Multiculturalpedia
異なる文化を楽しみながら学ぶ事典

「Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞」
 賞金や賞品は何もありません。知名度は低いというよりもほとんどありません。

 でも、
「ノーベル平和賞やイグ・ノーベル賞やアカデミー賞やピューリッツア賞やトニー賞やグラミー賞やエミー賞や芥川賞や直木賞やH氏賞やヒューゴ賞や手塚治虫賞や山本周五郎賞や司馬遼太郎賞や新語・流行語大賞や日本レコード大賞や日本有線大賞や欽ちゃんの全日本仮装大賞や『このミステリーがすごい!』大賞や本屋大賞や「お〜いお茶新俳句」大賞や東急ハンズのハンズ大賞などもスゴイ賞ですが、
それとは全然関係なくスゴイ賞です(それでも山本周五郎さんなら辞退されるでしょうが)。」
とスタッフは言明しています。
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第17回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞/ 国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)

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 国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、 中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体で、民間の国際NPOです。1999年にノーベル平和賞を受賞しました。

 Multiculturalpedia(多文化理解事典)は、営利を目的としない国際的な民間の援助団体、国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)の活動を支持し、尊敬し、2003年からオープンリソース宣言にもあるように支援し続けています。国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)が傷ついた人々、瀕死の人々を、国境をこえて、文化圏を越えて救助しているように、Multiculturalpediaは心の面で同じ働きをしたい、世界の人々の心を国境をこえてつなぐ働きをしたいと願っています。



 Multiculturalpediaには憲章がありません(タペストリーがそれにあたるかもしれません)が、国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)のあの憲章をいつも心にページをつくっています。



・ 国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、天災、人災、戦争など、あらゆる災害に苦しむ人々に、人種、宗教、思想、政治すべてを超え、差別することなく援助を提供する。

・ 国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、普遍的な医学倫理と、人道的な救済の権利の名のもとに、何にも妨げられることなく、その職務を中立と公平な立場で行う。

・国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)のメンバーは、その職業道徳に従い、全ての政治、経済、宗教とは関わりなく任務を遂行する。



 国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)のこの言葉がどのくらい本気かは、他の多くの援助団体がさまざまな制約から動こうにも動けなかった、エボラ出血熱へのMSFの懸命な(真っ先に、そして粘り強く、継続的な)取り組みからも伝わってきました。



 2016年02月20日(土)
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第16回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞/ 『誰かが足りない』宮下奈都

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 あの店はすごくおいしい、懐かしい味がする、あそこで食事をしていると心が癒される、記念日に大切な人といっしょに食べたい、特別な時間がゆったりと流れる。

 あなたも聞いたことがあるんじゃないだろうか、その小さなレストランのうわさを。

 

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   ベトナム難民の女性が、亡くなったお父さんの言葉だと言って、こんな言葉を教えてくれた。



「絶望は人の間違い」。



聞いたとき、意味がよくわからなかったが、年を経るごとに、その意味がわかってきた。

人が死んだり、病気になったり、失敗したりするのは世の中の常、だから人はよく挫けたり、やる気を失ったり、ショックを受けたり、生きる気力を失ってしまうものだけれど、絶望するのは間違ったことだと彼女のお父さんは、彼女に伝えようとしたのだろうと思う。どんなときも、絶望するのは人がしてしまう誤りだ、と。

 この小説は、このレストランを予約するお客さんのそれぞれの人生を描いた、6つの短編からなるが、最後の予約6を読んでいて、彼女のお父さんが彼女に伝えようとしたこと、伝えたいと思ったことがまるで書かれているように思った。



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 共感してくれる人の存在は大事だと思う。でも、もしかしたら、自分ひとりで塞ぎ込んで息が詰まって、もうどこにも逃げ場がないように思えるときに、誰かに笑ってもらえたら、さっと気が晴れたりすることもあるのかもしれない。

 「そっか」
 いきなり大きな声を出したので、ふたりが同時に私を見た。
「笑えばよかったんだ」

借金だって、不合格だって、ネコババだって、男に騙されたことだって、笑ってあげればよかったんだ。だって、ただの失敗なんだから。それだけのことなんだから。

「キルケゴールが書いてた」
死に至る病というのは絶望のことだと。あの本は泣ける小説でもノンフィクションでもなく、哲学書だった。
「失敗自体は病じゃないんだ。絶望さえしなけりゃいいんだ」 

 『誰かが足りない』宮下奈都
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 ハライは何を食べてもおいしいレストランだから、きっとあなたも笑顔になってくれると思う。こんな素敵なレストランを紹介してくださった宮下奈都さんのレストランガイド、じゃなかった、小説『誰かが足りない』に第16回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞を授与させていただきます。なお、授賞式は、2015年10月31日午後6時から、会場はハライを予定しております。この日、この時刻に特に人気があるハライの予約がとれれば、ですが。

 2014年10月31日(金)
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第15回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞/「てんとう虫 『3月のライオン 第5巻』」

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 『3月のライオン』(第5巻 羽海野チカ 白泉社)に出てくる彼女と、人々を守るために人としての良心に従ってとった行動で、軟禁を余儀なくされたりしてひどい目にあっている世界のあちこちにいる、彼女や彼の姿が二重写しに見える。  _/_/_/

   主人公が彼女にてんとうむしという名前のいわれを話す。  

 世界ではテントウムシはいったいどう呼ばれているんだろうか。ずっと冬眠していたMulticulturalpediaが『3月のライオン』に刺激を受けて、「世界のてんとう虫」というページをつくります。『3月のライオン』の彼女と彼に、第15回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞を贈呈いたします。おめでとうございます。2010年11月26日(木)
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第14回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞/『月にウサギがいると言う人は』

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 月にいるうさぎについて。

 昔付き合っていた彼女から聞いた話ですが、彼女の母国ブラジルにはこんな言い伝えがあるそうです。

「満月の夜に空を見上げて、月の中にウサギが見えたら、今恋をしているということ」

Lucasさん
アルゼンチン(Buenos)5月14日 2003年

About rabbits in the moon: An ex-girlfriend told me that in her native country, Brasil, legend says that if you look at a full moon and see the shape of a rabbit it means that you are in love.
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  Lucasさん Buenos, Argentina - Wednesday, May 14, 2003
   なんてステキなことを言う恋人でしょう。

 皆さんも、今度の満月には月の中にウサギがいるかぜひ目を凝らしてみてください。
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第13回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞/「いじめられている君へ 鴻上尚史さんの子どもたちへのメッセージ」

 スタッフが載せてくれ、と言う。
喜んで掲載する。

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 拝啓 鴻上尚史様
 鴻上尚史さんのエッセイが好きでよく読んでいます。
ユーモアがあって、おもしろくてやさしくてウィットに富んでいて、シャレたあなたの文章が大好きです。

 そんなあなたが子どもたちに書いたメッセージが06年11月17日の朝日新聞の一面に大きく出ていてビックリしました。(『いじめられている君へ』「死なないで 逃げて逃げて」)

 読んでますますあなたが好きになりました。いじめに傷つき、疲れ果てた心をやさしく包み、そしてがっしりと守ろうとするあなたの文章を読んできっと多くの子ども達が「こんな大人もいるのか」と救いを感じたことと思います。あなたの気骨、あなたがどれだけ真剣に子どもたちにメッセージを届けようとしたかがわかります。
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 もらったコピーを読んでその通りだと感じた。

 鴻上尚史さんのメッセージに
第13回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞を贈呈いたします。


 2006年11月18日(土)

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第12回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞/「狐の嫁入り、ウェディングドレス」

 サチコさん、こんにちは。

『はじめまして。
折り紙を検索していて、このページにたどり着きました。
コンテンツがたくさんで、読むのが大変!
でもどのページも楽しくて、へ〜、と感心しながら拝見しています。』
(2006年7月13日(木) サチコさん)
 
 おもしろくてたまらなくて、一生かかっても読めない量があって、読者が読み切れなくて、「くやしくて」うれしくてたまらない事典をつくるのを1つの目標としていることなのでとってもうれしく思います。


『表記の件について、少々思うところがあり、さっそく書き込みをさせていただくことにしました。
私もパソコン初心者なので、もし失礼があったら申し訳ありませんが、よろしくお願いします。』
(2006年7月13日(木) サチコさん)

 この事典は制作者から読者への一方方向の事典ではありません。読んでくださった方が「おもしろい」と声を出してくださったり、情報を追加してくださった方向にどんどん進んでゆく、双方向の事典です。ですから、サチコさんがMulticulturalpediaの制作に加わってくださって大変うれしく思います。

『狐の嫁入りですが、
小さい頃、私も母に「天気雨だから、狐の嫁入りだよ」といわれて育ちました。
どうして?
と聞くと、母はきまって「狐は天気雨のときにかかる虹を渡ってお嫁に行くんだよ」と教えてくれました。

 私も母もずっと長野で生まれ育っているのですが、虹を渡る話は、長野で話しても、誰も聞いたことがありませんでした。
もしかすると、母のそのまた母の、ずっと前のご先祖様の地方のいわれなのかな?と思います。
もしかすると、母の創作なのかもしれません。
でも、小さい頃の私は、虹の上に狐の歩く姿が見えないものかと、目を凝らして眺めていました。
ただの「狐の嫁入り」よりも、虹を渡る姿を想像するのは、なんだかとてもロマンチックだと思います。
もし母の創作だったとしたら、ちょっとセンスいいじゃない?って思います。』
(2006年7月13日(木) サチコさん)


「狐は天気雨のときにかかる虹を渡ってお嫁に行くんだよ」

 その光景が目に見える気がします。

 初めてこの言い伝えを人々に伝えてくださった方、サチコさんに伝えてくださったお母さん、Multiculturalpediaに伝えてくださったサチコさんに第12回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞を授与します(オレンジの目次の一番下にあります)。

 この賞は賞金、賞品はこれっぽっちもない賞なのですが、世界で最も権威のある大賞でこれ以上の素晴らしい賞はない、とスタッフは考えています。

『ウェディングドレスですが、以前アメリカに滞在していたときに面白い話を聞きました。

 花嫁は結婚式当日まで、新郎にドレスを見せない。というものです。

結婚式まで隠しておくと、幸せになれる、とかのいわれがあったと思います。
結婚式当日の花嫁は、通常よりもきれいです。
それをさらに増すための演出なのかなあ?と思います。
私自身、昨年結婚をしたのですが、ドレスを隠しておくことはできず、だんなと一緒に選びました。
できることなら、私も当日まで隠しておきたかったなあ。』
(2006年7月13日(木) サチコさん)

 これも、とってもロマンティックな言い伝えですね。

 結婚式まで隠しておくと、幸せになれる気が本当にしますから不思議ですね。

 ウェディングドレスをだんなさんと一緒に選んだって素敵ですね。  一緒に選んだ方も幸せでずっといられます。 「結婚生活ではいろいろなことが訪れますが、相手を大切に思う心は必ず返ってくるものです。その心を原点にしていつもその心に帰るだけで、二人はずっと幸せでいられます」と年配のスタッフが言っています。

 サチコさん、ありがとうございます。
これからもどうぞずっとよろしくお願いします。

 2006年7月13日(木)  

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第11回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞「恐竜じゃんけん(食物連鎖ジャンケン)」

 のぶはるさん、こんにちは。

 スゴイですね。
「恐竜じゃんけん(食物連鎖ジャンケン)」を第11回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞に選ばせていただきました。そして、さらに第1回新しいじゃんけん大賞に選ばせていただきました。(どちらも賞品、賞金はありません。しかし、世界でもこんなに名誉ある賞は他にスタッフは思いつきません。)

『15年ぐらい前に考えたのが「恐竜じゃんけん」です。
肉食恐竜の代表として「ティラノザウルス」
 →手で頭の形(親指が下あご、残り4本が上あご)
草食恐竜の代表として「トリケラトプス」
 →手で頭の形(親指を伸ばして鼻の角、小指と人差し指を伸ばして両目の上の角)
植物の代表として「草」
 →掌を上に向けて、指をそれぞれに上に向けて草の形
の3すくみです。
*食物連鎖ジャンケンという名前でもいいです。

ティラノ→トリケラ・・・トリケラは食われて、ティラノの命をつなぎます。
トリケラ→草・・・・・・草は食われて、トリケラの命をつなぎます。
草→ティラノ・・・・・・ティラノは餓死して土にかえり、草の命をつなぎます。

★勝った後、次のアクションをつけるとスキンシップになるかもしれません。
・ティラノはトリケラの首、つまり手首を「がぶっ」といいながらティラノの口でつかむ。
 トリケラは首をうなだれ、命がなくなったことを表現する。
・トリケラは草を「もぐもぐ」いいながらついばむ。
 草はだんだん平らになって掌を平らにし、食い尽くされていくことを表現する。
・草に対してティラノは横転して命を落とすことを表現する。横転したティラノの上に草がのる。

★あいこになったら、続けてもよいし、下記のゲームにはいって勝負を付けるのもよいでしょう。
・ティラノ同士→そのままの手の形で、手首のつかみ合い。手首をつかまれたら負け。
・トリケラ同士→そのままの手の形だと指をけがするかもしれないので、
        指を伸ばした掌同士を合わせて押し合い、体のバランスが崩れたら負け。
・草同士→握手の形や、指同士を握った形で引っ張り合い、体のバランスが崩れたら負け。
*フェイントありかなしかも決めておくとよいでしょう。』
(2006年5月28日(日)のぶはるさん)

 素晴らしい!

 受賞、おめでとうございます。のぶはるさん、これからもどうぞ末永くよろしくお願いします。

 2006年6月14日(水)

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第10回Multiculturalpedia大賞/「いんじゃん」と「陰陽」

 こんにちは、HitoKadoさん。
 読んだとき、時間が止まったように感じました。永遠の中に今を感じるというのでしょうか、全宇宙の中に今いる一点を意識するというのでしょうか。不思議な感覚を味わいました。

 もしかすると。

 ひょっとすると、本当にそうなんじゃないかと思います。
ご存知の方、また、調査できる方はぜひご協力ください。

 Multiculturalpediaの中国語版、韓国語版の制作を急がなければなりません。

 『2002年のみつさんの書き込みに、「いんじゃん」って何? というのがありますが、私が連想するのは「いんじゃん」と「陰陽」の関係です。

 陰陽は、中国語では「インヤン」と発音し、英語ではYin Yanと綴ります。 中国か韓国で、ジャンケンによって白黒をつけたいときに、「陰と出るか、陽と出るか」の意味で「Yin Yan」と言っていた時代や地域はないでしょうか。 あるとすれば、それが日本に入ってきたときに、「いんじゃん」へと変化した可能性も考えられると思います。

 大陸由来の風習や言葉が、かつて都のあった関西に残っている例はたくさんありますが、「いんじゃん」が関西方言というのも興味深いです。
 「いんじゃん」と「Yin Yan」は関係があるのかどうか。どなたか参考になる事実をご存知でしたら教えてください。』
(2006年4月1日(土) HitoKadoさん)

 「陰陽」はthe principles of Yin and Yang, the positive and negative(『プログレッシブ和英辞典』小学館)、the (interacting) principles of Yin and Yang; the positive and negative [male and female] principles.(『新和英中辞典』研究社)、「陰陽五行説」はtheory of Yin-Yang and the five elements(『英辞郎』)などとなっています。

 あれっ、じゃんけんは「陰」と「陽」の二項対立でなく、三竦み(さんすくみ)じゃないかとおっしゃる方はちょっと待ってください。

 「第8回Multiculturalpedia大賞」の以下のところをお読みください。

・グー(石)>チョキ(鋏)=《土生金》「五行相生説」
・チョキ(鋏)>パー(紙)=《金克木》「五行相克説」
・パー(紙)>グー(石)=《木克土》 「五行相克説」

 中国の戦国時代に生まれた陰陽説と五行説とが漢代に結びついて一体化した「陰陽五行説」の範疇に「じゃんけん」はあります。

 厳正なる審査の結果、
第10回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞を

『「いんじゃん」と「陰陽」』(HitoKadoさん)に

授与させていただきます(賞金も賞品も何もありませんが)。

 HitoKadoさん、おめでとうございます。

 感動しました。ワクワクしています。HitoKadoさん、これからもどうぞずっとよろしくお願いします。

 2006年5月7日(日) 

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第9回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞発表

厳正なる審査の結果、
第9回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞を

『椿山課長の七日間』(朝日文庫)

に授与させていただきます(賞金も賞品も何もありませんが)。

「私はこのまま成仏するわけにはいかないんです。
やり残したことが多すぎて……」

「私はどうしてもこのまま死ぬわけにはいかないんです。
思い残すことが多すぎて」
 亡くなってから彼は今までのどんな時よりも意味のある人生を「生きる」。

 これを小説と思って読んだら、つまらない。
 死んだところから始まる人生を今から生きる。
終わったところから始まる人生は見るものも会う人も違って見えてくる。

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第8回Multiculturalpedia大賞 「じゃんけんは五行説からと思われる」

「新しいじゃんけんで「火、水、木」を拝見しました。元々じゃんけんは五行から発生したと私は考えます。グー、チョキ、パーの順で土、金、木です。ある人が、グーの石はパー紙を突き破るではないか、と述べていました。
 石は土に分類され、紙は木ですから、五行の相剋関係から木が土を支配して、木パーの勝ちになります。5すくみでは煩雑なので、3すくみにしたのでしょう。土グーは金チョキを生みますから、相生関係で土グーが母となり、子の金チョキに勝ちます。
 陰陽五行の末裔は、日常のどこかにひっそりと隠れているものです。以上のように考えます。」
 2005年4月17日(日) よなさん
    スタッフも五行説から来たのではないかと「新しいじゃんけん」に書いていましたが、そのスタッフよりもよなさんの洞察のほうが遥かに深く思えます。

 五行説とは中国の古代に生まれた学説で、あらゆるものが五つの元素、すなわち【木】【火】【土】【金】【水】からなり、常に循環して変化を繰り返している。《天》においては木星、火星、土星、金星、水星の形をなし、《地》においては、木、火、土、金、水の形で、そして《人》においてもその法則は変わらない、という考え方です。

 その循環の法則には「五行相生説」と「五行相克説」の2つがあります。

「五行相生説」とは木は摩擦から火を生じ《木生火》、火は燃え尽きて土と化し《火生土》、土の中に金があり《土生金》、金は水を生じ《金生水》、水は木を育む《水生木》というように、五行が相互いに生かし合いながら循環していくさまを表現しています。

 「五行相克説」はその反対で、木は土から養分を吸い上げてしまい《木克土》、土は水を堰き止め《土克水》、水は火を消しさり《水克火》、火は金を融かし《火克金》、金は木を切り倒す《金克木》というように、相互いに殺し合うさまを描いています。

 グー(石)を「土」、
チョキ(鋏)を「金」(金属のこと)、
パー(紙)を「木」
からもともとは創られたものと推察して、それぞれの関係を

・グー(石)>チョキ(鋏)=《土生金》「五行相生説」
・チョキ(鋏)>パー(紙)=《金克木》「五行相克説」
・パー(紙)>グー(石)=《木克土》「五行相克説」

と、よなさんはおっしゃるわけですね。

 すごい。よなさんに第8回Multiculturalpedia大賞を授与いたします。


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第7回Multiculturalpedia大賞 「虫がとまったら バングラデシュ1」

バングラデシュのとある村で、庭?でお茶していたら、虫がブンブン飛んできて、私の体にとまりました。

 すると、バングラデシュのことに詳しい友人が、「それは『近いうちに、新しい服が手に入る』という吉兆だというよ」と教えてくれました。
 2002年11月14日(木) なおこさん
   なおこさん、Multiculturalpediaの制作に加わっていただきありがとうございました。

 「世界の縁起がいい迷信」という項目をオレンジの目次の一番下のほうにつくったのですが、情報が集まらず開店休業中でした。

これです、私たちが求めていたのは。タイトルもさっと頭に浮かびました。

『世界の 茶柱が立ったら』です。

話を「虫がとまったら」に戻します。
このことを考えるととても愉快な気持ちになります。

どうしてこんな言い伝えが生まれたのでしょう。
その言葉が生まれたバングラデシュの時代、場所に行ってみたいけど、それはかないません。でも楽しくああでもない、こうでもないと想像することはできます。


1 虫が身体にとまって、そのあと本当に新しい服が手に入る、ということがこの言葉をつくった人の近辺で実際に二、三度続いた。

2 身体にコワイ虫がとまり、泣き出した子どもにお母さんかお父さんがなだめるために「お前が欲しがっていたきれいな、新しい服が手に入るしるしだよ」と口からでまかせを言い、後で本当に服を買ったかどうかした。

3 この言葉を考えた人はとてもやさしい人で、虫が身体にとまったからといって虫を叩いて殺している光景を見てなんとかしたいと思って、吉兆、幸運を伝える虫というイメージを創り出した。

いずれにしろ、虫にとまられるのがうれしくなるような言葉を生み出したバングラデシュのいつの時代でバングラデシュのどこにいたかわからない方となおこさんに第7回Multiculturalpedia大賞を授与します。

なおこさん、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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第6回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞
 "ALONE AGAIN (Naturally)" と
『ホームドラマ!』

「ホームドラマ!」というドラマは
Gilbert O'Sullivanの "ALONE AGAIN (Naturally)" という歌からの問い掛けへの返事だったんでしょう。

 1972年頃の歌だから、問いが発せられてから30年以上もの月日をかけての返事ということになります!

"ALONE AGAIN (Naturally)"の歌詞は
とんでもなく辛く、悲惨で、救いようのないような暗いものに
一見、見える。でも、心がつぶれてしまいそうなことが書かれながら
不思議な明るさがある。

 
とっても悲惨で、悲しくて暗いことばかり書かれているのに、明るさが感じられるのはとっても不思議。

「明るさ」というのはきっといろんな種類があるんでしょう。

理由もなく、底抜けに「明るいこと」もあれば、もう1つは人生の辛酸を十二分に味わった上でなおかつ身につけた「明るさ」

"ALONE AGAIN (Naturally)"のメロディーはとっても明るい。
底抜けに、一色に明るいんじゃなくて、悲しみや苦しみを抱きしめながらの「明るさ」というんでしょうか。

"ALONE AGAIN (Naturally)"のような「明るさ」は弱りきって、疲れきった人の心をそっと包み、ほぐし、やがていつかもう一度歩み始める元気を与えることができるような力を持っている。


ちょっとだけ歌詞を紹介してみます。


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「神様がほんとうにいるんなら、
こんな目にあっているのに
何もしてくれないのはなぜ」



「このつらく、苦しい思いを
誰かそばにいて
ちょっとでもわかってくれたら
どんなに救われるだろう
と切実に思っているときも
そんな夢みたいなことは起こるわけもなく
やっぱり誰もいない」



「心に受けた深い傷を癒せずに苦しんでいる人々が
この世にはみんなが思うよりずっとたくさんいるんじゃないか
という気がする。
本当はこういう人こそ誰かそばに一緒にいてくれる人が
必要なはずなのに
孤独でいる」



「いったいどうしたらいいんだろう。
何とかすることはできないんだろうか。

夢みたいなことは起こるわけもなく
やっぱりひとり」



「そして、またひとりに
本当は誰もがひとり

それは実はとっても当たり前で、自然なこと」



(Gilbert O'Sullivan  "ALONE AGAIN (Naturally)")
 ────────────────────────


まるでピクニックに出かけるかのように聞こえる
この明るいメロディーは何なのでしょう。

人は一人で生まれて来て、
一人で死んで行き、
生きているときも一人

そういう思いをかみしめて生きている人は
人にやさしくなれる

そんなメッセージがこの歌の明るさから、
淡々と伝わってくるかのように感じられます。


 「ホームドラマ!」は、
タイでのツアーバスの事故で
両親や夫や妻や愛人など大切な人を
それぞれ亡くして、
心に深い傷を背負い、一人になってしまった人たちが
それまで何のつながりもなかったのに、
「まるで家族のように」
共に生きていくという設定のドラマでした。

 深いふかいキズを負い、
もう自分の人生は終わった、自分はこの広い世界に一人ぼっちでいるという気持ちに追い込まれていた人たちが
この最も家族らしくない「家族」で生きていきます。


 主人公は、一般の世間からは後ろ指を指されるような行動をした彼女の行為が許されることかどうかという方向に話が行った時、
「家族」の意味をこう語ります。

 「たとえまちがっていたとしても
  何か問題を起こしたり、犯罪でもいい、何かしてしまったとしても
  世の中全員から非難されるようなことでも

  でも、それでも、許すというのとは違うけど、
  絶対に見捨てないのが家族、なんじゃないかな」

  この深く傷ついた一人ひとりの「家族」を見守り、支え、大切な人を喪失し みんなとともに、本当の家族よりももっと家族な「家族」をつくりあげてきた主人公が亡くなった奥さんに語りかけるシーンがいくつかありました。


 「亜由美、聞こえてるかな?
  そこから俺は見えるかな?
  俺がさ、亜由美と作りたかったのは、こんな家族なんだ」


「いってらっしゃい」「いってきます」
「おかえりなさい」「ただいま」
「ありがとう」
 
 この家族でない「家族」で使われる、一般の家庭では聞き慣れて聞き飽きたこういった言葉が新鮮に響き、新しい意味が付け加えられたように思います。



 最終回、主人公が亡き妻、亜由美に語りかけた言葉はこのドラマのオープニングで毎回流れていた歌、ALONE AGAIN(NATURALLY)の歌詞と重なっていました。

 この驚くほどシビアに現実の厳しさ、残酷さを歌った歌が、まるでピクニックに出かけるかのように、あたたかくやさしく明るかったように、このドラマも終始あたたかなやさしい明るさに満ちていました。





 「亜由美のいる場所には
  神様はいるの?

  もしいるなら、伝えてくれないかな。



  この世界にはさ
  つらいことが多すぎるよ。

  それにつらいことがあって
  その気持ちが癒された人より
  癒されないまま、救われないままの人の方が多いと思うんだ。



  でも、それがもし、
  神様にとって、この世界にとって、必要な事なら
  せめて、その人たちにも一緒に笑える、心を開ける人を
  与えてあげて欲しいんだ。



  私の愛する夫の願いですって
  そう伝えてくれないかな。

  怒った亜由美は怖いからさ、
  神様も聞いてくれそうな気がするんだ。
  頼むよ、亜由美」







 2004年7月 
    Multiculturalpedia(多文化理解事典)も、一緒に笑える、いつも心を開ける場となるように
志を同じくする世界の皆さんと
育ててゆきたいと思います。

第6回Multiculturalpedia(多文化理解事典)大賞を
 "ALONE AGAIN (Naturally)" と
『ホームドラマ!』に
授与させていただきます。

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第5回Multiculturalpedia大賞 「楽しい豆まきをれもんさんたちに伝えてくださった、れもんさんのおじいさん」

 

Multiculturalpedia(多文化理解事典)では日本中に、世界中に広めたい「節分の習慣」があります。れもんさんのおじいさんに教えていただいた節分です。

  厳正なる審査の結果、
第5回Multiculturalpedia大賞を
楽しい豆まきをれもんさんたちに伝えてくださった
れもんさんのおじいさんに授与することを決定しました(賞金も賞品も何もありませんが)。
(私たちに伝えてくださったれもんさんには副賞を授賞させていただきます)

*******************
 初めまして。
「バレンタインデー」で検索してて、ココへ辿り着きました。
 いや〜〜面白い!
ひっじょうに興味深く読ませて頂いてマス。

 そして、ワタクシの質問。
もうすぐ、節分ですね。

 私の家では、節分の日は祖父の家で過ごすというのが、恒例でした。
家長である祖父が、「鬼は外」と言いながら大きめの升に豆、お金(100円〜1000円程度)、ガムやおせんべい、みかん等を入れ、それらを投げるのです。部屋を真っ暗にし、居間のテーブルをどけた状態で私たち家族に向けて。 で、私たちは争奪戦で一生懸命祖父の投げた物たちを取り合ったものでした。

 私は幼少時、どの家庭もこんな風な節分を過ごすと思っていたのですが、どうも違うようで...

 祖父も亡くなり、節分の行事もなくなりました。
私にとってほんとに楽しかった思い出です。
 私ちなみに広島市内に住んでいます。
どなたかこんな節分を過ごされた方は?&地域性の違いについて!
オシエテ下さい!

 2002年 2月1日(金) れもんさん
*******************

   れもんさん、とっても楽しい情報、ありがとうございます。

 今年から節分はこれで行きましょう!!
 れもんさんのおじいさんはすばらしい(もしもおじいさんの独創でなく、広島全体でそういう習慣があったとしても、どこかの地域でこの習慣が始まったとしても、れもんさんを縁にして世界中のたくさんの方々がこの「セツブン」に触れることができたから、おじいさんは素晴らしい)。読まれた方、ぜひこれをあなたの家の節分の習慣にしてください。

 おじいさんが亡くなられてからはこの節分の行事もなくなったそうですが、Multiculturalpediaをつくり続けてきてよかった、こんな楽しい節分を知ることができたのだから。

 れもんさん、ありがとうございました。今後ともずっとどうぞよろしくお願いします。


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第4回Multiculturalpedia大賞




 坂本堤弁護士の奥さん、郁子さんの言葉が
新聞に紹介されていました。



「一人一人を結びたい」



なんて奥が深く、あたたかく、素敵な言葉でしょう。

 第4回Multiculturalpedia大賞は
坂本郁子さんと
いつも困っている人、苦しんでいる人の立場に
立って行動された坂本堤弁護士と
お二人の大切なお子さん、龍彦ちゃんと
真相究明に奔走された(そしても今もされている)
お二人の親御さん、
それから真相究明に尽力された(そして今も
されている)方々に
ささげさせていただきます。

御三方のご冥福をお祈りします。





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第3回Multiculturalpedia大賞 「しゃっくりの止め方をベラルーシの人に伝えたロシアのボリショイ・バレエのバレリーナ」

厳正なる審査の結果、
第3回Multiculturalpedia大賞を
このしゃっくりの止め方をベラルーシの人に伝えた
ロシアのボリショイ・バレエのバレリーナに
授与することを決定しました(賞金も賞品も何もありませんが)。
(ベラルーシのTさんには副賞を授賞させていただきます)

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ベラルーシ1

  「これはロシアのボリショイ・バレエのバレリーナが、舞台に出る前にしゃっくりが始まってしまい、急いで止めないといけないときにする方法である。」という長い前置きの後、ベラルーシ人に教えてもらったものです。(ということは、ロシアでもこうしているのでしょうか?)

  まず、手伝ってくれる人とコップ一杯の水が必要です。手伝う人はコップを持って、しゃっくりが出ている人の前に向かい合って立ちます。

 しゃっくりが出ている人は両手を背中に組んで、上体をできる限り前に傾けます。その姿勢を崩さず、今度は顔を「これ以上無理」という角度まで、上げます。(顔は上を向いていて、お尻が出ているようなポーズ)

その姿勢のまま、しゃっくりが出ている人にお手伝いの人がコップの水を飲ませます。少しずつ飲まないといけないのですが、この姿勢を保った状態では、普通ガブガブ飲めません。

コップ一杯を飲み干すと、しゃっくりが治っています。私も試したことがあるのですが、本当に止まりますよー。

 2000年7月2日(日) 「ベラルーシの部屋」のTさん
   
これは効き目がありそうですね。

 他にもいろいろなことを調べてくださってありがとうございます。調べるのがいかに大変だったかスタッフは骨身にしみてわかります。それをTさんが一言もおっしゃらないことにTさんのお人柄を感じます。本当にありがとうございました。

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第2回Multiculturalpedia大賞 「太陽 雲 風」

 第2回Multiculturalpedia大賞は
「太陽 雲 風」のじゃんけんを創ったもえさんが
受賞しました。(「世界のボクが私が創った新しいじゃんけん」)

 

「太陽 雲 風」(もえさん)

 太陽は雲に隠れるから雲の勝ち 雲は風に吹かれてどっかいくから風の勝ち
風は北風と太陽という童話で勝ったから勝ち!どうでしょう?

 2002年11月1日(金) もえさん
   もえさん、Multiculturalpediaの制作にご協力くださってありがとうございます。




  なんてきれいなんでしょう。





このもえさんの新しいじゃんけん、『太陽 雲 風』が第2回Multiculturalpedia大賞に決まりました。

受賞、おめでとうございます。

「風」は雲を吹き飛ばし、
「雲」は太陽を隠し、
「太陽」は『北風と太陽』で風とは勝負あり

子どもたちに話したら早速どんな手の形がいいか楽しそうに工夫していました。

昨今の世界に吹き荒れる力にモノを言わせる北風の行為にうんざりしていました。さわやかな気持ちに多くの人々がもえさんのおかげでなれたと思います。

Multiculturalpedia(多文化理解事典)から世界へ、このじゃんけんを思いっきり発信します。世界中の子どもたちがこの『太陽 雲 風』のじゃんけんをやりだしたら、私たち大人達も新しい道を見つけられるかもしれません。

もえさんに第2回Multiculturalpedia(多文化理解事典)を授与します。


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第1回Multiculturalpedia大賞 「あと一回!」

 第1回Multiculturalpedia大賞は
「(くしゃみを)3回すると翌日は晴れるという言い伝えがあるので、そういう時は『明日は良い天気だね。』と(オランダでは)言うこともあるそうです。他の回数は特にないそうですが、3回で晴れるという言い伝えから2回だと「あと一回!」とお願いすることもあるとか。」(「世界のくしゃみ」)
ということを考案(発見)した人に授与されました。
(みやさんには副賞を授与させていただきました)


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オランダ1

   30代オランダ人女性から聞きました。
オランダではGezondheid!とかProost!と声をかけてあげるそうです。

 面識のない人に言うことも割とあるそうで言われた人はお礼を言います。
 また3回すると翌日は晴れるという言い伝えがあるので、そういう時は「明日は良い天気だね。」と言うこともあるそうです。他の回数は特にないそうですが、3回で晴れるという言い伝えから2回だと「あと一回!」とお願いすることもあるとか。

 gezondheidは健康、proostは乾杯を意味します。このシチュエーションでそう訳せるのかはちょっとよくわかりません。あえて仮名をふるとヘゾントハイト、プローストです。

 私自身、オランダ人が集まっている場で3回くしゃみをした人がいたら他の人達が「明日はお天気ね。」と冗談で喜んでいるのを見たことがあります。

 また別の年配の女性に聞いたところ、Gezondheid!が普通だと言いました。Proost!は冗談めかして使っているのでは?とのことです。彼女は使わないそうです。

 3回の言い伝えは上記の通り、他の回数は特にないそうです。子供の頃はGod bless you!のオランダ語版もあるにはあったが現在は使われていないということです。他にも冗談のニュアンスだけど、と前置きしてお金に絡んだ言い伝えがあるとも教えてくれましたが、私には残念ながらよく意味がわかりませんでした。

 日本の例も恥ずかしながら誰かが噂をしているということしか知らなかったので回数による解釈の違いが興味深かったです。



 2001年12月6日(木) みやさん
    みやさん、Multiculturalpediaの制作に携わってくださってありがとうございます。

 「また3回すると翌日は晴れるという言い伝えがあるので、そういう時は「明日は良い天気だね。」と言うこともあるそうです。他の回数は特にないそうですが、3回で晴れるという言い伝えから2回だと「あと一回!」とお願いすることもあるとか。」

 楽しいですね。こういったことを思いついた人、インスピレーションのように感じた人、経験則から導き出した人はノーベル賞を受賞してもいいぐらいだと思います。Multiculturalpedia大賞というのをつくって授賞したいくらいです。紹介してくださったみやさんにも副賞を授賞させていただきます。読んでくださっている方々も異論はないと思います。

 「つばめが低く飛ぶと、・・・」とか「ねこが前足で顔をふくと、・・・」とか天気にまつわる言い伝えは多いですね。「世界の、・・・と、明日は晴れる」「世界の、・・・と、明日は雨になる」というページを新たに作らせていただきます。

 今後ともずっとどうぞよろしくお願いします。

 Multiculturalpedia(異なる文化を楽しみながら学ぶ事典)はどんなに沈んだ気分でひらいても、読み進んでいくうちに元気が出てくる、楽しい気持ちになってくる、世界中の人々とともに創っていく事典です。日本も世界もとんでもない不況の風が吹いていて、辛い思いをしている方々も多いと思います。この多文化理解事典で暖をとって、また、新しい明日を送っていただきたいと願います。Multiculturalpediaはいつでも辛い思いをしている方々の味方です。

 Multiculturalpedia(多文化理解事典)の世界に
肩までつかって、あたたまっていると、
時間が止まって感じられることがあります。
過去から未来をつなぐ無限の時間が感じられることがあります。

 Multiculturalpediaは異なる文化と文化が
実はつながっていたという事実を明らかにしてきました。
これからも次々に明らかにしていきます。




 太陽の色、月の色、星の色、トイレなどの表示に使われる男性の色・女性の色、そしてBoys and Girlsや「男女」という語順、初対面の挨拶(お辞儀、握手など)、数えるときの指の折り方、「はい」「いいえ」のしぐさ、熱いものを触ったときに思わず耳たぶをさわるしぐさ、相手への呼び掛け方、姉・妹、兄・弟を区別するかどうかなどなど、どの文化圏にも、「善悪の彼岸」をこえて無意識にあるいは無自覚に継承している文化があります。
 それは、異なる文化の人々と接して初めて、見えてきます。

 強打者だったら誰でもいい打撃コーチになれるという考えが誤りのように、英語のネイティブが誰でもいい英語の先生になれるということはありません。日本語のネイティブだったら、誰でもいい日本語教師になれるということではないのと同じです。苦労して日本語を意識的に身につけた外国人のほうが学習者がどこでつまずくかわかり、いい日本語教師としての前提条件を備えているかもしれません。

 自国の文化を知ろうとしたら、他者の眼をもつことが不可欠になってきます。異なる文化の眼で見て初めて見えてくるものがあります。

 「うちのかあちゃん(とうちゃん)のごはんが世界一うまい」と言って喧嘩をするのでなく、ああ、どこの文化圏の人も「うちのかあちゃん(とうちゃん)のごはんが世界一うまい」と思ってるんだな、まいったな、こりゃ。と、世界の異なる文化圏の人々を隣の人として感じられるような事典に育てていきたいと思います。

 「Multiculturalpedia大賞」についてのご感想(一言でも)、情報など何でも、ひろばに寄せていただければありがたく存じます。

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