窓の外は暗い闇。点々と光のは、モビルドールの地獄へのともしび。
リリーナはカーテンの裾をぎゅっと握りしめた。
・・・・ヒイロ。ヒイロに逢いたい。

「ノインさん。ヒイロは、ヒイロはいないの」
モビルドールの攻撃から助けに来たのは、カトルとノインだけだった。
ヒイロが自分に会いに来たのではない事は判っていた。半場、ノインとカトルが強引に連れてきたような事も。此処から出ていこうとしている事も。すべてリリーナは承知していた。でも、それでも彼はリリーナが危機に陥った時は必ず助けてくれた。彼女を殺そうとしたその直後でさえ。
ノインは視線を逸らした。リリーナはカトルを見る。カトルは哀しそうな瞳でリリーナをみた。

「ヒイロは、最も死の確率の高い戦場に向かいました」

「どうして、どうして。約束したじゃない。私に黙って出ていったりしないと」
リリーナはきっと顔を上げて、ノインに挑む。

「ノインさん、ヒイロの行き先を探して。私も追います」

「リリーナ様」
ノインは悲鳴を上げたが、リリーナはそれを拒絶した。ヒイロは確かに約束をしたのだ。あの時彼は手を上げた。黙って出ていったりしないと。
それは、嘘だったの。

「リリーナさん。落ち着いてください。貴方は此処で、貴方の出来ることをしなければならない」
「カトル、貴方は知っているのね。知っているんでしょ。どうして、ヒイロを一人で行かせたりしたの。どうして、貴方は残っているの」
間違っているのは判っていた。カトルを責めるのは筋違いという事を。ヒイロは一人でいったのだ。自分一人だけで行ったのだ。
だが、責めずにはいられない。
ヒイロを一人で行かせた彼を。ヒイロの行き先を知っている彼を。
これは嫉妬だ。ヒイロと同じ力を持つ彼に対する。
ヒイロの行き先を知っている彼に対する。
ヒイロの仲間、同じ位置する者への嫉妬だった。

「・・・どうして、ヒイロだけが」
カトルはそんなリリーナの気持ちが判るのか、詰るリリーナに優しげに笑った。

「リリーナさん。ヒイロは僕に言いました。僕達はガンダムの操縦者だと、それだけだと。僕にはその時、その事がよく理解できませんでした。僕はガンダムの操縦者であると同時に、カトル=ラバーバ=ウィナーでした。操縦者というのは僕の一面でしかなかったから。あれは、あの言葉はきっと僕に言った言葉ではなかったんです。ヒイロ自身に言い聞かせていた言葉でした」
リリーナの瞳からぼうだの泪がこぼれ落ちた。

「ヒイロは僕に言いました。お前はトロワを見つけるまで死ねないだろと。トロワを見つける。それは僕自身の問題です。ガンダムの操縦者でもなく、ウィナーでもない、僕自身が犯した過ちです。

そういわれて僕は、それまで、ヒイロのあの言葉の意味を理解してなかった事に気づきました。ヒイロは常にガンダムの操縦者であろうとしています。それだけで居ようとしています。自分を殺しているんです。

リリーナさん。貴方ならヒイロを、ガンダムの操縦者でない彼を知っている筈です」
知っている。判っているからこそ、泪が止まらないのだ。
どうして彼が、戦い続けなくてはならないのだろう。
ヒイロが戦い続けなくてはいけないのだろう。

「でも、ヒイロが戦わはなくてはいけないの。平和に必要なのは話し合いよ」

「ヒイロは判ってます。ヒイロは心の中では一度も戦いを肯定してはいない。僕はしてきた。こうするしか道はないのだと、この道しか歩めないのだと。その為に、戦いを肯定する為に、僕は敵に投降を呼び掛けてきました。そして今も・・・」
カトルは言いよどんで瞳を伏せた。
「ですが、ヒイロは違う。どんな戦いも肯定できないから、したくないから、その自分の心を殺しているんだ。戦うことしか手段がないから、心を殺し、只の戦士になろうとしている」
心を殺して戦うことに何の意義があるのだろう。
護る物を考えずに戦う事に何の意味があるのだろう。
やさしさは強さだと誰かが言った。
同時にそれは弱さだとも言った。
両刃の剣は、ヒイロの心を押し殺した。
今の状態は只、彼の心を切り裂くばかり。
「リリーナさん。ヒイロは戻ってきます。必ず戻ってきます。だから、貴方に別れを告げなかったんです。貴方は此処にいてください。此処にいて、ヒイロが自分を取り戻せる場所を作って下さい。心を閉ざす必要のない場所を、戦う必要のない場所を作ってください」

「作れるの・・・私が」

「ヒイロの安らげる場所は、貴方しか作れません」
多分、この決意をさせたのは、カトルのあの言葉だった。
私にしか、ヒイロの安らげる場所は作れないというあの言葉だ。
そうでなければ、私はあの場で動けなかった。私自身の信じる道を突き進む事などできなかった。
私は、ヒイロが、ヒイロでいられる場所を作るのだ。
ヒイロがガンダムの操縦者ではない、ヒイロである場所を作れるのは私だけなのだ。
今のヒイロは、何も見様とはしていない。現在に心を閉ざして、優しい心を庇っている。
ヒイロ、私は貴方の帰ってくる場所を作ってみせる。今度は私が貴方を負うのではない。貴方が自分からくる様にしてみせる。
ねっ、ヒイロ。
貴方は必ず私の元に戻ってくる。