Multiculturalpedia
異なる文化を楽しみながら学ぶ事典

智恵
《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》
カウンター設置2005年11月23日
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  途中文章が終わったように見えても、これは「終わりは新たな始まり」ですから、けっして挫けることなく先へ先へとお進みください。






智恵
《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》























 信号が

 

 に変わろうとするところだった。
































 彼女につられて

 横断歩道を速足で歩き出したところ、半分も行かないうちに

 車がすぐ隣に迫ってきた。























 彼女の手を引っ張り、急いで戻りほっとした。




 まったく無茶なんだから、今日という今日は言ってきかせなくちゃ。





















 ─────













































 信号が

 

 に変わろうとしていた。










































 彼の手を引っ張り急いで渡ろうと歩き出したところ、

 もうちょっとで半分というところで、


 車がすぐ隣に迫ってきたが待ってくれそうだった。




























 急ごうとしたところを


 彼に手を引っ張られ、戻らされた。





 ぜんぜん余裕なのに、いつもこうなんだから、もういい加減にしてほしい。












































 ─────




























 信号を待っている間中 そこにいた人々は

 二人のトゲトゲしい口ゲンカを 聞かされて

 うんざりしていた。





















































































         青になった。










































 女の子はさっさと横断歩道を渡り、

 男の子は逆方向を歩いて行った。

























































 女の子は友達にこう話していた。







































































「典型的な性格の不一致ってゆうやつだったのよ、私たち。




 信号であったみたいなことは今日に限ったことじゃなく




 今までにもいっぱいあって




 いつもこんな風に衝突してた。




 こんなんで一緒になってたら大変だった。




 ああ、せいせいした。」



























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































 「ねえ、

 
***を見てみない」





















































































 「***」は

 二人が昔見ようとして見られなかった映画の

 リニューアル版だった。

 長い年月が流れ、

 それが

 もう一度出会った彼と彼女が

 口にした言葉。





































































































 見逃した「***」は

 彼にも彼女にも

 ずっと忘れられない思い出の映画になっていた。


























































 ─────









































































 昔と同じ、信号を渡ると映画館

 という場所に

 二人は来ていた。











































































































































































 そして、あのときと同じに信号が

 

 変わろうとしていた。
























































































































































































 ─────





























































 彼は彼女の手を引っ張り、急いで渡ろうとした。

 もうちょっとで半分というところで、車がすぐ隣に迫ってきた。
























































































































































































































































































































































 急ごうとする彼の手を引っ張り、

 彼女は急いで戻った。



























































































































































 信号を待っている間中そこにいた人々は

 二人のアツアツの口ゲンカを聞かされてうんざりしていた。




 この熱々の二人が

 実はずっと昔に別れた恋人同士で、

 先日出会ったばかりと聞いたら、

 きっとみんな腰を抜かさんばかりにびっくりしたことだろう。













































































































































になった。















































































































 この物語には、この二人が会わなくなってから再び出会うまでの、長い年月どうしていたかについては一行も書かれていません。

 おかしく思えるかもしれませんが、この物語の一番語ろうとしている中心主題はその書かれなかった行にあります。




《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》に登場する二人はどこにでもいる二人です。ちょうどあなたとあの人のように。












 この二人は断絶した親子でもかまいませんでした。

 二度と口をきかなくなった親友でもかまいませんでした。

 戦争状態にある敵と味方でもかまいませんでした。

 もう亡くなってしまったあの人にどうしてあんなことを言ってしまったんだろう、どうしてあんなことをしてしまったんだろうと思っている人でもかまいませんでした。






 異なる文化の人間と異なる文化の人間だったら誰でもよかったのです。







 この物語では、別れた二人が再び出会います。





 二人は驚きます。




 自分だけでなく相手も変わっていたからです。そう変わることがどんなに大変だったか相手のために自分を懸命に変えた二人にはわかります。














 相手のことが好きで一緒にいたくても、衝突するものがありそれを互いに譲れなければ、一緒にはいられません。互いに相手が変わることしか願っていないのなら別れるしかないでしょう。




 ともに生きていくためには相手とともに暮らしていける自分に変わらざるをえません。今までの自分から変わることは並大抵のことではできません。けっして簡単なことではありません。














 自分のことを大切に思ってくれて相手が大変な思いをして変わってくれたことに気づき、感謝の思いを深く抱きながら二人はあの信号のところで以前とはぜんぜん質の違うケンカをしてしまいます。「あなたはあなたのままでよかったのよ。」「キミはキミのままでよかったんだよ。」















 地味で、目立たない、たわいないラブストーリー、とってもシンプルな、短い話です。









   もちろん単なるラブストーリーではありません。さまざまな意味合いが込められた物語です。









これは私たちの未来の物語です。異文化摩擦、文明の衝突で今にも幕を閉じようとしている今の私達の地球のドラマです。









 この《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》
私たちからの未来の子どもたちへの遺書でもあります。









 残念ながら、私たちは、誰もが大切にされる、平和で楽しい世界を築いて
君たちにプレゼントすることはできませんでした。

 君たちが今どんな世界に住んでいるか、それは昔の時代に生きた私たちにはわかりませんが、
君たちが今苦しみ、とってもつらい思いをしているとすれば
その原因は過去につくられたものなんでしょう。
心苦しいかぎりです。




 私たちも君たちもその多くが世界を変えることは不可能だと感じているかもしれません。

 その通りだと思います。

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も世界を変えることは不可能だと思います。




 でも、
私たちはこうも思います。


「世界を変えること」は不可能なことだけど、
「世界が変わること」は可能なんじゃないか、と。



 世界というのは
実はほかでもない、
「私たち」のことです。

 世界を変えることは不可能かもしれませんが
人は誰でも私を変えることは、難しいことですが、可能です。


 一人ひとりが私を変えることによって
私たち、つまり、世界が
変わるチャンスがあります。











 自分を変えることによって世界を変えるのです。







自分を変えることは今までの自分を殺すことではありません。もっと大きな自分に成長することです。















 「私達」から見たら、あの国の人たちやあの考えを持った人たちである「あの人たち」「彼ら」ですが、

 「彼ら」から見たら「私達」も考えや習慣の異なる、得体の知れない「あの人たち」であり、「彼ら」にほかなりません。

 「あなた」から見たら、「あの人」「彼」「彼女」であり、

 「彼」「彼女」から見たら「あなた」は自分と違った、何を考えているのか理解できない「彼」「彼女」なのです。

 そのことをMulticulturalpediaでは繰り返し、繰り返し、"We are they, they are us."(「私たちはぜんぜんつながりがないと思っていた人達と実はつながっていた」)タペストリーやいろいろなところで書いており、Multiculturalpediaそのものがその思いをカタチにしたモノです。






















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はここに訪れた方たちが
一人ひとりの私、自分を
より大切にするために
より自分らしくなっていくように、
との願いを込めてつくられている事典です。

 訪れた一人ひとりの方が
自分がどんなに大切な存在であるか再認識し、
そんな自分を大切にしなければならないことに気がつき
自分らしい自分に戻っていく、
本来の自分に戻っていく中で、
他人と思っていた人が自分でもあることに気がついてゆく。

そして、あるがままの本来の自分自身、あるがままの人を
celebrateしてゆく
というとってもNaturalなことを目指した事典です。












  人は希望を失うと
生きていくのがとても辛くなります。

 君がこの世界に絶望して
自分も、自分のまわりも変えられっこないと思ったとき、
自分が取るに足らない、つまらないものに見えたとき、



















































 一行も書かれなかった、何行も何行も空白だったはずのこの物語が








そのとき、








本当の姿を現します。

























































 君のそばにしっかりと寄り添い、君を力づけ、君を励まし、


あるがままの君をあたたかくcelebrateしてゆき、繰り返し君に伝えます。














































 自分と触れ合う人々の




苦しみや悲しみを




取り除き、




つらい思いをしている人を




幸せな雰囲気で包んであげること




そして




自分がいる場で必要とされていることをして




喜んでもらうこと




それが




ほんとうの




きみの幸せだということを。
















































《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》は拍子抜けするほどたわいないラブストーリーで、とってもシンプルな、短い話です。









 もちろん単なるラブストーリーではありません。さまざまな意味合いが込められた物語です。










 物語は、明るい未来が見えない袋小路のような、絶望的に見える場面から始まります。主人公たちが出口に向かい、出ていってしまう、終わったところから始まります。


 このストーリーのベースとなっているのはこんなことわざです。

















 ────────────────────────


Every exit is an entrance elsewhere.

(出口は
実はどれでも同時にどこか別の新しい世界につながる入り口)
 ────────────────────────


 つまり、《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》です。



















 ヘレン・ケラーのこんな言葉を聞いた人もいるかもしれません。


『ひとつの幸福の扉が閉まっても、別の扉が開きます。
 でも、私たちは、しばしば、閉じた扉をずっと見ていて、
 開いているほうの扉を見ないことがあるのです』

“When one door of happiness closes, another opens;
but often we look so long at the closed door
that we do not see the one which has opened for us.”
                   Helen Keller





























《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》という短い物語は、長い、ながい時間の流れを描いたストーリーです。


《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》にはもう1つベースに流れている考えがあります。

























 発明王と言われるエジソン(Thomas A. Edison)は
電球を実用化するためにフィラメントに使える物質を見つけようとしていろいろな物質を試して、「失敗」を何度も何度も繰り返したと言われています。












 1000回とも2000回とも6000回とも言われています。












 「そんなに何度も失敗を繰り返して、よくやる気をなくしませんでしたね」と聞かれて彼はこんな意味のことを答えたそうです。


















 「失敗じゃない。これまでのことを失敗と思ったことは一度もない。1つひとつ実験して電球に使えない物質が1つひとつ明らかになっていったんだ。地球上の物質には限りがある。だから1つ消えるたびに確実に私は理想のフィラメントに近づいていったんだ」




















 辿り着いたのは他ならない、遠く離れたこの国、日本の京都の竹だったというのですから、彼の根気には頭が下がります。1880年のことだそうです。



















 《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》のベースに流れている考えは先に紹介した言葉と、さらにこの2つの言葉です。

















 この2つは共に語られたことはないのですが、同じことを言っていると思いませんか。


















『「失敗」の反対は「成功」ではない。「失敗」は「成功」の過程にすぎない。』Failure is not the opposite of success; Failure is a part of success.













『「成功」の反対は「失敗」ではない。「成功」の反対は「あきらめること」だ』

The opposite of success is not failure; The opposite of success is quitting.






























《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》で二人は気の遠くなるような長さの時間を生きてゆきます。


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はさらにもっと気の遠くなるような時間を旅してゆきます。


 読んでいただければ、
多文化理解を目指すこのサイトが
「このサイトは30年や50年、100年といった、短い期間を目標につくられているものではありません。300年、500年、2000年、3000年、それ以上にわたってつくられていくものです」となぜ繰り返し書いているのかおわかりいただけると思います。



「出会いは別れの始まり」というのは深い言葉だと思います。

 どんな出会いにも必ず別れが来ます。双方が、あるいはどちらかが離れていくこともあれば、互いがどんなに離れまいとしても引き離されてしまうことがあります。また、死は否応なく人と人を別れさせてしまいます。

 とてもさびしくつらいことですが、別れがあるからこそ会えることの素晴らしさ、大切さを人は知ることができるのかもしれません。

 別れて初めてその人がどんなに大切な人だったか、その人が自分にとってどんなに大切な人だったかに気づき、そのとき、本当にその人と初めて出会えるのかもしれません。別れがなければ一生その人と「出会えず」にいたのかもしれません。

 オープニングページにはMulticulturalpediaの目指すところが書かれています。

 タペストリーには現実の世界がどれだけ残酷であるか、そしてそのことに対してどれだけMulticulturalpediaが無力であるかが書かれています。

「作りながら民族間の激しい憎悪を見せつけられると関係の修復など不可能ではないかと思うときがある」(タペストリー

「恨みや憎しみも積もれば積もるほど、行動はどこまでもエスカレートしてしまいます。世界各地で迫害された方々の話を聞いていると、親や恋人や兄弟や大切な人々を虐殺されたこの方達の心の穴、苦しみ、寂しさ、つらさ、憎しみ、恨み、怒り、復讐心を癒すのは並大抵のことではできないと感じます。」(タペストリー

 「Multiculturalpediaはこういったこと、方たちに対しては直接は何もできず、無力で歯がゆく思っています。でも、他愛のないことばっかり取り上げているように見られますが、私たちは何とかしたい、何とかしたいと思いながら、この多文化理解事典を作っています。いろいろな文化圏の人々の知恵、考えを取り上げ、互いに敬い合える関係を少しずつ築いていきたいと願って作り続けています。」(タペストリー



  なぜだと思いますか。



 人は差別している人、見下している相手にはひどいことが難なくできても、尊敬している人、敬っている相手にはひどいことはできないと考えるからです。(タペストリー



 確かに「出会いは別れの始まり」でしょう。「始まりは同時に終わりの始まり」でもあるでしょう。「誕生は死去の始まり」でしょう。



  でも、それだけでしょうか。





 本当の終わりには新たな「始まり」が含まれていると思います。別れはまた新たな「出会いの始まり」を生む可能性を秘めたものだと思います。





 こじれにこじれたお隣りの国との関係が変わってきています。

 今回、お隣りの国の人々への理解、親近感を本当に深めたのは、政治家でもなければ、学者でもありませんでした。「冬のソナタ」というドラマでした。このドラマがどれだけお隣りの国を近くしたでしょう。職場の人が「今のような状況が日本に起こるなんて数年前には考えられなかったこと」だと言っていました。

 オープニングページはMulticulturalpediaにとって一番大切なことが書かれています。

 タペストリーMulticulturalpediaの決意表明です。

 そして、これから掲載する《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》は、夢と希望を奪われてしまった人への、心に何の絵も、音楽も、詩もなくなってしまった人への、Multiculturalpediaからの心からの贈り物です。私たちからの未来の子どもたちへの遺言です。



「異文化摩擦のバリエーションはいろいろある。小さな誤解から偏見を生み、互いにレッテルを貼り合い、怒り合い、こじれてひどいときには虐殺に向かう悲惨な歴史が人類がたどってきた道かも知れない。この別の道を歩みたい。違いをおもしろいと思い、楽しみながら、いつか分かり合いたい。 これはとてもエネルギーを使う作業だし、苦しすぎる行為だし、あまりかっこいい生き方に見えない。 Multiculturalpediaはそうやって行こうとする人々を励ますトーンで作っていきたい。」(タペストリー

  これはMulticulturalpediaの初心であり、原点です。

 これから掲載を予定している《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》は「そうやって行こうとする人々を励ますトーンで作っていきたい」というMulticulturalpediaの制作姿勢を示す、私たちの未来の「物語」です。
































































  宮沢賢治の詩に、「雨ニモ負ケズ」という詩があります。
これは賢治が自分がなりたいと思う理想の人物像を描いたものです。















































 賢治のこの夢は大きいんでしょうか、それとも小さいんでしょうか。














































 東ニ病氣ノコドモアレバ
  行ツテ看病シテヤリ






 西ニツカレタ母アレバ   行ツテソノ稻ノ束ヲ負ヒ






 南ニ死ニサウナ人アレバ
  行ツテコハガラナクテモイゝトイヒ










 ヒデリノトキハナミダヲナガシ






 サムサノナツハオロオロアルキ






 ミンナニデクノボウトヨバレ




 サウイフモノニ
  ワタシハ
  ナリタイ



































 なんてささやかな願いなんでしょう。
































































 























雨ニモマケズ 風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ




慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル




一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ




アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ





野原ノ松ノ林ノ蔭ノ

小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ





東ニ病氣ノコドモアレバ

行ツテ看病シテヤリ


西ニツカレタ母アレバ

行ツテソノ稻ノ束ヲ負ヒ


南ニ死ニサウナ人アレバ

行ツテコハガラナクテモイゝトイヒ


北ニケンクワヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ





ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ





ミンナニデクノボウトヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ






サウイフモノニ

ワタシハナリタイ 

















































 なんてささやかな、ちっぽけな願いなんでしょう。



 そして、同時になんて、



 なんて大きな夢、願いなんでしょう。







































































































小さな一歩は大きな一歩























































































ささやかな願いは果てしない願い。















































































別れは出会いの始まり。



















































































そして、終わりは、



 そう




 終わりはいつも、単なる終わりではなく、






 どんな終わりも、









































































































































































































































































































































































































































































































新たな始まり









 《終わりは新たな始まり 別れは出会いの始まり》についてのご感想(一言でも)、情報など何でも、ひろばに寄せていただければありがたく存じます。

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