井伏鱒二

海 揚 り

 

 井伏鱒二の随筆「海揚り」の中に「徴員時代の堺誠一郎」という一章がある。侵略戦争を肯定する人と否定する人が半々だった時代の話という前置きで、陸軍徴用でマレーに宣伝班員として徴員されていた時代の事を、終戦から三十年以上たった昭和五十二年に書いた物である。その中で井伏鱒二が配属されたマレー組は貧乏くじをひかされた実に酷い輸送指揮官に当たったと嘆いている。よほど虫のすかない存在だったと見えて、珍しく筆に刺のある物言いで書かれている。その男は中学の体操教師をしていた退役中佐で仁丹の広告のような大きな八の字髭をはやしていたとある。当時の情勢下では子供の頃から幼年学校で余計なことを考えない教育を施され、その後仕官学校で人を見下す陸軍一本の教育で叩き上げられてくれば、真面目で素直な人間なら、誰でも精神的には畸形になる。
 この人物が徴員達を脅そうとして「ぐずぐず言う者はぶった切るぞ」と怒鳴ったところ
卒倒して兵隊の手で医務室に運ばれるものが出る中で「ぶった切ってみろ」と怒鳴り返す者がいた。よほど嬉しかったとみえて嬉しそうに書いてある。よほどこの出来事が頭に焼き付いたと見えて髭に向かってそう言ったのは海音寺潮五郎だと他の随筆「徴用中のこと」の中でも繰り返し書いている。
 ところでこの髭の中佐が船中で矢鱈と東方遥拝を強制するくだりでハタと思い当たったのは小説「遥拝隊長」である。この小説には海も輸送船も出ては来ない。輸送船の髭の退役中佐が「遥拝隊長」のハッタビュラの気狂い廃兵に仕上がるまでのあれこれの細工は書く人にとっては楽しい苦しみか。煉金術師の苦労でしょうか。
 「へんろう宿」と
いう看板を道すがらに見ただけであの短編を書いてしまう人だから、そこで判るのは、ある出来事から嘘と空想と本当が混然とした本当らしい宙に浮かんだ世界をつくりあげる腕前の凄さです。髭が「ぶった斬るぞ」といった時、井伏鱒二はどんな顏をしていたのでしょう。「ぶった斬ってみろ」などと言い返せる人ではなさそうです。かといって卒倒するほどのヤワでもない。姿勢としてはおそらくこれから何が起こるか醒めた観察者をきめてなに食わぬ顔をしていたに違いない。本当に起きたことを本当のまま書こうとするのが素人だとすれば、気負いがあるので表現が自分本位なものになる。本人の語りというのは他人にはあまり面白くないものだ。「それがどうした」という問いが直ぐ跳ね帰って来てしまう。醒めた観察者の視点と他人事のようなひねった文体がそうは言わせない井伏鱒二の芸術の玄人たる所以です。

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