大学で哲学??????
今まで特には公表していなかったのですが、
実は大学で「哲学と倫理学」を勉強していたのです。
かなり昔であり、とても不勉強な学生でしたが・・。
果たして学部の再編とかで、今もあるのでしょうか??
横浜国立大学の教育学部の中に中学校教員養成課程
というのがありまして、そこの中で
「哲学と倫理学」を専攻しておりました。
もの凄く、不勉強な学生で、授業とかも殆ど出ていないし
果たして在学中に何冊の哲学書を
真剣にことやら、甚だ怪しいですが・・・。
ただ、独自の人生観、倫理観とかを持っていると
よく人に言われるのですが、もしかしたらば、
そのルーツがそこにあったりして????
たま〜に、人に聞かれます。
尊敬する哲学者は? と。
ハッキリ言っていません。
誰も一長一短ですから・・・・・
下手に誰かに系統してまう事のほうが危険ですし、
それほど、今の自分は弱くない自信もあります。
まあ、強いてあげれば、一番面白かった思想書は
古代中国の『孫子』です。
これって、思想書と呼んでいいのかも疑問です。
何故ならば、古代中国の兵法書ですから。
それと、学生時代、プラトン著の
『ソクラテスの弁明』という書は得意でした。
何が得意かというと、約1時間で
原稿用紙5枚のレポートを書けましたから。
ずいぶんと、レポート代筆のバイトをしたので、
当時は空でレポートがスラスラ書けました(笑)
まあ、本とか全然読まなかったので、
過去の人達の思想って、あんまりわからないのですが、
ただ、教訓として感じ取った事がいくつか・・・。
決して流されてはいけないという事。
ある事柄について、人間は雰囲気で
信じ込んでしまう傾向のある動物なので、
多くの人が言っているからと言って
安易に信じたり、狼狽えたりしてはいけない
という事。
必ずある事柄について、
それが真か偽かの両方の場合を
シュミレーションする思考は身につけました。
他には人間の言語には限界があるという事。
要は人間は言語を過信しすぎているという事。
人間は唯一言葉を喋れるなのですが、
その事を過信しすぎているという事です。
本当に伝えたい事って言葉で100%伝えられますか?
誰もが自信ないハズなのに過信してますよね。
そう、言葉には限界があると思うのです。
逆に言うと、人間は言葉過信しているから、
平気で嘘をついたり、とりつくろったり
しています。
(だから、疲れるのでしょうが・・・)
特にビジネスの世界、会社の社内外なんかは、
凄いものです。
でも、面白い事に人間って、
本音の時の表情と、建前の時の表情って、
表情の特徴の差が顕れますから、
自分で気付かなくても
滑稽なんでしょう。(きっと)
なので、短期的に損をしてもいいので、
なるべく本音で生きる様に心掛けています。
後、気心の知れた相手の表情は
なるべく探らない様に気を付けています。
って言うか、探りあわないでいい人達が
周囲に多いことが、
どんなにか人間にとって安らぎな事なのでしょうが。
最近、感じる事に、根っからの悪人って、
少ないと思うのです。
2001年などは、逆収穫年だった様で、
かなり嫌な事、嫌な人、等に遭遇しましたが、
でも、いろいろと分析・分類すると、
だいたいいくつかのパターンに分かれますし、
その嫌がらせに至ったルーツもだいたい
パターン化する事が出来ると思うのです。
いつかじっくり僕なりのパターン分析を
まとめてみたいと思っています。
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