昭和シングル症候群

 今年のベストセラーに妹尾河童さんの「少年H」があります。この物語りの主人公の少年H.SENOは1930年生まれで、終戦のとき中学の三年生だったとありますから、まさに昭和シングルの少年期を生き抜いた時代の証言です。昭和一桁のまん中の五年生まれが六十七歳ですから当時の少年も今や掛け値なしに老人ですが、この本の御蔭で久しぶりに世間に顔出しが出来たわけです。それでも、ひと昔まえには昭和一桁生まれの生態がとかく話題になった時代もあったのです。その頃昭和一桁の特性と称するものをあげつらった記事を今でも覚えています。
(1)風呂上がりで小さいタオルで躰を拭いたからでないと湯上がりタオルを使わない。
(2)夏になるとステテコをはく。
(3)歯磨きのチュウブを最後までグルグル巻にして絞り出して使い切る。
(4)勿体ながって食べ物が残せない。
(5)電灯の付けっ放しが気になる。(電灯を片端から消して廻って顰蹙を買う)
(6)何でも食うのに戦時中食わされたかぼちゃやさつま芋を敬遠する。(私の場合はオカラ)
(7)終戦記念日に一家揃ってスイトン食うなどと言い出す。(子供達にうまいうまいとお代りなどされて不機嫌になる)       
 このほかダンスが出来ない。英語が喋れない。などと碌なことは言はれていません。なかでもショッキングなのは日本の人口の一割にも満たないこの世代の死亡率がほかの世代に比べて断然高い、つまり早死にの世代だという事です。しかし、これは育ち盛りに戦争でろくなものを食っていないから仕方ないと、この年までなんとか生きた者には諦めもつきます。
 ところが何としても心外なのがこの世代に対する屈辱的な評価です。なぜ、考えられるかぎりの、ヤボ、ケチ、ノロマというイメージを掻き集めて詰め込んだ屑篭同然の評価になるのでしょうか。なぜか女には絶対いにもてないと考えられている。これがキザでセコクて金遣いが荒いとか、なんとなく不良っぽくてアブナイ雰囲気があったり、妙に子供っぽくて安心できる所があったりすると、そんなのにフラフラと寄ってくる女もいるはずです。ところが、どっちらけていて。ただいじましく人畜無害と言うのでは、もうミミズも同然です。おれは違うとお言う人も沢山いるでしようが、多少の自惚れと自尊心は生きていく上には必要です。この世代が不評な原因について飲み仲間で分析した事があります。さい疑心が強く、白けているから恋愛でも仕事でも夢中になれない。だから女からももてないし、出世もそこそこ。
 こうした世代ができた最大の理由として考えられるのが、終戦を境にしてこの国に起こった価値観の大変動です。終戦の時、中学三年という感じやすい年頃の子供の目の前で、当時の大人達は狂信的な軍国主義から歯の浮くような民主主義へと大変身を演じて見せて呉れたのですから、いったいどうなっるんだという不信感と侮蔑の念は根深いものがあります。主義思想も教育理念も社会制度も、それが絶対正しいなどと勘違いするとひどい目にあう。ですから思いもかけず、共産主義体制が突然崩壊したあとのロシアの先生と生徒も大変こまっているのではないかと同情しています。何時でも何処でも大人というものは勝手で節操のないものなのです。ただこうした擁護論はもっぱらこの世代の人間が唱えているだけなので世間の納得は得られていないようです。
 私は最近ある席で「私達の世代は転校生の世代ではないか」という人と出会って、なんとなく納得したような気がしています。その人は終戦後外地から引き揚げて来て中学を三回変わっています。またかなりの人が一年足らずの軍の学校生活から終戦を境に復学しているはずです。私は幸い内地だけですが空襲の恐れや疎開の影響でやはり三回転校しています。東京生まれ全国育ちなどと言っていますが、何処へいっても途中からトリ小屋に入れられたニワトリのようなもので、周りに溶け込むための子供らしく無い気苦労は情操を枯らし心を貧しくしただけです。戦争がなければ空前の民族大移動もなく学校生活も交友も全く違ったものになっていたはずです。今の時代は子供を転校させないために親が単身赴任するのが社会常識となっている世の中です。勉強も生活も交友も途切れ途切れの針仕事の時代と違って、大人になって偉くなったらさぞ立派な「交友録」が書けるでしょう。
 ところで昭和シングルにとって少しは明るい話もあります。「団塊の世代」というのがそれで、鉾先は今やそっちの方に向いています。民族大移動が収まって、やっとあいまみえた男と女が一斉に作った子供達の世代ですから、昭和シングルの跡継ぎとしてはうまい巡り合わせです。いろいろと、バカのチョンのと言われているようですが、言われているうちが花。昭和シングルのように、新聞の死亡欄で六十半ば過ぎの人間がやけに沢山死ぬような気がしてきたら、もう相手にはして貰え
ないのですよ。
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