小説2002
今年読んだ小説を星五つでお薦めしていきます。
可もなく不可もなくが星二つくらいの目安です。
水の眠り 灰の夢 ☆☆☆
桐野夏生
東京オリンピックを一年後に控えた日本を舞台に展開する事件。
それを追う週刊誌のトップ屋。
当時の日本の描写は細部まで注意深く、綿密な取材によるものかと
感心せずにおれない。
今宵、銀河を杯にして ☆☆☆☆
神林長平
植民惑星で鉢合わせした異星人同志が始めた戦い。
そこでしたたかに生き延びる一台の戦車にまつわる物語。
おかしな三つ巴の様相を呈する惑星の状況設定は興味深いが、メイン
の楽しみとなったのは登場人物達のどこか達観した台詞。
終盤は急ぎすぎる感がある。
過負荷都市 ☆☆☆
神林長平
これまた豪快なSF設定を駆使して、描かれるのは冒険やストーリーで
はなく、「人間の心が世界を形作っている」という観念そのもの。
スケールの大きな設定はそれだけでも胸躍り、ページを繰る速度が上
がる。
異様な世界でありながら、どこかきちんと現実世界との接点が存在す
ることが、神林SFの魅力なのだと思う。
しかしこれも唐突な終わり方。
七胴落とし ☆☆☆
神林長平
大人と子供の差異、そして断絶をSF設定によって前面に押し出し、意
識下で感じている不明瞭な日常感覚を明確に文字であらわしてくれる。
物語はいささか内向的で悲劇的。そのまま読むと気分が落ち込みそう
であるが、それぞれのシチュエーションを自分の学生時代と照らし合
わせて理解すると、当時感じていた感触を相似拡大させた寓意の集ま
りなのだととることが出来る。
そうしてみると全体は古典的な「おおげさな」表現で描かれた日常で
あり、親近感を持って読むことが出来るだろう。
ラストは尻切れトンボ感が強い。
グッドラック〜戦闘妖精雪風〜 ☆☆☆☆
神林長平
前作雪風から20年を経て登場した続編。
謎の存在と戦闘を繰り広げるはぐれ者達の戦い。
前作からの流れをしっかり受け継ぎながら、自己模倣に陥ることなく、
きちんとテーマを進化、前進させている。
戦場の物語なのに、戦闘よりもそれに関わる人々の意識の変遷を追う
ことこそを中心に据えており、がっぷり四つで量感のある読書時間を
楽しめる。
一番良いところで話が終わるので当然続編希望だが、20年後になる
とつらいなあ。
戦闘妖精雪風 改 ☆☆☆
神林長平
アニメ化で名を知ったので読んでみた。
単純な侵略戦争物かと思ったが、根のしっかりした哲学的な作品。
機械と人間の相克を描く、と名打たれていたが、まさにその通り。
より気取って言うならば、人類が「人間という存在の規定」を迫られる
物語。
テーマを際立たせる状況が、それ自体でもきちんと楽しめるものになっ
ており、頭でっかちな印象はまるでない。
体言止めや、専門用語の連発が空中戦闘の高速なテンポを感じさせてく
れる。
蛙男 ☆
清水(何とか)←失念
徐々に蛙になっていく男の話。
色んな寓話としてとらえることは出来そうだが、だるい。
村上春樹的なやる気のない主人公。
星新一ばりに短編にすれば良かったのではないかと思う。
イエローキャブ ☆☆☆
家田荘子
NYやLAに住む日本人女性達へのインタビュー集。
中途半端な文体。
ノンフィクションのインタビューなのにきれいに整いすぎた状況描写
と登場人物達の仕草、行動。にじみ出るインタビュアーの自意識。
民放の意識操作見え見えのドキュメンタリーをみている気分だった。
書かれてる彼ら彼女については、何か、なされる質問についての準備を
していましたという感触が強かった。おそらく、彼女たちは、パープー
ではない。世に満ちる問題意識のない馬鹿どもよりも思考濃度や程度は
高いんだろう。彼女たちは自分の状況を認識していて、その矛盾に気づ
いていて、それを閉じこめるために、日夜自分で自分を納得させる会議
を開き続けているのだろうと思った。で、名フレーズで自己弁護をして
いる。
羽衣伝説の記憶 ☆☆
島田荘司
特に事件はなく加納通子との関係に一石を投ずるだけの一編だろう。
北の夕鶴2/3の殺人 ☆☆
島田荘司
この事件単体で考えるとトリックが苦しい。これに尽きる。
が、加納通子シリーズのワンピースとしてみると、欠かせない一編。
事件の提示が、偶然に過ぎるのである。
どんどん追いつめられていく主人公には興味を継続させられる。
涙流れるままに ☆☆☆☆
島田荘司
吉敷竹史シリーズ。
シリーズ総括の長編で、しかし自分にははじめてのシリーズ。という誤算。
他のエピソードを読んでから取りかかるべき位置づけの一冊だが、
無知にもここより挑んでしまった。それが残念ではある。
かといって、別段読むのに無理があるわけでもなく、
これ単体で十二分に楽しめる。
細かい部品を積み上げて全体像を描いて行くスタイル。おもしろい。
なにより、描かれるヒロインの半生に心奪われる。
一言でいうなら、とてもしっかりと描かれたエロ小説。実力派のエロ小説。
これは侮蔑ではない。自分でもおかしいと思うが、賛辞だ。
ああ、上手く言えないけど、おもしろい。
夢・出逢い・魔性 ☆
森博嗣
瀬在丸紅子シリーズ。
森博嗣どうしたの? というくらい平凡。
文章自体が楽しいので、おもしろくなかったということはないが、
これまでにあったトリック(文章としてのね)の各種が取り混ぜられていて、
幕の内弁当というか、昨日の残り物弁当というか。
好意的に解釈するなら、確認のための実験。
理系ミステリーの理系が、どんどん文系に流れている気がする。
つじつまあわせが目立ち、テレビの二時間ドラマのよう。
それがどれだけ大変なのかは想像しかできないが、
これまでの作品がそうであったように、びっくりさせて欲しいのに。
水晶のピラミッド ☆☆☆☆
島田荘司
探偵御手洗潔シリーズ。
遙か数千年前のエジプトから現代まで、そのスケールが気持ちよい。
ミステリーにありがちな密室トリックに縛られた幣束感とは無縁。
荒唐無稽でありながら、それらが結びつく筆致の確かさ。
豪放な推進力に引きつけられる。
個人的には主人公によってネガティブに規定される「女性の定義」が
本筋とは関係なくも、ヒット。
『女性の典型、すなわち表面的には必要にして十分だけ優しげで、
他者への思いやりに充ちているように見せているが、
その実一円も損をすまいと絶えず身構えている図太い利己主義者』
ああ、そうかも知れない。
走らなあかん、夜明けまで ☆☆☆
大沢在昌
やくざの取引に巻き込まれた運の悪いサラリーマン。
大阪を舞台に一晩の物語。
ジェットコースターノベルというのがふさわしい。
眠たい奴ら ☆☆☆
大沢在昌
惚れた女のためにやくざが正義の味方を目指す。
はぐれやくざとはぐれ刑事のコンビネーションがおもしろい。
新宿鮫〜灰夜〜 ☆☆
大沢在昌
鹿児島を舞台に犯罪に巻き込まれた新宿の刑事が駈ける。
シリーズのメンバーが出てこないのはやはり寂しい。
結末に近づくに従って筆が手を抜くような感触。
導入は引き込まれるが、竜頭蛇尾。
月は幽咽のデバイス ☆
森博嗣
まさに可もなく不可もなく、といった印象。
主人公に感情移入できないつらさ。
そういう先入観で読むと、何もかもが屁理屈に聞こえる。
トリックも万百の類似に埋もれそうな今作。
最後に綺麗にまとめるのはさすがと思いつつも、
今までの森博嗣で最もおもしろくなかった。
そして二人だけになった ☆☆☆☆
森博嗣
核シェルターのテスト居住で外界から隔絶された六人の男女。
当事者二人が一人称で語る物語。
物語の最初の一文字から最後の一文字まで、全てがトリック。
驚愕。心地よい敗北感。
これはないだろうという人もいると思う。
僕も多少引く部分があるが、それを差し引いても、驚異。
一番恐ろしい密室は、人間の脳である。
森博嗣の小説を読むたびに、この言葉が聞こえる。
斜め屋敷の犯罪 ☆
島田荘司
お約束の「私は読者に挑戦する」という宣戦布告。
全ての情報はそろっていると宣言されるが、
その時点の情報でこのトリックを見破ることの出来る人が果たして存在するだろうか?
犯人は予測できるが、トリックの筋が通らない。
犯罪の成立が偶然に頼りすぎているのである。
確かにアイデアには胸がすくし、人物たちの掛け合いも面白い。
ただこのアイデアは、短編で切り口鋭く使用すべきだったように感じる。
後から後から動機が出てくるのも、横溝物並に予測不能。
女王の百年密室 ☆☆☆☆
森博嗣
少し未来のおとぎ話の中の事件。
空気感のある未来描写に説得力。
なおかつテーマの入れ子構造がすばらしく複雑で重層的。
事件が起こったのは密室だが、それは一つの象徴に過ぎない。
町が密室であり、世界が密室であり、心も、感情も密室。
押しなべて人々はいつも密室にいるのか。
ミステリーというよりも、SFとして楽しめる。
犯人が目撃されなかったトリック(?)は、考えてみればセンセーショナルかも。
占星術殺人事件 ☆☆☆☆
島田荘司
御手洗潔シリーズ。
数十年前の事件を解決しようというのがすでに魅力的。
トリックや展開に難は感じれど、大仕掛けで単純なトリックは、
小気味良く読者を翻弄する。
数十年を経て深まった謎と同じく、降り積もった人々の感情の堆積が切ない。
島田荘司は、良い意味で青臭い。
悲しい気持ちが底辺に流れている。
人形式モナリザ ☆☆
森博嗣
森博嗣の小説の魅力は、独特のポリシーを持った登場人物たちが、
同じ事件に対して違った反応を見せて、それをすり合わせようとする
ディスカッションにあると考える。
こう気づいたのは、この事件を読んで、議論が面白くなかったためだ。
語り合う人々に、好意がもてないのである。
興味のわかない人物の会話ほど、聞く気になれないものはない。
でも読んでいるのは惰性なのかな?
アルジャーノンに花束を ☆☆☆☆
ダニエル・キイス
知恵遅れの男が、手術により高い知能を獲得し、再び失う。
あらすじは有名だ。人情話かと思っていた。
これは、人類特有の、知識欲が生み出す諸処の悲劇を中心に、
宗教、愛情、人生を端的に表現した物語である。
一行で表せるプロットが、なんと的確な状況を提供していることか。
日本語化にも特別の手間がかけられており、序盤と終盤の知能障害者
の文章表現が圧巻。
徐々に明確になっていく意識、かすんでいく意識を、何ともなめらかに
表現している。
漢字間違いの表現のためにそれ用の文字を起こしている気配さえある。
答えのない、しかし見過ごせない多くの問題を、
少なくとも見ない振りはしないで生きていこうと、そう思わせてくれる。
多くの人に薦めたい。
黒猫の三角 ☆☆☆☆
森博嗣
犀川シリーズに続く森ミステリの新シリーズ。
新シリーズならではのとんでもないトリックが披瀝される。
こんなに悲しい結末をぼくは知らない。
読者に対して失礼なほど、悲しい。そんなんありか。
しかし確かに、小説ならではのトリック。
忠実な映像化は困難だろう。
持ち味の理系的詩人の表現はいささか影を薄めた感がある。
今のところ主人公に全く共感できない。
地球儀のスライス ☆☆
森博嗣
短編集。
綺麗に整ったもの。訳の分からない感覚的なもの。
好き嫌いに関しては玉石混合だが、全てが詩的。
長編も森の作品は詩の香りがするが、短編の方が濃い。
最初と最後の二編が、せつなくて綺麗。
冬の晴れ渡った日に、遠くまで見えすぎる視界のようにせつない。
パン屋再襲撃 ☆
村上春樹
短編集。
どれも同じような主人公が、延々と愚痴る話ばかり。
こちらに何を問いかけるでもない(もちろん一方的
に話すのは小説として当然だが)、返事を求めない独白。
読んでいる自分が無意味に感じてくる。
どうでも良い小さな事柄をセンス良くすくい上げるところは
上手いなあと思うが、今のところそれだけ。
何の非もなく勝手に生きる主人公が嫌いだ。
星を継ぐもの ☆☆
J・P・ホーガン
題名だけ知ってた小説。
月で発見された五万年前の人間の死体を巡る謎解き。
ダイナミックな展開と仕掛け。
しかしどうにも訳本は読みづらい。
続編が二冊あるらしい。
異邦の騎士 ☆☆☆
島田荘司
作者が初めて書いた小説ということで、改訂版とはいえ、
つたない感触は拒みきれない。
トリックにはうならされたし、不思議にさわやかな読後感は悪くない。
滅びの種子 ☆☆
釣巻礼公
遺伝子・環境破壊・エントロピー増大
現代を象徴するキーワードを混在させて展開するホラーノベル。
ネス湖の怪物の正体がおもしろかった。
風呂敷を広げる過程はのめり込まされたが、うまく畳めなかった印象。
尻切れトンボでした。
星界の戦旗1・2・3 ☆☆☆
森岡浩之
どこまでも情けない男(主人公)は、どこまでもお茶くみの男に進化。
各巻が一つの物語としてまとまっていて読みやすい。
あまりにも自分で決断をしない主人公に苛立つが、
ここまで徹底されると一目置いてしまう。
事態に流されて行くことのみで物語に参加していく姿勢は、
いかにもオタクの深層意識が好むものだ。
星界の紋章1・2・3 ☆☆☆
森岡浩之
宇宙に広がった人類達の相克を描くSF。
主人公が属する陣営「アーブ」の特性や、
宇宙を駆けめぐるために仕込まれた「平面宇宙」
の理屈がおもしろい。
どこまでも情けない男と、りりしく力強い女の冒険物語。
今の世情にピッタリだ。
夏への扉 ☆☆☆
ロバート・A・ハインライン
傑作と名高いSF小説。80年代にかかれた未来イメージの的確さに
説得力があり、今読んでみても、もしかしたらこうなっていたかも知
れない、という気にさせられる。
冷凍睡眠による未来への時間旅行を軸に、絡み合う因果の糸を
ほどいていく。
猫へのリスペクトの強い作品なので猫好きにはさらにお奨め。
クラインの壷 ☆☆
岡嶋二人
全体感を再現するバーチャル・リアリティ装置の開発に関わった
青年が現実と虚構の曖昧な境界に飲み込まれていく様。
現実世界は竜の見ている夢に過ぎないという物語があったが、
伝説でなく現実の中にその機構を再現したことに意味がある。
いささか予定調和で先が読めたのが残念。
もどる
SEND MAIL