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「世界の大山鳴動してねずみ一匹」
 世界各地の「大山鳴動してねずみ一匹」という諺を紹介してゆきたいと思います。このページはなおこさんのおかげで誕生したページです。

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大山鳴動してねずみ一匹

「大山鳴動してねずみ一匹」と、同じような意味のことわざが、バングラデシュにあります。
「オネク ゴルジョネル ポレ エク フォタ ブリスティ」
すごい雷が鳴った後に、少ししか降らない雨、という意味です。

 2003年8月10日(日) なおこさん
   なおこさん、いつもありがとうございます。

 おもしろいですね。

この『大山鳴動して鼠一匹』はてっきり中国のことわざだと思っていましたが、
調べてみたらローマの詩人Quintus Horatius Flaccusの言葉なんですね。
原典のラテン語ではParturiunt montes, nascetur ridiculus mus.となっています。
(山が産気づいたが生まれたのは滑稽なネズミ一匹)

いかにも中国出身っぽい「一石二鳥」もそうではありませんでしたが、
『大山鳴動してネズミ一匹』も違うんですね。ビックリです。

なおこさん、どうもありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします。

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 昨日は国会議事堂にも雷が落ちたそうですが、あの大雨がやんだあと、空気中のチリが掃除されたせいかひときわ綺麗に火星が輝いて見えました。

 今日は月からずいぶん離れたところに火星が見えました。

 来週は9月9日(火)に月と火星のツーショット、9月12日(金)に阪神タイガースの18年ぶりのリーグ優勝と、大忙しですね。 

 でも古巣の中日戦で優勝では星野監督も辛いでしょうね。きっとそれまでに決めたいと思っているに違いありません。でも、もしも、かけがえのない中日ファンから、もしも、優勝を祝福されたらうれしいでしょうけど。
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ローマから日本へ

 「大山鳴動してねずみ一匹」が、ローマのことわざ(?)だったなんて、知りませんでした。

 それにしても、そのParturiunt montes, nascetur ridiculs mus.

 が、いったい、どのような道をたどって日本にたどり着き、「大山鳴動して・・」だなんて、しっかりと「日本のことわざ」として根付いたのか、考えてみると不思議なものですね。

 世界の遠く離れたところで別々に、同じようなことを考えつくのもふしぎなら、世界のどこかで誰かが思いついたことが、いつの間にか遠く離れたところに伝わり、そこでは、昔からそこにあったことのように思われているのもふしぎです。

 この「多文化理解事典」も、いつかそんな「不思議な道のり」の一つになるといいですね。

 2003年9月5日(金) なおこさん
   なおこさん、いつもありがとうございます。

 そうですね。本当に不思議ですね。遥かな道のりを経て、いくつもの時代を越えて辿りついたんでしょうね。

 「RESONA(りそな)」という銀行があります。
スタッフのイギリスの方がこの銀行のことを「レゾナ」と発音しているので、不思議に思ってどうしてか聞いたことがあります。

 すると、英語で「RESONANCE」という言葉があるので英語圏の人は「RESONA」というスペリングを見るとそう発音する人が多いのではないか、という話をしてくれました。

 「りそな」はラテン語の「Resona=共鳴する、響きわたる」から来ています。
 英語の「RESONANCE」もこのラテン語の「Resona」から生まれた言葉でしょう。
 「反響、響き、 余韻」という意味を持ち、物理学の用語としては『共鳴』、『共振』という意味を持ちます(研究社英和中辞典)。

 『共鳴』という言葉を懐かしく思い出します。小学校か中学校で、理科の先生に音の高さが同じ(振動数が等しい)音叉(オンサ)を何本か離して置いてした、あの実験です。

 音叉を1本だけ叩いて鳴らすと、1本しか鳴らしていないのに、離れた音叉が振動して鳴り始めます。これが「RESONANCE」、「共鳴」「共振」です。物はそれぞれが固有の振動数を持ち、伝わってくる振動が自分の振動数と一致、関連するとき、振るえ出します。理屈を聞いてもとても不思議に思います。

 この『共鳴』『共振』は物の世界だけではないと思います。

 国境を越えて、言語を越えて、感動を呼ぶ映画、小説、音楽、絵、彫刻などがあるのは、世界の人々の心の中にもともと共鳴するものがあるからなのではないかと思います。

 月を見上げて美しいと思った人々が世界のあちこちにいたから、『世界の月に描いた絵』の話が生まれ、その話に心を打たれて人に伝える無名のたくさんの人々がいたから現代にまで伝わっているのだと思います。

 じゃんけんという他者との決定の方法を素晴らしいと感動、共感した人がこれだけ世界にじゃんけんを広めたんだと思います。

 国によっても、政治体制によっても、宗教によっても、教育によっても、共感するものは変わってくるでしょう。また、経験によっても、その人の置かれている身体的状況などによっても感動するものは違ってくるでしょう。

でも、そういった後天的なものに包まれた、もともとの人の心には、世界中のどんな人も共振するコードがあるんじゃないかと思います。

 素晴らしいもの、美しいもの、楽しいもの、ゆかいなものを創ることができるひと、そのよさがちゃんとわかって感動して他の人と共有したくて伝える人がいて、それにまた共鳴して感動する人がいて、・・・。

 宝石じゃないかもしれないけど、そんなキラッと光る石をわたしたちは集めているんだと思います。

 そんな人間の共振・共鳴するコードに触れる、人の心の琴線に触れる石がいっぱい詰まった事典に世界中の方々とともにこのMulticulturalpedia(多文化理解事典)を育てていきたいと思っています。

「この「多文化理解事典」も、いつかそんな「不思議な道のり」の一つになるといいですね。」
 (なおこさん)

 本当にそう思います。漠然と思っていたことをピッタリの言葉で言ってもらえて、ああそうなんだ、これなんだ、と思いました。ありがとうございます。


 八木重吉という人がこんな詩を書いています。




   「素朴な琴」


  この明るさのなかへ

  ひとつの素朴な琴をおけば

  秋の美しさに耐へかね

  琴はしづかに鳴りいだすだらう



この詩にあるような場にMulticulturalpediaをしたいと願います。
そして世界から訪れる方々の心が「耐へかねしづかに鳴りいだす」ようなところにしていきたいと願います。


  「響(ひびき)」

 秋はあかるくなりきつた
 この明るさの奥に
 しづかな響があるようにおもわれる


 声高でない、「しづかな響」を世界の人々の心に伝えるサイトにしていきたいと願います。


なおこさん、これからもどうぞよろしくお願いします。
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