過去の五里霧中的不定期日記 1

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3月12日◆護身クラス@T道場
 しーふーの話から。「相手の中心に入ること」「合気道はもともと上級武士の武道。老中や家老が、元気のいい若者を相手にしても負けないためのもの。だから年寄りでも小さい女性でもできる」

3月10日◆合気クラス@I道場
 しーふーの話から。「しつけができた上で、自由がある。最初から自由きままなのはコントロールがきかないだけである」「すべては陰陽」

3月8日◆合気クラス@T道場
 しーふーの話から。「動中静」「手に意識がいくから気が上がる。意識はつねに丹田に置くこと」「落ちこみながら反省するとよけい落ち込む。できない自分を淡々と見つめる自分が必要」

3月6日◆合気クラス@T道場
 気持ち的にも技のできなさもサイアクの日。この間別件で信じられないほどツイテたから、今日はこっちでボロボロでも、収支とんとんだと思うことにする。

3月5日◆護身クラス@T道場
 しーふーの話から。「人間的に上になるほど、ニセモノの自分を見つめる本当の自分ができてくる。自分が自分の師である。これを真我という」「僕はみんなに方向性を示す。ただしおぶって連れていくことはできない。方向性が分かったら自分で進むこと」

2月26日◆護身クラス@T道場
 しーふーと先生2人。と我1人。マンツーマンどころの話じゃない特別講習会スペシャルバージョンっちゅうか…たっぷり学んだですハイ^^;  しーふーの話から。「謙虚になって暗くなる人は、完璧主義だから。本当の謙虚は、明るく、広がりが出るもの」「意識を下げること」

2月24日◆合気クラス@I道場
 毎度のことながら肝に銘ずべきこと。「ひじを締める」「相手を自分の円周上に置く」「腰で動く」。 稽古の最後に合気法。珍しく若しーふーより詳しい説明あり。いわく「七包三掌」。初めて聞いた。かっこいい響きである。その手ごたえを体感できるようになりたいものよの…。

2月22日◆合気クラス@T道場
 いつのまにか次の段を受けるための回数だけは足りている。はづかちい。とてもじゃないがそのレベルになってない。よって当面は受けない。本日のしーふーの話から。「知行合一」「分かることとできることとはちがう」「関節は気の関所。関節はつねにゆるめ、気を通すこと」

2月15日◆合気クラス@T道場
 2〜3週間ぶりに聞くしーふーの話から。「かたちはエネルギー」「進歩するのはむずかしいが落ちるのは簡単」「続けること。たとえば合気道で行き詰まって空手に転向したとして、やがてまた同じところで行き詰まる。仕事でもそう。同じ思考パターンでやっている限り」「打ったり切ったりでなく、傷を与えず相手を制する。合気の考え方は日本人的なのかもしれない」

2月12日◆護身クラス@T道場
 返し5種。右と左で自分の流れはだいぶ違うらしいことが判明。右利きだからなのか? 技の1本めは袖取りTの小手折り外転換押さえ。きちんと極まると死ぬほど痛い技だけど、相手はとっても平気な顔でした……。もひとつ、久しぶりに立ち決め。ナントカからの逆小手ナントカとかいう、名前忘れた^^;)けどこれまた極まるとツボを直撃して泣くほど痛い技。が。全然できませんでした。つーか動きの理屈すら皆目わかってませんでした。けっこう悲しいもんが…。

2月10日◆合気クラス@I道場
 いつもなら人がハミ出すほど大勢のI道場がガラガラ。なんで? あー3連休か。それにオリンピックだわ。いつになく広々した環境で、片手取りの当て倒しと片手取りの腕当を稽古。後者は初めてやった。おもろい!うまくできないけど!うまくやれたら実に簡単で実に効果的な技だ。

2月5日◆護身クラス@T道場
 先生2人に生徒2人。しかも1人は生徒とはいへ黒帯4段。つまり私1人がへっぽこで集中的に稽古つけてもらえたのと同じ。悪いけどラッキーじゃんよぉ、これって。1時間たっぷり抜き手と護身の基本押さえ技2本を練習してちょっと上達した気分。やっぱこれも錯覚かしらん?

2月3日◆合気クラス@I道場
 I道場は総じてノリが体育会系。私の如き未熟もんが未熟な技をかけても滅多なことじゃケガしそうにない活きのいい若い男がぎょうさんおる。こういう時こそ自由がけで苦手な技にトライせな。というわけで、受け身がめっちゃうまい某大学生に引き落としかけまくり。普通ならこっちの腰がどうかなってるところだが、相手が自分から的確に受け身をとってくれるので、綺麗に決まってまるで自分が達人になったみたい。もちろんそれは限りなく錯覚なのだけど。

1月25日◆合気クラス@T道場
 しばらく日記さぼってたけど道場へはそれなりにしこしこと行ってました。その間のしーふーの言葉から。「2点2方向」「中心」「頭でっかちはダメ。気が上がって抜けてしまう」…
今週は審査練習にてテーマなし。繰り返し引き落としの稽古するも、すべて空回りに終わる。きっと気が上がりまくっていたにちがいない。「わきがあまい」ということの意味をはっきり体で実感。日常的に使う表現だが、そっかぁこういうことだったのねぇ。もとは相撲用語らしいが。

1月6日◆合気クラス@I道場
 昨日と同じく腕ひねり&四方投げ。あっこうかな…ううやっぱりちがう…でも分かりそうなんだよなぁ…というとき、何度も同じ技を続けて稽古できるのはとてもありがたい。方向性が合えば、ちびで非力な私でもでかい相手を的確にはじくことができるのは確か。ただし今はたとえできてもそれはまぐれ。さてさて、あと20年くらいかかるかなぁ。長生きしなくちゃ。 しーふーの言葉から。「個体から流体すなわち水のようになること。さらに気体になること」

1月5日◆合気クラス@T道場
 年末に首と手の骨のレントゲンとって、異常なし。結局腱鞘炎かい。そんなに酷使してないのにな…。とにかく腱鞘炎の痛みなら稽古してまずいこともあんめい。というわけで今年も気合い入れていこう。初稽古は基本中の基本、腕ひねりから始まった。痛いのよこれが…。しかし続いて四方投げ。これをじっくり教わったのは初めてだ。ラッキー! 夜は鏡開き。新年そうそう2回しーふーの話を聞けてまずは縁起良し。 しーふーの言葉から。「方向性」「物質は凝固するもの。精神は広がるもの。そのバランスだよね」「平面でなく立体で動け」「不自由があって自由がある。それが無極。無私といってもいい。最初から自由ということはない」

12月27日◆護身クラス@T道場
 生徒数2人。またトクした気分。「今年最後の稽古だし、自分の苦手な技や次の段の技を自由にやりましょう」と若しーふー。なので前半、返しにトライ。で、できねーーー。「流体法を使おう」とのアドバイスあり。は、はい…。後半、回転投げ。まだ形を真似てる段階。数やるしかない。さて、しつこい肩こりだと思っているうち右手全体と背骨まで痛くなってきて、いよいよしゃれになんなくなってきた。明日病院で検査する。首の骨がずれてたらどないしよ〜。

12月25日◆護身クラス&合気クラス@T道場
 生徒のあまりの少なさに「はてな?」と思いよく考えたらクリスマス。そんなメリーな夜に2時間続けて稽古に出てる私って? とはいへほとんどマンツーマンで稽古できてトクした気分。例によってひどい肩こりが逆小手内転換の特訓のおかげで一時的に多少なりともほぐれたし。
 本日のしーふーの話から。「型が分かったら次には型をこわす。型から自由になること。自分の思ったようにできればそれが型だ。守り、破り、そして離れるべし」「正しいことは、すべてに共通する。宗教でいえばどの宗教にも共通してある考え方が正しい。合気道でいえばどの流派にも共通しているものが正しい。この道場は伝統などないが、ゆえになんでもある」…この思想はすなわち李小龍の説くところのジークンドーにきわめて近いといえないだろうか!

12月18日◆護身クラス@T道場
 右肩の肩こりがひどい。後ろ腕がらめ抑えでヒーヒー(心の中で)言っているうち少しだけラクになった。私って稽古に来てるんだか整体に来てるんだか。。。

12月14日◆合気クラス@T道場
 台湾へ行ったりなんたらかんたらで久しぶりの合気クラス。いきなり連続転身で目がまわる。分かっちゃいるけどあごの引きが足りない。猫のように柔らかく、のはずがさいころのように転がっていく。いいかげんアザができないように回れよ自分。。。 本日のしーふーの言葉からキーワードをいくつか。「縦軸横軸」「球体」「おなかから行く」「形ができるようになったら、もう形にこだわらない」「イメージする」「方向性が定まったら、あとは数をやる」

12月6日◆護身クラス@I道場
 まず抜き手をみっちりやる。大男に手首をつかまれたって力むことなく抜ける理屈。ただし基本どおりやれされすれば。そ、そのうちできるようになりたいなあ。。。抑え技の自由掛けでは大先輩K先生(女性、60代)にホイホイと極められ、たたみの上にのびたかえるの如き私。K先生てば「きいてる? 私、全然力を入れてないから相手にきいているのかどうかわからないの」めっちゃキイてますって先生(泣)、でもおかげで慢性肩こりが一時的に改善。整体やった後みたい。今日はしーふーがいっぱい話をされた。腑に落ちること多し。いわく「たとえば仏教を信じるなら、仏教によって階段を昇っていける。この道場では僕が階段をつけている。それが条件というものであり、言い換えれば縁だ。何事につけ、自分に結びつく縁を使って進歩していけるのが一番よい。それをしない道場はただの武道集団。自己満足は得られるかもしれないけど」

12月1〜2日◆特別講習会参加@下田K温泉
 初参加。技の実践におけるその重要性をしーふーが日頃から強調されている流体法を初めて習う。肩回転しているつもりで腕を振り回している自分がそこに居た。ゼーゼー。さらに手が届かなかったのが呼吸法。丹田に気を集めその気をめぐらす、って・・・全然できねーです。瞑想どころか脳内を満たす雑念。トホホ。最初は分からなくてもしょうがないよとしーふー。その分からなさをなんらかの言葉にしてみよと。「自分がまっすぐじゃない気がしました」「そうね。そういうふうに言葉で表してみることが大事」。今回唯一体感できたのが、しーふーの気。至近距離だったからだと思うが、確かに感覚としてほかほか伝わってきた。先輩Mさんは離れていてもビンビン見えるらしい。額に赤い点が浮き出ているのも見えるとびびっていた。


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