Multiculturalpedia
異なる文化を楽しみながら学ぶ事典

世界の数え方 数える 数字に関すること
世界のラッキーナンバー
数え方

 日本では手を使ってどう数えるだろうか。
広げた手の親指から「ひとつ、ふたつ」と順に小指まで閉じていき、それから小指から親指へ広げていくのが一般的だろう。
また、閉じた拳から人差し指を伸ばし順に中指、薬指、小指と開いていき、親指を開く数え方もよく行われる。

 

アメリカ1

 アメリカ人の彼は「アメリカには数え方はいっぱいある。人によって違う。」と何度も念を押してから数え方を見せてくれた。
閉じた拳から親指から、順に人差し指、・・・小指と広げて数えて言った。
そして、人に数を示すときには相手に手のひらを見せて指を立てるそうだ。
例えば、レストランなどで「何名様ですか」と聞かれた場合、
手のひらの側を相手に見せ、一人なら拳から人差し指を立てる。三人なら三本指を立てる。これは意識していなかったがそう言われてみれば日本でもそうかもしれない。言われてみなければ気がつかない使い分けを私たちは無意識にしている。

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フランス1

 フランスの人もそうだと言った。
握った指を親指から順に人差し指、中指と開いていく。6以降はもう一方の手を使い、また親指から。

ベトナム1

ベトナムの人も同じだった。

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フランス2、アメリカ2、フィリピン1

 

それからフィリピンの人も交えて、「日本のレストランのサービスはいいか、悪いか」の大激論になった。そこでアメリカ人の彼は「まず第一に、」「二番目に」「三番目に」と次々に日本のレストランの特徴を挙げていった。

そのとき、拳から出した右手の小指を左手の拳から出した小指に当て、「まず第一に、」、それからその右手の小指を開いた左手の薬指に当て、「二番目に」、と数えだした。「さっき言ったことと違うじゃないか」黙っていようと思っていた激論の中に身を投じそうになった。

論理的に列挙するときその数え方をするんだろうか。

 およそ「あなたは暇なとき何をしますか」「一日に何時間テレビを見ますか」「まっすぐ行くと駅に出ます、まっすぐ行けば駅に出ます、道を聞かれたらどちらを答える」、こんなアンケートの答えはあてにならないのではないか。その人がどのくらい自分のことがわかっているか、日頃の無意識な行動を意識化する力を持っているか、をチェックすることがアンケートをする前に必要かもしれない。

「むずかしい」と彼が言ったが、文化とか習慣とかといったものはそういうものだろう。その人にとって空気みたいな存在、あっても気がつかない、無色透明のように見えないもの、無自覚なもの、当たり前で疑うことを知らないもの、それが自国の文化なのだろう。

『全国アホバカ分布考:はるかなる言葉の旅路』(松本修)という本があります。この本の調査方法をMulticulturalpediaではお手本にしています。
日本のどの地域で「あほ」と言い、「馬鹿」と言い、あるいは他の言葉を使うのか調査したことがこの本では書かれているのですが、「アホやなとか馬鹿だなと思ったとき、何と言いますか」式の質問だとその人が実生活で本当に使っている言葉が出てこないかもしれないと考え、こんな突飛なことをします。

おばさんの後ろに回り、手で目隠しをして「だ〜れだ?」と言うと、おばさんは「たわけたこと、しんといて」(原文は昔に読んだのでぜんぜん覚えていません)と生の言葉が返ってくると言うのです。おもしろい本なのでこれを読んでくださっているみなさんもぜひ書店で手にとってみてください。


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数える2

 

これはJapan Times のNews Letterと言うのだろうか、わからない。その小冊子に山口百々男がこんなおもしろいことを書いている。彼も日本人と欧米人が「ものを数える」とき、指をどのようにするか観察する。

欧米人の指は「内から外へ」と開いている。日本人の場合、開いた指を「外から内へ」と閉じている。

彼は、日本人と欧米人のこの違いは、精神的にも同じように表れていると見る。
褒められたとき、日本人は「いや、いや」と引っ込み、欧米人は「ありがとう」とすぐに返ってくる、と。

さらに彼は、次のような英文を挙げ、英語と日本語の違いに触れる。

There is a book on the desk in the room.

英語の場合は、最初にBookがあることを言い、そこを円の中心とすると、外に向かって on the desk があり、さらにその外に向かって in the room と言うように、外に外に広がっていく。

日本語の場合は、円の外にある「部屋の中の」を最初に言い、その中の「机の上に」に向かい、最後に円の中心の「本」を言うように、中に中に入っていく。

これはよく言われることだが、住所の書き方にも彼は言及する。住所の書き方も逆で、「日本人は大きなところから内へ内へと書いてい」き、「欧米人は」小さなところから最後の外側に向けて大きく大きく書いていく、と彼は指摘する。

例を挙げると、
Multi-Cultural-Pedia, 1-2-3 Jinnan , Shibuya-ku, Tokyo, 100

100 東京都渋谷区神南 1-2-3 Multi-Cultural-Pedia

となる。

他の文化ではどう指を使って数えているのだろうか。

一つの文化ともう一つの文化が交差する国際交流。「直訳」で通用するときもあるだろうが、「直訳」では誤解や摩擦を呼ぶところもある。

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ベラルーシ1

  自分のために数える時は、左手の小指を1として数え始め、左手の親指が5、そして、右手の小指が6になり、右手の親指が10になります。

どうして左手から、始めるかと言うと、利き手の右手の人差し指で左手の曲げた指を押さえながら数えるからです。ですから、左利きの人は、右手の小指を1として、数え始めます。(わざわざ押さえない人もいます。)

数える数字を人に見せる時は、利き手の指を立てます。1は人差し指を立て、2は人差し指と中指を立てます。3の場合、人差し指、中指、薬指を立てる人と親指、人差し指、中指を立てる人とに分かれます。

後は日本と同じですが、例えば、6の場合、広げた手のひらに片方の人差し指1本をくっつけて示す場合が多いと思うのですが、ベラルーシでは、そういうことはせず、両手は離した状態で、相手に見せるそうです。

 2000年7月5日(水) 「ベラルーシの部屋」のTさん
   わかりやすく教えてくださってありがとうございます。これでベラルーシに行っても数え方はOKです。

 多数決などで数えるとき、日本では「正」という字を書く。1は「一」、2は「T」、5は「正」で、10は「正正」。
 中国の人も韓国の人も「正」を使うと言った。
 ミャンマーの人たちは4本縦の棒を引いてから(「 l l l l 」)、その4本に斜めの線を引き5と数えると言った。フィリピン、フランス、アメリカ、ベトナムの人たちもそっちを使うと言った。

 どちらも5を単位にしているのはおもしろいね。
「漢字圏はみんな「正」を使っているんじゃないんですか」と中国の人。
「「正」よりも「 l l l l 」プラス斜めの線のほうが数えるとき速いね」とアメリカの人。
 エジプトなどではどう数えているのだろう。


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古代日本のロマン ひとつふたつみっつの謎を考える

ずっとずっと昔の話。

ひとつ ふたつ みっつ よっつ いつつ むっつ ななつ やっつと私たちは数えます。

よく見てみると、

とつを2倍するとたつ(同じ行)
っつを2倍するとっつ(同じ行)
っつを2倍するとっつ(同じ行)

「古代の日本人は、二倍の関係になる数字どうしをペアにした数え方を
していたのだと考える人もいる」(JA国語辞典/学研)そうです。

「ひふみよいつむななや」だけでなく、昔は魚や木の実を前にしてみんなで座り、
独身者や一人の老人などには「ひふ」、3人家族には「みむ」、4人家族には「よや
と語呂をあわせて言いやすく、しかも数えやすく、みんなにもわかりやすくして、
同じだけ魚や木の実を配っていたのかも知れませんね。これだと理解しやすく、誰から見ても公平で、取り分の分配で起こりがちな争いも生まれる余地はなかったでしょう。

このMulti-Cultural-Pediaの仮説が正しければ古代日本はずいぶんと平等な社会だったことになり、
平等な社会がこわれていくときにこの数え方も消えていったことになりますが、
さて、あなただったらこの数え方の謎をどう解きますか。


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古代日本のロマン やっつ ここのつ とおの謎を考える

ひと
ふた
みっ
よっ
いつ
むっ
なな
やっ
ここの
とお

「ひとつ」から「ここのつ」まで全部「〜つ」となっているのに10だけ「〜つ」がない。

なぜだろう。
あなたはどうしてだと思いますか。

日にちで考えてみると、

いつ
むい
なの
やう(よう)
ここの
とお

日にちには10にも「〜か」がつけられている。
では、なぜ。

古代の人たちはなぜ10を「とお」としたのか、と考えた人は私たちの前にもいた。
一休和尚がその難問を聞かれ、こう答えたという(本当かどうかは知りません)。

「5をよく見てみい。5で2度使ってしまったからじゃ。」


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古代日本のロマン 「ひとり、ふたり、さんにん」の謎を考える

 日本語で人を数えるとき、
ひとり、ふたり、と和語が続き、
3人から、サンニン、ヨニンと和語が消えてしまう。
「ひとつ、ふたつ」も、「とお」以降はジュウイチ、ジュウニと和語が消えてしまう。どうしてだろう。

昔はあったのだろうか。あったとしたら、3人は何と呼ばれていたのだろう。
「みたり」「みつたり」あたりだろうか。

 縄文時代や平安時代の知人はいないので、古語林(大修館書店)を開いてみる。

「みたり」も「みつたり」も載っていない。うーん、でも、サンニンと呼んでいたはずはない、と思って「よたり」も調べるが載っていない。「ひとり」は載っていた。でも「ふたり」は載っていなかった。だから、間違いとは言えない。「ふたり」が載っていないのと同じ理由で載っていないのかもしれないから、・・・・・・、ということは、ひょっとして、・・・・・・、急いでページをめくる。

 ありました。

 「たり」接尾辞、人数を数える語。例 「中納言三(み)たり、宰相五(いつ)たり」源氏物語 若菜上

 やはり、昔は「ひとり、ふたり、みたり、よたり、いつたり・・・」と数えていたんだ。(4のシは漢数詞、「よ」が和語)
 しかし、現代では「たり」という接尾辞は「ふたり」にしか残っていない。

 大昔にも国語審議会のようなものがあったのだろうか、そしてその答申をもとに日本語の規範が決められたのだろうか。当時も「サンニン、ヨニン」などという日本語の乱れを憂えた識者がいた気がする。

 さて、「みたり、よたり、いつたり、・・・」はどうして消えたのだろう。それから、どうして「ひたり」でなく、1人だけ「ひとり」ぼっちなのだろう。あなたはどう考えますか。


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世界の数字1 「数字の誕生」を考える

 昔、ずっと昔、世の中にまだ「数字」というものがなかったころがあっただろう。そして、やがて人々は生活の必要から「数字」を各地でそれぞれに創り出すことになる。

 古代ローマの地方と古代中国の地方と古代インド地方にいた人間が現在日本で多用されている数字を創り出した。
それはそれぞれローマ数字、漢数字、アラビア数字と呼ばれている。

 「数字」というものがなかった時代に、もし、あなたが今いるとしたら、あなたはどんな「数字」を創るだろう。

 みんなが使うものだから、わかりやすくて覚えやすくて、使いやすいものでなければならない。

そこから、次のルールが導き出されると思う。

それをこれからアラビア数字、ローマ数字、漢数字で検証してみよう。


世界の数字2 「いち,に、さん」の成立を考える

 数字を創るとき、「ひとつ」を表したいときはやはり「・」「−」か「 I 」だろう。「・」でもいいが、見にくかったり、見落としたりするかもしれないから線の方が望ましいだろう。
(ローマ数字=I アラビア数字=1 漢数字=一 )
「ふたつ」はやはり「II」か「=」だろう。
(漢数字=二 ローマ数字=II アラビア数字=2漢数字を一筆書きするとこうなるのでは?)
「みっつ」はやはり「III」かその変形だろう。
(ローマ数字=III 漢数字=三 アラビア数字=3横棒三本から生まれたように見えるが?)
「よっつ」はどうだろう。「IIII」でもいいが、一見しただけでは何本かわかりにくい。だからこの三つの文化はここで新たな数字を創ったのではないだろうか。
(ローマ数字=IV 漢数字=四 アラビア数字=4)

 他の文化の数字も調べてみたい。

 6つの点の位置の組み合わせですべての「ひらがな」、「カタカナ」、「数字」、「記号」を表す点字にはかなわないがすごいと思う。

 数字は古代の人々の知恵の結晶と言えるかもしれない。

 あなたならどんな数字を創るだろう。


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世界の数字3 「ローマ数字の誕生」を考える

 昔、ずっと昔、世の中にまだ「数字」というものがなかったころがあっただろう。そして、やがて人々は生活の必要から「数字」を各地でそれぞれに創り出すことになる。

 古代ローマの地方と古代中国の地方と古代インド地方にいた人間が現在日本で多用されている数字を創り出した。
それはそれぞれローマ数字、漢数字、アラビア数字と呼ばれている。

考えたルール(数字の誕生1)に当てはまっているか見てみよう。
「覚えやすいようにできるだけ少ない数の数字で表せるようにする」

ローマ数字ではローマ字のI (1), V(5), X(10), L(50), C(100), D(500), M(1000)などが用いられる。
I II III IV V VI VII VIII IX X が 12345678910 を表す。
同じ数字を4つ以上続けると見にくいと思ったのだろう、古代ローマの人は同じ数字を4つ以上続けて使ってはいけないというルールを作ったようだ。

I II III まではいいが、IIII (4) IIIII (5) IIIIII(6)はわかりにくい。
IIIII (5)は「 V」 と1文字で表したほうがいいと思ったのだろう。
IIIIII(6) IIIIII(7) IIIIII(8)を
それぞれ VI VII VIIIと表そうと考えたのだろう。

IIIIIIIIII(10)は VV と表してもよかったが、
20や30は Vが VVVV VVVVVVと4つ以上現れて見にくいので、
もっとわかりやすい X (10)を新設し、XX(20)  XXX(30) としたのだろう。
同様の理由で L(50), C(100), D(500), M(1000)を創ったのだと思う。
60はLX 70はLXX  600はDC 700はDCC

IIII (4)は IVというように左側に足りない数字 I を置き、5-1=4としようと考えた。
9はVIIIIではなく IX (10-1=9)
40は XL (50-10)
90は XC (100-90)
400は CD (500-100)
900はCM (1000-100)

小学生や中学生の子どもと接する機会がある人は
「MCDXCII」は何だ?とか
1992はどう表す?とかクイズを創ってみるのもおもしろいし、
君が中学生だったら、大政奉還は「MDCCCLXVII」年だ、とかやってみるとおもしろい(成績が落ちても知らないよ)。


百までに使う字数は8つ。
長野オリンピックの年は「MCMXCVIII」(4文字、数え方によっては9文字)
5と10を意識したこの数字システムの方がそろばん(算盤)を思いつきやすい気がする。
そういえば算盤は英語ではabacusという。おもしろくなってきた。


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世界の数字4 「漢数字の誕生」を考える

漢数字。
一、十、百、千などが用いられる。
一二三四五六七八九十 が 12345678910 を表す。
一がふたつ描かれたものを「二」、みっつ描かれたものを「三」とすると、
百までに使う数字は9.
長野オリンピックの年を表すと「千九百九十八、一九九八」(6または4文字)
漢数字では領収書などが偽造(一に横棒を加えて、二や三に)されたり、読み間違えたりしないように
一には「壱」、二には「弐」、三には「参」などが用意されている。
算盤(そろばん)はどうやって誰が産み出したのだろう。それはまた今度。

漢数字にはまだまだおもしろいことがいっぱいある。楽しみたいと思う。


世界の数字5 「アラビア数字の誕生」を考える

アラビア数字。
12345678910。
百までに使う字数はアラビア数字は9つ。
長野オリンピックの年は「1998」(4文字)

アラビア数字にも不思議がいっぱいある気がする。
いろいろな文化でこの数字は用いられているが日本の書き方と違うようなものもよく目にする。

たとえば、4、たとえば7。7に横棒を引くのは1との見間違えを避けるためだろうか。

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数え方について 日本の手話1

   こんにちわ。先日ひろばに書き込みさせていただいた ふっこ です。
今日は後半を読み切りました。友達にもぜひ教えてあげたいサイトです。

*数え方について

中学2年の頃、手話教室に一時期通っていました。
そこで、親指をそろばんの5の玉に、人差し指〜小指を1〜4の玉に見立てて片手で0〜9をあらわす、という手話の数え方を教えてもらった時、なんだか大発見したようなワクワクした気持ちになって(別に私が発見したわけでもないのに変ですが)とにかくひどく感心したのを覚えています。5本の指で5以上をうまくあらわせてしまうことがショッキングだったんです。 今考えると、そんなに驚かなくても・・という気もしますが、子供心に新鮮だったんですね。

手話も世界各国、共通のものも異なるものもあると思いますが、そろばん式数え方って、 やっぱりそろばんを使う国独特のものなんでしょうか。片手で9まであらわせるのってすごく便利だと思うんですけど・・・。

なんか話題がそれてますね、すみません。

 それではまた来ます。更新も楽しみにしています。がんばってください。

 1998年8月23日(日) ふっこさん
   ふっこさん、ありがとうございました。「今考えると、そんなに驚かなくても・・という気もしますが、子供心に新鮮だったんですね。」こんなみずみずしい心を持ちたいと思います。手話を習ったスタッフに聞くと「何も感じなかった。たいていの人はそうだったと思う」。ふっこさんのように感じることが出来た人はスゴイ!と言っていました。

 「手話も世界各国、共通のものも異なるものもあると思いますが、そろばん式数え方って、 やっぱりそろばんを使う国独特のものなんでしょうか。片手で9まであらわせるのってすごく便利だと思うんですけど・・・」
日本の手話は次に指を曲げて、10、20、30、・・・を表し、横に伸ばした指を掬い上げるようにして、100、200、300、・・・を示し、一から九までの数字を表す指で漢字の「千」をなぞって、1000、2000、・・・を表し、万は筒を持つように指を丸めて(グーで中を空洞に)、0を4つ作り、1から9の指文字に加えて使います。このように9999万9999までそのスタッフは数えてくれました。そのスタッフは「私が知らないだけできっと億や兆も片手で数えられるはずです。」と言っていました。世界の手話をご存知の方、そろばんとの関連を調べるためにぜひ教えてください。
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中国東北部(旧満州)1

  私の父も、数を数えるときは「閉じた拳から親指から、順に人差し指、・・・小指と広げて数える」やりかたです。
昔、なんで?と聞いたら、ものごごろがつき始める幼年時代を過ごした満州で、仲間達と遊ぶうちに自然に覚えたらしいです。

子供心に、なんとなくかっこいいと感じて真似したことを思い出しました。
(でも私はなぜか中指を広げると一緒に小指もあがっちゃうんですけど・笑)

>心の奥底の深い、ふかいところで、きっとつながっている

つながって、いますよね。絶対に。

ここのところ更新でお忙しいご様子、風邪もはやっていますので皆様お体大切に。
(でも楽しみにしています・・・!!)

 2001年10月5日(金) kimkimさん
    kimkimさん、Multiculturalpediaの制作に加わっていただきありがとうございました。
 
 中国東北部でそのような数え方がされていたんですね。

 中国では他にも日本と違ったおもしろい数え方があります。それをまた紹介したいと思いました。kimkimさん、どうもありがとうございました。今後ともずっとよろしくお願いします。


 ここ数日、メールをくださった方々、どうもありがとうございました。みなさんのメールを読みながら、この事典の原点となるようなことに思いをずっとめぐらしていました。今まで以上に世界に発信し続けていきたいと思います。

 国境なき医師団(MSF:Medecins Sans Frontieres)がそのニューズレターでこんなことを訴えています。

 「世界200ヵ所以上で援助活動を行なっている国境なき医師団のボランティアは今日も、そして明日も各自の任務を果たし続けます。最も貧しい人々、苦しむ人々、そして紛争、飢餓、病に打ちのめされている人々の傍らに寄り添い続けます。」

 「国境なき医師団の理念と活動の独立性は、個人の皆さまのご支援に支えられています。その暖かいお気持ちは、犠牲となった人々に分け隔てなく向けられるのです。どのような犠牲者であっても犠牲者であることに変わりはなく、そこに善悪の区別はありません。」

 「数え切れないほど多くの地域で罪のない人々に対する抑圧と暴力が、ほとんど報道されることのないまま続いています。」

 「今日、私どもは皆さまのご支援を、そして私どもがどこで活動しようとも皆さまがともにいてくださるという実感を、何よりも必要としています。困難な状況のもとで懸命に活動を続けるボランティアに代わり、皆さまのご支援を心よりお願い申し上げます。」

 シエラレオネが緊急特集されていました。「国境なき医師団日本」から現地ボランティアとして派遣されたお二人からの緊急報告でした。

 シエラレオネはMulticulturalpediaのオープニングページの文章で、平均寿命が40歳に満たない国(1997年)として登場している国です。

 "We are they, they are us."という心が必要とされていると思うのですがそれはそんなに簡単に身に付けられるものではありません。抑圧と暴力は人々の心に他民族を自民族と同様に扱う心、互いに、他人を自分と同様に見ることができるような信頼関係や絆が生まれなければ無くすことはできないと思います。

 昔同様、今の日本社会も他の民族に対する偏見や蔑視、優越感を克服し切れているとは言えません。戦争や紛争や侵略や虐殺はそのような感情がただ表面化しただけのものなのかもしれません。戦争や紛争は昔も今も必ずWeとTheyの間で起こるものですから。そういう思いがあるのに戦争や紛争や摩擦が起こらないのはただ、まだ表面化していないということに過ぎないと思います。

  "We are they, they are us."という心が必要とされていますがそれはそんなに簡単に身に付けられるものではありません。それは世界を見るまでもなく、学校、会社、地域社会など身近なところを見ればわかることですが、身に付けなければ私たち人類はこの地球上でそんなに長く暮らすことは出来なくなってしまうのではないでしょうか。それは地球の裏側のことや昔のことではなく、私たちの今の社会に求められていることだと思うのです。どうすれば身に付けられるか、この事典から世界に発信、受信、そしてまた発信して皆さんと考えていきたいと思います。

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「よん」と「し」、「なな」と「しち」は、なぜ使い分けるのでしょうか?

 数にまつわるいろいろな話を楽しく読ませて頂きました。
ふと、疑問に思ったのですが、
1、2、3、4、...と数える時は、”さん”、”し”または”よん”と発音しますが、
5、4、3、2、...の時は、必ず”よん”になりますよね?
”しち”と”なな”の関係も同じだと思いますが、これって何か理由があるのでしょうか?
どなたか、理由をご存知の方がいらっしゃったら、是非教えて下さい。

 2002年9月27日(金) ゆうさん
   ゆうさん、Multiculturalpediaの制作に加わっていただきありがとうございます。

ゆうさんが提起してくださった話題、とってもおもしろいですね。
本当にどうしてでしょう。

香港の方と電話番号の読み方について話したことを思い出しました。
彼女の話によると
香港では消防と救急と警察はぜんぶ999だそうです。

そして日本の電話番号の話になりました。

日本では
警察の電話番号「110」はイチイチゼロではなく、
「ひゃくとおばん」と言いますよね。

消防,救急は「119」はイチイチキュウと言うことがあるかもしれませんが一般的には「ひゃくじゅうきゅうばん」と言いますよね。

なのに番号案内や天気予報、時報は、
番号案内「ひゃくよんばん」と言わずに「イチレイヨン」
天気予報「ひゃくななじゅうななばん」と言わずに「イチナナナナ」
時報「ひゃくじゅうななんばん」と言わずに「イチイチナナ」と言いますよね。

どうしてなんでしょう。

オーストリアの方と電話番号について話をしたことも思い出しました。
彼の話によるとオーストリアでは
救急(怪我、病気)のときは144
警察は122
消防は133ということでした。

「世界の電話番号」をつくることにしました。
その際、将来的には「世界の電話番号の覚え方」も募集してみたいと思います。
「でんわは4126(よいふろ)」みたいな覚え方を他の文化圏でもしているのでしょうか、それとも丸暗記???

ゆうさん、どうもありがとうございました。
「世界の数え方」でこの話題を展開して行きたいと思います。
ゆうさん、今後ともどうぞよろしくお願いします。
 
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バングラデシュでの数え方 1 ベトナムでの数え方 1

 これは本当にうろ覚えなので、ぜひ、バングラデシュやネパールあたりのことに詳しい人に補足していただきたいのですが、向こうの人が指を使って数えるとき、例えば右手なら右手の親指の先で、同じ手(右手)の小指から、1,2,・・と10まで数えていたように思うのです。小指からスタートしていました。
詳しいことが思い出せません。すみません。

 また、ベンガル語での数の数え方はなかなかに覚えるのが大変です。極端に言うと1から100まで、全部覚えないといけません。ある程度の法則性はもちろんあるのですが、日本語のように 10(じゅう)+1(いち)=11(じゅういち)とか、2(に)X10(じゅう)=20(にじゅう)のように単純?ではありません。

8は「アート」、18は「アタロ」、28は「アターシュ」、そして80は「アシー」です。でも、6は「チョイ」、16は「ショロ」、26は「チャビッシュ」、そして60は「シャーット」という具合です。
これはベンガル人自身でも、教育を受けていない人、普段大きな数を扱わない人にとっては、難しくて間違えることもある、とも聞いたことがありますが、真偽のほどはわかりません。

 もう一つ面白いのは、19,29,39などは、それぞれ、20の一つ前、30の一つ前、40の一つ前、という考え方(言い方)をします。19は「ウニッシュ」(20は「ビシュ」)、29は「ウノティリッシュ」(30は「ティリッシュ」)、39は「ウノチョーリッシュ」(40は「チョー
リッシュ」)となります。

 2002年11月21日(木) なおこさん
   なおこさん、Multiculturalpediaの制作にご協力いただきありがとうございます。

この数え方、いいですね。書くのはとても大変だったと思います。書いてくださってありがとうございます。

実はこれとおそらく同じか、似た数え方をベトナムに生まれ育った二人の姉妹に教えてもらったことがあります。

 お姉さんに教えてもらった数え方は、
左手の親指の爪で左手の小指の第一関節をさわって、1
第二関節をさわって、2
第三関節をさわって、3
同様に、薬指で4、5、6
中指で7,8,9
人差し指で10、11、12
そして、右手の人差し指で右手の親指を13、14
それから左手の親指で左手の小指を15、16、17
と続けていく、という数え方でした。

妹さんも「そうそう」と言いながら数え始めました。

ところが彼女の数え方はお姉さんとは違った数え方でした。

 二人に聞くとどちらもよく使う数え方でどちらでもいいとのこと。

 妹さんの数え方は
左手の親指の爪で左手の小指の先をさわって、1
第一関節と第二関節の間の腹をさわって、2
第二関節と第三関節の間の腹をさわって、3
第三関節の下、つまり小指の付け根の下をさわって、4
同様に、薬指を5、6、7、8
中指を、9、10、11、12
人差し指で13、14、15、16
それから今度は右手の人差し指で
左手の親指を17、18、19
そして右手の親指で右手の小指を20、21、22、23
と続けていく、という数え方でした。



改めて、この数え方は本当に便利だと思います。指を折って数えるよりも早く数えられます。なおこさん、この数え方を世界中に広めましょう。

 この数え方は広くアジアに流布しているように思います。お知り合いの方にみなさんもぜひ聞いてMulticulturalpediaにぜひ教えてください。

 なおこさん、本当にありがとうございます。この数え方に魅せられながら面倒で先延ばしにしていました。下手をすると永久にこのことには触れなかったかもしれません。なおこさんのおかげです。ありがとうございます。

その姉妹がもうひとつ教えてくれました。日本でも「うらおもて」「天と地」などという名前で下に向けた掌と上に向けた掌で行われているものですが、そのベトナム版を教えてもらいました。

「バン タイ デン(BAN TAY DEN)、バン タイ チャン(BAN TAY TRANG)、セー バン タイ(XOE BAN TAY)」と掛け声をかけながらするそうです。(BANのAの上に左上から右下の線、TRANGのAの上に円の弧の下半分とその上に右上から左下への点、XOEのEの上にも最後のBANのAの上にも左上から右下の線)

デンは黒で、チャンは白だそうで、「黒い手、白い手」つまり「手の甲」と「手の平」で、日本のとまったく同じです。

ベトナムのじゃんけんの掛け声の種類もこの姉妹に教えてもらいました。

1 ワン トゥー ティー(OAN TU TI)
2 ソン セン バオ(SUN SIN BAO)
SUNのUの上に左上から右下の線
SINの下に・
3 ボゥ ケゥ バオ(BUA KEO BAO)
UとEの上に左下から右上の線
ボゥはグー
ケゥはチョキ
バオはパー

苦労を惜しまず書いてくださったなおこさんに感謝しています。
その感謝の意を込めて、もうひとつ私たちスタッフが逃げていた「世界のへのへのもへじ」に今から挑戦して見ます。オレンジの目次に「世界のへのへのもへじ」と現れればうまくいったということで、いつまでも現れなければ大変なんだなと思ってください。

なおこさん、どうもありがとうございました。世界にこの魅力いっぱいの数え方、広めましょう。これからも何卒どうぞよろしくお願い申し上げます。
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クメール語(カンボジア)での数の数え方 1

   なおこさんのエピソードに刺激されてもうひとつ。

カンボジアの方に1から10まで教えてもらいました。

その数え方はとてもおもしろく、
6は 5+1
7は 5+2
8は 5+3
9は 5+4
というようです。

こちらがとらえた彼の発音を記憶を頼りに書いてみます。
カタカナで書くのでさらにいい加減になります。

1 ムォイ
2 ピー
3 バイ
4 ブゥオン
5 プラム
6 プラム・ムォイ
7 プラム・ピー
8 プラム・バイ
9 プラム・ブゥオン
10ドァップ

これはクメール語と呼ばれるカンボジアの言葉だそうですが、この数え方が生まれた場面を楽しく想像しました。(2002年11月24日(日))
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そろばんの誕生 1

   クメール語の数え方を眺めていて何かに似ていると感じました。

6は 5+1
7は 5+2
8は 5+3
9は 5+4

そろばんの数え方に似ています。

そろばんの数え方は
6は 5+1
7は 5+2
8は 5+3
9は 5+4

10は 1×10
11は 1×10+1
12は 1×10+2

15は 1×10+5
16は 1×10+(5+1)

20は 2×10
30は 3×10
40は 4×10
50は 5×10
60は (5+1)×10
70は (5+2)×10
80は (5+3)×10
90は (5+4)×10
100は 1×100
200は 2×100
300は 3×100
400は 4×100
500は 5×100
600は (5+1)×100

クメール語は
10はドァップで
1×10となっていないようですが
もしも、
20がピー・ドァップ
だったら、
そして、
200がピー・ナントカ
だったら、
算盤の発祥に関係してくるかもしれません。

ソロバンの歴史はどうなっているのでしょう。
計算の必要から各地に生まれたと思われますが
日本のそろばんの数え方のシステムと違うものも
あるのでしょうか。世界の算盤にはどんな数え方のシステムが採用されているのでしょうか。

日本のそろばんは中国から日本に伝わったのでしょうか。
もしそうだとすると、
中国語の数字の数え方から見て
カンボジアの影響を受けている気がします。

算盤の歴史も何も知らないで書いているので知っている方から見たら笑止千万なことを言っているかもしれません。
(2005年11月24日(日))
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ベトナムの数え方2

 ベトナムでは、日本と同じやり方のほかにもう1つ方法があります。親指で,手のひら側の人差し指・中指・薬指・小指の間接部分(一本の指ごとに間接が3つありますね)を押さえて、12まで数えるやり方です。ベトナム人はこの方法を用いて干支を数えて人の年齢を計算します。

 2003年2月21日(金) トゥエンさん
   トゥエンさん、Multiculturalpediaの制作にご協力くださってありがとうございます。

 12だから干支が数えられ、年齢が計算できるんですね。ああ、おもしろい。感動してしまいました。

 日本でも大の月(31日ある月 1月、3月、5月、7月、8月、10月、12月)、小の月(31日以下の月 2月、4月、6月、9月、11月)を両手を使ってチェックする方法がありますが、身近な手を使うというのは本当に知恵ですね。

身近な手を使って、いろいろなことをいろいろな文化圏でしているような気がします。皆さんもおじいさん、おばあさんにぜひ聞いてみてください。

トゥエンさん、どうもありがとうございました。
トゥエンさんのおかげで『世界の数え方』とってもおもしろいページになりました。これからもどうぞよろしくお願いします。
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ベトナムのラッキーナンバー1

 ベトナムでは9がラッキーナンバーです。理由は、1桁の数字のなかで一番大きいからという説と、陰陽五行説の木・火・土・金・水の5つと、東西南北の4つを足せば、森羅万象全てを網羅することが出来るから、という説があります。

 提案ですが、ラッキーナンバーがあればアンラッキーナンバーもありますよね。世界各国の「縁起の悪い数字」を集めてはいかがですか?ちなみにベトナムでは3と5が縁起の悪い数字です。

 2003年2月21日(金) トゥエンさん
   トゥエンさん、多文化理解事典の作成にご協力くださってありがとうございます。

 中国に旅行したアメリカの方からも「9」について中国の通訳の方から聞いたというおもしろい話を教えてもらいました。

 「(昔の?)中国では『9』は最高位の数字として重んじられ、皇帝だけが使うことを許される数字だった。皇帝の部屋のドアも縦横にそれぞれ九つの鋲が打たれている」といった話だったと記憶しています。他にも中国の皇帝の建物には「9」や「9」の倍数の数字が使われているそうですが思い出せません。中国にお住まいの方、行かれた方、ぜひ教えてください。日本では『9』は『苦』に通ずるから縁起が悪いとか言われますが、『9』を高貴な数とみなす、こういった考えは伝わらなかったのでしょうか。

「提案ですが、ラッキーナンバーがあればアンラッキーナンバーもありますよね。世界各国の「縁起の悪い数字」を集めてはいかがですか?ちなみにベトナムでは3と5が縁起の悪い数字です。」
(トゥエンさん)

今までにも同様の提案をされてきましたが、その都度「縁起が悪い」ものを紹介するとその迷信を世界に広めることに加担することになるという理由で断ってきました。でも、ある文化圏では他の文化圏のある数字を凶数として扱い、他の文化圏では別の文化圏の凶数を吉数として扱っていることが明らかになっていくと、吉数・凶数に対する考え方が深まるようにも思います。やってみてもいいかと思います。

トウェンさん、どうもありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします。

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