過去の五里霧中的不定期日記 2

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2003年12月18日◆護身クラス@I道場
 しーふーいわく、「形から入るのはいいが、それだけでは形骸化に終わる。形にしばられるほうが楽ではあるが、形のおおもとを分かるようにならないと。最後には中心に行き着く。中心はあらゆるものに変化する。合気道も柔道もなんでも中心は同じ。流派とか教義とかいうものはもともとない」

 忙しくて1ヶ月も休んでしまい、体はガチガチ。1ヶ月のブランクにしては後退度が大きくてちょっとかなしいものがある。まぁそれが今の自分のレベルなんである。またぼちぼちやるです。

11月16日◆合気クラス@I道場
 E師範いわく、「動いている体は不安定なもの。女性にとっては特に、相手が男のとき、停まってがっちり手をつかまれたりしたらなかなか倒すことはむずかしい。相手が動いて不安定な状態のときに自分も動け。タイミングが大事」 

11月9日◆演武会
 都合により参加はしなかったが、会場で見学。年に一度の会主演武はやっぱし見なくては。
 しーふーいわく、「力をこめるのでなく、力を外に出して。相手の力を自分の中に吸い込み、それをまた相手に伝えていくこと。そのとき自分はコップを持つくらいの力しか使っていない」

10月19日◆合気クラス@T道場
 このところ妙にスタミナがなくなってる気がする。あるいは、無駄な力を入れて必要以上にスタミナを消耗しているだけなのか。それとも貧弱な気がますます散逸しているのか。

10月12日◆合気クラス@T道場
 基本技、変化技ともこれまでやったことのないのをやり、ものめずらしい感じがした。そもそも全部でどれくらいの技があるものやら知らなかったりする。でも、こういうときはこういう技なんてまず思い出してから動いているうちは到底使えないのであって、そろそろ頭で覚える段階はおわりにしたいものなり。某師範が「要は、なんでもあり」と言ってた。「踊る大捜査線」の決めゼリフにならっていえば、危険は道場じゃなく現場で起こるもの、といったところか。

10月3日◆合気クラス@T道場
 準備運動でストレッチをたっぷり30分やり、それから1時間稽古。通常の5割増しくらい時間をかけて、ちょっと得した気分。師範に「脇をしめて。そうすると足や腰の力が腕に伝わっていく。脇があいていると腕だけの力しか使えない。女性の場合それでは男性を倒せない」と指摘を受ける。まったくそのとおりなのであって、実際に使える技にならないとただの型演武に終ってしまう。毎回の反省事項なり。

9月28日◆合気クラス@I道場
 審査練習の週の最終日、すなわち審査当日。今月受けようと決めていたものの、己の未熟さをとことん再確認した1週間を経て、案の定これまでで一番凹凹凹な仕上がりに。それでも受けちゃってる自分って^^; 
 ともあれ今後も地道に鍛錬するです。

9月21日◆合気クラス@I道場
 しーふーいわく。「川の水が澄むと底まで見える。それと同じで、表面的なところで心を乱されていないこと」「AさんもBさんもCさんもいいと思うことが正しいこと。一人だけでこれが正しいと思っていることは小さな真理に過ぎない」「まず明るくなれ。輝くのはそれから」「ワシは年をとってきて、耳もよく聞こえなくなってきて、これから強くなるんじゃ。弱いところがあるから強くなれる。小さい人や女性も、だから強くなれるんだよ。最初から頭が良くて社会的地位もあって体格のいい人は強くなれない」

8月31日◆護身クラス@I道場
 しーふーいわく。「この世に絶対というものはなく、すべて相対。すべて陰陽。沈むのは次に伸びるため。いじけるのは次に良くなるため」「できないときは素直にいじけろ。分からないことを分かったふりをしてはだめ」「相手の中心に入ること。中心があるから円ができる」

8月31日◆合気クラス@I道場
 しーふーいわく。「無駄なものをなくしていくこと、それが進歩」「みんなの場合はまず形から入ることが必要。ただし形にとらわれると理屈だけになる」「心が育つと技も育つ」「ぎゅうぎゅう入れている力を取り除き、その心だけを取り出して」「本当は流派だの段位だの、そんなものはない。」「エネルギーは高いほうから低いほうへ流れる」「ちょっとでも進歩できたらえらい。暗い性格がちょっとでも明るくなったらそれはすごい。教祖でも流祖でも、もし100のものを持っていてもそこで停まってしまったら、1から1.5になった人よりもダメ」
「進歩するためには思考パターンを変えていくこと。ただし行動を通じて。考えているだけではできない」

8月30日◆合気クラス@T道場
 しーふーいわく。「できないときは、できないということを受け入れる。ただし、それで満足するということではなく向上心は常にもっていること」「この世はすべて原因と結果がある。それを見極めることが大事」「物理的次元では、なぜこの形がよいのか、どうやったら少ない力で大きな相手に対することができるのか、機能性を考えること。そして機能性の次には観念法が必要。つまり、イメージすること」「とにかく姿勢。いつも尾てい骨をきちっと立てて、体がぶれないこと」

8月17日◆合気クラス@I道場
 しーふーいわく。「自分と他人の共通点を見つける。キリスト教とイスラム教でも共通点はある。複雑なことを単純にすること、それが進歩である」「形だけにとらわれていると形骸化する。なぜそういう形なのか機能を分かること。次には意識のレベルで分かること」「頭でなく丹田で考えること」「中心から当たるから相手をはじく。自分がよけていてはだめ」「人の性格は一生や二生じゃ変わらない。百年修行してもそうそう変わらない。せめて1割くらい変われればよい」「自分と僕とを対比するから僕が何を言っているのか分からなくて腹もたつ。対比するな」「笑いの行法といって、腹の底から笑うのはとてもいいこと。ただし稽古中は口を結べ。せっかく逆式呼吸をしているのに気が抜けてしまう」


7月10日◆護身クラス@I道場
 しーふーいわく。「分かるというのは分けること。分けて理解することである」「形の次元の次に意識の次元があり、その次に気の次元がある。気が動くと意識が動き、意識が動けば形が動く」「全体が分からないと何を質問していいか分からない。でも、そこを言葉にしていくことが大事。言葉にすることで何が分からないかに近づく」「すべては縁。縁がなければこの道場に何年も通っていないでしょ?」
僕はみんなの階段。それが僕のこの世での役目だから掌法会を作った。尊徳さんでも親鸞さんでもイエスさまでもいいけど、とにかく上位の人を階段とすることで自分も上がっていける。そうすれば誰でも必ずそこまでは到達できる」

7月3日◆護身クラス@I道場
 2か月ぶりくらいにしーふーのお話拝聴。しーふーいわく。「言葉や理論は真理の影のようなもの。それ自体が真理ではない。しかし、まずそういった形から入っていく。何もないところからは入れない」「この世に偶然というものはなく、すべては必然であり、原因があって結果がある」「流派というのはクセや色のようなものだから、どの流派か見ればすぐ分かる。そういうものを超えてピュアーになること。流派がちがっても真理は1つ」「僕の言葉は広がっていき、変化する。その言葉の1つの意味だけにとらわれてはだめ。ほめられたことだけとらえて喜んだり、注意されたことだけとらえて落ち込んだりしないこと」「ものごとは無常。断定する人は教祖であり、自分で考えない人はえてしてそういう断定的なものについていく。自分の頭で考え、悩み、思考パターンを変えていくこと」

6月17日◆合気クラス@I道場
 流れを意識しようとしたら肘がだらしなく開いていた。肘に気をとられていたら腰が入ってない。つくづくしつけのわるいからだである。これではいかんと思うと気が上がる。やれやれ。

6月8日◆合気クラス@T道場
 合気道大会練習。でも自分は出ないので、なんでも好きに練習してよろしいとのことで後ろ受身を意識的にやってみる
。いまだ腕全体で畳に打ち込むことあたわず、かつ首から上がこわばっている。いずれは背面からぶっとんでもパニックしないで野生動物のように受けてみたいもんです。

6月1日◆合気クラス@T道場
 でかい男の人たちとあたると、翌日肩と上腕部の筋肉が痛くなるので自分が無駄に力んでいることがよく分かる。あとから分かってどうすんですか>自分。 おなかで動かなくては。

5月11日◆合気クラス@T道場
 久しぶりのT道場。意外なほど人がいたのに広く(単にI道場より人口密度が少ないから)、安心してすっとんでいけるのが快感。本当は狭くても的確に飛ぶ練習しなきゃならんのだけど。

5月8日◆護身クラス@I道場
 小手折りづくしの日。たっぷりやって前よりはましになった気がした。。。が、自由掛けでかけてみたらてんで決まらず、とほ。

4月27日◆合気クラス@I道場
 しーふーいわく「目標を持つこと。自分を過小評価するな」

4月20日◆合気クラス@I道場
 遊びだのなんだのにかまけていた上にガラにもなく春先に2度も続けて風邪(?)で寝込むというトホホな目にあっているうち1カ月以上も休んでしもた(><)。心身共にリセットしなきゃ、というわけで復帰。体を動かすのはやっぱ気持ちがいいものなり。

3月7日◆合気クラス@T道場
 しーふーいわく「今は形をはっきりさせる時。その次にはもう形なんて関係ない。でも今は、腰をひねるなら最後までひねる。中途半端でいくら数やってもだめ」

3月2日◆合気クラス&師範講習会(腰技)@I道場
 しーふーいわく「とにかく体を動かせ。これができなくていやだとか考えなくなって、できなくても楽しいと思えるようになって、できないことにとらわれないようになること。それが体と心の禊であり、それが合気である」「自分の欠点がわかったら、それは大変ありがたい。直せばいいんだから。無自覚なのは困る」「生まれたときにこのくらいの器で、死ぬときまだ同じような器だったらつまらない。死ぬときちょっと大きな器になっていたら次に生まれたときもっと大きな器になれる。今の思考パターンを壊し、今の器を壊していくこと」「何に対してであれ共感できる部分を持つこと」

2月25日◆護身クラス@T道場
 しーふーいわく「お願いだから指を開いてちょうだい。指先まで張って、指のもっと先まで気を出して」「理論が最初からあるのではない。行いを繰り返していくうちにおのずと理論に添っていく。何回も何回もやること。この世は行動する場である」「自分を育てていくのを楽しいと思えることが大事。ただし自分1人だけ成立するということはない。自分が良くなり、周囲も良くなる。周囲が良くなり、自分も良くなる」

2月21日◆合気クラス@T道場
 しーふーいわく「継続とは信じて待つことだ。自分の可能性を信じること」「ただ一生懸命なだけだと暗くなる。広がりを持って、前向きに」「自分の円周に相手を置くこと。自分が相手の円周に入ってはだめ」

2月16日◆合気クラス@I道場
 しーふーいわく「合気道は心を育てるのにとてもいい武道。ただし形骸化してしまったらとてもよくない武道。想念を動かせ」「合わせるというのは自分をなくすことではない。自分の個性を持ちながら協調することだ」「頭が良くてまじめで堅いのは不自由。頭でっかちになるな。理屈が分かったら体をどんどん使え」

2月9日◆合気クラス@T道場
 汗かいた。もうすぐ春ですね♪

2月4日◆護身クラス@T道場
 しーふーいわく「集中し、条件が合ったら、それを維持すること」「人間というのはどうしても不自由で、こざっぱりと、狭くなりがち。心をコントロールできるようになれ」「武道でも書道でも華道でも、丹田をしっかりして、中心からやるもの。それがつまり太っ腹」

1月26日◆合気クラス@I道場
 しーふーいわく「自分を否定した上で進歩がある。沈まなければ伸びられない。ただし自分を維持し続けること」「いじけるときは素直にいじけろ。いじけることを避けるな」「好みの人とばかりでなく苦手な人とあたれ」「気は意識よりもうちょっと上の次元であり、空間と時間に左右される。空間にも時間にも左右されないほど高度のエネルギーではない」

1月24日◆合気クラス@T道場
 審査練習の週。今年はもう一段上をめざしてみたいと思ふなり。。。ま、ぼちぼちですが。

1月19日◆合気クラス@I道場
 しーふーいわく「集中とは凝縮ではなく広がること」「秘の打ち、天を衝き地を裂く」

1月17日◆合気クラス@T道場
 しーふーいわく「型を覚えるために型を練習するのではしょうがない。なぜその型なのか分からなければ。名人がひょいとやるのをまねして形だけひょいとやってどうする。名人までいけばどのようにしてもそれが型なのだ」「武道に偶然はない。一度でも何かができたら、次にできなくてもいずれまたできる」「到達するには道筋が必要。ここでは僕がその道筋をつけている」
 稽古中「なるほど、すべからく陰陽なのだ」という感じがした。前々からいつもしーふーたちが言ってることで今さらですけど。

1月12日◆合気クラス@T道場 & 鏡開き
 しーふーいわく「今年は変化する、今年は進歩するという自覚を持つこと」「合気道は年や年齢は関係ない。小さな体でどう動けば大きな人を制することができるか考えること」

1月7日◆護身クラス@T道場
 しーふーいわく「目標を持つこと。欲があるから生きる張りあいがある」「流れを切らないのが武道。そのためには中心を動かさないこと。動かない部分があるから流れが出る」「掌法会でやっていることは1つの行法であり、座禅と同じ。ただ体を動かしているだけではない」「気持ちがすっきりすれば姿勢もおのずと伸びる」

2003年1月5日◆合気クラス@I道場
 初稽古。年末年始に日々ぐうたら飲み食いしていたので、からだの重いこと(泣)。ここらで気持ちを入れ替えなくては!(<遅い^^;)。今年は合気道も生活も仕事もすべてにおいて、重心をしっかり、目線を遠くに、静かな気持ちでいきたいものデス。というわけでmyキーワードは「
静中動 動中静」。


過去の不定期日記 1
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