Multiculturalpedia
異なる文化を楽しみながら学ぶ事典

「世界の歳時記」

 1年が365日の文化圏もあります。そうでない文化圏もあります。しかし、その毎日をさまざまな行事や祭りが彩りを添えているのはどこも同じなのではないかと思います。季節に応じて人々の生活の味わいを深くするさまざまなイベント、祭り、風習にはその文化圏の人々の粋や知恵や思いがたっぷりと詰まっているように思います。同じ新年を祝うにもさまざまな祝い方があるかもしれません。あるいはびっくりするほど似ているかもしれません。旅行のガイドとして、頭の柔軟体操として、他の文化圏の人々の心を共有していただけたら嬉しく思います。

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1月

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「ハワイ歳時記」:一月(ハワイのお正月)1

     爆竹と花火が炸裂する中にぎやかに迎えた元日は打って変わって静かな一日となる。どこからか芝刈り機の音でも聞こえようものなら正月早々云々と言われそうな気配である。お雑煮の中身は、具やスープやおもちの形などそれぞれ出身地の郷土色も豊かにさまざまである。鏡もちを始め門松やお守りもスーパーで買い求めることができる。神社に初詣に行くとお雑煮が振る舞われる。銀行の仕事始めは通常2日である。下旬から2月中旬頃までの間に中国の旧暦正月のお祝いがある。水仙の花が春を呼ぶシンボルである。この頃チャイナタウンに行くと二度お正月が来た様な気分を味わえる。

 2002年1月29日(火) 吉山美枝子さん
   楽しく読ませていただきました。いろいろなお正月があるんですね。ありがとうございました。


2月

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ハワイ歳時記:二月(冬のお祭り) ハワイ1

  ホノルルの市街地の一角に突然出現する遊園地の乗物やゲームの数々、屋台やテントで売られる色とりどりの美しいハク・レイや揚げたてのマラサダをはじめとするクラフトや食べ物などなど、毎年伝統あるプナホウ校のカーニバルを楽しみにしている人は少なくない。(初旬)今年は2月12日が旧暦正月にあたり、さまざまなイヴェントが続くチャイナ・タウンから2週間ほどは目が離せない。冬場はザトウ鯨の季節でもある。マウイ島やオアフ島沖にもお目見えする。ビッグウェイブも予想されるノースショアやサンディービーチでは、サーフィン大会がしばしば催される。マンゴーの無数の小花が大木の表面を覆い始めるこの時期は、陽射しもまだやさしくお祭りにもアウト・ドアにも適しているようだ。2月9日は、えひめ丸事故犠牲者追悼のための忘れられない日となった。

(プナホウ校:幼稚園から高校まで。1841年に宣教師達の子弟教育の場として創立されたのが始まり。恒例のカーニバルは学校の資金作りに一役買っている。)
(ハク・レイ:花やシダの葉などをぎっしりと編み込んだヘアバンド風のレイ。)
(マラサダ:砂糖をまぶしたポルトガル風の揚げパン。)
 2002年2月9日(土) 吉山美枝子さん
   ありがとうございました。3月のハワイ歳時記も楽しみにしています。


3月

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ハワイ歳時記:三月(春の花々) ハワイ1

  雛祭りには桃や菜の花は手に入らず、アンスリウムなどを飾って見る。下校途中の小学生が紙で作ったおひな様を手にしているのを見かけたりする。古き良き日本を大切にしようとする心に出遭えるだけでなく、ここでは、『チューリップ』の歌の如く、それぞれに美しい文化の花々が慎ましやかに咲き誇っているように映るのは、私の錯覚だろうか。冬の間は精彩を欠いていたプルメリアの木々にも赤・白・黄など五弁の花の饗宴が帰って来る。
日本各地の祭がやって来る「ホノルル・フェスティバル」は、日本ではなかなか行けないような地方のものでも、ここで居ながらにして見ることができる。青空にくっきりと浮び上がるゴールド・ツリーの黄やアフリカン・チューリップの朱など目にとまる中、淡い花蘇芳色のジャカランダを見てサクラに想いを馳せた人は私だけではあるまい。日系人達の努力により50年間続いている「さくら祭」の女王が選ばれるのも、初夏を思わせる暑さが日に日に迫り来るこの季節である。
 2002年3月2日(土) 吉山美枝子さん
   ありがとうございました。


12月

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「ウィーン歳時記」 ウィーンのシルベスター(大晦日1)

   12月31日。午後、雪がちらつく中、Rathaus(市庁舎)前に出掛けた。冷たい風が吹く中、たくさんの人が市庁舎前広場に集まっている。広場には、クリスマス市に引き続き仮設の小店舗が並んでいる。Punsch やWurstを売る店、帽子屋。そして豚の置物やぬいぐるみを売る店。この年越しの時期、豚は縁起物とされるからだ。
 広場の奥には、仮設舞台が作られている。スピーカーからは Wienerwalz(ウィーナー・ワルツ)とともに司会者の「ein, zwei, drei(123)」と言うかけ声が流れ、向かい合ったたくさんのカップルが、音楽に合わせてステップを踏んでいる。暖かそうなコートに帽子やマフラーといういでたちの彼らは、ドレスとタキシードに身を包んだ男女が踊るBallの優雅さにはほど遠いが、みな本当に楽しそうだ。私も一緒に踊る予定だったのだが・・・なかなか現れない相棒に電話したところ「今起きた」とのことで、見るだけで我慢。寒くなったのでPunschを買いに行ったところ、突然ポップ・ミュージックが聞こえてきた。なにかと思って急いで戻ると、ワルツの前にリズムのわかりやすい曲で新しいステップの練習をしていたのだ。これには本当に驚いた。おじいちゃん、おばあちゃんもポップ・ミュージックに合わせて踊っている光景が、実に印象的だった。

 さて、ウィーンで大晦日恒例といえばオペレッタ「Die Fledermaus(コウモリ)」だ。この日は Staatsoper(国立オペラ座)でも公演があるが、やはりオペレッタはVolksoper(フォルクス・オパー)がいい。前日もフォルクス・オパーで「DieZauberfloete(魔笛)」を観たので、2日続きだ。31日は昼と夜2回公演だが、夜の回は値段が高く設定してある。私が買ったParterreの立ち見席は普段の倍で60シリング。高いと言っても日本円にすると約500円。2階席の張り出しの下になるため音の響きは Parterre 中央より劣るが、柱の後ろを避けて場所をとれば舞台全体が見渡せる。有名な序曲「コウモリ」が流れ、幕が開く。お屋敷の1室。そして、現れる歌手達は「Die lustige Witwe(メリー・ウィドー)」でもおなじみの面々だ。壁に掛けられた12月31日のカレンダーをめくると、日付は32日、という毎年恒例なのであろう冗談。フライングの笑い声に Vielen Dank!と役者が礼を言う。笑いのタイミングというのは、どこの国でも同じものだろうか、とふと気になった。

 夜の町をウィーン大学前の Schottentor から Stephansplatz へと徒歩で向かった。あちらこちらから爆竹の音が聞こえる。家族連れとすれ違った。息子がゴミ箱に爆竹を放り込む。バンッ!とものすごい音。しかし、今日に限っては彼が怒られることはない。父親が Schoenes neues Jahre!と言って通り過ぎる。「今日は Silvester だから許してやってね」とでもいうように。
 Stephansdom(シュテファン大聖堂)に近づくにつれて、人が多くなっていく。Grabenstrasse まで来ると、もう、身動きができないほどの人人人。人の流れにのって、少しずつシュテファンの方へ進む。人の話し声と、爆竹の音と、スピーカーから大音量で流れる音楽で、感覚がだんだん麻痺してくる。時たますぐ足音でも爆竹がはじけたりするが、もう気にしていられない。突然、すぐ前を行く人からフランス語で話しかけられた。「Dom はこっちでいいの?」
 大聖堂前の広場は、戦場と化していた。たくさんの人に囲まれた人のいないスペースに、点火された爆竹が次々と投げ込まれる。爆竹の音はとぎれることなく鳴り続け、あたりには火薬のにおいが立ちこめている。時々ドンッ!と爆竹とは思えないような低音も響く。多くの人がブーブー笛を口にくわえ、吹き鳴らしている。もはや Grabenstrasse の音楽の音さえ聞こえないほどの騒音だ。今まで、ウィーンは静かな町だと思っていた。普段は、この日のためにエネルギーを蓄えているのだろうか。そして、人の多さも尋常ではない。友人と待ち合わせをしていたのだが、とうてい会えそうにない。時たまネズミ花火が地を這い、そこここでロケット花火や打ち上げ花火が上がる。年明け1分前になっても、あたりが静まる様子はない。そして、2002年1月1日0時0分。勢いよく振られたシャンパンが、次々と開栓される。シャンパンの泡をかぶらないように気をつけながら、それでもシャンパンの雨に濡れながら Schwedenplatz へと向かった。本当は Rathaus の様子も見たかったのだが、あの人混みを抜けるのはもう懲り懲り。
 大晦日から新年にかけては、日本と同じく電車が終日運行している。地下鉄の駅に降りた所で、気持ち悪そうに地面にうずくまる男性と、それを介抱している女性達に出会った。日本では気にも留めないような光景だが、普段、ウィーンでそうした光景を目にすることはほとんどない。本当に1年にこの日だけ、思いっきり羽目を外すようだ。
 次の日、町はいつも通りの静けさに戻っていた。時々思い出したように爆竹の音が聞こえる。昨日残った爆竹を、子供達が鳴らして遊んでいるのだろうか。さて、11時からは Neujahrskonzert。友人は抽選に当たって立ち見券を買えたそうだが、私は日本にいるときと同じくテレビで鑑賞した。

ニューイヤー・コンサートのウィーンの新聞評はこちら。
http://www.a4j.at/music/report.html

 2002年1月29日(火) 「ウィーンの響き」の尚さん
   ありがとうございました。   「ウィーンの響き」より転載させていただきました。尚さんの音楽評論を読んでいると心に音楽が流れ込んでくるような気がします。5年後、10年後の尚さんが楽しみです。Multiculturalpediaは「ウィーンの響き」を応援しています。
 「世界の歳時記」についてのご感想(一言でも)、情報など何でも、ひろばに寄せていただければありがたく存じます。

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