ビルの前に、天孤の乗った一台の黒い車が停められた。

中から、狩衣から黒いスーツに着替えた伏見の稲荷、天孤があらわれた。

大豊商事の正面玄関の自動ドアが左右に開き、天孤がまっすぐに中へとむかった。

一階のフロアの受付嬢たちは、引き止めることもせず、ただただ、天孤の姿に見とれたように、ぼーっとしながら目の前を通りすぎる天孤を見送った。

 

天孤は、アポイントもないまま、まっすぐに社長室にむかった。

 

さすがに、途中でわれに返った、若い稲荷狐が、天孤のあとを追ってきた。

 

「あっ・・・あの・・・どちら様でしょうか・・・」

 

若い社員に、天孤は歩みも止めぬままに

 

「伏見のものだ。社長はおいでだね」

と聞ききながら足早に進んでいく。

 

若い社員は、自分の隣にいるほかの社員に

 

「しゃ・・・社長にお伝えしろっ! 伏見からお客さまだ!早くっ!!

 

そう叫ぶようにいった。言われた社員は、ばたはだと駆け足で去っていく。

 

天孤が、社長室のあるフロアにつき、フロアにいる秘書にむかって

 

「伏見のものが来ていると社長にお取次ぎを」

 

といった。

 

秘書の女性が立ち上がるのが早いか、奥から壮年の男性が現れた。大豊商事の社長だった。

 

「これはこれは、伏見殿。突然のお越し。何のご用件でしょう」

 

「立ち話もなんです。奥でゆっくりと」

 

天孤は魁に瓜二つの相貌に笑みを浮かべていった。

 

魁もそうだが、天孤も「妖艶」な「気」をはなつ美貌を備えている。しかし、その美しさは時に、

ぞっとするような冷酷さを帯びていて、見るものを震撼させるところがあった。

魁も天孤も、二人の共通点は男のようにも女のようにも見える不思議な顔立ちだ。

美女というのは、不思議と美しい男のような顔をしていることがあるし、美男もまた、

りりしい女のような顔をしていることがある。中性的というものかもしれない。

その性別を超えたようなところが、時として不吉な印象を与えるのかもれない。

 

社長は、気後れしながら、天孤を社長室に招きいれた。

 

「豊川稲荷が、この度、うしかい座のものと手を結んだ話・・・聞きました。その辺り、私どもも詳しくお聞きしたく伺いました。」

 

天孤に聞かれて社長は

 

「わっ・・・私たちも、まだ詳しくはわかっていないのですよ。」

 

取り繕うように答えた。

 

「そんなはずはない。文曲星どのを裏切ってまで、手を組んだのだから。

それなりの利益があると踏んでのご算段に違いありますまい。

何・・・豊川どのをせめているのではありません。わたくしどもも、その話・・・一口乗らせていただきたいと思ってやってきたのです。」

 

天孤がそういった。

 

「もっ・・・文曲星・・・。一体どこからその話を?

 

社長が上ずったようにいった。

天孤はちらりと社長の顔を見ると・・・

 

「ご本人から・・・」

と答えた。

そして更に

 

「ですから・・・せめているのではないのです。私どもも、同じ穴のムジナ。そういうことですよ」

といった。

 

「しっ・・しかし、伏見どのは、われらと違って人間界に直接関わらないのが、古来からの慣わしでは・・・?

 

「ええ・・・。古来からの・・。確かにその通り。われわれは人間界の『金銭』には興味が無い。

欲しいのは人間の生み出す活気。しかし、昨今こう不況が長引くと活気も落ち込んでおりましてね。

社殿の奥で待っているだけでは、どうも足りません。われらの持つ『金気』をお分けする変わりに、この話に便乗させていただけないかと。」

天孤の言葉に、社長は生唾を飲み込んだ。

 

「『金気』を・・・お分けくださると?

 

金気とは、金運をつかさどる気である。この気が不足するといくら金があっても、金の流れが滞る。

人間の産む活気を吸収し、土気となし、更に金気を生み出し、その気を再び人間界に配分するのが伏見稲荷の得意とするところであった。

 

特に金気は殺気と紙一重でもあり、この気を帯びて立ち回るには、かなりのパワーを持たなくてはならない。

巨大な金気は、戦乱等の殺気を呼ぶ元にもなる。

 

社長の言葉に天孤が

 

「ええ・・・」

と答えた。

 

「わかりました。ちょうど、今、彼らと互角に交渉できるものを探しているところでした。

しかしながら、お恥ずかしい話ですが、彼らと互角に渡り合えるものがなかなか見当たらず・・・。

交渉が中断していたところです。よろしければ、伏見どのが交渉の窓口にたってくださいませんか」

 

社長がそういった。

 

天孤は社長の言葉に

 

「互角・・・でよろしいのですか? 優位・・・の間違いではございませんか?

 

そういって、ニヤリとわらった。

「では・・・早速ですが、彼らとの取引内容をお聞かせ願いましょう」

 

天孤の言葉に、社長はデスクにある電話の受話器をとると

 

「担当者を呼べ」

 

といった。

 

数分後、資料を抱えた男たちが、数人現れた。

 

「君たち。彼に、例のプロジェクト内容を。」

社長直々にいいつけられ、男たちはかしこまったように硬直しながら

 

「では・・・こちらへ」

 

天孤を会議室に案内した。

 

 

 

 

25.       プロジェクト「エリア51

 

会議室に呼ばれた天孤は、会議室中央のテーブルの上に置かれた、パノラマを見て

 

「こっ・・・これは?

 

と思わず、つぶやいた。

 

会議室のテーブルの上には、小さな、「街」が模型で作られている。ちょうど、

円形に街を囲むように配置された小高い山々、その中心に工場と、そこからほど違い場所に住宅、学校、診療所、大型スーパー。

 

「これが、彼らがわれわれに求める、最低限の条件です。」

「いったい・・・どういうことです?

天孤がいった。

 

エンジニア風の社員が、言った。

「彼らは、レアメタルをわれわれに提供するといってきています。」

 

「レアメタル・・・・」

 

「ええ。本来は、採掘しなくてはならないものを、彼らは敷地だけ用意することで、

錬金術のようにレアメタルを提供できるというのです。われわれは、それらの資源を人間に怪しまれないように、売却する・・・・。」

 

「なるほど・・・。」

 

 

天孤は眼前のパノラマを見ながら言った。

「して、この街は何処に建設するおつもりですか?

 

天孤の質問に、エンジニア風の社員が

 

「アメリカの安い農地にと考えています。名づけて、『エリア51計画』です。

ただ、今シェールガスブームで・・・土地が値上がりしておりまして、そこが想定外でした。

実際、購入した土地からガスでも出たら、厄介ですから。もう少し早く彼らがわれわれにこの話を持ってきてくれれば、

土地の購入もスムーズだったと思うのですが・・・」

 

天孤は、話を聞きながら、じっと考え込むように、腕を組んで、口元に、右手の握りこぶしを当てながらパノラマを見下ろしていた。

しばらく、そうしていて、何か思い当たったらしく、はっとした表情になると

 

「トランスミッター・・・・」

 

とつぶやいた。

エンジニア風の男が、その天孤の声を聞いて

 

「それです!天孤さま!」

 

そういって、隣の社員の持っている図面用の筒から、設計図を取り出した。

 

何かの概略設計図を渡されて天孤が、

 

「これは・・・・」

とうなるように言った。

「うしかい座のアルクトゥルスさまたちが、われわれに示された設計図です。残念ながら、これを作れる技術はわれわれにはありません。」

 

エンジニア風の男が言った。

 

「・・・だろうな。ということは・・・この話はここで頓挫か? そんなはずはないな。

向こうは、こちらの技術力が無いことを承知で提示してきたのだ。ということは・・・・」

 

いいかけて、天孤が

 

「次回、アルクトゥルスたちとの会見はいつになる?

 

と、尋ねた。

 

「明後日です。場所は、この会議室です。」

 

それを聞いて

 

「わかった。」

 

天孤はそういうと

 

「明後日また来る。御用の向きがおありなら、どなたでも遠慮なく伏見へおいでください」

 

そういって、踵をかえして会議室を後にした。

 

 

急ぎ、伏見に戻った天孤は、狩衣にも着替えず、スーツ姿のまま社殿の中の、文曲のいる部屋へとやってきた。

スーツ姿の天孤はますます魁に似ていて、一瞬『魁』がやってきたのかと、文曲は錯覚しそうになった。

 

天孤は、東京の稲荷たちの「大豊商事」の中で見たプロジェクトのことを一部始終文曲に伝えた。

 

その話をきいて、文曲は

 

「・・・・・。やつらの狙いは・・・人間か・・・」

 

といった。

 

それを聞いて天孤も

 

「やはり・・・そうでしたか」

 

といった。

「アメリカに、工業都市をひとつ稲荷たちに築かせ、そこにアメリカ人を雇用し、その身体をのっとる・・・そういう計画だ」

 

「パラサイトでもない・・・」

 

「そう。のっとりだ。」

 

文曲の言葉に天孤は

 

「いかがいたしましょう・・・・」

 

といった。

 

天孤と文曲・・・二人とも、共通の悩みを抱えたようだった。

 

「阻止」か・・・はたまた「放置」か・・・。

 

二人は沈思した。

 

 

 

 

26.       魁と天孤

 

伏見の社殿に戻った天孤は、月明かりの中、黒いスーツ姿のまま、狩衣に着替えず、

社殿の中庭に一人たたずんでいた。日本式の中庭の、池の側には、山もみじの木が数本植わっている。

 

向こう岸には枝のはった松が植わっていて、その松の陰が水面に映っている。

 

社殿の朱塗りの廊下のところどころに吊るされた明かりと、月明かりが、中庭を照らしている。

 

池には、夜空の月が写り、手で、すくえそうに見える。その水面に写った松と月の狭間を、池の中の鯉が泳いでいく。

 

そんな情景を眺めながら、天孤は無意識にもみじの青い葉を手折って、口にくわえた。

 

 緑樹影に沈んで 魚木に登る景色あり。

 月海上に浮かんでは 兎も波を走るか

 面白の島の景色や・・・・

 

天孤は、能の「竹生島」の一説をそらんじた。

 

「いかがいたした? 天孤よ」

 

背後で、声がして、天孤は驚いて、振り返ると、そこには長老が立っていた。

 

「珍しいの。そなたが、こんなところで、ぼーっとしておるなどと。俗界に久々に下って、何か心乱れることがあったか?

「心・・・乱れること・・・。」

 

天孤が、長老の言葉をかみ締めるようにくりかえした。

 

「ふむ・・・己の気が乱れておることに気がついておらぬのか・・・。これは、危うい。しっかりせよ。天孤。初心忘るべからずじゃぞ。」

 

そういうと、長老は去っていった。

 

天孤は、またも長老の言葉を反芻した。

 

「初心・・・。」

 

 

その頃・・・鷹取翁の居間には、ユリアがやってきていた。

ルークが、フェニールに「呼びかけた」のだった。

 

居間のテーブルの上にユリアが首に下げていたファベリジェエッグをはずして、蓋をあけると中から

ミニチュアサイズの朱色のクジャクのような鳥を現れた。火の鳥フェニールだった。

 

「めずらしいこともあったもんだな。ルーク。お前が俺を呼び出すなんて。だいたい、

お前は俺の言葉に耳を傾けたことはいままで一度もなかったのに。この間といい。大した進歩だ。」

 

フェニールが、ぱたぱたと飛び上がりながらそういった。

 

そのミニチュア模型のようなフェニールを見て、魁が

 

「なんだこの不細工な変な鳥は!!」

 

とフェニールを見るなり笑った。

 

ユリアが、魁をにらみつけて

 

「ちょっと!!失礼ねっ!!」と怒ると、リューの方をくるりとむいて

 

「リューさん!この失礼な人誰?!

 

とヒステリックに聞いた。

聞かれたリューは

 

「え~っ・・・この方は~その~魁さまといって~」と、しどろもどろに答えた。

 

ルークは、周囲のやりとりを無視して、フェニールに向かって

 

「お前に、その翡翠のバングルをよこした少年を覚えているな? 稲荷狐という神の眷属だ。

その少年の居場所を探してもらいたくて呼んだ。」

 

といった。

 

フェニールは、テーブルの上に、着地すると、しばらくテーブルの上をぐるぐると歩きまわった末

 

「無理だな」

 

といった。

ルークもリューも

「何故?

と口をそろえていった。

 

「気配が弱すぎる。というか、多すぎるんだ。その、稲荷とかいう種族の。だから、個体識別が無理。

ただ・・・・昨日、並々ならない気配を感じた。稲荷の大親分でも外に出てきたのかな?今はまた感じないが。」

 

フェニールの言葉にリューが

 

「大親分? 」

 

といった。

 

「そのうち、また出てくるんじゃないかな。気配を感じたらまた教えるよ。」

フェニールがいった。

 

すると、魁そのやりとりを聞いていた魁が

 

「待たなくてもいい。その大親分とやら・・・引き寄せる。」

 

そういった。

 

次の瞬間・・・・

 

ザザーッ!!!

 

と、大量の水が滝のように落ちる音と、ドーンと何かが落ちてきたような衝撃と共に、建物そのものがズズンとゆれた。

 

「なっ!! なんだ!!

 

リューが大声をあげた。

ユリアがキャーっと声をあげながら、隣にいたルークにしがみついた。居間の一人かけのソファーに座っていた鷹取翁が

「わしの家を壊さんでくれよ・・・」

といった。

 

「二階だ!!

 

ルークはそういうと、しがみついているユリアの手をほどいてから離れて二階の階段を駆け上がっていった。

その後をリューも追いかけた。

 

二階に上がると、廊下が水浸しだった。

水はルークの使っている部屋から出ている。

 

そして、ルークのベッドの上には、ずぶぬれのスーツ姿の青年が困惑した表情で座っていた。

 

そして、そのその青年の顔を見て、ルークもリューも魁もユリアも・・・全員が驚いた。

 

魁と瓜二つ。

 

天孤だった。

 

長老が去ったあと、天孤は物思いに浸りながら、池の水面を眺めていた・・・

そして水面に自分の姿が写った瞬間・・・グラリと眩暈をかんじてそのまま池に吸い寄せられるようにして、落ちた。

そして、気がついたら・・・

鷹取翁の家にいた。

 

魁が、ずぶぬれの、自分にそっくりの青年を見ながら

 

「文曲と一緒にいたな。まともに影響を受けたらしいな。」

 

といった。

 

フェニールが、遅ればせながらパタパタと飛びながらやってくると

 

「間違いない。こいつが親分だ。」

 

といった。

 

 

 

 

27.       天孤 所信表明

 

シャワーを浴び、ずぶぬれの服を、アンドリュー・ロイドのカジュアルなポロシャツと

チノパンに替えた天孤が鷹取翁の居間の応接セットの椅子に腰掛けていた。

首にはバスタオルをかけている。髪は濡れたままのカラスの濡れ羽色。

いささか不機嫌そうな面持ちだ。

 

「お前が稲荷の親分か?

と魁がぶっきらぼうに尋ねた。

 

じろりと自分と同じ顔の相手を天孤がにらみつけながら

「そなたこそ、何者だ」

 

と答えた。

「私のことは文曲が良く知っている」

 

魁の口から文曲という名が出てきて天孤は改まった。

 

「文曲さまのお知り合いか?

 

魁が、憮然としながら

 

「お知り合いどころではない。腐れ縁とでもいっておこう。私は貪狼星魁。」

 

「貪狼星・・・どの・・・。私は伏見の稲荷『天孤』と申します」

 

天孤がそういった。

 

「伏見? 豊川稲荷とは違うのか?

リューが尋ねた。

 

「ええ。違います。わたくしは伏見稲荷の長を務めるもの。豊川稲荷とは管轄が違うのです。」

 

天孤のことばにリューが

 

「じゃあ、豊川稲荷とは関係ないのか・・・」

 

残念そうにいった。

 

「何か・・・豊川稲荷に御用でも?

 

天孤が聞くと

 

「ある少年の行方を捜している。彼は豊川稲荷なのだが、とある事情で行方不明になっているのだ」

 

とルークがいった。

 

「貴方方は・・・いったい?

 

天孤が不審げにいった。

 

「お前、文曲と一緒にいただろう? 今、やつは何処にいる?

 

「文曲さまは伏見の社殿にいらっしゃいますが・・・」

 

天孤の答えに魁が

「そうか。結界の中にいるのか。道理で気配がないはずだ。」

といった。

「お前、伏見で、文曲から何か聞いているだろう。豊川稲荷とうしかい座のことだ。」

魁が天孤にいった。

 

「どうして、それを・・・?

 

魁が

「もともとはわれらがこの一件に関わっていたのだ。それが豊川稲荷の突然の方向転換で、

身動きができなくなった。それで文曲はお前のところへ行ったのよ。」

 

そういった。

 

魁の説明でやっとすべてがリンクした天孤が

 

「そうでしたか・・・・。」

 

そういって、目を閉じた。

 

何か思い巡らしているようだったが、目を開けると静かに話しはじめた。

 

「わたくしは、文曲さまからのいつけで、豊川稲荷の管轄へ出向いてまいりました。

そして彼らが、うしかい座のモノたちと『取引』を行う計画をつかんでまいりました。」

 

天孤の言葉にリューが

 

「うしかい座と稲荷が無条件で結託しているんじゃないのか?

 

と聞いた。

 

リューの言葉に、天孤は軽く首をふると

 

「いえ。結託はしていません。むしろ交渉は難航中。うしかい座の者たちは、

豊川稲荷に大量のレアメタルを提供するかわりに、その販路と採掘場とする土地、

そしてその採掘場を中心とする小都市を求めています。無論、採掘場は人間たちへの

カモフラージュでしかありません。実際はうしかい座からトランスミッターを使ってレアメタルを運ぶつもりです。」

 

そういった。

 

「トランスミッター? そんな技術が豊川稲荷にあるのか?

魁がいった。

 

「当然・・・ありません。恐らくは、技術者はすべてうしかい座の者たちになるでしょう。

いえ・・・その小都市がすべてうしかい座のものたちのものになるのでしょう」

 

天孤の言葉に

 

「宇宙人移住計画かよ」

 

とリューがいった。

 

「いえ・・・移住というより、地球のっとり計画です。うしかい座のものは人間の身体がないとこの地球にいられません。」

 

天孤の言葉に、魁とリューとフェニールが一斉にルークをちらりと見た。

 

ルークは

「なるほど・・・彼らも『器』がないのか」

 

といった。

 

「質量が不安定なのだ。彼らはエーテル体のみで存在する。繁殖も今は行えない。

どういう経路で有機体での存続を放棄したのかはわからないが・・・。

で、その計画を知って、お前は、どうする気だ?

魁が天孤に尋ねた。

 

「・・・・。文曲さまは少なとも、計画続行をお考えです。」

 

天孤が答えた。

 

「計画続行って・・・うしかい座のやつらに地球をのっとらせちまおうってのか?!

 

リューが呆れたように言った。

 

魁が

 

「そういう男よ、奴は。

奴にとっては、この星の人間などどうでもいのだ。この星が穏便に存続していればいいと思っている。

単に星の管理を自分はおこなっているだけだとね。実際、文曲はこの星以外にも幾多の星の管理を行っている。

こんな手のかかる生命体のいる状態よりも、いっそ星としてだけの管理のほうがどんなに楽かと思っているだろうよ。」

そういった。

 

「むちゃなことを考えやがる・・・」

リューがため息まじりいった。

 

「で・・・天孤。お前はどうなんだ? 随分と文曲に感化されていたな。だから虚数界に引き込まれるのだ。」

魁は少々意地悪い笑みを浮かべていった。

 

「虚数界?

 

天孤が言うと

 

「池ぽちゃしただろう? 引き込まれたのさ。お前の質量が文曲の波動で変動していたからだ。」

 

魁の言葉に、天孤は長老から言われた言葉を思い出していた。

「気が乱れておる・・・・」

という言葉を。

 

「お前まで、うしかい座のものたちにのっとられてもいいと思っていただろう? 」

 

魁に言われて天孤が口ごもった。

 

「そんなことになったら、お前たちも消えてなくなるのだぞ。わかっているな。

稲荷は人間たちの想念で存在しているのだから。もちろん、ここにいる龍もドルイドの騎士も皆消える。

うしかい座の者たちはお前たちのような存在を認めない。認識されてはじめてお前たちは存在するのだ。

そこが人間やわれわれとは違うところだ。人間をはじめ地球上の生命体は他から認識されなくとも食物を摂取すれば存在維持ができる。

しかし、お前たちは『想念』で出来ている。その想念の源は人間だ。その人間を失えば、お前たちは消えてなくなる。

地球のために、それでもいいと思ったのであろう? 文曲に感化されると皆そうなる。一体、潔いのかバカなのか。」

 

魁の言葉に一番反応したのはユリアだった。

 

「みんな消えちゃうなんて嫌っ! だいたい、その『うしかい』とか言うやつらに私ものっとられちゃうなんて嫌よっ!! 

リューさん!!なんとかしなさいよっ!あなた龍神なんでしょっ!

 

ユリアがリューの襟首をつかんで半べそをかきながらいった。

 

「ちょっ・・・ちょっと、落ち着いて、ユリアちゃん。まだ決まったわけじゃないし・・・ね?

リューがそういってユリアをなだめた。

 

天孤がユリアの顔をじっと見つめると、意を決したように、それでいて静かに言った。

 

「阻止しましょう。明日、うしかい座のものたちとの交渉が東京にある稲荷の経営する大豊商事で行われます。」

 

「で・・・どうやって?

リューが言った。

 

「まあわたしに任せておけ。どうしてもそれで向こうが引かなければ、リューとルークにやつらを締め上げてもらう。」

 

魁が言った。

側で、成り行きをすべて見ていた鷹取翁が、もはや気配さえ希薄なアンドリュー・ロイドに向かっていった。

「もはや文曲と魁の一騎打ちじゃな。こりゃ面白くなってきたわい。ふぉっふぉっふぉっ・・・」

 

アンドリュー・ロイドは周囲の状況に、ただ、おどおどするばかりだった。

 

 

 

 

 

28.       前夜

 

この夜は、鷹取翁宅の居間のソファーに、リューとルークがおのおの眠ることになった。

ルークのベッドは突然の、池の水ごとの来客によって使えず、リューの部屋は魁と天孤に提供してしまったからだった。

 

ユリアも、アンドリュー・ロイドに送り届けられて帰宅した。

 

リューは、明日の大豊商事で行われる『うしかい座』のアルクトゥルスたちとの交渉がどうなるのか、気がかりでなかなか寝付けなかった。

 

そして・・・豊川少年のことも。

 

裏切りモノとはいえ・・・今回の件は豊川少年の意思ではないし、しかも、豊川少年本人は、恐らく現在アルクトゥルスたちに身柄を拘束されているに違いない。

リューは、ソファーに横になったまま、向かいのソファーに横になっているルークに向かっていった。

 

「明日・・・どうなるのかな・・・。豊川の奴・・・明日アルクトゥルスたちと一緒に来るんだろうか。」

 

ルークはしばらく沈黙していたが、ぽつりと

 

「・・・恐らく、交渉と、契約を無事行うこととの交換条件で身柄が解放されるんだろう。

もし、そうでなければ、天孤は前もって豊川稲荷の長老どものところへ直接、明日の交渉中止を呼びかけにいくはずだ。

アルクトゥルスたちの目的がわかった今、わざわざ奴らにあう必要もないだろう。要するに、明日の交渉は、豊川の救出が目的だ。」

といった。

 

「伏見稲荷は、まあ豊川とは仲間内だからわかるが・・・魁がなんでここまで手を貸してくるのかがイマイチわからん・・・。」

 

リューの言葉にルークは

 

「ああ見えて・・・魁は人間が好きなんだよ。人間と、人間の作り出したわれわれのことが・・」

 

といった。

そのルークの言葉にリューはガバッとソファーから身を起すと

「何故っ! 奴は、一度人間どもに殺されかけているんだぞ!!

興奮ぎみにいった。

 

ルークはリューとは対照的に、落ち着いた面持ちで

 

「そうしたことすべて、気に入っているのだろうよ。」

 

といった。

 

「わからん!!俺にはわからんっ!!

 

リューが激したようにいった。

 

そのリューの興奮ぶりをちらりと見て、ルークは笑いながら

 

「わからんだろうよ。お前は、ちゃらんぽらんなように見えて、その実、ひどく真面目だからな。

魁は刺激が好きなのだよ。スリリングなほうが平穏な日々より楽しいのさ。だから貪狼星なんじゃないのか? 

奴の本質というやつだ。文曲のように、刺激を好まず、ただ円滑にことが進むことだけを好むタイプとは正反対だということだ。」

 

「そんな気まぐれな奴・・・信じられるのか?! 俺は信じられん!! 奴には『義』が感じられない。

すべて、気まぐれな感じがする。第一、俺たちの側にたって、あいつは何の得があるんだ? 

豊川稲荷族や文曲のように土壇場で俺たちを裏切るかもしれん。」

 

リューの懐疑的な言葉にルークがいった。

 

「魁は、気分で動いているだけではないよ。むしろ・・・私から見ると、魁は『義』がすべてな気がするな。

損得勘定がまったく無い。しかし、こと己が気に入ったものはとことん守り戦おうとする。理屈ではなく、

『気に入る気に入らない』は確かに、奴の基準ではあるがね。」

 

「俺たちは・・・気に入られたのか?

 

「少なくとも・・・うしかい座の連中よりかは、魁に気に入られたんだろうよ。」

 

ルークの言葉にリューは

 

「わかった。魁のことは、俺には良くわからんが、お前の言葉は信じる。お前が魁を信じるなら、俺は魁を信じるお前を信じるしかない。明日は宜しく頼む。」

 

そういうと、リューは寝返りをうって眠りについた。

 

ルークは仰向けのまま、狭いソファーの上で身動きひとつせず、眠りについた。

 

 

 

一方・・・リューの部屋の魁と天孤もまだ、眠りについてはいなかった。

 

魁が、天孤にむかって明日の段取りを指示していた。

 

「お前は、これから伏見に戻り、われわれに接触したことはくれぐれも内密にして、文曲のところへ行け。そして、奴を伏見から出られぬようにしておけ。

明日の交渉は豊川稲荷に任せたと言っておけ。いいな。」

 

そういった。

 

「では・・・明日の交渉は・・・」

 

「私がお前に成りすまして行く。無事豊川の小狐を救出して、アルクトゥルスたちの計画をぶち壊す」

 

魁の言葉に天孤が

 

「お一人で大丈夫でございますか?

 

と心配そうに尋ねた。

 

魁はその言葉に

「なに・・・一人ではない。ルークたちがいる」

 

といった。

 

「あのモノたちは、アルクトゥルスたちよりも力があるようには見えませんが・・・」

 

天孤の言葉に魁は

 

「アルクトゥルスたちは、人間の皮を着ている。その分、不利だ。そなたたちもだが、

ルークたちは不死身だ。これ以上最強な味方はいないではないか。」

 

そういった。

 

「では・・・私は伏見に戻りまする」

 

天孤は、そのままリューの部屋から消えた。

 

魁は一人リューの部屋に残り、ベッドに横になった。

 

明日に備えて・・・。

 

 

 

 

 

 

30.  前夜 at 伏見

 

天孤の佇んでいた中庭に、文曲はいた。

月は満月よりやや欠け、煌々と青白い光を放っている。

 

この中庭の日本庭園は月夜を意識して作られたようで、昼間見るよりも、

月の夜に眺めたほうが一段と美しく見えるように、石灯籠も池も、

池にかかる小さな朱塗りの太鼓橋も、庭石のひとつひとつ、植木の一本一本が配置されているように見えた。

 

しかも庭の隅から何気なく置かれているように見える庭石が、月の光をうけると、

表面が青白く光って、水に濡れたような艶をおび、庭の築山の脇の石を滝に見立てると、

その滝から流れ落ちる水が、庭の中央の池に注ぎ込むように配置されるという趣向になっている。

 

文曲はその光景を眺めていた。

 

眺めつつ、

 

空山新雨後
天気晩来秋
名月松間照
清泉石上流
竹喧帰浣女
蓮動下漁舟
随意春芳歇
王孫自可留

 

ふと、王維の一片の漢詩が文曲の脳裏をよぎった。

 

伏見に戻った、天孤が文曲に声をかけた。

 

「この庭が御気にめされましたか?

 

天孤の言葉に文曲は

 

「うむ。趣向が凝っている。この庭は、昼眺めるより夜、月明かりに照らされると本分を発揮するのか。面白いしつらえだ。」

 

そういった。

 

「月は美しい。しかし、己のものにしたくても手にふれることすら出来ない。

ならば、せめて、より間近に引き寄せて眺めていたい・・・。そういう願いは誰しもあるものです。

この池は、あの天に輝く月を閉じ込める宝箱。しかし、それもつかの間。

月は移ろいながら水面を通り過ぎていく。でも、それでいいのです。

また月はやってくる。この庭がある限り・・・。いえ、月が天にある限りは。」

 

そこまで言うと、天孤は

 

「明日・・・アルクトゥルスたちとの交渉が行われます。」

 

といった。

 

「このまま・・・アルクトゥルスたちの思惑通りでよいのですか?

 

天孤は文曲に尋ねた。

 

文曲は

「魁に会ったのだろう?

 

と天孤に言った。

 

天孤は、一瞬目を見開いた。

 

「隠しても無駄だ。そなたたち稲荷が、同属をかぎ分けるようなものだ。明日の交渉には・・・魁が行くのだろう?

 

文曲の言葉に

 

「そこまでお解かりになるのでしたら、私はもう何も申すことはございません。」

 

と天孤はいった。

 

「そう、憂うるな。何・・・これが始めてのことではないのさ。

地球人に他からの生命体が寄生し、いつの間にか地球人に成り代わっている・・・ということは。

過去に何度も起きている。その名残が、地球のそこここに時折残っているだろう。

ただ、変換期はいろいろと混乱がつきもの。しかし混乱は失速を伴う。結果として、私にとっては都合がよいのだよ。」

 

文曲はそういった。

 

「この庭も、すぐに消え去るわけではない。」

 

と付け加えた。

その言葉に天孤は言った。

 

「明日・・・魁さまはアルクトゥルスたちの計画を打ち砕くことは出来ないと? そうお思いなのですか?

 

「出来ない。一時は追い払うことが出来ても、完全に彼らを追い払うことは不可能。また奴らはやってくる。

そして、計画は進んでいく。そういうものなのだ。」

 

文曲の確信に満ちた言葉に天孤は返す言葉もなかった。

 

いつの間にか、月は大きく傾き、池の水面には松の陰のみになっていた。

 

 

31 .対決! アルクトゥルス

 

アルクトゥルスたちとの交渉は、丸の内の大豊商事本社ビルにて行われる段取りになっている。

天孤と瓜二つの魁が、天孤になりすまして、アルクトゥルスたちと対峙することは、当然、稲荷族

の大豊商事のモノたちも知るところではない。

 

ルークとリューを連れて本社ビルに現れた魁を、皆が天孤だと思っていた。

 

魁は堂々と、本社ビルの正面玄関から入り、受付に一言

 

「伏見の天孤だ。」

 

そう名乗ると、社長室にむかった。

 

魁に付き従っているリューまで、今回はスーツ姿にさせられている。

ルークも魁もスーツ姿ではあるが、どう見てもサラリーマンには見えなかった。

誰が見てもボディガードだ。

 

天孤の到着ときいて、出迎えてきた社長が、天孤とルーク、リューの三人を会議室へ案内した。

会議室には、交渉に立ち会う予定の稲荷族側のエンジニアが三人ほど既に準備している。

 

魁は、開口一番

 

「トランスミッターの件ですが・・・試作品の提供を交換条件にしましょう」

 

といった。

 

「試作品?!

エンジニアたちが顔を見合わせた。

 

「そう。試作品です。設計図は拝見しましたが、あれを作る技術がこちらにはない。

といって、すべて譲歩する必要は無い。こういってやりましょう。『設計図面だけで取引きするわけにはいかない』と。

試作品を彼らに、この設計図をもとに『ここで』作らせ、稼働状況をこの目で確認しなくては、交渉も契約もないと。

われわれは、紙っぺらだけでは信じないと。彼らの技術力が本物かどうか、見極めたいと。」

 

魁の言葉に社長をはじめ技術部のエンジニアたちが唖然とした顔をした。

 

そして

「稲荷族としては、彼らに工業都市を提供し、人間たちとの交渉窓口となって、

アルクトゥルスたちからの資源の売買の中間マージンを得たいと思った商談だったが、

トランスミッターの件で、どうも風向きが怪しくなった。自分たちの主導でことが運ばなくなりそうだと気がついたものの、

この交渉を蹴ることが出来ない理由に、豊川和也少年との身柄の交換があるでしょう。今日は、とにかく彼だけでも

取り戻したい。本交渉は後日」

 

ともいった。

 

そのときだった。魁の背後で聞きなれない男の声がした。

 

「それは困る」

 

アルクトゥルスだった。

 

ルークとリューがとっさに魁の前に立ちはたがった。

 

二人をさえぎるように魁が進みでると、眼前のアルクトゥルスとその部下らしい男一人にむかっていった。

 

「これは、これは。お早いご到着で。早速だが、稲荷の小狐をまず返してもらおう。交渉はそれからだ。」

 

そういった。

 

アルクトゥルスは、

 

「あの稲荷の小僧とやらだ。」

 

自分のジャケットのポケットから、何か小さなものを取り出すと、魁にむかって放り投げた。

 

キャッチした魁が手を開くと、そこには小さな宝珠の形の小石があった。

 

魁が、その宝珠型の小石をポケットにしまいながら、背後のリューとルークにむかっていった。

 

「これが奴らの力だ。見ただろう?

 

そして言った。

 

「お前たちの目論みはお見通しだ。本当の目的は、人間だろう。」

 

魁の言葉にアルクトゥルスは

 

「メグレスに会った。メグレスは何故われわれと話し合いに来ない? 奴は承諾したということか?

 

といった。

 

メグレス・・・ときいて魁が柳眉をひそめた。

 

「ああ・・・お前たちの間では、確か・・・『文曲』と呼ばれていたな。」

 

アルクトゥルスが言った。

 

「既知なのか!

 

魁の言葉に

 

「腐れ縁とでもいうべきか。われらの行く先々で奴に会う」

 

とアルクトゥルスは答えた。

 

「気に入らないな」

 

アルクトゥルスの言葉に魁が言った。

 

「自分より古い付き合いのものがいるのが気に入らないか?

 

アルクトゥルスが笑みを浮かべていった。

 

「そういう意味じゃない。気に入らないのはお前たちの放つ微量のガンマ線だ。

そんな奴らとの共存を承諾するわけにはいかない」

 

魁の言葉を聴いて、大豊商事の稲荷族の面々がざわめいた。

 

アルクトゥルスはわずかに首をかしげて

 

「お前は何者だ? この星の人間でも、この稲荷族とやらの仲間でもなさそうだ。」

 

といった。

 

「私は、貪狼星 魁」

 

「異星人のお前がなんで、この星の生き物に関与する?

 

アルクトゥルスの問いに魁が

 

「文曲の決めることに逆らうのが私の生きがいなんでね。ガンマ線をお前たちが出すことを知れば、稲荷族たちも二つ返事で

お前たちと交渉することもないだろう。」

いいながらちらりと大豊商事の社長を見た。

 

「さあ・・・それはどうかな? われわれは、システムを構築したいのだよ。効率よく人間を手に入れるシステムを。

しかし、それが出来なくとも、われわれは人間を手に入れることは可能だ。出来れば、無駄な労力は避けたい。結果が同じなら、

お互いにいい思いをしたほうが得というものだろう? トランスミッターはこちらが用意しよう。どうかな? 稲荷族どの?

 

アルクトゥルスの誘惑に大豊商事の社長は

「う・・・・・む」

 

うなり声をあげた。

 

魁はその様子を見て、嫌悪の表情をあらわにしながら履き捨てるように言った。

 

「愚かな・・・。好きにしろ」

 

そういうと

 

「子狐さえ戻ればこっちはそれでいい。ルーク、リュー、帰るぞ」

 

魁は、くるりと踵をかえすと会議室を後にした。

 

32反魂

 

魁、ルーク、リューの三人は、鷹取翁宅に戻り、魁がポケットから出してテーブルの上に置いた

『宝珠』型の小さな軽石を前に、深いため息をついた。

 

一際、リューの落胆が激しかった。

がっくりと頭を垂れて、

「これが・・・・あいつかよ・・・・」

 

と小さな声でつぶやいた。

 

「もとに戻らんのか?

 

ルークが魁に言った。

 

魁は、苛立ちを隠せない様子で

 

「仕方が無い・・・伏見に行く。文曲と顔を合わせるのは嫌だが、そうも言っていられまい。

アルクトゥルスたちにすっかり精気を抜き取られたと見える。

こればかりは、私の力が及ばない。単純な質量調整とはわけが違う。

リュー! 伏見の座標を教えろ」

 

魁の言葉に

 

「座標ったって・・・・俺はあいつとちがってパソコンとか使わねぇし・・・。」

 

リューがおろおろしていると、部屋の隅にいたアンドリュー・ロイドが

 

「あの~、検索しましょうか・・・」

と、アイパッドを取り出して伏見の座標を検索し始めた。

 

そのときだった。

 

「伏見にはいかなくていい。」

 

黒いスーツに身を包んでズボンのポケットに両手を入れたまま二階から階段を降りてくる文曲の姿があった。

 

「あっ・・・いつの間に! しかもまた二階かっ! 伏見とルークの部屋はつながってるのか?

 

リューが文曲の姿を見るなりそういった。

 

魁は文曲を見ると露骨に嫌そうな顔をした。

 

「稲荷の少年をもとに戻すには、人間の念が必要だ。彼をよく知っている人間の記憶だ」

 

文曲がそういった。

 

「俺じゃダメなのか?!

リューがいうと

 

「残念だが、ダメだ。人間の想念で稲荷は出来ている。君も人間の想念の産物だ。

彼がこんな姿になったのはアルクトゥルスたちと長時間いたせいだ。

彼らは稲荷や君たちのような『人間の想念の産物』を一切認めない。

存在を否定されるということは、想念のみで出来ている君たちにとっては『無』に等しい。

すなわちそれは『死』を意味する。」

 

文曲の言葉に

 

「そのアルクトゥルスたちの侵略を止めず、放置していたくせに、何をしゃあしゃあと!!

魁がまなじりを吊り上げていった。

 

「では聴く。彼らをどうやって止める? お前はどうして止めなかった? お前なら、消せたはずだ。やつらを。

なのに消さずに返ってきた。それは何故だ?

 

文曲が言った。

 

魁は

 

「あいつらだけを消したところで・・・・また次のやつらが来るだろう・・・。

やつらを消すことで、報復されても厄介だと思ったからだ。」

 

といった。

 

「わたしも同じだ。彼らを止めることは私にも不可能なのだ。」

 

魁は、赤い唇をきっ・・・とかんでいった。

 

「奴らはガンマ線を微量に出していた。人間の皮をきていても・・・だ。

ということは、あの皮も対して持つまい。耐久年数はどのくらいだ?

 

「個体差はあるが、およそ十年・・・。」

 

文曲の言葉に

 

「十年で・・・身体を取り替えるのか?

 

とリューがいった。

 

文曲はリューの言葉に軽くうなづき

 

「もはや避けられない・・・。地球上には現在70億の人口がいる。

すべてアルクトゥルスたちに乗っ取られるまでにはまだいくらか時間はある。

彼らも地球と匹敵する生命体のいる星を見つけるのに時間がいる。

彼らのほうが人間よりは、大事に扱うだろうよ。この星も、人間も・・・ね」

 

文曲の言葉に魁は

 

「奴らは、お前のことをメグレスと呼んでいた。腐れ縁だとも・・・」

 

というと

 

「ああ。見てきた。彼らが地球以外の惑星の生命体に寄生して滅ぼしていく様を。

もっと短時間で全滅した星もあった・・・・彼らはイナゴの大群とおなじだ。彼らが通りすぎた後は何も残らない。

残るのは・・・草も生えない大地のみ・・・。」

 

文曲は無表情のままそういった。

 

全員が文曲の言葉に静まりかえった。

 

その沈黙をわざと破るように

 

「とにかく!こいつをもとに戻さないと・・・ユリアちゃんはコイツのこと覚えてるかな」

 

リューがいった。

 

「フェニールたちに呼びかけて、ユリアにきてもらおう」

 

ルークがいった。

 

そして、ルークが目を閉じて、何事かつぶやいてから・・・・・

 

ルークの声を聞き取ったフェニールが、ユリアと共に鷹取翁宅へやってきたのはその数時間後だつた。

 

 

 

 

33. 帰還

 

テーブルの上に置かれた、小さなたまねぎのような形をした小石を前に、

ユリアは呆然としていた。

 

フェニールがユリアのペンダントの中から出てきて、パタパタとテーブルの上を旋回しつつ

 

「ユリア。思い出さないか? あのときの男の子だ」

 

といった。

 

ユリアは

 

「花火大会で会った子・・・あたしたちを特等席に案内してくて・・・・あの時・・・・

わたしからペンダントをとって、空中に投げたのよ。

そしたらフェニールが夜空に現れて・・・そのときにフェニールに力を封じる氷翡翠のバングルを投げた男の子よね。

それは覚えているの。でも・・・花火大会で夕方で、暗くなってたから・・・顔をはっきり見ていないというか、一度しかあって無い

し・・・正直顔を覚えてないの・・・・ごめんなさい。」

 

そういってうなだれた。

 

ルークが

「来栖・・・来栖だったら覚えているんじゃないか? 稲荷とはクラスメートだっただろう?

 

といった。

 

「しかし・・・どうやってあの子を呼ぶか・・・が問題だ。あの子はひどく我々を嫌っている。」

ルークがいった。

 

リューが

「なんで嫌っているんだ? もとはといえば、あの子があの本を開いて、ルークをこちら側に呼び寄せたんだろう?

といった。

 

「怯えているのだ。我々を。人外の存在を。」

ルークがそう言うと

 

「アルクトゥルスたちみたいな人間もいるのね・・・」

とユリアが言った。

 

「鷹取の爺さんの反作用かもしれないな。爺さんが飛んだオカルト学者だから、孫がその反動で

現実的になったのかもしれん・・・」

 

リューの言葉に

 

「誰がオカルト学者じゃと~?

 

奥から鷹取翁がやってきていった。

 

「失敬なやつじゃ。わしゃオカルト学者じゃないわ。来栖ならわしが電話して呼んでやる。

ただ・・・協力するかとうかは保障しかねるが」

 

「協力してくれなかったら、あの稲荷の子はどうなるの? 小石のまま?

 

ユリアが心配そうにいった。

 

そして

 

「ああ・・・わたしが覚えてなくてごめんなさい。」

 

と小石に向かっていった・・・そのときだった

 

小石から香をくゆらせたような、紫煙が立ち上ると、その煙はゆっくりと人のかたちになり・・・・

 

煙の中から少年が現れた。

 

豊川和也・・・稲荷の豊川少年だった。

 

その姿を見てリューが真っ先に

 

「豊川~!!!」

 

そう叫ぶと、豊川少年を抱きしめた。

 

「あいたたたたた・・・・ちょっと・・・ちょっと・・・リューさん、くっくくるしい・・・・

何するんですか・・・・」

 

豊川少年は、半べそのリューを引き剥がすようにしながらそういうと、事態を把握していない様子で

 

? ここは? 鷹取翁の家・・・? なにがあったんですか?

 

といった。

 

「どうやら・・・記憶がないようだな。」

 

魁が言った。

 

リューが

「お前、アルクトゥルスたちに拉致されてたんだぜ。覚えてないのか?

 

そういうと

 

「・・・・・。そうだ・・・僕、やつらにさらわれて・・・リューさんに電話して

     ・・・その後の記憶が・・・あれ? ないや・・・どうしてたんだろ?

 

といった。

 

「お前、こんな小さな石になってたんだぜ。それを魁とルークと俺で連れ戻してきたんだよ」

 

リューがいった。

 

稲荷少年は周囲を見渡して、魁と文曲の姿を見つけると

 

「魁さま!!!文曲さまもっ!!

言いながら恐縮したように改まって

 

「申し訳ありません!!

 

と地面にひれ伏して土下座をしようとした。それを文曲が静止して

 

「もう済んだことだ。まず君も無事でよかった。」

といった。

 

「さて・・・稲荷少年も無事戻ったところで、私は星に戻るとしよう。」

文曲がそういって、思い出したように

 

「ああ・・・そうだった。リューくん。関帝廟の封は解いておいた。もう帰れるよ。」

付け加えてそういった。

 

そして魁にむかって

「私は一足先に太一真君のもとに戻る。お前はどうする?

 

と尋ねた。

 

「大きなお世話だ。私は・・・那須へ戻る。那須の野で、しばらく休む。久しぶりに人界に関わってひどく

疲れた。それに・・・」

 

言いかけて文曲をちらりとにらんで

「いや・・・いい」

 

と黙った。

 

文曲はその様子を見て

 

「私がいては言いにくいことがあるらしい。これで私は退散しよう。では諸君。また会う機会があれば・・・」

 

そういうと、忽然と姿を消した。

 

リューが

「・・・帰った・・・のか? 宇宙に・・・・?

 

といった。

 

魁が、ポケットからルークと初めてあったときに渡した隕石を取り出すとルークに渡した。

 

「これを離すな。この石でお前は器を持たずに済んでいる。それと・・・お前もアルクトゥルスたちと同じように

微量にだが・・・・放射線を出しているぞ。だが、彼らほどではないが。それともうひとつ・・・・

アルクトゥルスたちは、遅かれ早かれ地球にやってくる。彼らの個体数は総勢30万といわれている。

彼らのほとんどが、地球にやってきて人間の皮を着たとき・・・・彼らに乗り移られていない人間たちは逆転のチャンスを得る。

彼らとの大決戦だ。そのとき、また私を起せ。ではな。」

 

そういうと・・・・

文曲同様に魁もまた、忽然と部屋から姿を消した。

 

 

34.       新たなる使命

 

文曲と魁、両者が鷹取翁宅から消えて・・・・

 

リューは、気が抜けたとように、ソファーにドサリと音を立てて座って言った。

 

「やっと・・お帰り遊ばしたか・・・・。北斗七星のうち、文曲星と貪狼星と・・・二つもここに居たなんて・・・・

なんだか考えられないな。」

 

リューの言葉に、ユリアが

 

「私はもう慣れたわ。だって、火の鳥でしょ? それにケルトの騎士に、日本の神の使いの狐に、中国のドラゴン・・・

この部屋で人間なのは、私と、鷹取くんのおじいさまと、アンドリュー先生の三人。何が現れても驚かないわ。」

 

指折り数えながらいった。

 

「まあね・・・確かに。俺たちもユリアから見れば文曲たちと変わらない存在なんだよな。人間じゃないってことで。」

リューが苦笑した。

 

「そうだ・・・魁さまは、ルークに何か言ってましたけど・・・なんておっしゃってらしたんですか?

 

稲荷の豊川少年がルークに訪ねた。

 

ルークは、手のひらの中の小さな隕石を見つめながら

 

「これを離すなと・・・それから、アルクトゥルスたちが全て地球に移住して人間に乗り移ったら・・・大決戦だと・・・

そのとき、また、自分を起せと言っていた」

 

といった。

 

ルークの言葉にリューが

 

「ってことは何か? お前、あいつに任務を与えられたってわけか? 『時が着たら起す』任務を。」

 

そういうと、豊川少年が

「あいつとか、辞めてくださいって言ってるのに~!

拝むようなポーズで言った。

 

ルークたちの会話を聞きながら、ユリアが

 

「ステキ!! ルークが、眠れる美女を起すのね! 眠れる森の美女みたいに!!

と、言い、その言葉を聴いて、火の鳥フェニールが

 

「どひゃひゃひゃ! あの怖いネーさんが『眠れる森の美女』だって?! こりゃ傑作!!

そういいながら、ルークの周りをパタパタと飛び回った。

 

「・・・・・。」

ルークは眉間にしわを寄せて黙ったまま立ち尽くしている。

 

「まあまあ・・・これで、ルークは当分『もとの世界』には返れなくなったわけだ。

こっちに留まれるようにもしてもらえたしな。」

リューがそういうとルークが

 

「迷惑な話だ・・・・」

 

そう小声で愚痴るようにつぶやいた。

 

「何が迷惑なんだよ~。こっちに居るのが嫌なのか?

リューがそういうとルークは、その問いには答えずに

 

「先に休ませてもらう。」

 

と、さっさと二階へ戻っていってしまった。

 

「何が気に入らないんだ? 」

 

リューが、ルークの後ろ姿を見守りながら言うと、ユリアがいった。

 

「自分の世界に戻りたいのよ・・・ルークは。ケルトの騎士がこんな狭い家に閉じこもって

、外に出れば自然も何もない都会で・・・思いっきり馬のベルトーユに乗って草原や森を走ったり出来ないものね。」

 

ユリアの言葉にリューが

「そっか・・・・。俺は気がついたらチャイナタウンだから・・・都会暮らしが当たり前だが、あいつは

違うんだったな・・・」

少しさびしそうに言った。

 

「それを言ったら、僕もリューさんと同じです。稲荷といっても、もう田んぼの中には僕らはいませんから。

活動拠点は大都会だし・・・。ルークの寂しさは、頭ではわかってても、身体ではわからない。」

豊川少年がいった。

 

「まあまあ・・・これも何かのめぐり合わせじゃよ。アルクトゥルスたちの移住が完了するのがいつになるか、

これからどうなるのか・・・わからんが。

ひとつ確かなことは、この家は、いつでも開いておるということじゃよ。君らのためにの。わしも休むとしよう、最後のもんは戸締り

頼むぞ」

鷹取翁はそういうと自室にもどっていった。

 

豊川少年とリューがユリアを送って帰ることになり・・・・

 

アンドリュー・ロイドが戸締りをすることになった。

 

 

ガチャリ・・・・とアンドリュー・ロイドが玄関のドアの鍵をかけ、居間のほうに向き直ったとき・・・・

鷹取翁の居間は、いままで皆が居たいつもの居間ではなく・・・・

木造の古びた一室になっていた。

 

部屋には小さなカーテンもない木枠の窓と質素な木の椅子とテーブルとベッド・・・壁には木の十字架。

アンドリュー・ロイドは思わず両目をこすった。しかし、情景はかわらない。

 

「ここは?! 一体・・・!

 

あまりの急展開にアンドリュー・ロイドは呆然とするしかなかった。

 

完 

 

2013.10.11 更新

 

さてさて・・・・・・

栗色の髪の騎士と不思議のたまご2 はこれで完結です。

でも、『3』があります。

 

なにやらアンドリュー先生の身にままた異変が起こってます。

この人・・・影が薄いわりには、典型的な「巻き込まれ体質」です。

ルークに乗り移られるは、よくわかんない状況のまま鷹取翁の家に居候

してるわ・・・・。

この方が『3』では、ある意味「主人公」。

舞台もアイルランドです。

 

行ったことも無いアイルランドを舞台にするという暴挙。笑

 

ところで、長崎の出島の絵とか、江戸時代に多く残されている日本画の金屏風を描いた

絵師たちのほとんどが京都在住の、長崎にいったことない絵師が描いていたらしいです。

伝聞だけで。外国人相手のお土産用とかで。

だから、雲の合い間から船や街が見えるような構図が多いのは、『土地勘』と実際の地理

に詳しくないので雲でごまかしたという説があります。

実際、詳しく港湾や町を俯瞰で描かれたら、幕府としては、軍事目的になりかねないので

このあいまいな絵がちょうど良かったのかも知れません。

 

ってなわけで、川柳じゃないですけど

 

「見てきたような嘘をいい」

 

と。どこまで「見てきたようなものが描けるか」挑戦です。でも資料はかなり集めているので

めちゃくちゃのデタラメというわけでもないように勤めております。

 

2013/10/12 shiori