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浜口雄幸が「近頃かたはら痛きものの二幅対、無責任なる人物評と、半可通の財政経営論」という言葉を随感録の中に記したことは、私の本にも書いておいた。うまいことを言ったものである。
日本はいまデフレの真ん中にいる。学者、評論家、政治家、会社経営者など各々その原因、対策を論じている。それがみんな違うので我々素人には何の指針にもなっていない。同じことだが、人物の批評なるものが当っているかどうかは全くもって判然としない。実際に会って話を聞かない限り本当のことは分かるまい。見ると聞くとでは大違いと昔から言っている。然り、誤解、中傷は世の常、無責任なものである。
安岡に対する人物評というのを列挙してみよう。
「儒学者」「東洋学者」「支那学者」「陽明学者」「新しい心学の提唱者で且つ実践者」「人類の教師」「予言者」「国家主義の理論的指導者」「金鶏宗の開祖」「昭和の吉田松陰」「右翼の大物」「昭和の由井正雪」「政界の黒幕」「新興官僚の黒幕」「財界の御指南番」「白足袋の革命家」「坐布団右翼」「頭山満の後継者」等々。
一般的には右翼と見られた。ところが行動を辿る限りにおいて、当時の右翼と同じではない。暴力には全く関与していない。そして安岡に対する評価には「神様」から「口先だけの革命思想家」まで実に幅がある。
ある会合で居合わせた料亭の女将が「本願寺さまですか」と囁いたという。風貌が何か聖職者を思わせるところがあったためであろう。
金鶏学院についても「金鶏病院」とか「よろず相談引受所」とか言われたらしい。何か確実な行動指針を授けてもらいたい人には、筮竹で答えを出したり、四柱推命なる占いもやっていたようである。
金鶏会館のことを「烏会館」と言った者もいたが、これはちょっとひどい。
安岡は単なる学者、著述家、思想家、社会運動家、警世家ではない。強いて言えば、(世の中に訓えを垂れるのが職業となるかどうかは別として)、社会教育家とするのが妥当であろう。安岡に会った人が「凡人には掴み得ない不世出の人物」と語っているところを見ると、やはり一種の天才であったと思われる。(2004.03.09)
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