ライカよ、あれが巴里の灯だ 

2006

前置きは2004年のときとほとんど変わっていないので、そちらを。
それを読み直してびっくりしたのが、当時もユーロ高を嘆いていたのに134円だったんですね……。今年はなんと154円!
高級ブランドを買ったり、星の付いたレストランで食事したり、そういった贅沢とは無縁の旅でも、さすがにきつかったです。
でも秋くらいから暖かい日が続いていたらしく、ぼくの滞在中もそんなに寒くありませんでした。「フトコロは寒かったけどね……」なんて、きっちり二年分おじさんになってみたりして。
一日だけブリュッセルに、四日ほどバルセロナにも寄ったので、その話も交えます。

フランスの地名やブランドなどの読み方は難しいので、日本で定着しているものはカタカナで、それ以外のものはそのまま書きます。


CDは1枚


旅先で出会った音楽や、印象に残ったミュージシャンなど、旅と関連して思い出になるようなCDを買いたいと思っています。
ところが先に書いたユーロ高で、まったく購買欲をそそられません。
でもこれは記念なんだから、なにか一枚くらい……と探していて、最初に思いついたのがエディット・ピアフ。一枚くらい持っていてもいいだろう、と。でもどれが代表作なのか、まったくわかりません。次に思いついたのは、ずっと探しているけれど見つからない映画「パリ空港の人々」のサントラ盤。でも映画の原題を忘れちゃって、探すこともできません。
で、じゃあいまのパリを象徴するような音楽にしようと考え、たまたま入ったFNAC(2004年の旅行記を参照)で(*)ブレイクビーツみたいなノリのクールな音楽が流れていて、近くにいた店員に「ねえ、これ誰の?」と天上を指さしながら聞いてみたら、「ああ、ミシェラね……えーっと、あ、これ、ハイッ」と渡してくれました。
それがMe'Shell Ndegeocelloの「The Sloganeer」。ジャケットのデザインも悪くなかったので購入。戻ってきて調べたら発売前だったので嬉しかったです。すぐ日本でも発売されちゃったけれど。

*パリというとテクノやユーロビートが人気なのかなって思っていたんですが、意外にそうでもなく、すくなくともFNACやヴァージンのような大きなショップでは、ふつうに英米で流行っている音楽を推していました。たまたま北駅のちかくのFNACがハウスやテクノ系に力を入れていて、そのおかげで買えたようなものです。
二年前に行ったときには、リミックス盤BOXセットが発売されたばかりだったデペッシュ・モードが、今回はベスト盤を発売していて、「またデペッシュかあ」と妙な縁を。


QUOVADISとMOLESKIN

旅先で日記を付けるのが楽しくて、どこかの街に行ったらそこでモールスキンを買って、それを次の旅に持っていって……という、ひとりモールスキン・リレーを続けています。買えない国もあるので、安いところを見つけたらまとめ買いしておくのもいいかなと考えていたところでした。
「でもモールスキンってイタリアでしょ?」という疑問もあるでしょうが、もともとはフランスだったんだから、まあいいか、と。
ぜったいに日本で買ったほうが安いだろうと思っていたら、ほぼ同じくらいですね。ぼくが見たなかでは、パリではヴァージン・メガストールがいちばん安く、バルセロナのVINSON(有名な雑貨店)はそれよりさらに1ユーロ安かったです。
都市別のモールスキン(泣かせます)があり、パリでバルセロナのものを見つけて買って、早速そのまま使いました。ぼくが持っていったバルセロナのガイドブック(*)は、ここに悪口を100行くらい書き連ねられるくらいヤクザなものだったため、モールスキンのほうがよほど役に立ちました。

*どこのものかここには書かないけれど、都市別のバルセロナってほとんどないと思うので、なんとなくわかるんじゃないでしょうか。バルセロナはとても日本人の観光客が多く、かなりの確率で同じガイドブックを手にしていました。みんな満足していたんだろうか。

クオヴァディスは来年のスケジュール帳を。
こちらはBHVで買いましたが、どこで買ってもほとんど値段は一緒だったような気がします。ぼくの知る範囲で、「うぉー、こんな種類があったなんて!」と驚くものも見つけられませんでした。


H&M

2004年のほうで、カール・ラガーフェルドのプロジェクトの話を書きました。いまはユニクロもデザイナーズ・プロジェクトみたいなことをやっていますよね。
2005年はステラ・マッカトニーが大変なセールスを記録したらしいです。レディースしかなかったみたいですが、ぼくが女の子だったら全部欲しいと思える素敵なラインナップでした。webで見ただけなので、実物はわかりませんけれど。
で、今年2006年は、ヴィクター・ロルフ。よく知らないんですが一部でかなり支持されているみたいです。Tシャツ(これはブリュッセルの店で買った)とスウェットシャツとピーコートを買いました。シルエットはそんなに極端なシェイプがなく、わりにシンプルで、ハートと矢印のモチーフを使っているのが特徴。
どこかの写真展に行ったら、「アイ・ラブ・ヴィクター・ロルフ」というカードを逆さまに持ったポートレートがあったので、ヴィクター・ロルフはそういうことを言われる存在になりつつあるのかも。


映画
旅先でもあまりテレビは点けないんですが、部屋があまりにひどかった(周りがうるさかった)せいで、テレビを見ることが多かったです。
たまたま点けると映画をやっていることが多く、ちょっとびっくりしたことが。

ひとつは、パリを離れる最後の日の朝に天気を調べようとテレビを点けて、「あっ、ビッグベンだ。ロンドンにも行きたいなあ……」と思ったら、それが「マッチポイント」でした。もうテレビ(ペイチャンネルではなく、ふつうの)でやっていることも驚きましたが、朝の8時からってのがすごい。
アメリカ(というよりN.Y.)の映画監督が、初めてロンドンでロケをしたこの映画を、日本人のぼくが、パリで見るってのが面白かったです。ジョナサン・リース・マイヤーズはともかく、スカーレット・ヨハンセンがフランス語なのには妙な趣がありました。ぼくはフランス語なんて聞き取れないんですが、「男はみんな私のことが好きになるのよ」といったことを話す場面はかっこよかった。

もうひとつ、パリではないんですがバルセロナに行ったとき、「あーあ、もうちょっと先まで行ったらモロッコなのに」と、春の旅行を思い出していました。タンジェにいたときは、「この海を渡ればスペインなのにな」と思ったのに。
そのままちょっと考え事をしてから眠ったら、モロッコの夢を見て目が覚め(こういうことは珍しい)寝付けなくなったのでテレビを点けると、ちょうど「シェルタリング・スカイ」のラストシーンが流れていました。夢の続きを見ているようで不思議な感じでした。

街の映画館は、年末を控えて大作や話題作の少ない時期だったためか、やたらと「007 カジノ・ロワイヤル」の広告があったくらいで、とくに目立ったものはなかったです。


写真集
ちいさなギャラリーや書店を多く回った関係で、欲しいものがたくさんありましたが、なにか一冊というと決め手に欠け、結局はずっと欲しかったのに買わずにいたサム・ハスキンスを。これはこれで悪くないものの、できればオリジナルの「カウボーイ・ケイト」を復刻して欲しかったな。
でも、ここまで書いていてハッと思い出したんですが、たしか2004年のときサム・ハスキンス展をパリで見たような記憶が。あのときはまだ幻の写真集で、復刻さえなかったんですよね。感謝しないと。


カフェ

ぼくの思いこみかもしれないんですが、前にも書いたようにフランスのエスプレッソはイタリアに比べると薄味で、コクや深みに欠ける気がしています。もちろん、かなりおいしい店もあるんですけれど。
イタリアのバリスタ(BARでエスプレッソを煎れたりする人)が、暇さえあればマシンの温度を確認して、汚れを拭き取り、前のかすを取り除き……という作業をしているのに対して、パリじゃずいぶんと雑に煎れる店も多いです。タンピングなんてしないときもある。エスプレッソを頼むと、「オーレじゃなくて?」と聞き直してくる店も何軒かありました。オーレを頼んでも「できれば、ウチじゃあエスプレッソを飲んで欲しいんだけれどな」といった志が欲しいところです。

バルセロナでもそう。バルセロナのエスプレッソは十分に濃いんですが、裏道みたいなところのBARを中心に入っていたせいか焦げ臭いものが多く、焦げた大豆を食べたあとみたいな味が舌に残ることが多かったです。「そうだ、コーヒーって豆だったんだよな」と再確認。
高ければ美味い、こういう店構えのところは美味い、この時間帯は美味い(*)、といった目安はなにも見つかりませんでした。

*ぼくはそんなオタクじゃないのでわかりませんが、エスプレッソのマシンは温度が上がらないとおいしく煎れられないため、まだ安定していない朝の時間帯は美味しくないと主張する人も多くいるようです。それと併せて、朝にエネルギーを摂ると元気になれることもあり、イタリアでは「朝にはカプチーノ」と決めている人も多いらしいです。でもイタリアで夜にカプチーノを飲むと馬鹿にされるんですよね。

――と、わかったようなことを言っても、ぼくのバカ舌によるものなので、「オレはぜんぜん逆の感想だった」なんて人がいたらお許しを。お店だって3,40軒くらいしか入っていません。
なぜか今回、「カフェ・ノワール」と頼むと、「エスプレッソだね?」と聞き直されることが多かったです。ぼくの言い方は相変わらずのカタカナ・フランス語だから、街のほうが変わりつつあるのかもしれません。

バルセロナも含め、街の目立つ場所に続々とスターバックスができていて、正直に言えばガッカリでした。店のデザインに気を遣って主張を弱くしているものの、外食系チェーンの戦略に個人的にNOと言うため、今後はいっさいスターバックスに入らないようにしようかと考えたくらいです。
ああいうのは一部の観光客の「どこの国に行ってもシアトル系コーヒーは飲みたいよね」という欲求によって作られるのか、現地の人の「エスプレッソって苦いし、カフェ・オレも飽きたから、そろそろ俺もシアトル系コーヒーを飲もうかな」という探求心によって作られるのか、企業の「アメリカと日本はすでに飽和しつつある。次の市場はヨーロッパだ」というような思惑によって作られるのか、どれなんでしょう?

前々からべつのところにも書いているように、街を散歩していて「ひと休みするか」なんてときや、昼に友人と待ち合わせて「ちょっと話しでも」といったときに、すぐに入れるカフェがあちこちにあるって羨ましいです。


アート環境
いまでも覚えているんですが、初めてパリに行ったときにいちばん驚いたのが、ルーブルやオルセーといった美術館が写真撮り放題で、モナリザの前でイーゼルを立てて複写している画家がいたこと。こんな環境で育った人たちに敵わないよな……と嫉妬も感じました。いまではその点に関してちょっと考えが変わっていますが、環境に恵まれているのは間違いありません。
写真って機材や感材との関わりが深いため、「なに言っているんだよ。東京にはビックカメラもヨドバシカメラもあちこちにあるじゃないか! 環境に恵まれているのはそっちのほうだろ」なんて言われないことを願います。

ブリュッセルは田舎ではないけれど、パリみたいに街を歩けばギャラリーにあたって目に付くところには写真集が置かれ、どこに店にも写真が飾られ……といった感じではありません。ひとつだけ、そういうのが密集している通りがあって、デヴィッド・ボウイのレア盤がディスプレイされた古着屋さんや額装の専門店などが並んでいて、心が熱くなりましたけれど。マルタン・マルジェラがあるあたりも通りの雰囲気は素敵でした。
バルセロナは、「アート? それって食べたらおいしいもの?」といった感じがします(ごめんなさい、ちょっと大袈裟に書きました)。ピカソ美術館や、ガウディはたしかにすごいけれど……でもBARの光の作り方は美しいと思います。
ロンドンやN.Y.だってエリアによってはすごく充実していても、街中にあふれているというわけではないですよね。でもパリは違う。不毛と思える地域を歩いていても、角を曲がった瞬間に輝きを放つものがあったり、ハッと息を呑むような店に出会えます。

誰だったか――フランスの新人ミュージシャンだったと思うんですが「フランスの好きなところは?」と聞かれていて、「ほかのことには寛容と言いかねるフランス人ですが、アートに関しては深い理解と興味を持っていること」と答えていたのを思い出します。

前に、BHVに行って写真のフレームが多かったことに驚いたという話を書きました。
写真を飾るのが日常で、それにフレームを選ぶのが――つまりは写真にあわせてフレームを変えるというセンスが――日常なんだってことに感心したわけです。こういうのがアートが生活に密着して根付いているということなんだと思います。
バッグやコートに高いお金を出しても、靴は目立たないからなんだっていいや――という人をおしゃれとは言わないように、額やアルバムなんて中身とは関係ないんだからと考える人をアートに関してセンスがいいと言いにくいですよね。
たまたま入ったカフェで、よれよれのおじさん(たぶん店のオーナー)が写真の入ったフレームを持ってカウンターから出てきて、、どこに行くのかと見ていたら壁にポコッと立てかけました。ぼくが5時間くらいかけても思いつかないような位置でしたが、一度そこに置かれてしまうともうほかの場所が考えつかないくらいで。おしゃれになんてなれなくていいから、こういうセンスが自分にもあれば……と痛切に感じました。


ベビーシッター
注)デリケートな問題に触れます。気を遣って言葉を選んだつもりですが、実際に問題に直面している方がいて、不快な思いをしたらすみません。どこかしらに差別のようなことを含んでいたり、ぼくの認識不足や誤解があれば、連絡をください。訂正します。
でも一カ所だけを指摘するのではなく、全文を読んで、ぼくの考えを理解してからにしてください。

++

パリに行くとき機内で読んでいたエッセイに、「欧米では、子供だから仕方ない、子連れだから勘弁してくれといった甘えは許されず、映画館やコンサートホールで子供が泣き出したり、暴れ回ることに対してとても厳しいのが通例である。とくにフランスではその傾向が強くあった。そのためベビーシッターに子供を預ける習慣がしっかりと定着しているのだが、最近では徐々にそれも乱れつつあって、子供が騒いでいる姿を公共の場で見かけるようになって嘆かわしい」というような内容のことが書かれていました。

そういえば外国の映画を見ていると、夫婦でパーティに行くときなどに
 妻「ベビーシッターのジェニーに鍵を渡しておいてくれた? 
   彼女って、ときどきいい加減なところがあるから……」
 夫「大丈夫だよ、ハニー。パーティを楽しもうぜ」
なんてやりとりをする場面がよくあります。映画「アイズ・ワイド・シャット」もそんな始まりだったはずです。
短い滞在しか経験がありませんが、たしかにコンサートや美術館などで子供が騒いでいるのを見たことがほとんどないですし、そういったところで若い夫婦が仲良くしているのもよく見かけます。日中にリュクサンブール公園などに行くと、ベビーシッターと思われる女性が子供たちを連れて散歩している光景に出会うことも多いです。

ぼくの古くからの知り合いの女性は、オペラを見るのが趣味だったのだけれど、結婚して子供ができてなかなか夜に出かけるわけにも行かず、オペラに行くこともできなくなりました。旦那さんや実家のお母さんが理解のある人なので、「子供は見ているから、行ってくれば」と言ってくれるのだけれど、いまではほとんどオペラは見ていないという話をしていました。
もちろん子育ては素晴らしい経験でしょうし、彼女もそれを愚痴のようには言っておらず、昔を懐かしんで「あのころはよかった」的な感じもまったくありません。ほんとうに子供と夫を愛して、いまの生活に満足しています。
でも心のどこかが――子供を心から愛して大切に思い、それを育てる喜びを感じる気持ちとはべつの部分が――オペラによる興奮を求めることがあれば、それが叶うような、ベビーシッターというシステムが定着するといいのにって思ったことがあります。

でも、ベビーシッターが虐待のようなことをしてニュースになっているのを見ると、いろいろ難しいのでしょう。親からの視点ではなく、子供からの視点で見たとき、長い時間をかけて愛情を受けられなかったことが問題になるかもしれません。ぼくはベビーシッターに育てられた経験も、もちろんそれに子供を預けた経験もないので、他人事として考えているだけですから、いろいろ異論もあるかと思います。
先に書いた「アイズ・ワイド・シャット」も、結局は夫婦のあいだの心の乖離がテーマのひとつになっているわけで、ちゃんと子育てを共同で頑張らないことも要因だったりするかもしれません。
でも、帰りの飛行機のなかで、子供が泣いては立ち上がってそれをあやし、ちょっとうとうとし始めるとまた子供が泣いて……といった若いお母さんがいて、ほぼ12時間ずっとその繰り返しだったのを見てまた考えてしまいました。

追記:
さっきレンタル・ビデオ店に行ったら若い夫婦が子供を連れてきていて、その子が「きゃははははぁ」と叫びながら棚のビデオをドバーッと出しちゃって、母親のほうが「あらぁ、どうしようかしら」と言ったら、父親のほうが「仕方ないなあ、その辺に置いておけばいいよ」と言って、そのままどこかに行っちゃうのを見て、問題はべつのところにあるのかも……とも思いました。


写真月間(ブログに書いたものに、すこしだけ手を入れました)
偶数年のパリの11月は街の多くのギャラリーが写真を展示し、あちこちで企画展が催され、写真一色!というのは大袈裟でも「なんていっても写真の故郷は、ここフランスなんだぜ」という誇りが感じられます。
たぶん、いま写真について世界を回している中心はN.Y.であり、ヨーロッパならベルリンのほうが勢いがあるでしょう。今日的と言うことなら東京のほうがむしろ上だと思います。パリが写真で世界の中心だったのは、もう数十年前のこと。それはぼくだって理解しています。
でも誤解を恐れずに言うなら、世界でいちばん写真に理解がある街はパリです。
それだけに、流行を追いかけることもなく、格を気にすることもなく、いろいろな種類のちいさな(サイズではなく内容)作品もたくさん見られ,、その雰囲気がとても好きです。「ちょっと新しいところがあって面白いから、完成度は低いけれど世の中に問うてみるか」といった姿勢は、パリというちいさな――すでに世界の先端から降りてしまった――街ならではのものだと思います。



写真月間にあわせて作られるパンフレット(上の写真のなかでいちばん派手なもの)に書かれた最寄りの駅と通りの名前を頼りに、40を超えるギャラリーを回りました。たまたま見つけたものもあり、全部で60くらいの写真展を見たはずです。
今年はいくつかほかのプロジェクトも同時に進行されていたようで、写真熱はまったく冷めていないんだなって嬉しかったです。着いた夜に寄ったFNACのモンパルナス店は、ものすごく大きなスペースをデジタル関連のものに割いちゃってたから心配だったんです。
ギャラリーを回るあいだもライカを下げていて、刺激をもらっては写真を撮り、また歩いて次のギャラリーに向かい……という繰り返し。★(日記にウチダ・ミシュランとして★の数で記録を付けた)がふたつ以上のときは、その余韻を楽しむためカフェに入ってエスプレッソを飲みました。

なかでも印象に残っているものをみっつだけ紹介します。

まずパリ市庁舎での企画展で見たサラ・ムーン。
市庁舎のメイン展示はドアノーで(市庁舎でドアノーって涙ものですよね。そのセンスもパリらしい)、ものすごく多くの人を集めていたんですが、それとは別に複数の写真家による企画展がありました。有名どころだとマーク・リブー、パオロ・ロベルシなど。ただ、ぼくの言語能力では、それが何を目的とした企画なのか理解できません。それでも写真の内容についてはわかるから、やっぱり写真って素敵。
なかにサラ・ムーンもいて、ひさしぶりに見るカラーでキック・ボクシングをモチーフとしたものでした。まだ完成されてないのか、企画展だからか、ラフな感じが逆にリアルで、とてもよかったです。昔は「ぜったいに使わない」と言っていた広角レンズで撮った(と思われる)写真もありました。なかにすごく好きなものが一枚あって、次に撮ってみたいと思うものがひとつできました。

次がラルフ・ギブソン。
ぼくは今のライカ・ギャラリーができたときから、「この会場の広さと雰囲気なら、きっとラルフ・ギブソンがいちばん合うのに」と思っているんですが、なかなかやりませんね。
『アメリ』や、ブレッソンの写真にも登場する、その名も芸術橋(ポン・デザール)で左手にシテ島の先端を見ながら左岸に渡り、来年のオープンに向けて改装中のドリス・ヴァン・ノッテンの脇を入ると、そこは左岸でセーヌ通りと並ぶギャラリーの密集地帯であるボナパルト通り。
ちなみにこのボナパルト通りとセーヌ通りを結ぶちいさな路地が、ぼくがパリでいちばん好きなビュッシ通り。詳しくはHPのほうの2004年の旅行記を。
そこでラルフ・ギブソン展が。
ふたつのギャラリーが続きになっていて、片方がカラーを中心とした最近の作品、もうひとつがモノクロの代表作。ぼくが見ていたとき、ちょうど団体の若い人たちがやってきて「やっぱりこの辺の切り取りかたが」とか話しながら見ていました。いちばん有名な時期の、あの緊張感と完成度はものすごいけれど、さらっと撮ったふうに見えてまるで隙がないマイナーな作品も涙ものでした。
ベルナール・フォコンとラルフ・ギブソンは、好きな時期と嫌いな時期がはっきりあるんですが、ときたま新作が見られればそれで十分、存在してくれているだけで幸せ――というポジションで応援しています。

もうひとつはちいさな作品で、セーヌに浮かぶサン・ルイ島で見た二人展。
これはひとりがモノクロ、ひとりがカラーで、別々のふたつの写真をペアにして展示したもの。二人で話し合って撮り分けたのではなく、持っている作品のなかから並べると共鳴して面白い効果が出るものを集めたんだと思います。FADINGというタイトルが付いていたので、色が抜けるときに伴ういろいろな感覚を意識しているものでしょう。カラーからモノクロへというシークエンスが……なんてのは評論家にお任せするとして、すごくよかったです。いつかこんなものもやってみたいな、と。

作品の完成度でいったらものすごいのもたくさんあったし、見たあとで気持ちを整理するために入ったカフェで席から立ち上がれないくらいショックを受けたものもあったのに、いま思い返すと不思議に心に残っているのがこのみっつ。

そうだ、あとひとつ。
日本でも有名なセレクト・ショップのコレットに初めて行きました。
入ってすぐのスペースが、写真集を中心としたアート関連の書籍のコーナーになっていることがまず嬉しかったです。パリでいちばん有名な古着屋のキルウィッチも大きなスペースを割いて写真集を置いていますが、ラインナップはコレットのほうが芯があるというのか、バイヤーの好みとセンスがはっきり感じられます。どちらもアニー・リーボヴィッツとサム・ハスキンスを前面に押し出していました。
ここの最上階(中三階みたいなところ)がやはりギャラリーで、この写真展もすごくよかったです。
写真って何の知識もなく見るには難しい――と敬遠しちゃうのか、店内は日本人を中心にごった返しているにも関わらず、ほとんどお客さんが入っていなかったですけれど。すぐ隣で売っていたジル・サンダーのコート(42万円だった)は、食い入るように見ている人がたくさんいたのに。
さて、その流行の最先端を行っているコレットが、この時期に選んだ写真展とは、どんなテイストの作品でしょう?
いつかどこかに答えを書こうと思っていますけれど、考えてみてくださいね。

写真は言語を超えて心を揺らすけれど、そこに必要なのは想像力なんだと思います。「俺は想像力があるから、わかりにくい作品だって理解しちゃうぜ」と言いたいわけではありません。もちろん「想像力の欠落している奴は写真を見る資格がない!」なんて横柄なことを言いたいわけでもありません。
ぼくも写真を撮る立場として、想像力に働きかけるものを撮らなきゃと思ったし、目への刺激だけじゃなく心にどう響かせるか、これから先の写真はそこを掘り下げていく時代になっていくんでしょう。たぶん日本でも。
ここ十年の流れをひと言でまとめれば「何を撮ったか(被写体)なんて、そんなに重要じゃないよ」ということで、しばらくその流れを推し進めていくことになるんだと思います。
とはいえ、シーフ、ブーバ、ブラッサイといった古典への懐古の動きもはっきりあったし、ブレッソン財団(*)での「スクラップ・ブック展」は上に挙げた三つとはべつの意味で――もしかするともっとも強く――心に訴えかけてくるものでした。

*余談ですが、ここで写真を見ていた若い女性は、この二週間で見た人でいちばん素敵でした。
ダークグレーのトレンチコートに、パリでは少数派のバギーっぽいウールパンツ、プーマの白いスニーカーを履いて、腕を組んだままじっと写真を見つめ、首を何度か振ってから軽く息を吐き、また次の写真に……という仕草もかっこよかったなぁ。


物価
年に何度もあるわけじゃないし、二週間くらいの短い旅行なんだから……と思ってみたところで、ユーロ高とパリの物価の高騰には驚かされます。パリとブリュッセル、アムステルダムの空港は言うまでもなく、バルセロナでさえ予想以上に高く感じたから、ユーロ圏全体の物価が上がっているんでしょう。
聞いたところによると、その物価の高騰によりチップの制度が廃れつつある国が多いとのことです。もともとチップ込みの値段になりつつあったのが一気に加速したのかもしれないです。上手にチップを渡せないぼくとしてはありがたいものの、かつての趣がなくなっていくことを残念に感じます。あったときは「なくなっちゃえばいいのに」と思うのに、いざなるなると「あれはあれでいいものだった。惜しい」と考えるのは人の常。

逆に考えると、日本のデフレは長く続いているんだなって感じます。
ミネラル・ウォーターを買うとき、2リットルのペットボトルが0.6ユーロで、「おお、やっぱり水は安いな」と思ったものの、日本だって近所のスーパーで100円で売っていることが多いです。パンやビールなども定価として考えればまだ日本より安いですが、「安いッ!」と驚くようなものはほとんどありませんでした。
あ、でも美術館は内容を考えれば激安ですね。


旅の途中の音楽

この旅のあいだで、印象に残る音楽との出会いについて。

★冷たい雨が降ってきて、もうホテルに戻って一日を終わりにしようと思いつつ、INNO(ちょっと高級なスーパー)に行ったら流れていた
「Don't give up」 Peter Gabriel & Kate Bush
もうちょっと頑張ろうかなって、夜の街を歩いちゃいました。

★パリを離れる最後の夜、そのまま部屋に帰るのも惜しくて寄ったカフェで流れてた
「Born in the U.S.A.」 Bruce Springsteen
パリで日本人のぼくがこれを聴くというのは不思議なものでした。シャンソンを流せとは言わないものの、もうちょっと考えて欲しいものです。

★サンポール寺院の近くの文房具店に入ったら、奥に工房があって、とても丁寧に仕事をしている様子が見えたのでシステム手帳を購入するとき流れてきた
「Too shy」 Kaja Goo Goo
よほど買うのを止めようかと思いました。

★iPodを持ってこなかったことを後悔して、何か音楽が聴きたいなあとテレビを点けたらVeoliaという企業のCMソングで使われていた
「Window」 The Album Leaf
ただ、何度かCMを見たんですが何の会社なのかさっぱりわかりません。

★ピカソ美術館が開くのを待って、近くのカフェ(天皇の写真が飾ってあった)に入ったら流れてきた
「I Still Haven't Found What I'm Looking For(終わりなき旅)」 U2
前にも書いたように旅先で聴くU2は染みます。

★ポン・デザール(芸術橋)に行ったとき、ギターを弾きながら歌っている人がいて(いつもいる)、ちょうど終わりそうなところだったので「さっきの曲をもう一度」とリクエストした
「Wish you were here」 Pink Floyd
ただ、ぜんぜん上手くなかった(涙)。
おまけに次の曲がサンタナの「哀愁のヨーロッパ」。

★パリの最後の朝、ちょっと時間に余裕があってテレビを点けたら朝の8時なのに『マッチポイント』をやっていて、そこで流れてきた
「耳に残るは君の歌声」
ここまで聴けたころでわかるように、いったん二人が離ればなれになるところまで見て、空港へ向かいました。

★帰りの飛行機に乗るころには、ちょっとロックに飢えた身体になっていて、なんでもいいからロックを聴きたいとあわててヘッドフォンをしたら流れてきた
「Only time you tell」 ASIA〜「The Frame」 Cheap Trick
どちらも夜の空港を発つ飛行機で聴くには涙もの。


サプライズ
1.
パリに限ったことではないですが、中国人観光客の数には驚かされます。
いちど、フランス人(と思われる人)に「マナーが悪い」と怒っていた(と思われる)中国人を見かけました。あれはなかなかすごい光景だった。

2.
バルセロナのピカソ美術館で開場を待っているとき、ぼくのすぐ後ろに関西弁の女性グループが並んでいました。びっくりするような配色のスカーフを持った物売りがやってきて「どうだ、これ買わないか」と言ってきたとき、心のなかで「誰がそんなの買うんだよ!」と思って首を振ったんですが、後ろのほうから「3ユーロでええって言うてはるわ」という大声が。二枚買うからまけてもらえへんかな、これは××さんに似合いそうやわぁ(*)、といった声が続きます。
そうしている間に開場になって、ものすごい勢いでぼくは美術館に駆け込みました。いちばん最初に入れて、ピカソの絵と1対1(正確には監視員みたいな人がいるけれど)という贅沢な時間を過ごすことができました。でも遠くのほうから関西弁を交えた笑い声が聞こえてきて、その声から逃げるように先を急いだのでした。
 
 こうしてぼくは
 絶えず「ほな」「そない」と
 追いかけてくる関西弁から逃げながら
 明日に向かう船に乗って
 力の限り漕ぎ進んでいく

冗談です。
フィッツジェラルドは大好きですし、関西のかたに恨みや悪意があるわけではありません。ただピカソの絵の前が目の前にあるのに、あんなに大声で戦利品(スカーフ)の話をしなくてもいいじゃないかとは思いましたけれど。

*間違った関西弁になっていったらごめんなさい

3.
ブリュッセルに行ったのは初めてだったんですが、ほんとうに驚くくらいどこのトイレでもお金を取られました。マクドナルドに入ったとき、地下のトイレで「0.3ユーロね」と言われて、びっくりしました。一応は客なのにトイレを使うのに有料なの?って。ロンドンのハロッズみたいなトイレなら仕方ないと思いますが、ぜんぜんきれいじゃなかったし。
ぼくはそんなにトイレが近いほうじゃないのでいいですが、女性は大変でしょうね。

4.
バルセロナの観光名所のひとつ、ガウディが設計したグエル公園で――あ、これ書けないや。



ロケーション
スタイケンの「部屋にいても世界は撮れる」を座右の銘にしているからには、「外国で撮った写真ってかっこいいよね」なんてことは言いたくないんですが、とくに街の景観を入れたポートレートを撮ったりするときには、パリのような街を羨ましく思います。「くそー、あの吉野家の看板を避けようとすると、どうしても向こうの和民の看板が入っちゃうんだよなあ」なんてこともありません。いまならそういうの、「いいよ、あとで消せるから。それより早く撮ろうよ」とか言われたりしちゃうんですよね。

でも「こういうのって大人げないから、ちょっとは控えよう」という暗黙の了解があるのか、「みんなは誉めてくれるけれど、正直に言って俺たちは毎日のように見ているから飽きちゃって」ということなのか、意外に「どうだ、パリだぞ!」という場所で撮られた写真って多くないんですよね。
エッフェル塔の前で四人組のバンドがジャンプしているとか、マドレーヌ寺院をバックに撮られた「もうトレンチ・コートしか欲しくない」なんてファッション写真は、あまり目にしません。「どうだ、N.Y.だぞ」という写真は、けっこう見るけれど。

でも今回、サン・ルイ島を歩いていたら、マミヤ6を持った男性とエヴィアンの小さなペットボトルを2本とブランケットを手にした女性がいて、「あ、ロケかな?」と見ていたら、黒人女性(ジャズシンガーみたいな雰囲気の人)が近くに止めてあった車から歩いてきました。
「じゃ、その辺に立って橋に肘をつくような感じで」といったふうなポーズの指示を出していたんですが、あのカメラで、あの距離で、あのアングルだと、たぶん「画面の端にやや横向きの女性がいて、奥行きのある欄干の向こうにノートルダム寺院がそびえている」という構図です。
「そうか、それ撮っちゃいますか……」と。
ぼくも「そっちがそうくるなら」と、ものすごいの撮っちゃいました。


写真の歴史

原監督のジャイアンツへの思いなみに熱く書くので
写真に興味のない人や、冷やかしなら、読まなくていいです。

ひとつの街に一週間以上の滞在をするときは、ホテルを変えてリフレッシュすることにしているため、カルチェ・ラタン(昔は安宿が多かったけれどかなり高騰)→バスティーユ(ここの受付の態度の悪さは特筆もの)→モンパルナスと動きました。
モンパルナスのホテルは、モンパルナス墓地の裏のゲーテという駅の近く。写真に詳しい人だと、「ああ、あそこね」と思い当たるものがあるかもしれません。そう、カルチェ・ブレッソン財団の最寄り駅です。本にも書いたようにモンパルナス墓地にはマン・レイの墓もあるので、ちょっとした巡礼気分。

上のほうで写真の故郷はフランスだと書きましたが、のみの市などで乾板(いまのフィルムの先祖)が売られていたり、そこらの書店のディスプレイにシーフやドアノーの写真集が並べられていたり、写真と歩んできた長い歴史を感じます。
ブレッソン財団のいまの展示は、先にも触れたように「スクラップ・ブック展」といって、ブレッソンが1930年代ころに自作していたスクラップ・ブックを展示したもの。日本での発売があるかわかりませんが、これをリアルに複製した本も作られたようです。
代表作「決定的瞬間」のなかの作品を中心に、発表されたカットの別バージョンもいくつかあって、コンタクト・プリントなどを発表しないブレッソンの、ちょっと素顔に近い部分が見えて嬉しかったです。よく「ジョン・レノンが自宅で録音した未発表音源」なんてのが出てきますが、あれに近いものだと想像してください。
これを知人の写真家に話したら、「本人は嫌じゃないのかな」と言っていたんですが、ブレッソンは「もう死んじゃったからどうでもいいよ。あとの人たちになにか役に立つなら好きにしてくれ」って感じじゃないでしょうか。それより「天国にきたら、また身体が元気に動くようになったせいで写真を撮るのが楽しくて、フィルムが足りないから送ってよ」とか。

その展示を見ながら最上階まで行くと、そこではビデオが流れていて、ガラスケースに入った古いライカが飾られています。しばらくそこにいたとき、「もしここで何かあったら、あのガラスケースを壊してライカを取り出して、ぼくのフィルムを詰めて写真が撮れるんだな」と、ふと思いました。7、80年も前のカメラですよ。すごいことですよね。あれが本物だという証拠はないし、完動かわからないので、実際に撮れるかどうかはべつにして。
まあ、フランク・ホーバットによれば「もし地球が爆発するとしても、構図が自分の審美眼に合致しなかったら、ブレッソンはシャッターを切らないよ」とのことなので、本人は「あーあ、水平線が傾いているじゃないか。よくそんな撮り方できるな」と怒るかもしれないけれど。

よく「知り合いからライカってのもらっちゃってさ、すごい価値だって聞いたんだけれど見てよ」と言われることがあります。けっこう気が重いんです。というのも、「たしかにこれは、すごい価値なんですよ」と言うものの、たいていは傷だらけで、ずっと使われておらず、実際には動かないものがほとんどです。「どう? 百万くらいしちゃうの?」とか聞かれるんですが、中古相場は数万円、お店では引き取ってもらえないこともあるかもしれません。
でもそれを買った当時は、現在の価値で言えば数百万円くらいのものだったはずだし、それで撮った写真はまさにプライスレス、いまも動くなら無限の価値を持っています。だから「もう動かないかもしれないし、じつは売ってもガッカリするような値段にしかならないんですよ。でもほんとうに――いまの車なんかより買うのが大変だったはずだから、大事に記念として残しておくといいです」と言うようにしています。
そういうのが繰り返しになってきて、最近ではデジタルへの乗り換えで70年代くらいのカメラでも似たようなケースがあります。「お父さんがずいぶん無理して買ったらしいんだけれど、どれくらい価値のあるものですか?」って、FEあたりのカメラを持ってくる。お父さんってのがぼくの兄くらいの年齢だとして、それを買うのは夢だったはずだよ、とぼくは思います。
次にそんなことがあったら、たぶんぼくが思い出すのはガラスケースに入っていたブレッソンのライカと、そこに飾られていた写真でしょう。「それは、ほんとうに価値のあるものなんだよ」と。



思いついたら加筆するかもしれません。