UEJ様、Multiculturalpedia(異なる文化を楽しみながら学ぶ事典)に訪問してくださってありがとうございます。UEJさんのおかげで「豚に真珠」についてあれやこれや考えてみることができました。素朴な疑問としてどうして「豚」なのでしょう。なぜ「真珠」なのでしょう。
swineとpigはどう違うのだろうと不思議に思っていたのでちょっと調べてみることにしました。
「豚に真珠」という言葉は辞典では「価値の分からない者には、貴重な物も何の役にも立たないことのたとえ」(現代国語例解辞典第二版 小学館)、
「どんなに値打ちのある物でも、その価値のわからない者にとっては、何の役にも立たないこと」(現代新
国語辞典改訂新版 学研)、
「どんな立派なものでも持つ人によっては何の値打ちもないことのたとえ」(岩波国語辞典 第5版)、
「=→猫に小判(「客観的にどんな価値の有る物でも、そのことの分からない人にとってはなんの役にも立たないことのたとえ」 (新明解国語辞典第5版)
これでは「豚」でも「牛」でも「犬」でも何でもいいように思えます。また、「真珠」でも「エメラルド」でも「ダイヤモンド」でもいいのでしょうか。
「くしゃみをしたら」のページにまだ書いていませんが、イスラム教の人々は豚などの名前を言うそうです。その理由は穢れた動物だからだそうです。同僚がこの話をインドネシアの人に聞いてくれました。日本でもくしゃみをして、「ええい、チキショー(畜生)め」とか「コンチクショー(この畜生)」とおじさんが言いますね。日本でもイスラム圏でも同じように動物を蔑んだ言い方をすることを興味深く感じます。(「くしゃみをしたら」の調査ではいろいろなことを考えさせられました。大きく更新したいと思っています。)
イスラム教では豚は穢れた動物だから食べてはいけないことになっていますが、ユダヤ教でも豚は同様の理由で食べてはいけないことになっています。
さまざまな英語の辞書でswineを見ると「汚れた、汚い、穢れた」という意味も加わっています。そして同時にpearlも調べてみました。イメージとして「清らかな、清純な、無垢な、純粋な」といった意味があると書いてありました。つまり、真珠(pearl)と対極に位置するものとして豚(swine)が取り上げられているということです。
ここで新約聖書の文脈を見てみましょう。
Give not that which is holy unto the dogs, neither cast ye your pearls before swine, lest they trample them under their feet, and turn again and rend you.(Matthew 7:6 King James version)
聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
ううーん、これは「猫に小判」「馬の耳に念仏」で置き換えがきかないように思えてきました。「猫に小判」のページを書き換えなければならないかもしれません。「価値のあるもの」というより「純粋なもの、無垢の心、聖なるもの」といったほうが当たっているように思えますがいかがでしょう。でも、真珠は昔から高価で貴重な物の代表だったのかな。馬の耳に「念仏」を入れたって馬は怒って向かっては来ないでしょう。「豚に真珠」 は「足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくる」ほどこわいもののようです。
英語の辞典では、とLongman Dictionary of Contemporary Englishを見てみると、
cast pearls before swine: to offer something valuable to someone who cannot understand how valuable it is.というように国語辞典と同じ解釈。
なんだか豚が気の毒になって、日本では昔はどう扱われていたのだろうと調べてみると、古来日本では豚は「ゐ」「ゐのこ」(猪とあまり区別されなかった)と呼ばれていたそうで、陰暦10月の亥の日亥の刻に子沢山、万病封じを願ってゐのこ餅を食べたそうです。
UEJさん、どうもありがとうございました。
1999年2月16日