題 fiction〜目的という名の虚構〜


眼の前にいる少年といると、此処が戦場という事をつい忘れてしまう。和やかに紅茶を啜りながら、くつろいでいる様子からは、OZからもWFからも追われ、孤立無援の逃亡中であることを忘れてしまう。
考えてみれば、地球上でもそうだった。OZから追われ、巻き込むのを恐れ、誰も頼ることがなかったあの時、それでも彼といると、悲惨な現実を忘れていた。
「デュオ、貴方が来てくれて本当に嬉しいです」
にっこりと笑ってカトルは言った。
見張りも置いて、交代で操縦室に詰めている。八時間交代、デュオは先程終えてトロワと交代してきたばかりだ。カトルも、後四時間でノインと変わる事になっている。
「別に、来たくてきた訳じゃねえよ。俺は未だ、お前達と一緒に戦うという決心がついてないんだ。ただ、あれ以上コロニーにいることが出来なかっただけだ」
村人、国一丸となって戦う中東の人達をみて、コロニーの心を一つにする決意をした。一人一人の孤独な戦いでは、戦い続ける事は出来ない、そう思って宇宙に還った。だが、自分が思っていた以上にコロニーの様子は余りにも違っていた。
カトルは眼を細める。
デュオの言動には空々しさが付きまとった。いつもの馬鹿な真似をしたり、時には皮肉気な様子をとってみせたが、それはその場の雰囲気を和ませようとする彼の性格の為であった。だが今は、投げ遣りの呈がある。
「WF・・・ですか」
「ああ、俺に仲間にならないかって、脅してきやがった。俺はWFの考え方に納得できない。だから参加しない。だがな、そんな事をやつらが許せる訳はないんだ。
なあ、カトル。俺たちは、何の為に戦っているんだ」
中東の人々は、戦いの最中にあってそれでも笑みを絶やさなかった。ガンダムの操縦者 ----- 余所者の為に、戦いを強いられているというのに、非難もせず、自分たちを逃が してくれた。自らの信念に誇りをもって、逃げるという行為の最中でも瞳を輝かせていた。
しかし、コロニーの人々は違っていた。
地球との、OZとの協力の元、繁栄といいながら、その顔には笑みが消えていた。瞳にあるのは、無邪気といえば聞きよいが、あるのは無知と思い込みの輝きばかりだった。
「地球で、俺は確かにコロニーの為に戦っていた。コロニーの独立の為に戦っていた。だが、俺たちの戦いによって、コロニーは又新たな支配を受け入れてしまった。OZとの協力、地球との協力と言う名での新たな支配を。そして今度は、WFだ」
コロニー市民が、自ら武器を取る事を選ぶ。独立を望んで立ち上がる。
自分も、それをしようとして宇宙に戻ってきた筈だ。コロニーの心を一つにしようと、そして独立を勝ち取ろうと。だが、何かが違うのだ。今の様子は、自由の名によった一部のコロニー市民が、平和を望む多くのコロニー市民達をまきまんで戦っている様に思えてならない。
「目標は、俺たちと同じなんだ。コロニーの独立、自由。違う所は、俺たちは個々で戦いを挑んだのであって、やつらは多くのコロニー市民達を戦いに巻き込もうとしているって所ぐらいだ。でも、思うんだ。本当に、コロニーは独立を望んでいるんだろうか。もしかしたら、地球政府の保護下で安穏とした生活を送ることを望んでいるコロニー市民の方が -----多いんじゃないかって。
・・・・俺には今、戦う目標が見つからない」
カトルは俯いていた顔を上げて、デュオを正面からみた。
「ねえ、デュオ。コロニーの独立といいますが、コロニーが独立して得るものって、なんなんでしょう」
「自由だ」
デュオははっきりと答えた。目標は、持てなくてもこれだけははっきりと言えた。
自由という重圧。自由には多くの責任を伴う。それを負えない者には負担になるだろう。責任など他の連中に任せておいた方が楽だ。何よりも、宇宙が戦場になるよりもいい。そう思えるコロニー市民の心が痛いほどよく判ってしまう。
「本当に独立すれば、自由が得られるんでしょうか。僕にはそう思えません」
「WFの事か。確かにやつらは可笑しい。独立を通り越して、地球抹殺とまで言ってやがる。コロニーの為というより、地球政府に成り代わって、やつらがコロニーを支配したがっている様に思える」
カトルは首を振った。
「違います。確かに、WFにはその傾向があると僕も想いますが、僕がいっているのはその事ではありません。極論を言って仕舞えば、コロニーに自由なんて不可能だと思うんです。自由とか、独立とかいうのは、只単に、地球の人達に踊らされているだけじゃないかと思うんです」
「おいっ、カトル」
その先を聞きたくなくて、デュオはとっさに声をいれた。だが、カトルはそんなデュオの思いをさっした様に首を振るって話しを続ける。
「デュオ、『冷たい方程式』って、しってますよね」
デュオは頷いた。
ある宇宙船に、密航者が紛れ込んだ。その為に、宇宙船は危機に陥る。その密航者-----少女がいた為に、燃料、酸素、食料が足りなくなるのだ。このままでは、全員無事に目的地に生きて辿りつけない。其処で、彼らはその少女を宇宙空間に放り出した。
これは、昔からよく聞く話しだった。コロニー市民でこの言葉をしらない者などいない。開発段階でない今日でも、子供に言い聞かされている話。
「宇宙空間は、本来、人が住めない環境です。その為に、規則がある。確かに、今は多少の余裕が有ります。健康な人間一人位なら、コロニーを運営していくのに問題はありません。でも、本の些細な事が、市民全体の死に繋がるのは変わりがありません。
僕らは、生きていく上での必要な規則を、地球政府の束縛と受け取っている面がかなりあるんじゃないかと思うんです」
カトルが、そんな風に思っていたなど、デュオには考えもしない事であった。
カトルは、理想を信じていると思っていた。人を信じていると思っていた。やがてうまれくる理想郷を信じて、戦い続けているのだと、思っていた。
この悲惨な現実を眼の前にしても、人を信じられる強さを持っていた。
そんなカトルが、この様な後ろ向きと思える、自分の行動を否定するようなことを考えているとは思わなかった。
「お前・・・」
「考えた事はありませんか。
博士達は、地球で暮らしていたんです。その地球で暮らしていた博士達が、何かと制約のあるコロニーで束縛を感じないと思いますか。コロニー間を移動するにしても、何かと許可が必要になる。コロニー内で、ある一定の重さの物を移動する場合は、その時間と場所を届け出なくてはいけない。
僕の父は、母に一番好きな花一本、生きている内に贈る事ができませんでした」
デュオは、マグナックの国で花束を貰った。色とりどりの花。デュオには、何の種類かも判らない花。雨のない砂漠地帯のあの国で、あの花を集めるのはさぞ困難だったと思う。それでも、地上では人に花を贈るのは可能なのだ。だが、コロニーに住んでたデュオは、人から花を贈られたことなど無かった。
「僕の母は、地球出身でした。十六で初めて宇宙にでて、父と暮らし始めました。母が好きだったのはフリージア。南アフリカ原産の地球ではそう高くもなく、簡単に手に入る花です。でも、コロニーにはその花はありませんでした」
コロニーの制約は生活の到る所に在った。移動に関する規定はコロニーのバランスを取る為、生物の持込みに関する規定は生態系の均衡を崩さない為。無差別に人一人刺し殺すより、花を一本持ち込んだ方が罪になるという事を、地球で暮らしている人間に理解できる筈もない。頭で納得はできても、理解は出来ないだろう。
コロニーに住んでいる限り、自由は得られない。
「カトル。・・・お前、何でガンダムに乗ったんだ。お前は、何の為にガンダムに乗ったんだ。お前は判っていたんだろ、目標は、絵空事。自由な世界は、宇宙では虚構にすぎないという事を」
自分が、博士たちに踊らされていたとは思わない。思いたくない。
確かに博士に育てられた自分は、連合政府の支配さえ脱却すれば、束縛のない生活が出来ると思っていた。全ての束縛を、連邦の支配のせいにしていたと非難されても反論できない。他のコロニー市民より、その想いは強かっただろう。
だが、それだけではなかった筈だ。それだけでは、あの時戦争のなかったコロニーを戦いに巻き込む危険を冒してまで、地球に降りていったとは思えない。
その理由を、デュオは知りたかった。
その理由を、何でもいい、聞きたかった。
カトルなら、話してくれると思った。自分が、地球に降りていった理由を。求めていた道を。そうでなければ、自分には耐えがたかった。
「カトル。何故、お前は地球に降りたんだ」
「僕は、独立を求めて地球におりたのではないんです。僕は、家族を護りたかっただけなんです。戦争の道具となるMSの材料を担っているのは、宇宙にある多くの資源衛星です。その資源衛星を握っているのは、ウィナー家でした。父は平和主義者で、地球に武器の材料を渡すのを肯としませんでした。僕たちL4コロニー郡は、連合に所属していないアラブ諸国と親交が深かったのも幸いして、無事でいられました。でも事態は、そう言っていられない時代に入っていたのです。連合の手が宇宙に伸び、やがてL4コロニーを掴むのは時間の問題だったんです」
カトルは一旦言葉を切って、デュオの顔をみる。デュオは顔を背けた。それは、カトルの理由であって、デュオの求めていた理由ではなかった。
「実際連合が潰れて、OZの支配体制に移って、政治的に一番影響を受けたのはL4コロニー郡です。連合政府の残党の他に政治形態が変わったのは、L4だけだという事からも判っていただけると思います。政治に影響力のある者で殺されたのは、父だけでした」
「では、お前は今、何で戦っているだ」
「宇宙から、地球からも、戦いを無くす為です。一刻も早く。コロニーは、本当に脆い存在なんですよ。コロニーはたった一機のMSでいともたやすく壊れる存在なんです」
眼を閉じれば、何時でも思い浮かべる事が出来る。コロニーが壊れていく様を。宇宙の閃光と化す様子を。
これは現実の映像だ。デュオや、ヒイロが見た幻の映像ではない。カトルが自らの手で起こした現実。
「宇宙では、たった数センチの塵が人の命を奪う結果に繋がる。スナイパーをやってらしたデュオならよく判っていることでしょ。戦う余裕なんてないんです」
地上では、戦争が絶えた時代がない。人によっては、人は戦う動物で、それによって進化してきた。そう戦争を肯定する意見もある。
今、コロニーには漸く宇宙で生活する上での余裕が出来始めていた。OZの台頭で地球連邦の支配が弱まり、まだOZの支配が隅々まで届かない間隙を縫うように、WFが現れた。
「戦う余裕がなかったから、コロニーには戦闘がなかったっていうのか」
それを認めてしまえば、何かが壊れてしまう。
「違います。不必要だったからです。コロニーで生きていくには戦いなど必要ありませんでした。コロニーの歴史はそうです。最低、必要だと思われるものだけ順々に取り入れていきました。少しづつ数を増やして行きました。戦争なんて、本来不必要な物なんですよ。その存在は、宇宙に哀しみを漂わせるだけです。宇宙をすさませるだけです。何も得るものなんてないんです。失われる物しかないんです。人から笑顔を奪い、喜びを奪うものでしかないんです」
笑顔を奪う。
デュオはカトルの言葉を繰り返した。
----- コロニーの人達の笑顔を護りたかった。
デュオは確かにそう、ヒルデに言った。
そう言った言葉すらデュオは忘れていた。
地球に降りた時、あの時もそうだった。独立とか、自由よりも、きっと自分はコロニーの人達の笑顔を護りたかったんだろう。
何度も繰り返していた言葉を、何度も噛み締めていた筈の事を、自分は見過ごしていた。
中東で、自分はコロニーの意思を一つにしようと思った。そこから、狂い始めたのだろう。笑顔を取り戻したい、そんな微々たることでは、戦いを起こしては行けないのだと思った。何か大きな目標を持たなくてはならない、人を戦いに誘えないのだと思っていた。
だから、独立という目標を持った。初めのころの目的は忘れていなかったのに、目標にばかり囚われて、大義名文ばかりに振り回された。それでも、そんな目標では戦えなくて、自分は迷い続けていた。
ふっとデュオは安堵の息を洩らした。
「カトル。お前は、これからこの宇宙をどうしたい」
ふと、興味を持ってデュオはカトルに聞いた。
「いいましたよね、宇宙と地球から戦闘をなくしたいと」
「宇宙は、ともかく地球からもか。お前、さっき、宇宙では必要ないものは、持ち込まない。だから、戦闘はないといってなかったか」
おどけてデュオは言った。
答えは怖くなかった。何と答えられようと、自分の物は確かに握っていたから。
ほんの一寸した興味だった。それに、今度はきっと、カトルはデュオの期待に沿う答えをくれる筈だ。
カトルはにっこりと笑った。今にも声を立てて笑いだしそうな笑顔だった。
「コロニーで出来たんです。きっと人は可能性を持っています。僕はそれを信じています」