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猫 の 家 出 |
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| 散々考え抜いた挙げ句、妻に心臓のバイパス手術を受けさせることにした。増影剤を注射して写した心臓の映像は血液が通る三本の血管が三本とも殆ど詰まってしまっていて、陽があったって熱くなった海岸の潮溜りでグッタリとしたクラゲのように力なくフワフワと動いているだけ。ところで妻が入院してしまうと私は独り暮らしとなってしまう。二人いる娘達は二人とも海外勤務で日本にはいない。手術のために呼び戻す訳にもゆかないから、もし手術が失敗したら母子は死に目に会えないことになる。独り暮らしと言ったが、正確に言うと茶トラのミークンという女房所属の雄猫がいて、そいつと一緒に留守番をする羽目になった。 もともと私は生来あまり猫が好きな方とは言えない。女三人につきあってやむを得ず同居している。猫のほうもその辺の気持ちは分かると見えて、なんとなくよそよそしく、煙たいような素振りで、私の前では女達にするようにゴロゴロ言って擦り寄ったり、大の字になって仰向けに寝てみせたりはしない。したがって女主人が不在になると下宿屋の同居人だけが置いていかれたようなぎこちない雰囲気である。 「一週間に一度はナマリ節をやってね。」と言いおいて妻は居なくなった。缶詰めのキャッツフッドを山ほど買い置いていったので、仕事といえば缶切りで缶を開けて朝晩半分ずつ皿に入れてやるだけ。家内は台所でやっていたが私になってからは勝手に玄関の土間に格下げになっている。猫と顔を会わせるとお互い考えているのはここの女主人の事だと分かるので、少しずつ仲間意識も生まれてこようというものだ。 ところで10日もたった頃から奇妙な変化が現れた。というのはそれまで兎角食い散らかした餌の残りが皿にこびりついていて腹を立てていたのに、それが舐めたようにきれいになってきた。以前からこの猫は甘やかされていて刺身を食わせたの、缶詰めの味が変わったら食べなくなったのと贅沢な話を心底ニガニガしく感じていたので、「おや、自分の立場をやっと自覚したかな」と思い、ためしにひと缶まるごと盛って置いてもこれまたペロリと平らげてある。「よく食うなあ」と感心すると同時に殆ど後始末の手間が省けるので猫に好意を抱いたぐらいだ。 そんな或る日、珍しく宴会もなく、飲みともだちからも振られて、明るいうちに家に帰った。迎える人間のいない玄関の扉をガチャガチャいわせてカギを開けた途端、大小の毛毬のような影が目にもとまらぬ早さで足下を駆け抜け外に飛び出した。目で追うと母子ずれの猫だ。 「なんだ、扶養家族がいたんだ、人の留守中にコブつきの雌猫なんか引っ張り込みやがって、ふといヤローだ。」その後も性懲りもなく三匹がかりの痕跡が続くので、つぎの日曜日三匹になったことを確かめて、まず出入り口になっている洗面所の床の引き戸を閉めて退路を絶った。飼い主もほかにやることがないから、猫達が警戒心を解いて餌に近付くまでの一時間あまりの辛抱も大して苦にならない。 全く意外だったが、雌とその子が餌を食べている間、雄猫は決して手を出さない。どこの猫でもそうなのかは知らないが、すくなくともこの家の茶トラのミークンは皿の上の物がなくなりそうになっても慌てるふうもなく無関心を装って動かない。人間でいえば、格好つけて斜に構えていると言った風情です。ふだん雄猫と言うものは夜になると家を抜け出してけたたましい声をあげて雌の争奪にうつつを抜かし、耳などズタズタにして血だらけになって帰ってくると日中はゴロ寝をしている。夜の相手が自分の子種を宿して困窮していてもまるきり無関心の極楽とんぼだと思っていたが、少し見直す必要があるかも知れない。茶トラはと見ると慈善家のパトロン気取りで鷹揚に構えて、餌をやっている人間など眼中にないと言った顔つきでしっぽの先きなどピクピクさせている。さしずめ鼻歌まじりと言ったところだ。女子供の前でいい格好しやがって、自分で何か捕ってきて食わせていると言うなならまだしも、何もかも他人まかせのくせしやがって、と考えているうちにどうにも腹が立ってきて我慢が出来なくなってきた。この辺で自分の立場を履き違えないようにけじめを付けて置かないと為にならない。 この猫が私に殴られるのは珍しい事ではない。階段の絨緞や床柱で爪を研いでしたたか殴られている。腰を叩くと腰が抜けて垂れ流しになると言うので、襟髪を掴かんでぶら下げておいて額を火の出るほど拳骨で殴られている。何かの本に猫の頭は特別かたいからいくら叩いても平気だと書いてあった。突然いままで悠々と寝そべっていた保護者の雄猫がぶら下げられてお仕置きされたので猫の母子は餌の皿から飛びすさった。まだ野生の子猫の目が青いのに気付いたが恐怖のせいだったかも知れない。扉を開けてやって、母子が飛び出して逃げる後から茶トラのミークンも外に放り出してやった。「明日はナマリ節を食わせてやるからな」少し大人気なかったかなと忽ち後悔している。 しかし、私がその雄猫を見たのはその日が最後となった。一週間たっても帰ってこない。餌は空しく皿の上で干涸びるばかり。もうこれは「家出」だと思わざるを得ない頃となってから、家出の理由を考えてみた。何度も叩かれながら居着いて居たのだから、叩かれたことが家出の原因とは思えない。となると問題は叩かれた状況なのだ。面倒みた積もりになっていた子連れメス猫の面前でぶら下げられて「チョウチャク」されたのでは男の面子はまる潰れだ。憤懣やるかたなく死ぬほど悔しかったに違いない。もともと猫という生き物は妙に自尊心が高いと言うか見栄っぱりの所があって犬ほど素直ではない。「よかろう、それならそれでよし、あくまで男の面子を貫けばよし、おめおめ帰ってくることはない」 しかしながら問題はこの事件を帰って来る女主人にどう説明するかです。すっかり痩せてはいたが無事退院する妻を連れて帰る車の中で愛猫の理由なき失踪の報告を行った。 「それいつの事、十日じゃないの、その日わたし手術したのよ。」そんなことは夫の僕が一番よく分かっている。その日は手術室の前で予定を遥かに過ぎた午後2時頃まで心配しながら立ったり座ったりしていたのだ。医者がやっと呼びに来て「三本のうち二本は取り替えたが三本目は体力的に無理だった。意識が戻るのに時間がかかるがもう心配いらない」それから二三日は体中から管をぶら下げて死んだも同然だったのだから、その辺の事は妻には全く分かっていない。 「そうよ10日よ。きっと私の身代わりになって呉れたんだわ。」妻の推理は明らかにコヨミの上からは事実に反する。しかし私は逆らわないことにした。妻の解釈が私にとっても猫にとっても一番都合の良い弁解だと思ったからばかりではない。その後母子猫は見かけることはあっても、あの茶トラのミークンは忽然と消えたままだ。従ってミークンが妻の身代わりになったのではないと言う確たる証拠もまたないからだ。 |
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