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日 本 沈 没 |
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| 「日本沈没」という映画を覚えていますか。小松左京の小説の映画化で小林桂樹扮する地震学者の大学教授と権威主義の学会の大勢派とが対立するなかで、教授が予知したとをり山奥のダムに決定的な大地震の前兆が現れ、やがて日本は海底に沈む。 必死の脱出行のなかで、今ではもっぱらテレビの水戸黄門で「くの一」を演じている由美かおるさん扮する教授令嬢と教授の弟子とのロマンスなど織りまぜたSF物語りです。 この種の映画はくり返し何度も見るようなものではないと思うのですが、なんの因果か日本で上映されてから何年も経った頃になって、日本から一万キロも離れた西アフリカの極貧国ブルキナファソの首都ワガドウグウというサバンナの町で遭遇する羽目になったのです。 当時私はこの国のマンガン鉱床の調査の仕事で日本から連れてきた鉱山技師達と一年近く駐在していましたが、これがこの国の唯一のナショナル.プロジェクトなので私達日本人もそれなりに目立った存在でした。その日本人の国の映画が来るというので評判になったようで、逢う人ごとにぜひ見に行くと言って呉れています。私もこの映画が来ると聞いた時、ちょんまげ姿のチャンバラや切った張ったのやくざ物などが来たのでは、日本など他の星の国同様の認識しかないこの黒人國の人々になんと説明するか、その苦労を思うと、旧宗主国のフランスの配給会社の選択に感謝したい気持ちでした。 ところで私は、好意的反応をしてくれているこの国の友人達の気持ちを密かに逆なでしていたことを白状すべきでしようか。わたしは最初から映画を見に行く積もりは毛頭ありませんでした。人種的偏見というのは恥ずべき心の動きです。言い訳を試みれば、そうした心情は多分に生理的なものに根ざしているのではないでしょうか。私は日本人ですから、日本人の体臭が外国人にどういう感じを与えるのか分かりませんが、さる外国のサーカス団の日本興業のとき動物の気が立ってうまくゆかなかった言い訳に、観衆の体臭が違ったせいだと、云ったとか言わなかっったとか、日本の大新聞が紙面から湯気が立たんばかりに憤慨していたのを覚えています。 「におい」をあげつらうのはいたく人を傷つけるもののようです。ですから、私のこの国の人々の体臭は日本人の体臭とは桁違いに違うと言うべきなのでしょう。五十度を超す炎天下、冷房もあまりきかない密閉した小屋の中で何百人ものこの国の人々が数時間も閉じ込められたまま同じ空気を吸ったり吐いたりして、だんだんと濃くなっていくのを想像すると、もう駄目。へなへなと元気がなくなってしまうのです。 しかし、こんな人の好意を踏みにじるような裏切り行為が許される訳がない。偏見をもって望郷の念を押し殺した酬いは忽ちやって来ました。ともかく、この砂漠の国の朝野の名士から、我が家のコックや門番に至るまで、「必ず見に行く」と事前通告のうえ、「日本沈没」を見に行ってくれたのです。当然のことながら、わたしは職場の開発庁をはじめ町のあちこちで呼び止められ映画の感想を聞かされることになりました。このサバンナでは考えられない緑したたる山河、高層ビルの林立する大都市の偉容は人々の想像を遥かに越えたもののようでした。私は慎みある日本国の代表として、得意そうな表情を抑えるのに苦労しました。 「ところで、と私の雇い主の開発庁長官ウエドラオゴ閣下は真面目な顔に戻って付け加えました。「日本の教育制度は大したものだね。あの映画の中で、峠の茶屋の婆さんまで流暢なフランス語を喋るのにはびっくりしたよ。」フランスの最高学府エコール.ド.ノルマル出身の長官が映画の「吹き替え」を知らない訳がない。この長官の一言はグサッと音を立てて私の胸に突き刺さった。言葉にならない沈黙が耳もとでこだましている。「それにひきかえ、お前やお前の連れてきた日本人の連中はこの仏語圏ではオシとツンボの集団だが、本当に大学を出ているのかね。ずいぶん高い金を払っているのに。」私達は調査の仕事のため現地で大勢の住民を雇っている。そして多発する労使のトラブルの原因が言葉の壁なのです。連中に言わせると何でクビになったのか分からない。人によっては時折り間歇的に鳥の啼き声のようなフランス語らしき音を発するが、意思伝達の役にはたたず、音の調子で機嫌が良いか悪いかの判断の参考にしかならないなどと言われている。 その日、私がシヨンボリして家に帰ると、うちのコックが元気よく飛び出して来ました。「パトロン、おれパトロンの国の映画見たよ。パトロンの国ではアメリカやカナダに逃げた人もいるけど、ここも住めば都だよ。それにパトロンは良い人だからおれずっと居てやるからね。」「そりゃどうも有難うよ」 このコックは自分の国が海の底に沈んでも、この砂漠の果てにしか行く所がなかった穴掘り下層民の主人を一生懸命に慰めてくれようとしています。それにパトロンにはもう帰る国が無いのですから、コックも失業しないで済むのです。なにしろ、世界で一二を争うこの極貧国の就業率は一割に満たないのです。 |
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