幸児は振り返らなかった。
真っ直ぐに、自分の道を歩いていった。
義成は、その後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
2人の道は違う方に進んでいた。
それでもいいと思った。
幸児の姿が見えなくなる頃、
義成も歩きはじめた。
ゆっくりと歩いていった。
偉そうなことを言ったのは、自分の方だった。
DUO歌手としてやってきて、
自分の方が幸児より人気が出たのをいいことに。
あんなに、なりたくないと思っていたのに、
しっかり天狗になっていた。
その事に気付いたのは、幸児の一言のせいだった。
「自己納得はしても、自己満足で終わらせるような仕事はしたくないよ。」
幸児は良い顔をしていた。
別れる時だと思った。
中途半端な、天狗な自分を、幸児に笑われてる気がしたから。
自分が惨めになる前に、幸児から逃げ出した。
「俺は俺でやってみる。」
そんな事を言ったのに。
幸児ほど自分に自信がなかった。
「そっか・・・」
幸児は一言そういっただけで。
義成は胸が締め付けられるみたいな気がした。
幸児は知っていたのかも知れない。
自分たちの結末を。
平凡とか、地道とか。
そういう言葉が義成には耐えられなかった。
いつも、プライドや意地で自分を固めてた。
捨てることが出来なくなっていた。
しかし、幸児には反対に意地やプライドがなくて、
平凡や地道が似合っていた。
いや、義成が勝手にそう思ってただけかもしれない。
本当は、幸児の方が、意地やプライドが強かった。
でも、平凡や地道ということもそれ以上に大事にしていたのだ。
義成にはそんな事はできなくて。
いつも幸児を伺っていた。
スタッフ受けが良くて、誰からも好かれる幸児。
人気はあっても、人望のない義成。
なんだか、見透かされてる気がした。
自分の人気なんて、メッキみたいで。
いつだって簡単にはがれてしまうものということに、
気付かない振りをしていた。
気がついたら、幸児の方が人気が出てて。
自分には、ブーイングの嵐だった。
コンサートでは、義成の歌になると、客席が座った。
ここで別れなければ自分はだめになる。
だから、幸児とのコンビを止めた。
ピリオドを打ったのだ。
自分のために、
自分のことだけ考えて、
幸児のことを考えずに・・・
器用に生きてく方法すら、義成は知らなかった。
不器用だった。
傷ついたふりが得意だった。
現実は辛かった。
逃げたかった。
幸児からも自分からも。
実際に逃げた後で気が付いた。
逃げた方が辛いということ、
そして、負けだということ。
明るくて、元気で、みんなの人気者で。
少しつんとしていて、そっけない感じの義成とは、
まるで正反対の人間だった。
苦手だと思った。
かかわりたくないとも。
しかし、そうはいかなかった。
初めて、幸児の歌を音楽の授業で聞いた時、
義成は体中に電流が走ったかのような衝撃を受けた。
透き通った水のように。
幸児の声は、義成の心に届いた。
どうしても、彼が欲しくなった。
彼の声を、他の人に取られる前に。
自分が手に入れたくなった。
そこで、義成はたくさんの勇気を使って、
幸児とかかわることにした。
幸児と、かかわっていくことにした。
かかわってみると、幸児は本当に良いやつで。
幸児となら、上手くいくような気がした。
ジョークを飛ばして笑い合ったあとの、
ほんの少しの沈黙も、
幸児となら超えていけた。
「一瞬が一時になって、やがて一生になる。これって、最高じゃない?」
幸児がそういっては笑ってた。
その笑顔が、歪んでた義成の心を救ってくれる気がした。
それを素直に受け止められたら、
遠回りしなくて済んだけれど。
幸児と出会えたことの喜びを義成は信じ続けていたかった。
ずっと、幸児とやって行けると思ってた。
出会いの一瞬が、一時になり、一生になる。
そう思っていた。
運命という物は不思議な物で。
たまたま出したオーディション用のテープが1次予選を通り、トントン拍子でグランプリ とデビューを手にした。
それは、幸児の綺麗な声と、
義成の切れの良いギターと。
2つの要素が合ったから成り立った物だし、
そんなこと、2人とも分かっていた。
名前も売れはじめて、人気も出始めた頃。
明るくて人懐っこい幸児をうっとうしく感じている自分に、義成は気が付いた。
いつでも、みんなに気を配り、
笑顔をふりまき、
奢ることのない幸児に、イライラしていた。
「現状を維持するってことは、実はとても難しいことなんだよ。決して、後退は許されないってことだし、継続は力なりって言うでしょ?」
芯の強い、頑張り屋の幸児らしい発言だと思った。
同時に、何だかものすごく腹が立った。
何回か、楽屋を抜けて、
仕事をすっぽかしたこともあった。
そのたびに幸児は、義成の分もマネージャーと一緒にスタッフに謝っていたことなんて、とっくにわかっていたし、余計にむかついた。
幸児の全てがうっとうしかった。
義成がそんな事を思ってることなんて、
幸児にはすっかりお見通しなのに・・・
幸児はいつだって、義成の場所を作っておいてくれたのに。
義成はそこへ帰ることを拒否した。
ある音楽番組の収録で、
義成と幸児のバランスがずれていることに気付いたのは、
ファンだけじゃなかった。
スタッフも、他の出演者も、そして本人たちも。
その瞬間、何かが終った。
たとえ、幸児の中では終わってないとしても。
義成はゴールを作ってしまった。
義成の下す決断を。
「ソロでやって行こう。」
そういった時も、幸児は何も言わず、
ただ俯いただけだった。
自分のことばかり考えていた、自分勝手な自分と、これでさよならだと思った。
幸児のためにも、自分のためにも。
こうした方がきっとよかった。
「何かに挑戦し続けて、結果的に『だめだった』とか、『出来なかった』とかなること、
たまにはあると思うんだ。でも、大事なのは、そう思うまでにどれだけやってみたかって事だと思うよ」
幸児は手を差し出した。
義成はかたくその手を握った。
幸児は手を離すと、「それじゃあ。」と小さく言った。
義成も軽くてを上げて、「おう。」と答えた。
これで終わると思った。
終わりだと思った。
「またさー。いつか、ホントにだめだと思ったらさー。お互いにそう思ったら、一緒にや ろうよ。」
幸児は最後まで笑ってた。
「楽しみにしてる。」
「頑張ろうな。」
幸児は歩き出した。
義成も歩き出した。
2人の道は今、始まった・・・
V6の『over』という曲からイメージして、話を書きました。
男の子同士の話というのは、自分が女なので、書いててうらやましくなったりします。
読んだ方が、爽やかな、何かを頑張ろうとおもえるようなそんな気持ちになれたらいいなとおもっております。
感想など頂けたら幸いです。
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