書籍『金鶏学院の風景』



著者のひとりごと(36)



  日本はやっとの思いで日露戦争に勝ち、遼東半島を取り戻した。そして東清鉄道南部支線のうち旅順・長春間の鉄道(南満州鉄道、いわゆる満鉄)とこれに伴う権利、財産、炭鉱を獲得した。だが長春からハルビンまではロシアの権益となって残ってしまった。
 満州の経営はさきに台湾統治で実績をあげた児玉源太郎、後藤新平のコンビに託されることになっていたが、明治39年7月23日児玉の死により、後藤が満鉄総裁となる。明治41年11月安東と朝鮮の新義州が繋がり、鉄道は釜山からハルビンまで直通になった。
 ところがここで、アメリカの大富豪ハリマンなる人物が、南満州鉄道について共同経営をやろうではないかと日本に持ちかけて来たのである。ハリマンは長春・ハルビン間の鉄道をも手に入れ、更にシベリアを通ってヨーロッパに到る大陸横断鉄道を作る壮大な夢を持っていたらしい。
 日本政府の井上、桂はこれに興味を示し半ば賛意を表明したが、小村寿太郎は強硬に反対して、中止させてしまった。中国の革命家孫文は日本を頼り西欧の植民地支配につながるハリマン計画に対抗しようとしたのである。この問題には孫文と児玉との間に何らかの連繋があったかも知れないと推測する向きもある。ハリマンの計画が成就していれば東洋の国際状勢は今とは全く違ったものになっていたかも知れない。
 現在ヨーロッパに行くにはウラジオストックからシベリア鉄道が走っている。現時点において、韓国の釜山から中国の東北部を経てロシアのぺテルスブルグまで乗り替えなしに走る列車が完成すれば、日本人にとっても最高の観光コースになるのではあるまいか。そのためには南北朝鮮が統一され、中国、ロシアの協力が必要である。飛行機よりも長距離列車でゆっくりとヨーロッパに向う旅は世界一周の遊覧船にも劣らない情緒がある。それは21世紀の大きな希望と言ってもよい。
2003.12.15)


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