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異なる文化を楽しみながら学ぶ事典

「世界の握手」

2006年6月5日カウンター設置

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ニュージーランド1

 別れの握手の時、一人のニュージーランド人がこんな握手をした。

 初めに普通の握手、
そのまま腕相撲の握り方の握手に変え、
次に指相撲の握り方の握手に変えた。

 この握手にどんな意味があるのか知らない。でも、子どもたちはその握手に感動し、何度も何度もその握手に付き合わされた。


ベトナム1

 ベトナムの子どもたちが散歩をしようという。歩きながらいろいろな話をした。そして、こんな握手を教えてくれた。

 ハワイのハングルースのように拳から親指と小指を伸ばし、小指を地面に親指を天に向ける。そして、相手の拳と触れ合わせ、指切りのように小指をからめ、親指を合わせ、それから手のひらを広げ、互いの手のひらを合わせ、手を握り合う。久しぶりに会った友人にするのだという。

 ベトナムでは誰でも知っているのだろうか。8歳の子どもに聞いたら答えるかわりにその握手をしてきた。15歳の子供、13歳の子供、12歳の子供も知っていた。通訳の方に聞くと、これはベトナムの子がたいてい知っている握手だそうで、「かっこいい」と思ってやっているそうで(確かにかっこいい)、普通は子供しかしない握手だそうだ。


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ベラルーシ1

  ヨーロッパと同じです。でも、女性同士は普通しません。男性と女性の場合もあまりしません。男性同士は「こんにちは」という意味で必ずします。小学生の子どもでも、男の子は会ったら、必ず「こんにちは」と言いながら握手をします。
男性同士で会ったとき、握手をしないと大変失礼なことになり、友情も消し飛ぶそうです。日本人男性の方は、ベラルーシ人に握手を求められた場合、とにかく握手してください。でないと友情が芽生えないばかりか、ひどい時は(半ば冗談ですが)「おかま扱い」されます。(^^;)

 2000年7月8日(土) 「ベラルーシの部屋」のTさん
   ありがとうございました。こういった身体になじんだ習慣はとても大切なことですね。そして違う習慣を持った人とのギャップをどうしていったらいいのかも考えていきたいと思っています。

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Speed1

   昨年の12月、たくさんの力士達が世界相撲選手権のために東京の国技館に集った。今年も、子どもたちと応援に行った。ニュージーランドの選手達は子どもたちに親切でいろいろな国々のお相撲さんを紹介してくれた。

 今年子どもたちに教えてくれた握手は「去年教えてもらった握手」とちがって、最後に互いの指をからませ、パチンと大きな音を鳴らすものだった。

 子どもたちも大人たちも声を嗄らして応援したが、みんなが勝つというわけにはいかなかった。惜敗したチームの、子どもたちに人気があった選手が言った。「去年は千羽鶴を持ってきてくれたから勝てたんだけど」

 応援に行った大人の一人からこんな話を聞いた。先日のNHKのSPEEDの特集を見ていたら、コンサートが終わってSPEEDがその「握手」をしたのだという。最後は少し違っていて、互いに指を絡ませて鳴らすのではなく、各自が自分の指で「パチン」と鳴らしていた、という。不登校の子どもがSPEEDの歌に自分のことをまるで歌っているようだ、と心を寄せる場面もあったらしく、その人はSPEEDを見直した、CDでもう一度聞いてみたい、と言っていた。

 沖縄出身のSPEEDだから知っていたのだろうか。沖縄ではこの「握手」をするのだろうか。それとも、かっこいい「握手」だから、SPEEDが採用しただけなのだろうか。それともこれは世界で広く行なわれているものなのだろうか。スポーツの世界や音楽の世界で行われているものなのだろうか。この「握手」を見た方はぜひ教えて下さい。

 卒業の季節がやってきた。今年はきっと「my graduation」に送られて卒業する中学生、高校生も多いことだろう。旅立つ学生の方達の心にいつまでも残る式となりますように。

 そして、人の人生はさまざまで、自分の人生が成功だった、失敗だったと今判断を下してしまうのはいつも早すぎる。1年や5年や10年、回り道しても人はどうってことない、それどころかいつかその経験が無駄にならない日が必ず来ることを子ども達に伝えたいと思う。

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握手、エールの交換

   あまり詳しく読ませていただけていないのですが、「異なる文化を楽しみながら学ぶ事典」のホームページからは、いろいろなことについて教えていただいたり、考えさせていただけたりで、これからもお世話になりそうです。

 握手についてですが、私は、これからの日本に住む人に言葉の挨拶と同様以上に習慣化すればいいなと思っています。日本のサッカーのレベルが世界に近づき、世界の舞台で選手たちがいろいろな場面で握手をする光景を見てとても微笑ましく見ています。世界大会では試合の場が戦場だといわれています。国によっては負けたら帰ってこれないような罰のようなものを課して国同士が戦います。しかし、彼らは試合終了の笛が鳴ったら全力(死力)を尽くしているので倒れ込む選手も多いですが、そのあとで、敵味方同士抱き合い、握手をしています。私は、その光景を見るのがとても好きです。感動します。

 応援をする人同士でもそういうのがあります。例えば、高校野球とか、高校サッカー(他にもいろいろあるでしょうが私はあまり見る機会がないので)などは、試合開始前と後に相手の健闘を祈って「フレー、フレー何々高校」とかやっています。常連校などは、ラッキー7のときにもエールを交換しています。

 2000年11月8日(水) ユースケさん
    大変興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。載せさせていただきました。世界のどこかから(翻訳後のことでしょうが)同じようなことがあることをいつか教えてもらえるような気がします。

 「世界の始め方(仮題)」と題して、世界のいろいろなスポーツ、競技、ゲームの先攻・後攻の決め方、陣地の取り方の叡智も扱いたいと思っています。先に攻めるか後に攻めるか、どちらのコートを取るかが勝負に大きく影響するので古来さまざまな工夫が凝らされてきました。

 「サッカーのコインのトス、テニスのコインのトス(アンパイアがいるとき)・あるいはラケットを回す(アンパイア不在のとき)、バスケットボールのジャンプボール、将棋の振り駒(5枚の歩の表裏から)、囲碁のにぎり(奇数か偶数か)などなど。

 「公平を期するための世界の知恵を紹介してみたいと思います(数年前から言っているので周りからは「まだ言っているのか、いい加減に早くやれよ」と言われそうですが。

 この事典には完成がありません。この事典を世界中の方たちといっしょにつくっていくことそれ自体が国際理解、国際交流(国レベルではないのですが)だと感じます。 

 今後ともどうぞよろしくお願いします。

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インドネシアの握手1

 もう30年も前になりますが工事出張で中部ジャワに行った時、
左手で右手の手首を握って握手していました。
これは不浄の手(左手は不浄とされている)を使わない、使っていないと言う意味だと聞きました。
今でもこの様な握手をしているのかな?

 2003年1月22日(水) ゆきのしたさん
   ゆきのしたさん、多文化理解事典の制作にご協力いただいてありがとうございます。

「もう30年も前になりますが工事出張で中部ジャワに行った時、
左手で右手の手首を握って握手していました。
これは不浄の手(左手は不浄とされている)を使わない、使っていないと言う意味だと聞きました。
今でもこの様な握手をしているのかな?」
(ゆきのしたさん)

あいまいな振るまいをするより、「李下に冠を正さず」はっきりと態度で示しているんですね。これって知恵ですね。

現在、インドネシアの方々と付き合いのある方、ぜひ現在の情報など教えてくださるとありがたく思います。

ゆきのしたさん、今後ともどうぞよろしくお願いします。
ゆきのしたさんにとって2003年がとってもいい年になりますように。
(この新年の挨拶は1月31日までに書きこまれた方にお届けしています。)

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