第4章
 この後出血しだしたのは4年制大学への編入試験一ヶ月程前です。そのほんの少し前、9月の下旬には体育集中講義で炎天下の中一日6時間、4日連続でテニスというハードな日々を普通に過ごしていた私ですが、突然強烈な腹痛に襲われるようになりました。自分としてはそれほどプレッシャーを感じていたつもりはありません。しかし今回の症状はひどく、どこにいてもお腹が痛くなるか分からないような状態でした。ご飯を食べるとすぐにトイレに駆け込むような感じです。ですから外で食事ができなくなりました。

受験をひかえてさすがにこれはマズイと思った私は、ここで初めて病院に行きました。
下された診断は過敏性大腸症候群。ビオフェルミンといった整腸剤と、下痢止めを処方されました。しかしこれが効くことはなく、逆に薬アレルギーの強い私はじんましんが出てしまい、もう一度病院に行くとこれ以上は対処できないと断られてしまいました。

結局編入試験は体調も最悪の中受けました。試験中もお腹が痛くならないことを祈り続けるばかりで、集中していなかったと思います。結果は第1希望ではないものの合格でした。
今までの経験でいくと、これで治るはずでした。ところが症状が一向に良くなりませんでした。


第5章
 朝ご飯を食べて行くと学校に着くまでにお腹が痛くなるので食べない。昼食べると、午後の授業で痛くなるから食べない。夜はお腹にやさしいようにお粥。
そんな生活を続けていくうちに体重はどんどん減っていきました。もともと丸かった私はそれが嬉しくて、食欲は減る一方でした。

そこで今度は漢方薬を処方してくれる病院に行きました。下された診断は同じく過敏性大腸症候群。体重が減っていることも言いましたが、ちょっと痩せている人ならそれくらいの体重だから、心配ないと言われてしまいました。

卒業がかかっていたので学校には気力で通ってい、春休みを迎えてからはひたすら安静の日々を送っていました。それでも体重は減り続け、貧血が進む一方でした。
そんな中、3年編入して新たに大学へ通い始めました。生活が変わればよくなるかもと思っていましたが、やはりだめでした。6月頃からは週に1日くらいしか登校できなくなりました。編入した為、友達もほとんどいなかった私には辛い日々でした。


第6章
 そして7月。風邪をひいてダウンした私は、ついに大きな病院へ行く決心をしました。この頃には健康な頃より15kg近く体重が減り、10分の道のりが歩けないような状態になっていました。不思議なのはそんな状態でも根性でバイトだけは続けていたことです。

1ヶ月がかりで、便潜血反応、血液検査、注腸X線検査、大腸内視鏡検査をした私にようやく出た結果が、「潰瘍性大腸炎」という病気でした。
聞いたこともない病気であったし、原因不明の難病であることを告げられた私はパニック状態でした。それ以上に言葉を無くしていたのは母でした。病院の待合室で私からこの事を聞いた母は、30分ほどそこから動けずにいました。