Multiculturalpedia
異なる文化を楽しみながら学ぶ事典

「多文化理解事典の基本制作方針」

★私たちがいつも気をつけていること(Multiculturalpediaの基本姿勢とも言えるもの)ですが、けっして調査のための調査をしないということ。相手を調査対象や研究対象として見ないということ。人と人とのあたたかい交流のうえに小さな情報が一つひとつ少しずつ集まり、その積み重ねによって膨大な多文化理解情報が詰まった事典をつくっていきたいと心から願っています。それは私たちにとって、相手の心ではなく効率を重視してスピーディーに情報を一杯集めた事典をつくるよりも、何よりも大切なことです。どんなに能率が悪く、時間がかかっても意義のあることだと思っています。 

★多文化理解事典をつくることによってその世界の人々との共同作業自体が国境を越えた相互理解につながるようにしたいと考えています。

★身近にある、何でもないことを題材に。

★ちょっと遠いところに目標を置く

 この多文化理解事典は30年や100年といった短い視野でなく、500年、1000年、2000年といったまなざしを持って創っていきたいと思っています。ちょうど今の私たちが1000年昔の作品:「源氏物語」を読むように、今から1000年たった将来に世界の人々がこの事典を手にとって読む姿を想像しながら創っていきたいと思っています。その未来の人々に、現代の世界の人々がいかにいきいきときらきらと生きていたかを伝えたいと思います。


 若い頃には人はバラの香りや美しさに、カワセミの鮮やかな色に目を奪われます。巷でちやほやされる、こういったものはこの事典には登場しません。これらが紹介される場はいくらでもあるからです。この事典では、「雑草」という名のために見過ごされがちな、名もない花の美しさや、地味で毎日の生活の中に溶け込んでいて存在していることすら意識にのぼりにくい雀の愛くるしさを、ひだまりの中で目を細める老人のように、ありのままに心に抱き、味わい、世界中の人々と共有していきたいと思っています。

 世に起こった事件や出来事だけを記す歴史書は21世紀を民族の衝突の時代のように書いてしまうかも知れませんが、それだけではなかったことを世界中の人々に協力していただいて、1000年後、2000年後の世界の人々に伝えたいと思います。そして、「このページに書いてある情報はボクのひいひいひいおばあちゃんが提供したんだよ」と未来の子供が自慢するような事典にしたいと思います。その事典を読んだら、異なる文化圏の人々を邪険にけっして扱えなくなるような、自分と同様に扱わざるを得なくなる気持ちにさせるような、そんな魅力たっぷりな多文化紹介事典にぜひとも育てていきたいと思います。

★発信

 これからますます異なる文化圏の人と人との出会いは増えていき、大切になっていくと思います。そんなとき「異なっていることをマイナスととらずに互いに認め合い、
そこから何かを産み出す力」(キムキムさん)、そういった視点がとても大切になってくるのではないかと思います。

 私たちは生まれた環境、育った境遇によってどんな人も気がついたときにはその生活圏の文化に染まっています。虹の色の見え方や太陽、月の色の見え方が違うのも言語を含めたその文化に鍵があると思います。違いは単純なものにも複雑なものにも現れます。ある思想や人物が、ある時代や文化圏にとっては理想や英雄であり、他の時代、文化圏にとっては堕落や危険視されたりするのも、複雑ですが、太陽の色、月の色のイメージが違っていることにつながっていることがあるのではないかと思います。

 自分が育った時代、文化圏の制約を受けてしか自分と異なる相手を見られないとしたら、人類の歴史からいつまでも自分と異なる「敵」は消えることはないのではないかと思います。
 自分がいる時代、文化圏の制約から自由になれる方法があるのでしょうか。自分だと思っている存在自体が今までの文化の集積といえるかもしれないからそれは極めて難しいことでしょう。このことについてはMulticulturalpediaがどうしようとしているかはタペストリー(決意表明)でとことん書かせていただきました。

 Multiculturalpedia(異なる文化を楽しみながら学ぶ事典)では異なる文化圏で暮らす人々の考え方、思い方の「違い」を次々に紹介していきます。人々を分かつためにではなく、表面的には大きく異なると見える人々の思いや考えが実は井戸の深い、深い奥底でしっかりと繋がっているということを証明するために「違い」を世界中の人々の協力をもとに紹介しています。こんなカタイことを書かなくてもMulticulturalpedia(異なる文化を楽しみながら学ぶ事典)をひもといた方にこの私たちのたぎるような思いが伝わるように願いながらつくっています。


 名もない、資金もない、こんな事典の作成に世界中の方々が時間と労力をさいて協力して下さること自体が、人々が繋がっているということの証左だと感じています。

 


 「多文化理解事典」についてのご感想(一言でも)、情報など何でも、ひろばに寄せていただければありがたく存じます。

Home