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外国で外国人として暮らすということ
カウンター設置2006年10月20日

これを読んで、あー、今まで「外国で外国人として暮らすということ」について実感はなかったけれど、こういうことなのか、とちょっとその気持ちに近づけたような気がする、と思っていただけたらうれしいです。

 ワクワクするようなこともあれば、胸が詰まることもあり、ドキドキすることもあれば、せつなくなることも、楽しいことも、一人ぼっちに感じることもあるといったことが世界中の人々からのエピソードを通じて追体験できるようなページにしていきたいと願っています。

 読み終わったとき、海外で暮らす知人にメールを出してみようかな、という気持ちが起こったり、日本に来ている人たちと触れ合ってみたいという気持ちが自然に生じたりするページに育てていきたいと思います。

 世界中の国々に存在する「外から来た人」という心理的な垣根を低くするためにこのページがきっと役に立つと思います。

 また海外で暮らす人々にとっても共感できるエピソードに接することによってこう思っているのは私だけではないんだなと元気づけられたりすることも可能なのでは、と思います。

 外国人として外国で暮らしていて感じる、小さなエピソードをぜひお寄せください。

楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、厭だったこと、すがすがしかったこと、 誤解されたこと、がっかりしたこと、はっとしたこと、憎らしかったこと、胸がいっぱいになったこと、恥ずかしかったこと、ほのぼのとしたこと、などなどどんなことでもけっこうです。

 このページはできれば数行、多くても数十行までの短い箇条書きのような軽く読み進めるエピソード集にしたいと思っていますが、内容上、短くできないこともあると思いますので、長くなってもけっこうです。

   このトピックでは他のトピックと違って、原則、お名前はお出ししません。そのほうが何の気兼ねもなくありのままの心情を吐露していただきやすいのではないかと考えるからです。(世界の『クレオパトラの鼻がもう少し低かったら(美人は得か損か)』と同様にお名前をお出ししません。)

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   ロンドンでは外国人の姿を見て好奇の目を向ける人はあまり見かけないが、いったんロンドンを離れるとそうでもないらしい。ある地方都市に小旅行に出かけた時のこと、そこではアジア人自体が珍しいようで、通りを歩いていたら「ワーッ!」と突然目の前に14、5才の女の子が飛び出してきて、そのまま友だちと笑いながら走り去っていった。何事が起こったのやらわけがわからなかったが、自分が外国人であることを初めて意識した瞬間だった。

 本来楽しむべきことが、英語で行われているがゆえに、真面目な勉強になってしまうことが多い。映画、テレビはもちろんリスニングの勉強だが、一番せつなかったのはコメディショーを見に行ったときで、ネイティブスピーカー3人と一緒に行った私は、笑うべきときには周りの様子を見て笑い、笑うべきじゃないときに笑ってしまうという緊張の2時間を過ごした。コメディアンに急に質問を振られて、極度に緊張した顔で何か言ったらなぜか大受けだったのは笑いの文化は共通であるという証拠だろうか。

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   外国で外国人が病気になると・・・・

 ハンブルグに住んで3ヶ月目、気がゆるんだせいか39度の熱を出した。咳もひどくてなかなか良くならない。しょうがないので近所の医者に初めてかかることにした。ドイツ語のほうは初級のまんなかぐらい。自分の言いたいことは何とか言えるが、相手の言ってることが今ひとつ理解できない。ドクターに症状は伝わったが、案の定ドクターから返ってきた薬の飲み方が良くわからなかった。とにかくメモを書いてもらって薬屋で薬をもらい飲み始めた。メモには3日間朝晩2回錠剤を飲むよう書いてある。薬を飲んで、すっかり良くなりいつものように飛び回っていた。ところが、3日後にまたもや発熱。あわてて病院に行くと、

ドクター:「何で3日しか薬を飲まなかった?」

私:「メモに3日分って・・・」

ドクター:「あの飲み方で1週間続けてと言ったのに。薬の中に入ってる処方箋にもそう書いてあるでしょ。」

私:「・・・・・・・。」

 私はそれからうちに帰って、熱でがたがた震えるひざを抱えながら1時間辞書を引き引き処方箋を全部読んだ。「本当だ!1週間と書いてある。」それ以来、どんなに具合が悪くても、もらってきた薬の処方箋は読むことにした。

 P.S 私の生徒たち(日本語学習者)は病院に行くときはいつも英語のわかるところに行くそうだ。外国に日本語のわかるドクターが何人いるのだろう。でも、生徒たちも英語が通じないという危機感をもうちょっと持ってくれれば、もう少し日本語も上達するのに・・・。英語圏の生徒がうらやましくもあり、恨めしくもあり。

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   外国で外国人として暮らしていると、オリンピックの時見たい種目が見られません(2000年9月現在)。

 シドニーオリンピックが始まってから、NHK国際放送では「ニュース10」のオリンピックの部分をカットして放送しています。
 オリンピック放送については放送権の都合で静止画像(選手の写真)しか見せられないからだと思います。  その代わりということでしょうか、夕方「今日の日本選手の活躍」を伝える番組があ りますが、これも静止画像のみです。
 水泳や柔道はオーストリアやドイツのテレビでも放送しているから見られるのだけれど、サッカーはドイツが出場していないせいで予選の試合は全くやらないのです。決勝トーナメントに入ったら放送するのではないかと期待しています。

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 ちょっとピントがずれているかもしれませんが、書いてしまいました。

 シリコンバレーでの最近の経験談。
イタリア系アメリカ人の家に食事によばれて、何かの拍子に同席していた生粋のドイツ人女性が“だからやっぱり外国人にはここ、住みにくいのよね。”と同じく“外国人”である私に同意を求めてきた時、素直に共感出来なかった・・・。

 それは、常に“外国人”であるという前に、“アジア人”であることを意識し、させられて過ごしているからだと思う。言い換えると、何か不都合があったとき、それは自分が“外国人”だからなのか、それとも“アジア人”だからなのか、一瞬考えてしまうのだ。

 アジア人及びアジア系アメリカ人は良しにつけ悪しきにつけ、十把一からげでprofilingされ、ステレオタイプ化されがちだ。

 最近もDr. Wen Ho Lee事件が後味の悪さを残している。(台湾系アメリカ人科学者のDr. Leeが、アメリカの核兵器がらみの重要機密情報を北京に流していた、という疑いで逮捕されたが、結局立証ならず、9ヶ月後に釈放される。その9ヶ月間の彼の不当な扱われ方に始まり、最初からスケープゴートだったのでは?に至るまで、問題山積のケースになっている。)この事件以来科学研究所に職を求めるアジア人及びアジア系アメリカ人科学者の数も激減していると聞く。

 三世、四世のアジア系アメリカ人の友人もいまだに“お国はどちら? 英語がお上手ですね。“と言われることがあると苦笑している。(たとえば、前述のイタリア系アメリカ人には、こう言うことはまれであろう。)

 あらためて、“外”国人の意味を考えてしまった。

 ぜんぜんずれていません。ピッタリ合っています。楽しいことから考えさせられることまで、ちょっとしたことから大きなことまでなんでも歓迎します。書いていただいてうれしく思います。
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 日本語教師の方からドイツに暮らしていらっしゃるお嬢さんのお話を教えていただきました。
 日本でなら台所で料理を作りながら、聞こえてくるテレビの音声に集中しなくとも番組を楽しむことができるのに、ここ(ドイツ)ではそんなことはできない。聞くことに集中しなくてはならないので気楽に楽しむというわけにはいかないそうです。

 外国で暮らすとその国に対して不満が出てきます。その不満を同国人同士が集まっては言い合って解消するよりも、その国の人に不満を話して解消した方がいい。したがって、日本語を習っている学生が日本語教師に対して日本について不満をぶつけたり、ストレスを発散するほうが、不満の解消法としてより効果的。前向きな不満の解消といえるそうです。

 「お母さんの仕事(外国から来た人にこの国の言葉、日本語を教えるという仕事)はとても素晴らしい仕事だと思う。日本語を習っている学生の不満を受け止めてあげることは非常に意味のある仕事だから、外国から来た人にいっぱい親切にしてあげて。」といわれました。

 私達日本語教師は教えたいことがたくさんあります。授業のときに学生の不満を快く受け止められない悩みもあります。でも、娘の話をきいて、「ああ、そうか。そうなんだ。」と心が動かされました。

 日々の些細な出来事に感じる想いをシェアすることによって、「外国人」と「内国人(?)」が新しく出合いが始まるのではないかと考えて、「外国で(に)外国人として暮らすということ」を展開しています。ぜんぜんアカデミックじゃないんですが、日本に来た人々が「外国人と意識しないで暮らせる国」づくりに一役買いたいと思います。

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−親称が使いこなせない外国人−
    外国人にとって外国語で親しさのレベルをどのように表現したら良いかを学ぶのは難しい部分だと思う。日本語でも敬語、丁寧体、普通体とあって、相手やその場の状況でどのレベルを使うか選ばなければならない。おなじ相手と話していても最初は「いらっしゃいます?」などとよそいきの言葉を使い、少し慣れてくると「いきます?」となって、話弾んですっかり意気投合すると「いく?」になっていたり。日本人同士の場合このレベル変化がごく自然に暗黙の了解のうちにおきることが多い。

 ドイツ語の親しさのレベルは二人称の親称と敬称に代表される。日本語で知り合いに「山田さん」などと呼び掛ける場合は『Sie(ズィー)』という敬称を、親しい友達に「まりこ」などと呼び掛けるのは『du(ドゥー)』という親称を使う。そして敬称から親称への移行は「これから、duを使いましょう」とどちらか主導権を握っているほうからはっきり切り出すことが多い。

 5年ちょっとのドイツ滞在中いろいろな年齢、職業の人と話す機会に恵まれ、どんなときに敬称で、どんなときに親称で行くかそれなりに場数も踏んだ。その中でいちばん難しかったのは「育児サークル」の付き合いだった。私は近所の幼稚園で育児サークルの活動があるのを知り、2歳の双子を連れて見に行った。もちろん日本人は私だけ。そして初めての外国人。初めて行った日は誰からも声を掛けられなかった。それでもめげずに何回か顔を出すうちに、少しづつほかのメンバーと話をするようになった。ドイツ人同士は皆親称を使っていたが、私だけは皆から『Sie』と呼ばれ、『Sie』で答えていた。ある日ドイツ人の新参者がやって来た。よく観察していると、最初の数回はやはり皆無視をする。そしてもちろん敬称を使っている。しかし、2,3週間すると親称で打ち解けた雰囲気になっているのである。私はこのとき『言葉の壁』を感じ、自分が『外国人』であることを認識した。で、それからどうしたかというと・・・。ここで逃げては負け犬!「ねえ、私も『du』で呼んでよ。」とみんなにお願いした。「もちろんよ!」というわけで『du』のお仲間入りを果たしたのである。何だ、意外と簡単だった。主導権を握って自分ではっきりアピールすることがこちらでは大切であることを学んだ。

 PS.日本で外国人に「これから『行きます』使いません。『行く』にしましょう。」なんて宣言されたら、ちょっと面食らいますね。

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−親称が使いこなせない外国人−を読んで
 上の方が親称を使ってドイツ人と話していらっしゃったと知り、感心しました。

 私はウィーンでオーストリア人との付き合いがあまり多くなく、親称を使う相手はいません。
 プライベートでドイツ語を習っている先生も、日本語を教えている生徒も、かなり年上で、Sieを使って話しています。
 学生にも日本語を教えていますが、彼とはほとんど日本語でコミュニケーションができます。

 そういうわけでduを使った経験はあまりないのですが、ダイビングショップなどに行くと初対面でもduで話し掛けられることがあり、ちょっと面食らうことがあります。

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 英語の母語話者だけで話しているところへ、非母語話者が参加するのは勇気がいるし、緊張もするもの。ただ聞くだけなら数人のグループで、自分も話したい時は1対1で話すのが楽だと思います。グループの中にいれば話さなくても目立たないし、わからなくてもごまかせる。でも、話に割り込んでいくのはかなり大変です。1対1なら相手が自分のレベルに合わせてくれたり、わからないことを聞き返したりすることもできるので、コミュニケーションのいい機会になります。

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海外で暮らすということ

 はじめまして。大変面白くて参考になるサイトです。

「外国で外国人として暮らした」経験は2回あります。一度目はアフリカの田舎で。2度目は南アジアの国の首都で。

 最初の時は「日本人は珍しく」、近所の子供たちに囃されました。その時、嫌だったり、自分が嫌になったりしたのは、「チャイニーズ!」と言われることでした。

 見分けがつかないから、そう言われているのですが、「違う、日本人だ」と説明しても、中国の一部だと思われていたりして。よくあることだったもしれませんね。もう20年近く前のことだから、今は違うでしょうね。

で、その時、自分が嫌だったのは、中国人といわれて嫌がる心の中に、自分自身が中国や中国人を差別する気持ちが、絶対ないだろうか?と疑問になることもあったからです。

 2度目の「在外」は比較的最近で、首都だった子どももいたし、楽〜な生活というか、ぜいたくな生活でした。その分、回りの日本人の中に、その国を嫌ったり見下したりする人がいるのが嫌でしたが。

 でも、そんな人ばかりではなく、一緒に村(田舎)に行ったり、NGOの活動現場を見学したり、ちょっとボランティアをしたり、という仲間も多く、楽しい生活でした。

 今後もまた、1度や2度は、外国に住むことがあるかもしれません。その時は、まずは好奇心と受容の気持ちを忘れずに暮らしたいと思います。

 2002年11月14日(木)
   うれしい!

『外国で外国人として暮らすということ』(左のオレンジの目次のずっと下にある緑の目次の中にあります)を読んでくださったんですね。ありがとうございます。

 とても重視しているページなので大変うれしく思います。

 海外で暮らすとき、日本に来た人と出会うとき、このページを読んでいてよかったと思えるようなページに育てていきたいと思います。書いてあるようにこのページだけお名前は原則おのせしません。心のうちを気兼ねなく自由に書いていただきたいと思うからです。(サイト管理者がおっちょこちょいで、うっかり者なので、うっかり名前を載せてしまっていたらご指摘ください。)

 たいへんうれしく思っています。今後ともなにとぞよろしくお願いします。

  

 「外国で外国人として暮らすということ」というテーマはこれからの時代にとても大切になってくるものだと思っています。ちょっとした一言を世界中の方々からいただき紹介させていただきたいと思っています。(このトピックでは他のトピックと違ってお名前は原則お出ししません。ひろばに寄せていただければありがたく存じます。


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