第二回講義 ベビーキョンシーはなぜ飛べるか

 あーそういうわけで第2回目の講義である。今回はベビーキョンシーについて考えてみよう。「パパー、おウチに帰ってご飯食べよう〜」のセリフでお馴染みのベビキョンは、テンテンと並ぶキョンシーシリーズのマスコット的存在だった。テンテンに負けず劣らず人気があり、印象に残っている方も多いと思われる。映画1作目のベビキョンはストーリーにはほとんど関係ない役どころだったが、2作目では完璧なヒール(悪役)を演じている。その極悪さは尋常ではなく、この映画におけるあらゆる元凶はベビキョンにある。道士が死んだのも、町にキョンシーの集団が襲って来たのも、親方キョンシーが暴れだしたのも、スイカ頭がダイナマイトで粉々になったのも、何もかもベビキョンのせい。しかしのその愛らしいルックスで人気が出て来たテレビシリーズの中盤あたりからは、ガラリと変わって善玉に転向している。要所要所に出て来てはオイシイところを持っていくだけという、まるでアントニオ猪木のような存在になった。……とまあ、前置きはこのぐらいにして。

 さてこのベビキョンだが、その幼い容姿以外にも、作品に登場する他のキョンシーと比べると、かなり異質な存在であり謎も多い。その中でも、通常のキョンシーとは決定的に異なる点をいくつか挙げてみよう。

 ●空を飛べる
 ●瞬間移動が出来る
 ●昼間でも出現する
 ●人間と会話出来る...etc 

 そもそも「キョンシー」を中国語の辞書で調べると、「硬直した死体」とある。そこから転じて、我々もよく知っている「蘇生した死体」がキョンシーと呼ばれるようになったのだろう。つまり、キョンシーはゾンビと同じように、「実体のある死体」なわけで、そんな生身の死体(なんか変な言い方)が空を飛んだり瞬間移動したりするはずはないのである。そう考えて見てみると、ベビキョン以外のキョンシーが、空中浮遊したり、瞬間移動したりするシーンは見あたらない(バンボロキョンシーのように、誰かに操られている場合は別。この場合は、キョンシーの能力ではなく操っている人間の能力だから。また、予想だにしないところから突然現れたりする事はあるが、ベビキョンのように出現/消失する瞬間は確認できない)。さらにキョンシーが太陽光の元では活動できないのも有名な話だが、ベビキョンだけは昼間でも何事もないように出現してくる。
 一体これはどういう事だろうか?なぜベビキョンだけこれほどまでに他のキョンシーとは異なる能力を有しているのだろうか?
 謎を解くカギは、幽幻道士2にある。この作品では、ベビーキョンシー誕生(これも変な言い方だな)にまつわるエピソードが、金おじいさんによって語られている。要約するとこうだ。
 昔、戦火の森の中を幼子を連れた父親が逃げまどっていた。だが逃げまどううち、父親は大木の下敷きになってしまう。子供は助けを求めて森の中をさまよったが、その子供もけわしい山道のガケから落ちて死んでしまった。死んだ後も子供の魂は成仏できずに、父親を探して森の中をさまようようになった……


子供の体からキョンシーの格好をした魂が抜け出るシーン
 さて、ここでベビキョンを通常のキョンシーと同じように「死体が甦ったもの」と仮定すると、ちょっとした矛盾が生じて来る。それはベビキョンのコスチュームだ。ベビキョンが身につけている服や帽子は他のキョンシーと同じデザインのものだが、ガケから転落死して、その死体が蘇生しただけであれば、あのようなコスチュームを身につけているのはおかしい(まさかあの格好で戦火の中を逃げまどっていたわけではあるまい)。通常のキョンシーがあのコスチュームを着ているのは、いわゆる「死に装束」の類で、死後誰かによって着せられたもの。そうでなければ幽幻道士2でスイカ頭がキョンシーになりかけた時と同じように、普通の格好で顔が白くなり、牙や爪が伸びるだけのはず。
 で、金おじいさんによってエピソードが語られている時に流れているイメージシーンでは、赤字の部分で、子供の死体から魂が抜けて出ていくカットが映る。このイメージを見る限りでは、どうやらベビキョンは他のキョンシーのような「死体」ではなく、「霊魂」のようである。通常のキョンシーがゾンビに分類されるとすれば、ベビキョンは幽霊の類という事になるだろうか。
 なるほどそう考えると、空中浮遊や瞬間移動といった、通常のキョンシーと異なる現象が起こせたり、道士ですらコントロールする事が難しいキョンシーを、「パパーおうちに帰ろう」の一言で自在に操ってしまうのも合点がいく。
 では、「幽霊なら昼間でも出現するのか?」と言われると、これはちょっと難しい話になる。一般的には「幽霊の類は夜に出るもの」と相場は決まっているが、昼間の幽霊目撃談も少なくない。まあ、オカルト系の話について詳しく話し出すとキリがないし、主旨から外れてしまうので割愛するが、少なくとも通常のキョンシーと違い、霊魂であるベビキョンは、「キョンシーは昼間は活動できない」という定義からは外れる、という事は言えるのだ。
 とにもかくにも「ベビーキョンシーは死体ではなく霊魂」という一文を加味するだけで、ベビキョンの謎はほとんど解く事が出来るだろう。「ただの死体」が出来るはずのない事でも、「幽霊」なら何でもアリ、だからである。