ササさん、Multiculturalpediaの制作に加わってくださってありがとうございます。
「鼻」についての話題、楽しく読ませていただきました。
「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら 美人は得か損か」と題して、新しいページを作らせていただきます。
この「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら」では、人々を悩ませてきた「美人は得か損か」ということもさまざまな角度から考えたいと思います。
日本人が自分のことを言うとき、例えば「(私は)浦島太郎と申します」と言うとき、無意識に鼻を指さして言いますね。これは日本語に馴染んでいない人たちから見ると、「鼻」=「浦島太郎」と誤解されることがあります。
日本語話者が自分を指すとき鼻を指すのは理由がないことではなく、江戸時代などの近世の時代には「(この)鼻」というのは男の人が「自分」のことを指す言葉だったそうです。いまは「この鼻は浦島太郎と申します」などとは言わなくなっただけということです。普通の古語辞典に出ていることなのでぜひみなさんも読んでみてください。
「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は大きく変わっていただろう」という有名な言葉を思い出しました。あれ、日本でなくとも「鼻が高い」「低い」と言っていたのかなという疑問を持ちました。
芥川龍之介の『侏儒の言葉』では「クレオパトラの鼻が曲っていたとすれば、世界の歴史はその為に一変していたかも知れないとは名高いパスカルの警句である」と紹介されています。
クレオパトラ七世はカエサルとアントニウスをとりこにしました。クレオパトラの美貌に夢中になった、この二人の王が書き換えた国境線も変わってくるという意味でしょうか。
Blaise Pascalの『PENSEES』では本当はどう言っているのでしょうか。それは原文を見てみるのが一番いいのですが、見つけることはできませんでした。かわりにその英文訳(translated by W. F. Trotter)を見てみましょう。
Cleopatra's nose: had it been shorter, the whole aspect of the world would have been altered.
クレオパトラの鼻: もしそれが現実の彼女の鼻より短(低)かったら、世界地図(この世界の地表の全て)が塗り変わっていただろう。
原文のフランス語でも「低い」を使っていたかどうかはわかりませんが、低かったら美貌が損なわれていたと言いたかったようです(『PENSEES』が言いたかったことは他にあるのですが[このことは後に書きます])。とすると、西洋でも昔は「鼻が高い」ことは美人を指していたのでしょうか。
和英辞典をあたってみると、「鼻が高い・低い」には high, lowを用いず、long(big),short(small)を使うとあり、高いことがことさらよいとはされていない、問題にされていないといったことがいくつかの辞書に書かれていました。
動物によって違う言い方をするという点もおもしろく感じました。a muzzle(犬・馬など); a snout(豚などの); a trunk(象の)[the New Anchor Japanese-English dictionary Gakken]
日本語教育で名高い「ぞうは鼻が長い」(三上章)はこれからすると、As for the elephant, it has a long trunk.となりそうですが、象の鼻は長いのが当たり前だから、The elephant has a trunk.となるのでしょうか。
日本ではどうして「鼻が高い」ことが誇らしさや自慢を象徴するようになったのでしょう。中国やKoreaの影響でしょうか。鼻が低い人が多いといったことも関係してくるのかもしれません。また、昔の偉い人で鼻が高い人がいたのかもしれません。
天狗は高慢な者がなるとか、天狗は高慢な存在だと言われてきたことから生まれたのかもしれません。いずれにしろ、「鼻が高い」「鼻高々」「鼻をへし折る」という言葉が当たり前のように使われるようになる前に「鼻が高い」=「誇らしいこと」「誇っていること」という共通理解になるような人物、説話があったように思われます。
『パンセ』でパスカルが言いたかったことに戻りましょう。 世界ではあのフレーズだけが有名になっていますがその前後があるのです。
『パンセ』でパスカルはこう語ります。
162. 人が生きていく空しさ、馬鹿馬鹿しさをよく知るには、恋愛がどうして起こり、どうゆう結末を招くかという「恋愛の原因と結果」に目を向けることだ。人は気がついたら恋に落ちている、その原因は「何がなんだかわからず(当時流行った劇のセリフ)」、その結果は恐ろしいものだ。この恋の原因、きっかけとなる「何がなんだかわからず」は、気がつかないほどささいで取るに足らない、小さなことなのだけど、その恋の結果は、けっして小さなモノとは言えず、国家の全土をも、王達をも、軍隊をも、そして全世界をも動かしてしまうほど大きなものとなってしまう。
162. He who will know fully the vanity of man has only to consider the causes and effects of love. The cause is a je ne sais quoi (Corneille), and the effects are dreadful. This je ne sais quoi, so small an object that we cannot recognise it, agitates a whole country, princes, armies, the entire world.
クレオパトラの鼻:
それがもう少しでも低かっただけで、全世界の領土が今とは様替わりし、歴史は変わっていたことだろう。
Cleopatra's nose: had it been shorter, the whole aspect of the world would have been altered.
163.馬鹿馬鹿しく、空虚でむなしいこと--恋愛の原因と結果:クレオパトラ
163. Vanity.--The cause and the effects of love: Cleopatra.
では、そのクレオパトラ七世自身は幸せな生涯を送れたのでしょうか。
世界史上で美女とされてきた、クレオパトラ(Cleopatra VII)、楊貴妃(Yang Guifei)の生涯をカンタンに振り返って見ましょう。
その時その時の将来性ナンバー1の、カエサルとアントニウスらをクレオパトラ七世はとりこにしました。彼女の最期は自害でした。39歳でした。彼女の子どもたちはすべて殺されました。
楊貴妃も時の権力者、玄宗皇帝に愛されました。彼女は38歳で殺されました。
翻訳版を充実させて、世界中の人たちとああでもない、こうでもないと語り合っていきたいと思います。
ササさん、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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