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スルーザグリーン・ティアップ |
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| ずいぶんと昔の話です。当時 私とその家族はオストラリアのシドニーで真夏のクリスマスを迎えようとしていました。海外勤務も4年を越える頃になると帰国ということを自分も考え、まわりもそれを話題にし始めます。そうなってくるとにわかに帰国前にこの国でやったことのない事や、日本では私の分際では手の届かない事をやっておかなければという焦った気持ちに襲われて来るのです。手近なところで夫婦ずれで映画館に入ったのですが、これは大失敗に終わりました。「あんたとは二度と行かない」恥ずかしいというのです。オストラリアの人達は無邪気というか単純というか、怖い映画で悪魔などが出てきて「うおー」と吠えると一斉に「わあっ」と叫びかえすのです。可笑しいやりとりでは全員椅子の上で身をよじって笑い転げるです。ところが悲しいことに当方には何が可笑しいのか咄嗟には理解できない。なにしろ全部英語で字幕なしですから、なぜそこで笑ったのかよく考える暇が必要です。何度かに一回でも笑った訳が分かった場合には笑い終わって静まりかえった館内で笑う事になる。暗い館内の黒い影の全部の視線が一斉にこっちを向いているのが良く分かります。隣の女房はじっと下うつむいままですが、暗い中でも耳まで真っ赤になっているのも良く分かります。 そこで次に私が考え出したのは、オストラリア人並みに女房連れでゴルフ場に行くことでした。それなりの特訓、準備、心得を終え、筆おろしの日を12月の24日ときめたのはその日がこの国の祝祭日と言う以外に深い子細はありませんでした。 「なにー、24日の予約だと」電話の向こうでゴルフ場の予約係の男が絶句している模様です。「24日というのはクリスマスイブだよ」 「それがどうした」このキリスト教の国で私が女房とやろうとしていることはそんなに驚かれねばならない行為なのか。それでも名前を聞くから答えてやった。 「ああ、日本人ね、それで分かったよ。あしたはゴルフ場はお休みだけれど、どうしてもやりたけりゃ勝手にどうぞ」という。「ただしゴルフ場の人間は一人もいないよ。いるのはね犬とユダヤ人だけ(ドッグ アンド ジュウ)」そのほうがどうせ手足まといの女房ずれにはもっけの幸いです。 当日、我々が人影のないコースを歩き始めるとイーブの準備に大忙しのオーストラリア人の台所や居間から邪魔にされて追い出されてきた雑多な種類の飼い犬達が群れをなして私達異教徒の後を何処までもついて廻る。「あいつの言ったのは本当だ」 わたしのパートナーのゴルフの方は心配したとうりで地べたを掘ったり、空を切ったりでさっぱり前に進みません。ストレス解消の積もりが逆にだんだん不機嫌になって口数も少なくなってきています。そのうち来るはずのない男女二人の後続組があらわれて忽ち後ろに迫って来ました。見るととも白髪の年輩の白人の夫婦です。颯爽としているペアに先を譲ることにして、コースの端に寄って見送る我々の前を手を振って愛嬌を振りまきながら通り過ぎて行くのを見て女房が叫んだ。 「あ、あのオバサンずるい。テイアップしてる。あんなのあり?」なるほど見ると何打目か分からないが目の前のフェアウエイで堂々とテイを取り出して地べたに刺し、球を乗っけて打っている。気持ちの良い音をたててスイスイと遠ざかってゆく二人の先行組の後を薄情な犬達もついて行ってしまった。 「よしあれだ、お前もあれで行け。スルーザグリーン オール テイアップだ。」これはユダヤ人の知恵でしょうか。すっかり機嫌がなおった女房と歩きながら、私は勝手にユダヤ人と決めた老夫婦を追い掛けて行って聞いてみたい衝動を抑えるのに苦労していまし た。 「ここの予約係の野郎は、若しかして貴方がたに、今日ゴルフ場に来るのは犬と日本人(ドッグ アンド ジャップ)だけだと言いませんでしたか」 |
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