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***** 旅行報告 *****
その1
広州生活二年半目にして初めて、国内旅行に行ってきた。
農村から出稼ぎに来ていた私の住むマンションの保安(ガードマン)の一人が、年老いて病気がちの両親と幼い子供の世話を妻一人に任せっぱなしにするわけにもいかず(というのが本人の弁)、数ヶ月前、広州を去り、その後、何度も「遊びに来てよ」と電話をくれたので行ってみることにした。
彼の田舎は河南省の中部の農村。有名な少林寺からそう遠くないところにある。三度の飯と同じくらい香港映画好きの私にとって、少林寺は憧れの地。私は思った。
「そうだ、少林寺に連れてってもらって、ついでに彼の家に遊びに行けば一石二鳥! 農村なんて、こういう機会でもないとなかなか行けないし……。うん、絶対に行くべき!」
日本人は、「農村に旅する」と言うと、のどかで平和な田園地帯でのんびりすごすと連想するだろう。しかし広州ではむしろ反対。ニューヨークのハーレムに行くとか、香港の今は無き九龍城砦に迷い込むとかというのに近い。「職にあぶれ貧しい生活を強いられた人が犯罪を犯す場所」、それが大都市、広州の人の農村に対する認識だ。しかも河南省は、「中国一乱れた地域」と評判(?)。普通語の先生は、
「あそこは洪水がある。だから貧しい。だから悪いことをする」と、強引な論法で説明してくれた。中国の人はよくこの手の論法を使う。もっともなような、短絡的すぎるような……。とりあえず、外国人の、しかも女性が勝手気ままに農村に行くなんて、そう簡単にしてはいけないことらしい。
「少なくとも、地味にしてったほうがいいよ」とも忠告された。でも、せっかく旅行に行くのにわざわざださい格好はしたくない。それに、私の片言以下の普通語じゃ、どんなに中国人のふりしたって、すぐにばれる。要は危ない人を安々と近づけなきゃいいんだ。だったら、逆に気合い入れてやれ! 結局、私はブランド物の服と化粧品をばっちり詰め込んで出かけていった。
第1日目
広州5:00発の飛行機で洛陽へ。初めて乗った国内線は、一言「せまい!」
ほとんどの人が山ほどの荷物を持ち込んでいるせいだ。最後のほうに乗った私の荷物は、見事に置き場がない。困っていると隣のおやじが、勝手に荷物を取り上げ、シートの前にドン! と置いて、「跨いで座れ」と言う。「あのねえ、私はスカート穿いてるのよ! どうやって座るのよ!」いきなり噛ます羽目に。たしかに、中国にはスカート姿で大股開いてすわる女の人が沢山いる。しかし、わたしはそこまで女を捨て切れない。
7:30。定刻とはそう違わずに到着。ホテルの迎えの車がチャーンと来ていた。しかし、私の名前を書いたボードは、「Mr……」になっているため、運転手さんは怪訝そうに、「一人?」と聞く。「そうよ」っと答えて乗り込み、ホテルにチェック・イン。ホテルのフロントの係は、私が目の前にいるというのに、またも「Mr」と書いている。
「あのねえ。私『先生』じゃなくて、『小姐』なんだけど……」
というと、
「あっ! 失礼しました。一人でいらっしゃる女性はいらっしゃらないので……」
洛陽は観光地だが、一人で来る外国人は出張の人くらいのもの。例外なく男性だそうだ。そりゃあ、そうかも。
部屋に荷物をほうり込むと、「なにはともあれ、飯!」といさんで外へ出た。広州に比べると、車の数が少ないせいか、空気が澄んでいて緑も多い。歩道ではオヤジが中国将棋に興じたり、麻雀したり、広場では、若者が社交ダンスの夕べを、叔母さんたちは、中国式盆踊り(?)の集まりをやっていた。まるで、NHKの報道でみるような町の様子に、「うーん、中国らしい雰囲気!」と感動したはいいが、食事をするのに適当な場所がなかなか見つからない。一人でちゃんとしたレストランに入っても、食べ切れるわけがない。屋台は心ひかれるものの、いきなりじゃ、おなか壊すんじゃないかと不安だ。麺屋が一番妥当だが、恐る恐る近づいてみると、見事に地元訛、きゅるんきゅるん舌を巻いた発音の中国語が飛び交っている。「こっ、こわい……」腰がひけた。そこに目に飛び込んできたのが、「アンニョンハセヨ」のハングル。見ると「朝鮮族料理」と書いてある。
「しめた! 今日はここでチゲでも食べよう。中国の韓国料理屋は、日本と違い、キムチとかはサービスで来るし、一人の食事にはちょうどいい」
しかし、私は、韓国料理の名前は韓国語で覚えていて、中国語の読み方を知らない。仕方ないので、韓国語のできる人をわざわざ呼んでもらって、片言の韓国語で、
「スンドゥブチゲありますか?」と聞くと、
「ありません。」
「じゃ、ユッケジャンは?」
「知りません」
「はあ?」
そんなバカな! と回りを見渡すと、だれも韓国料理なんか食べてない。食べてるのは、ちょっと辛そうな中華料理。そこで、はっと気がついた。要するに、ここは朝鮮族の家庭料理の店。朝鮮族はれっきとした中国人、つまり中国料理の店だったのだ。まぎれもなく私の認識不足だ。「失礼しました」と店を出て、けっきょくはホテルに戻り、コーヒーショップで洋食を食べた私。情けない第一夜は、こうやって更けていった。
その2
第2日目
友人が迎えに来てくれたので、まずは、明日彼の家に行くための汽車の切符を買いに駅へ。広州ほどではないけど、やっぱり何となく危なげな雰囲気に、思わずバッグを握りしめた。中国の駅の雰囲気って、どこもなんとなく暗い。思うにそれは、本当に暗いせいじゃないだろうか。だって、天井が高くてだだっ広いくせに、電気が少ーししかついていない。「いっそ電飾できらきら飾るとかしたらいいんじゃないの?は車酔いするんだ。おまけに、洛陽のタクシーは全部小型、きっとお尻が痛いに決まっている。
とりあえず、昼ご飯。昨日目をつけていた雰囲気のあるレストランに飛び込んだら、四川料理の店だった。ガクッ! しかし、サービスで出てきたピーナッツ唐辛子を一緒に揚げたやつがとっても美味しかったので許す(誰を?)。中国は、ピーナッツをいろんな風に食べる。最近私は、殻ごと茹でたのが気に入っている。これだけは、道端の屋台でも平気で買う。「殻がろ過してくれるから清潔!」物は言いよう、考えよう。
夕食は、屋台へ行った。やっぱり地元の人がいると心強い。羊の肉を串に刺したのと、内臓のやつと十本ずつ食べて十五元だった。安い! どちらも辛いたれがかかっていて美味。
「美味しいね。これ、河南料理?」
っと聞くと、
「いや、ウイグル料理」
またも、ガクッ!
屋台は、お皿にビニールをかぶせてあって、ビニールを使い捨てにしているので清潔だったが、生ビールのグラスはそうはいかないのでちょっと心配。でも、まあアルコール消毒ということで……。なんか、言い訳ばっかりの二日目。
第3日目
いよいよ農村行き。車酔いを防ぐため、私は朝から絶食、コーヒーも我慢。私たちが交渉したタクシーの運転手は女性で、わりあい奇麗で若い人だったが、眉毛とアイラインは入れ墨、化粧もかなり濃いので、迫力だった。もっとも、少しくらい迫力がないと、タクシーの運転手は勤まらないかもしれない。でも、ストッキング、めちゃくちゃ伝線してるんだけど……。
洛陽の市外に出ると、定期的に市場が見える以外はもうすっかり農村地帯、道は凸凹。車は、市場の中でさえ、砂煙を上げて走っていく。せっかく美味しそうな揚げパンなんか売ってたりするのに、埃にまみれて可哀想。しかし敵もさる者、どんなにクラクション鳴らしてもどいてくれない。「通るなら勝手に通れば?」って感じ。気張って走ってる割にスピードは遅い、メーターを見ると四十キロしか出ていない。いったい、いつ着くんだろう?
「ねえ、どのくらいかかる?」
と聞くと、「百二、三十公里だから、二時間くらい」
と言う。おいおい、ちょっと待てよ。
「あのさあ、それって六十キロで走っての計算でしょ? さっきから四十キロで走ってるよ」
と言うと、
「じゃっ、三時間」
だって! すごいアバウト。
前途多難だなあ、と思いつつもおとなしく乗っていると、突然一人の巨大な男の人が近づいてきた。私は内心あせった。まさか、こんな昼間から山賊? と思いきや、どうも「通行料を二元よこせ」と言っているようす。どう見ても公安関係者じゃなくて農民って感じ。運転手さんが、ぶーぶー文句を言っている。「払わない!」と言ってるのかと思ったら、「一元にしろ!」だって。二元払ってさっさと行こうよ! と思ったけど、妙に口出しして外国人とばれるのもなんなので、じっと待つ。
あとで聞いたところによると、彼は付近の農民で、私たちが通ろうとした道路は彼らが自分たちで修理したりしている、いわば私道のようなもの。だから、修理費を稼ぐために通行料をとっているのだそうだ。
「そんなことして良いの?」
と尋ねると、
「本当はだめだけどしょうがない。他に道がないから通らないわけにもいかないし」
ふーん。ならさっさと二元払えば良いと思うんだけどなぁ。
走っている途中に何度か、道端に、縦一メートル横二メートルくらいの煉瓦の塀を見かけた。小麦畑の淵に、「いきなり!」って感じで立っているので、「???」とよく見ると、両端に「男」「女」の字が。「えっ! トイレ?!」どう見たってただの囲いだ。多分中は穴が掘ってあるだけだろう。しかし、なんだってこんなところに……あー!! 考えてみるまでもない。それはトイレであると同時に、肥料庫でもあるわけだ。
「もしかして、途中でトイレに行きたくなったら、あそこでするの?」
不安になった途端、なんとなく尿意を催し始めたような気が……。
都合よく公道に差しかかったので、ガソリンスタンドを指さして、
「あそこにトイレある?」
と聞くと、「無い」と一言。しばらく行くと、食堂やら屋台やらが立ち並んでいる一角が見えてきた。「公厠(公衆便所)」の字も。「あった!」と叫んで車を止めてもらったは良いが、一目見てびっくり! バスを改造したトイレ。ひょっとしたら噂に聞いた移動トイレってやつかもしれないが、ぼろぼろでとても走れそうには見えない。使用料は三角。恐る恐る入って行くと、蠅がディスコ状態! うんちは大トグロ! くさ〜〜〜〜い! なのに運転手のネーちゃんは平気でしてる。しかも……(言えない)……。私は息を止め暴利だ! 中国のトイレには慣れていたつもりだったけど、いやあ、上には上があるもんだ。
なんて感心しているうちに、やっと宝豊駅前に到着。彼の家は、ここから二十分ぐらいのところだそうだ。駅の周りは開けているもののタクシーは見えず、三輪車と呼ばれるバイクの後ろに箱形の座席(三人座れる)がついたのが客待ちしていた。そのくせ、すっごい高級な自家用車が走ってきたりして、今、中国の農村の貧富の差が激しいと言う噂は本当だったようだ。駅前にたむろしている男の人たちの目が、やたら鋭くてちょっと怖い。
友人が、「家の昼飯は終わってしまってるから外で食べよう」というので麺屋へ。初めての地元料理。出てきた手打ち麺は牛でだしをとった濃厚なスープで、結構いける。しかし、麺は、箸が折れるほど腰が強くてもちもち。とてもじゃないが、ずるずる……とはいかない。美味しいのは美味しいけど、なんとなく失敗して具が全部出てしまったスープ餃子を食べてるみたいな感じがした。そbゥに、黒ずくめの格好をしている女の人は、中国ではあまり見かけないが……。
友人の家には、駅前から、がたがたの道を右へ左へと何回か曲がったのち、やっと着いた。広大な小麦畑の真ん中に、何十軒かの家が固まって建つ小さな村。小麦畑ののどかさと相反して、どの家も高い塀で囲まれ鉄の門がしっかりと閉じられている。その外からの者をかたくなに拒絶するかのようなたたずまいに、「やっぱり治安が悪いのかな?」とふと思った。
「農村の中では、良いほうだよ」
と言う友人の家は、テレビもあれば電話もある。しかし、なぜか水道は通ってなく、井戸水だった。屋根の上に上って周囲を見渡すと、どの家も門構えは立派だが、中は至って質素。門はコンクリートだが、家は藁葺き屋根という家も少なくなかった。道路は、人っ子一人通っていない。夜はきっと寂しいだろう。
おいとまする前に、トイレを借りようとしたら、友人が少し困ったような顔をして、
「うち、トイレないよ」
と言った。
「なに言ってるの、外にあったじゃない。」
と無理やり入ると、地面に三十センチ程度の穴を掘り、セメントを流し込んだだけのトイレだった。上水道がないからには下水道も無くて当たり前だが、さすがにびっくりした。というのも、わたしは何十年ぶりかにうじ虫を見たからだ。友人は、私にトイレを見せたくなかったのかもしれない。ちょっと悪いことをした。
帰り道、ぼんやり眺めていると、農村にはきまって門の上に、「幸福(しんふー)の家」と書いてある家がある。「辛苦(しんくー)の家」と読んでしまいそうになるのは、私の考えすぎだろうか。 行きは四時間かかった道程も、帰りは三時間足らずで着いた。辛ーい鍋を食べ、生ビールを一杯飲んでサウナに行ったら、目まいを起こした。私にとって、往復七時間の農村の旅は、体にも頭にもハードすぎたのだろう。
その3
第4日目
待ちに待った少林寺。またまたタクシーで行くのだが、今度は一時間ちょっとなので平気平気。朝からザーサイの乗っかった麺などを喰ってやった。
少林寺はすっかり観光名所になっていて、平日だというのに、和洋中の観光客が押しかけていた。お寺の周りでは、一分間記念写真を撮るカメラマンと、一緒に中に入って説明してくれるガイドの呼び込みが滅茶苦茶うるさい。断っても断ってもついてくる。あんまりしつこいので、ためしに、二、三人ガイドに言ってみた。
「私、日本人なんだけど、あなた、日本語喋れるの?」
「喋れない」
「じゃあ、広東語は? 私、普通語はほとんど解らないのよ」
「えー? 広東語出来ない。でも、ゆっくり喋るから大丈夫大丈夫!」
全員が同じことを言った。おいおい、早く喋ろうが、ゆっくり喋ろうが、知らない単語は知らないだろう?
「じゃあ、私が日本語で、ゆっくり、『たーこーやーきー』って言ったら、あんたたち聞き取れるの?」
と言いたいところだが、そんなこと言ったら、
「わー、中国語上手! さあ、行こう!」
と言われるに決まっている。第一、そんな難しいこと喋れませーん!
と、辟易しながら入った少林寺は、もう感動! 長ーい長ーい歴史のある仏像や観音様やらがいっぱいあって、心優しい気分になれる。どの像の前にも、お布施箱があり、小銭を入れると、年配のお坊さんが、「カーン!」と鐘を鳴らしてくれて、お線香をくれるので、三度頭を下げてから供える。私はすっかり感動して、観音様には五十元もあげてしまった。少林寺の観音様は、すっごく優しい母性的な面立ちだったから……。
そして、なにより感動だったのが、若いお坊さんたち。売店の店番とか、お掃除をしているのは、たいてい彼らなんだけど。いやはや、『太極張三豊』のリー・リンチェンとチン・シウホウだらけ。いや、はっきり言ってもっと可愛い! そして、みんな坊主頭で同じ格好だけど、それぞれに個性がある。最初に入った売店のお坊さんは、「素朴で純粋」って感じだったけど、私が和尚袋を買った店のお坊さんは、歩き方も喋り方も何かヤンキー入ってて、妙にフレンドリーだった。どんなに同じように修行したって、同じには育たないもんなんだなぁ……と妙に納得した。しかし、誰もが、服の上からでもわかるほど、見事に鍛えられた無駄のない体をしていた。さすが!
そして、少林寺の周りには、「少林寺武術学校」があり、小学生からしっかりとアクロバチックな体操に励んでいる姿が見えた。
「アクション映画の未来は明るい!」
と、期待するのはきっと私だけじゃないはず。
お土産屋で、太極拳をやっている父への太極拳着(なんと言えばいいのだろう? 功夫着とはまた違う)と、Tシャツを買ったが、観光地料金かと思ったら、滅茶苦茶安く、また好感! 本当は、お坊さん着とお坊さん靴も買いたかったが、サイズ切れで買えなかった。くやし〜〜!
残念ながら、日帰りしたので、じっくりと堪能できず残念。今度来るときは、少林寺の前にあるホテルに泊まって、じっくり堪能してみたい。きっと、少しは、お坊さんや武術修行の子供たちの日常が見れるかもしれないから……。でも、そしたらきっと、立ち入り禁止の所を覗いたりして怒られるんだろうなぁ……。
第5日目
友人はとっとと帰ったので、飛行機の時間まで、一人で洛陽見物。といっても、博物館や公園に行くのではなく、まず、市場へ……。私の目的はキャベツ。広州のキャベツは腹が立つほどにまずい。しかし洛陽キャベツは、青々として本当に美味しそうだった。
「そうだ、買って帰って野菜炒めつくろう!」
と思ったわけ。贅沢なのか、しみったれているのか……。
しかし、お昼時のせいか、キャベツ売りの姿は見当たらないし、私もお腹が空いてきた。適当に歩いていると、「副食市場」と書かれた路地があり、両端にびっちりと食堂が並んでいる。ひととおり歩いてみて、適当に混んでいる食堂に入った。周りを見渡すとほぼ全員が餃子を食べている。真似して、「餃子!」と言うと、「何の?」聞き返され困った。メニューを見せてもらうと、すごい種類の餃子がある。「う〜ん…」お店の人は「羊のが美味しい」と勧めてくれるが、味の予想がつかなくて不安。それに、ちらっと見かけた焼きソバも美味しそう。
「豚肉の餃子と焼きソバ」
「えー!?」
お店の人が驚くのも無理はない。餃子一皿だって、私には食べきれない量だ。
「だって、私今日広州に帰るし、食べてみたいし……」
私の普通語が通じたかどうかはともかく、二つとも出してくれた。そして、どちらも美味しくってすっかり満足。もちろん山のように残ってしまって申しわけなかったけど。そしてお値段も、申しわけないの二つで七元。日本円で百円だ。安い!
再び町をうろうろして、来たときから気になっていた「茶室」と言うのに行くことにした。洛陽はあちこちにこの茶室がある。きっと、お茶を飲ませてくれる所なんだろうが、広州では「茶芸館」と呼ぶ。それに、前に、「北のほうの人はあまりお茶を飲む習慣がない」と聞いたことがある。なのにこんなにたくさん……と少し不思議だったのだ。私が入っていくと、店番の女の子は、びっくりした顔をし、「一人?」と聞くと、慌てて男の人を呼びに行った。やってきた男の人もまた、
「一人?」
私はうなずき、尋ねた。
「ここ、なにするところ?」
「お茶を飲むところだよ」
「じゃあ、私入ってもいい?」
「もちろん」
と、案内してくれたのが個室。ここは全てが個室になっているらしい。緑茶を頼むと彼はしっかりとドアを閉めて立ち去り、しばらくしてお茶を運んできたが、いちいち丁寧にノックしてから入ってくる。変なの! と思った途端、以前見た台湾映画を思い出した。タイトルは「春秋茶室」、ここでの茶室は娼館の意味だった。もしかしてここって……、私はこっそりドアの隙間をあけ外の様子を覗き見することにした。すると、入ってくるのはカップルばかり、一人で来る女なんて当然いない。どうやらここは、本来の姿はともかく、「同伴喫茶」代わりに利用される事が多いようだ。
その時、感心しながらお茶をすする私の携帯がなった。
「どこに居る?」
さきに帰った友人だ。
「まだ洛陽にきまってるじゃん……」
私の答えを遮るように彼は言った。
「女房が置き手紙置いて家出した!」
「はあ?」
とんでもない誤解とともに、旅は終わった。おかげで(?)、私はキャベツを買うのをすっかり忘れて飛行機に乗り、広州に帰った。 (了)
と言うわけで、三回に分けてお送りした旅行記はこれでオシマイです。ご感想などいただけたら、光栄です。では、再見!
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