Home

Multi cultural pedia
   異なる文化を楽しみながら学ぶ事典

じゃんけんの起源を考える(日本のじゃんけんはいつからどこで始まったのか)

「じゃんけんのルーツを追う」

拳の形からじゃんけんのルーツを追う1(各文化との不思議な類似、一致)
拳の形から2「紙の歴史から」
拳の形から3「鋏の歴史から」

拳の形から4「石の歴史から」(当分なし)
「じゃんけんの概念から」三すくみという概念から
現存する文書から
「じゃんけんという言葉の語源から」
「じゃんけん」という言葉の語源には以下のようないろいろな説がある。
石拳から
両拳から
じゃんけんをする時の掛け声から
仏教語「料簡法意」から




 日本のジャンケンはいつからどこで始まったのか

拳の形からじゃんけんのルーツを追う

  • インドネシアのじゃんけんと日本の江戸時代から伝わる虫拳
     日本のジャンケンは石拳か両拳がルーツと思われると3冊の国語辞典に書かれていた。その一つには推測通り、「じゃくけん」と石拳に読み仮名がふられていた。

    奥成 達氏の「遊び図鑑」には数多くの日本のジャンケンが紹介されている。

     そこに紹介されている虫ケンを見て息を呑みました。
    形が以前に紹介したインドネシアのジャンケンとまったく同じだったのです。
    虫ケンはこの本によると石ケンよりも古く、日本のジャンケンの起源のようなものだそうです。

     親指を出す人差し指を出す小指を出す
    インドネシア象(人に勝つ)人(アリに勝つ)アリ(象に勝つ)
    日本カエル(なめくじに勝つ)へび(カエルに勝つ)ナメクジ(へびに勝つ)

     名称と勝つ方向は違いますが、非常に似通っています。ジャンケンが日本でできあがる前、インドネシアと日本の交流があったように思えてなりません。

     インドネシアにはジョヨボヨ神話という神話があります。
    その中の話に「苦しめられている民を北から来た黄色い人が助けてくれる」という話があります。
    第二次世界大戦、オランダの植民地だったインドネシアに日本軍が向かったとき、インドネシアの人々はこの神話の影響もあり、初めは日本軍に非常に好意的だったそうです。しかし、インドネシアの人々はやがて日本軍は自分たちを助けに来てくれた黄色い人でなかったと知り、幻滅します。

     ジョヨボヨ神話は本当の話が入っているのではないかと思います。

     昔、ずっと昔、まだ日本にじゃんけんがなかったころ、インドネシアから海を漂流して日本に来た若者たちがいました。日本の若者たちとインドネシアの若者たちに友情が生まれました。いろいろな文化交流が起こりました。「アリ、象、人」のジャンケンもその一つです。インドネシアほど暖かくなかった日本には象はいなかったので身近なカエルやなめくじに置き換えて使うことにしました。この「じゃんけん」の便利さに日本の人々は驚き、大変インドネシアの人々に感謝しました。そして、インドネシアの若者たちが帰るとき、別れを惜しみながら黄色い人たちは沖のほうに進む小さくなっていく船に向かって叫びました。「君たちが窮地に立たされたとき、必ず僕たちは君たちを助けに行くから」。インドネシアの若者の話は国でいつか神話となって語り継がれていきました。
     ジョヨボヨ神話を思い出したのは映画「風の谷のナウシカ」で「このもの、こんじきの・・・」というシーンを見たとき以来です。

     奄美方言分類辞典(笠間書院)に奄美大島の興味深い拳の歴史が書かれている。奄美大島では本土からじゃんけんが入る前はBusa(ブサ)という拳があったそうだ。明治の末に本土から新しく「一歩二歩」といった遊びと一緒にじゃんけんが入ったと書かれている。そして奄美の伝統的な遊びをするときはブサを用い、「一歩二歩」といった新しく本土から入った遊びをするときには、じゃんけんを用いたそうだ。

    現代日本語方言辞典(明治書院)によると、ブーサは奄美大島だけでなく平良、長浜、鳩間などでも行われていたそうだ。

    沖縄県平良(ひらら)市の項目にはブーサが詳しく紹介されていた。それによると、ブーサは男の子がするじゃんけんで、 この地域では女の子はじゃんけん(石、はさみ、紙)をするそうだ。

    「火」と「蛇」と「水」で勝ち負けを競う。
    親指「火」は人差し指(蛇)に勝ち、
    人差し指(蛇)は小指(水)に勝ち、
    小指(水)は親指(火)に勝つ。

     あなたの「あっ」と言う叫び声が聞こえてきました。そうなんです、ブーサの手の形とその勝ち負けは
    インドネシアのじゃんけん1とまったく同じなんです。

     親指を出す人差し指を出す小指を出す
    インドネシア象(人に勝つ)人(アリに勝つ)アリ(象に勝つ)
    日本(平良市などのブーサ)火(へびに勝つ)へび(水に勝つ)水(火に勝つ)
    日本(虫拳)カエル(なめくじに勝つ)へび(カエルに勝つ)ナメクジ(へびに勝つ)

     ブーサとインドネシアのじゃんけん1は手の形も勝ち負けの関係もまったく同じです。手の形を何に象徴させているかが違うだけです。こんな偶然があるでしょうか。Busaという言葉はひょっとすると、インドネシア語かも知れないと思います。




    紙、鋏の誕生からルーツを追う

     じゃんけんの起源を、パーを表す「紙」から追うなら、紀元後105年頃の蔡倫(中国)の発明以後と見るか、あるいは紀元前2500年頃のエジプトのパピルス使用以後と見ることができる。しかし、パーは初め紙を表すものでなく布を表すものだったとすると、もっと歴史を遡ることになる。


     中国の人(北京)に聞くとその人は中国では「パー」は「紙」ではなく、「布」だという。韓国の人に聞くと、やはり「紙」ではなく、「布」だという。

     中国ではどこでも「布」と言われているのだろうか。
     世界のどの地域が「パー」のことを紙といい、どの地域が布と言うのだろうか。
    どうして、「布」と呼ぶ地域と「紙」と呼ぶ地域があるのだろうか。

     今までメールをくれたたくさんの外国の人たちに聞いてみるとわかるかもしれない。

     仮説を書く。
     ジャンケンは現在の中国か韓国、北朝鮮かその近辺から始まった。それは紙が中国で発明される以前のことだった。やがて紙が発明され、異なる文化圏にジャンケンを説明するとき、そのルールの説明のために、布よりも切りやすい紙が使われるようになった。よって、「布」と伝わった地域は「紙」の発明以前に伝わった地域となる。少なくとも、発祥の地は「紙」と呼ばれているところではない。
    「紙」の発明より前に、「紙」よりも切りにくい「布」と伝わった地域のどこかで、誰かが思いついたアイディア(ジャンケン)が世界中に広まった。

    あなたなら、どう考えるだろうか。


     日本のじゃんけんに関する方言を見てみて驚いた。星の数ほどある。そして、「パー」は日本中どこでも「紙」だと思っていたら、「風呂敷」とする地方も多い。布からの翻訳だろうか。紙か布かでジャンケンの起源を突き止めるのはむずかしい。
     いままでどうして気がつかなかったのだろう。
    鍵は「はさみ」が握っていた。
    生産が簡単な布や紙など問題でなかった。
     とにもかくにも、あの「チョキ」の形からして「じゃんけん」が作られたのは「はさみ」の発明以後なのは明白なのではないか。

     チョキを表す「鋏」が製造され一般に普及していなければじゃんけんが広まらないことを考えれば、紀元前8世紀に中国が鉄器文明に入るのを待つか、早くとも石器時代が終わり、青銅器時代が中国に来る紀元前1500年頃以降と考えるのが自然だろう。

     以上のことから、現時点ではじゃんけんの誕生は紀元前約1500年以降だと言うことができるのではないか。


     人差し指と親指でつくる「はさみ」と、人差し指と中指でつくる「はさみ」の違いを子供から聞かれたら、あなたはどう答えますか。「男のチョキ、女のチョキ」(日本語教師の先輩に教わった。その方の子供のころは人差し指と親指でつくる「はさみ」は男のチョキ、人差し指と中指でつくる 「はさみ」は女のチョキ、となぜか言われていたそうだ。)がその答えのひとつでしょうが、こうは考えられないでしょうか。

     「はさみ」には西洋ばさみと和ばさみがあります。西洋ばさみは支点を中心にして二つの刃があるものです。親指と中指などを2カ所の穴に入れて使います。和ばさみはおばあちゃんの裁縫箱に入っている、支点のない、1つの刃のものです。親指と人差し指で握るようにして使います。

    人差し指と親指でつくる「はさみ」は和ばさみの動きとそっくりです。
    人差し指と中指でつくる「はさみ」は西洋ばさみの動きとそっくりです。
     どうもそこに起源があるように思えるのですが。

     昔、裁縫をしなかった男のチョキが人差し指と親指でつくる洋ばさみで、縫い物をしていた女のチョキが人差し指と中指でつくる和ばさみだった、という考えですが、いかがでしょう。

     はさみの発明は諸説があるそうです。中国起源説もあるし、西洋起源説もあります。和ばさみが作られたのは中国が最初だそうです。西洋ばさみの古いものも中国で見つかっています。それを中国で発明したと見るか、中国に西洋から入ってきたと見るか、考えが分かれているそうです。日本では鋏の歴史はどうだったのでしょうか。(紙、鋏の歴史についてはすぐれた書物が数多く出版されているのでもう一度検証し直したいと思うが、今日のところは寝させていただく。)


     石、紙、鋏といったじゃんけんの道具はそろった。後は「甲が乙に勝ち、乙が丙に勝つが、丙は甲に勝つ」という三すくみのアイディアを誰かが考え出せばじゃんけんは誕生する。




    「三すくみ」という概念からルーツを追う

     旧友が帰ってきた。やっぱり無事だったんだ。

     ずいぶん心配していた。滝に落ちて行方不明という話を聞いていたので夢のようだ。
    彼ほど頭が切れる人物はいない。さっそく今調べているじゃんけんについて聞いた。

     彼はしばらく考えていて顔を上げた。
    「君はもう一つ大切なことを見逃しているよ。
     本当に君が日本のじゃんけんの起源について調べたいなら、勝敗を決める組み合わせについて考えてみるべきじゃないか」

    イギリスではじゃんけんはしないのかい。
    「ああ、しないね。
     君が調べた虫拳というのがもっとも基本的な組み合わせだと思う。重大事件があるんだが、じゃんけんの起源を調べるのもおもしろそうだね。」

     二度と旧友に危ない橋は渡ってもらいたくなかった。
    ああ、困っているんだ。お願いだ、その重大事件は誰かに任せてじゃんけんの謎を解いてもらえないか。
     「わるいがその事件は僕にしか解くことができないんだ。
    三者が互いに相手を恐れて身動きがとれなくなることを三竦み(さんすくみ)という。三竦みについてどこまで遡れるかわからないがそこに何かあるような気がするな。ワトソン君、ちょっと調べてみないか」


    石は鋏をなまくらにし、
    鋏は紙を切り、
    紙は石を包んで身動きをとれなくする

    というじゃんけんの基本的概念「三竦み(さんすくみ)」を初めて思いついたのはいつの時代のどこの誰なんだろうか。

     この三竦みのアイディアが初めて生まれたところにじゃんけんのルーツがあるのではないか。

     笑わずに読んでもらいたい。

     1748年に「法の精神」を発表したモンテスキューらは国家が持つ権力の腐敗を防ぐために「三権分立」の必要性を唱えた。立法権(国会)、司法権(裁判所)、行政権(政府)といったそれぞれ独立した機関が互いの権力の濫用を監視し、牽制しあい、国民の自由や権利を守ろうとする考え方だ。独裁や腐敗を防ぐ方法としてこれよりいい考え方が見つからないから多くの国で採用されている。

    これも任命権や逮捕権、改正権から見ると、じゃんけんの三竦みの原理と見ることができるのではないか。

     西瓜が3切れあり、それを3人で分けるとき子供ならどれが大きい、小さいで誰がどれをとるかが問題になる。誰から取るかでけんかになることもあるだろう。

    力で決めたら弱い者には不満が残ろう。年齢の低い者から選んだら逆差別だと高い者は愚痴るだろう。
     とる順番の決め方としてじゃんけんは優れている。何の道具もいらない。
    身体の大きい子が勝つとは限らない。小さい子が勝つとも限らない。頭の優劣も関係ない。ハンサムかどうかも関係ない。年齢も力の強弱も関係ない。経験も技術も関係がない。もちろん貧富の差や身分の差の出番はない。Aが勝つか、Bが勝つか、Cが勝つかはやってみなければわからない偶然の産物だ。誰から見ても勝つチャンスは同じで公平だ。

    また、出した拳は自分が自分の自由意志で選んだという責任があり、その結果には納得がいく。じゃんけんがなければ子供の世界はもっと弱肉強食の世界だろう。

     じゃんけんの三すくみという考えは大きくは国民の自由と権利を守る三権分立、小さくは個人の自由と権利を守るじゃんけんというように、異なる三者からなる混沌とした世界を互いを尊重することによって、平和を築く、異文化・多文化社会のあり方の鑑のように思える。

    その三すくみの原理を考案したのはどこの誰なんだろう。見つけることは不可能なのだろうか。


    とうとう見つかった。

    「甲が乙に勝ち、乙が丙に勝つが、丙は甲に勝つ」という三すくみのアイディアを記した大昔の資料が見つかった。
    じゃんけんのルーツを探す長い長い長い長い長い旅が終わった。

    「関尹子(かんいんし)、三極篇」にあった。中国語はなるほど英語と同じSVO構文だ。大昔の書物もそれを知っていれば読める。

    この「関尹子」という書物は大辞林によると、「史記の老子伝に見える周の関令尹喜(いんき)の作と伝えられているが、唐・五代頃の偽作とする説が有力」だそうだ。

    周とすると紀元前11世紀から紀元前256年まで、また、唐とすると618年から907年まで、五代なら907年から960年。いずれにしても戦乱の世の中を思って書かれたのだろう。

    結局どこの誰かはわからなかった。しかし、爽やかな気持ちがする。どこかの名もない人物がこのじゃんけんの基本概念である三すくみを思いつき、それが今多くの人々の共有財産となっている。このじゃんけんはどれだけ無益な争いを防いだろうか、これからもどれだけ防ぐことだろう。そしてもしや三権分立のヒントになったかも知れない。

    今までつきあってくださってどうもありがとうございました。

    「螂蛆食蛇、蛇食蛙、蛙食螂蛆、互相食也」(関尹子、三極篇)
    螂蛆はムカデ。




    現存する文書からじゃんけんのルーツを追う

    漱石は知っていた

     「明暗」[1916年(大正5年)5月26日から12月14日にかけて朝日新聞連載、未完]にじゃんけんが登場してくる。
    ひっくり返した花瓶の水を前にした延子と継子とのやりとりで現れる。

    「継子さん早く雑巾を取っていらっしゃい」
    「いやよ。あなたが零(こぼ)したんだから、あなた取っていらっしゃい」
    二人はわざと譲り合った。わざと押し問答をした。
    「じゃジャン拳よ」と云い出したお延は、繊(ほそ)い手を握って勢いよく継子の前に出した。継子はすぐに応じた。宝石の光る指が二人の間にちらちらした。二人はそのたんびに笑った。
    「狡猾(ずる)いわ」
    「あなたこそ、狡猾(ずる)いわ」
    仕舞にお延が負けた時には零れた水がもう机掛けと畳の目の中に綺麗に吸い込まれていた。

    「明暗」夏目漱石3 現代日本文学館 文藝春秋


     驚くべき文章を見つけた。


     昭和49年に刊行された江戸語大辞典の復刻版の「江戸語の辞典」(前田 勇編)。
     これは江戸時代の言葉を説明した辞典で、用例が実際の当時の書物からとられている。

    嘉永年間に出版された「皇都午睡」という書物からの引用。
    二条河原の落首と同じような書き出しで始まる。

    「近頃東都にてはやりしはジヤン拳也、酒は拳酒、色品は、蛙ひとひよこ三ひよこひよこ、蛇ぬらぬら、ジヤンジヤカ、ジヤカジヤカジヤンケンナ、婆様に和藤内が呵られて、虎はハウハウツテトロテン、なめくでサア来なせへ、跡は狐拳也」

     うーん、これはすごい発見ではないか。学会が震撼するのでは。といってもジャンケン学会なんか、無いか。

     「江戸語の辞典」のもう一つの例には「狐拳或はじやん拳等にて」(代る代る駕籠に乗る)と書かれている。駕籠(「かご」と読むのだと思う)に乗る順番を決めて勝った方が駕籠に乗り、負けた方が運んだのだろうか。

    じゃんけんは江戸時代の嘉永年間から始まったのだ、少なくとも江戸ではそれまでなかった、と考えるのが素直な見方だろう。

     ポンキッキーズのコニーちゃんのじゃんけんは子どもがよく見ていたが、「ジャンジャカジャカジャカジャンケン」とかなんとか言っていたような気がする。この歌にルーツがあったんだな。


     「皇都午睡」の文章をどう解釈したらいいか困っている。今になってあの文章をよく読んでみると、あれは虫拳じゃん拳虎拳狐拳(籐八拳の別名?)が登場している、と気がつく。それを作者はジャン拳と言っているように読める。

    近頃東都にてはやりしはジヤン拳也、酒は拳酒、色品は、蛙ひとひよこ三ひよこひよこ、蛇ぬらぬらジヤンジヤカ、ジヤカジヤカジヤンケンナ婆様に和藤内が呵られて、虎はハウハウツテトロテンなめくでサア来なせへ、跡は狐拳也」

    近頃、東の都ではやっているのはじゃん拳と言って、あとはいろいろな拳の紹介を使った掛け声のように思える。じゃんけんには虫拳(蛙、蛇、なめくじ)じゃん拳虎拳(婆様、和藤内、虎)があり、歌い終わりに「さあ、来なさい。」そして、狐拳(藤八拳?庄屋、鉄砲、狐)で勝負したのではないか。

    歌の真ん中の「じゃんけん」は何だろう。歌の初めの「じゃんけん」と同じなのだろうか。

     「皇都午睡」に出てくる「じゃんけん」はいったい何なのだろう。

    三通り考えられるのではないか。

    一つは「じゃんけん」は虫拳、虎拳など、拳の総称という推測。

    もう一つは「ごはん」、「酒」、「お茶」のように二つの意味(総称とその一種類)を指す言葉として使われている、という推測。つまり、「酒」が「ビール、ウィスキー、ワイン、ウォッカ、日本酒、ビール」といったアルコール飲料の総称を指すと同時に「日本酒」というその一種類を指す言葉として使われているように、じゃんけんはさまざまな拳の総称として使われながら、その一種類の名でもある、という推測。

    そして三つ目はこういったいろいろな拳を詠み込んだ歌を歌いながら、藤八拳をすることを「じゃんけん」と読んだのじゃないか、という推測。

    本当のところは江戸時代の人に聞かないとわからない。誰か江戸時代の知り合いはいないだろうか。


    とうとう、とうとう見つけた。

    弘化4年(1847年)のとてつる拳(?)の錦絵に「皇都午睡」のじゃんけんの秘密がすべて描かれていた。

    それは「けんのけいこ」と題が書かれ、蛙と虎と狐が描かれている。
    「けんのけいこ」には「皇都午睡」とほとんど同じ文句が描かれている。それだけでなく、その掛け声の文句の間に身振りが小さい字で説明されているのだ。

    酒ハけん酒 いろ品ハ かいろ ひとひょこみひょこひょこ へび ぬらぬら なめくで まいりや志よ 志"やんじやらじやらじやら 志"やんけんな 婆さまが 和藤内に 志かられた とらが 這う這う とてつるてん 狐で サアきなせ」弘化4年とてつる拳の錦絵

    この錦絵が載っていたのは「東八拳をお楽しみください」(松本吉弘著)という97年1月出版の本だ。驚異的で、素晴らしいことだと思うが、今も東八拳(「元来は藤八拳といいますが、現在は東京圏の拳士が多くルールも東京式ですので、東八拳をあてています」上記著作より)は行われているそうだ。

    この本によると、この掛け声は虫拳、次にじゃんけん、次に虎拳、そして最後に藤八拳をすることを表しているとのこと。

    描かれている蛙と虎と狐は「虫拳、虎拳、藤八拳」を表しているのだろう。

    では、では、この志"やんけんとはいったい何なのだろう。

    志"やんじやらじやらじやら 志"やんけんなのあとに小さく書かれた文字で 「子供の志"やんけんをする」とある。

    これこそ今のじゃんけんなのではないか。

    この錦絵は弘化4年のものなのだろうか、それとも、弘化4年に「はやっていたとてつる拳」のやり方を描いた後世の錦絵なのだろうか。




    「じゃんけんという言葉の語源からじゃんけんのルーツを追う」

  • 石拳

     日本のジャンケンは石拳か両拳がルーツと思われると3冊の国語辞典に書かれていた。その一つには推測通り、「じゃくけん」と石拳に読み仮名がふられていた。

     日本語の音声の傾向として「KやSなどの子音に挟まれたU/I音は落ちて無声化しやすい」ということが言われている。 「じゃけん」の「「KU」」の母音「U」は両側から「K」と「K」に挟まれているため、自然に「U」の音が落ち、使われているうちに「じゃ・けん」「じゃんけん」と変化していったということは十分考えられることだと思う。


    両拳
     両拳とはチョキを指す。江戸時代、外国との窓口だった長崎に中国から本拳(長崎拳)が伝わった。その日本の指を表す言い方が「リャン」だったとする資料が残っている。


    豊後の方言 リャンケン

     
    江戸時代の海外との扉であった長崎と近い豊後(今の大分県のあたり)の方言ではジャンケンのことをリャンケンと言った(言う)そうだ(現代日本語方言辞典 明治書院)。やはり「りゃんけん」から「じゃんけん」になったのだろうか。


    じゃんけんをする時の掛け声から
     中国の人(袁さん)に聞くと子供のころよくじゃんけんをしたそうだ。
     じゃんけんをするとき、どんな掛け声を使ったか言ってもらった。「ポン」に当たるところで、両唇音で「ポン」に近い音が聞こえた。「布」と言っている、という。
    「石」、「鋏」、「布」の順で言って、言い終わったときに拳を出したそうだ。

    日本のじゃんけんについて書かれた本には日本起源説をとるものが多いが、中国起源説も捨てられないと思う。長い歴史と広大な領土を持つ中国には「布」を「ポン」と言っていた時代、地域があったかもしれない。聞いた日本人が日本語にふさわしい音に変えたのかも知れない。

    そういえば「ガラガラ ポン」という言葉を聞いたことがある。この「ポン」というのは勢いの良さや提示・登場・出現を表す、日本に昔からある擬声語・擬態語かもしれない。麻雀の「ポン」とも関連があるかもしれない。そうだとすると中国語に由来することになる。


    豊後の方言

     江戸時代の海外との扉であった長崎と近い豊後(今の大分県のあたり)の方言ではジャンケンのことをリャンケンと言った(言う)そうだ(現代日本語方言辞典 明治書院)。やはり「りゃんけん」から「じゃんけん」になったのだろうか。


    仏教語「料簡法意」から
     久保田正文氏は仏教語が語源だとベトナムの僧から聞いたそうだ。

    「料簡法意(りゃけんほうい)」という仏教語だ。料簡とは推量する、法意とは法の意志、つまり、迷ったときに人知を越えた宇宙の根底を流れる天の意向を推し量る、ということになる。確かにじゃんけんには人の恣意は入りにくい。物事を決めるときに使われるじゃんけんに相応しい掛け声かもしれない。

    「じゃんけんほい」と言っている地方は日本にもかなりあるそうだ。「りゃけんほうい」から「じゃんけんほい」だとすると、お寺からこの言い方が広まったのだろうか。


    豊後の方言
     江戸時代の海外との扉であった長崎と近い豊後(今の大分県のあたり)の方言ではジャンケンのことをリャンケンと言った(言う)そうだ(現代日本語方言辞典 明治書院)。やはり「りゃんけん」から「じゃんけん」になったのだろうか。


     ご感想など何でも、ひろばに寄せていただければありがたく存じます。

    Back to 世界のじゃんけん

    Back to Home