Multiculturalpedia
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「世界の三人寄れば文殊の知恵」
 「三人寄れば文殊の知恵」という言葉は大変奥が深い言葉だと思います。独善から人々を守り、見方を深め、摩擦を防ぎ、よりよきものを産み出す叡智ともいえるかもしれません。

英語圏の"Two heads are better than one."など世界各地に同じことを表している諺がきっとあると思います。いろいろな文化圏ではこの諺はいったい何人で表現されているんでしょうか。2人か3人かそれとも?

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三人寄れば文殊の知恵

 はじめまして
たなかと申します
私は卒業論文で「3人寄れば文殊の知恵」ということわざを,色々な視点から
実験的に証明するというものをやっているんですが
アメリカにも「Two heads are better than one.」というのがあるように
世界中にもあるのではないかと思い調べています
みなさまどこかの言語で知ってるというのがありましたら教えていただけませんでしょうか



 2003年1月11日(土) たなかさん
   たなかさん、多文化理解事典を訪れてくださってありがとうございます。

ぜひ、たなかさんの卒論に役立つ情報をお寄せください。そして、お寄せくださった情報をどうぞ卒論にお使いください。

 中国の前漢時代の書物、『淮南子』にはこんな言葉が見られます。

「一生二、二生三、三生万物」

1から2が生じ、2から3が生じ、3から、あらゆるものが生まれる。

1=1、2=1+1、3=2+1ということでしょうが、どうして万物が生じるといえるのでしょう。

4=3+1、5=3+2、6=3+3、7=(3+3)+1、8=(3+3)+2、9=(3+3)+3、10=(3+3+3)+1、11=(3+3+3)+2、12=(3+3+3)+3、・・・・・

ということなのでしょう。

「1と2」が英語圏の諺、"Two heads are better than one."(私と「(異なる)あなたの見方が加わればよりいい知恵が浮かぶ」)につながり、
「1と2と3」がもう1つの諺、「三人寄れば文殊の知恵」(私と「(異なる)あなたともう一人の見方が加われば素晴らしい知恵が浮かぶ」)につながるのでしょうか。

 英語圏の"Two heads are better than one."は聖書の「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中に いる」(マタイ18・20)という言葉の影響を受けているようにも思います。

 いろいろな文化圏ではこの諺は何人で表現されているんでしょうか。中国やコリア、ベトナムなどの漢字圏や、他の仏教圏ではどうなのでしょう。それ以外の文化圏では。

たなかさん、これからもどうぞよろしくお願いします。
たなかさんにとって2003年がとってもいい年になりますように。
(この新年の挨拶は1月31日までに書きこまれた方にお届けしています。)

 「3人寄れば文殊の知恵」についてのご感想(一言でも)、情報など何でも、ひろばに寄せていただければありがたく存じます。

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