ライカと故郷へ帰る


故郷と言っても佐渡やドイツではなく、写真の故郷であるフランス――パリのことです。
ぼくにとって5年ぶりのパリになります。そう長い旅ではなかったですが、こんなに自分の足で歩き回れたのは初めてだったので、その分だけ細い路地に入ったり、ちいさな店に寄ることもできて、いろいろ発見もありました。
モンパルナスのホテルからノートルダム寺院に行き、そこからバスティーユで買い物をして、パッシーでエッフェル塔の写真を撮る――なんてのを、地下鉄も使わず歩くのが苦じゃなかったです。
ここでは旅で買ったものを通して、ぼくがパリに思ったことなどを。

それにしても、行く前にけっこう情報は集めたつもりでしたが、あまり役に立つものがありませんでした。
いつも言っているように、インターネットって同じ情報がたくさんあるばかりで、自分にとってほんとうに必要なものって、ほとんどないんですよね。ガイドブックもいろいろ見てみたんですがだめでした。
だから、これからパリに行こうという人や、パリに憧れている人にとって、このページが何かの役に立ったらと思います。フランス語はまったく話せず、写真が趣味で、エルメスやディオールなんてスーパーブランドにはあまり縁がないけど買い物は好き――なんて人なら少しは役に立つんじゃないでしょうか。
間違いがあったら指摘してください。すぐに訂正します。

ちなみに
1.1ユーロ=134円(2004年11月現在)。
2.パリはほぼ山手線の内側くらいの大きさの街。
というのを前提として覚えておいてください。
フランスの地名やブランドなどの読み方は難しいので、日本で定着しているものはカタカナで、それ以外のものはそのまま書きます。


CDを3枚とDVDを1枚


旅先で出会った音楽や、印象に残ったミュージシャンなど、なるべく旅と関連して思い出になるようなCDを買いたいと思っています。音楽を聴いて、連動して思い出すことって多いんですよね。
たまたまテレビをつけたらPLACEBOが出演して歌っているのを見て、悪くなかったのでベスト盤を買いました。けっこう人気があるようで、ヴァージン・メガストア(メガストールというのが正しいのかな)やFNAC(フランス最大のブックチェーン)などで、大々的にプロモーションしていました。
このほかに「ENJOY THE SILENCE」が繰り返しオンエアされ、それが良かったのでDEPECHE MODEのリミックス盤と、雑誌の表紙にもなっていたFRANCOISE HARDY(この時代に!)も。ゴダールの『男性・女性』が大好きなので、たまりません。
ただしユーロが非常に高いせいもあってか、CDはまったく安く感じませんでした。
DVDもDEPECHE MODEのものです。日本盤よりずっと安かったのは嬉しいものの、すごく長いインタビューが収録されているのに、何を話しているのかさっぱりわからないのは残念。
念のために書いておくと、DVDのリージョン・コードは日本とヨーロッパで一緒ですから、ふつうに再生できます。



QUOVADISのスケジュール帳
ここ数年、FILOFAXを日記の代わりにして、QUOVADISのスケジュール帳を携帯するようにしていたんですが、来年は気分を変えてみようとLIDO(ドイツ製)のものをすでに買っていました。
でも文房具店にQUOVADISがずらーっと並んでいるのを見たら我慢できなくて、やっぱり買ってしまいました。とくに日本では目にしない種類があるわけでもなかったけれど。
スケジュール帳を2冊持つなんて絶対によいことじゃないので、どちらかに決めないと。



アニエスb.のプリントTシャツ
アニエスは、日本ではもう「ああ、昔はそんなのも流行ったよねぇ」なんて感じになりつつありますし、フランスでもそんなに人気があるとも思えません。でも、よい場所に店舗がしっかりとあって、いろいろな思い出とともに避けて通れませんでした。初めてパリに行ったとき、すごく高揚しちゃっているせいで似合わない革ジャンを買ったのを思い出します。アラーキーと陽子さんの『10年目のセンチメンタルな旅』を読むと、二人もアニエスb.で買い物をした様子が書かれています。
とはいえ、欲しいものはないんですね。
アニエスと言えばレ・アールですが、サンマルタン運河の近くにほかとは品揃えの違う店があって、そこでロックふうプリントのTシャツを買いました。店員さんによればユーロ圏限定だそうです。そんなこと言われて、日本の店に行って売っているのを見ると、けっこう落ち込むんだよな……。



パリの光と影
大袈裟なタイトルですが、隆盛と衰退について書きたいのではなく、パリで感じる「光もしくは灯り」について。
北海道――それも北のほうと同じくらいの緯度にあるパリでは、今の時期に朝は8時くらいまで薄暗いです。けれども7時40分くらいになって、頑張れば本が読めるくらいの明るさになったとき、バシャっといった感じで街じゅうの街灯が消えます。「今、まさに夜が朝に役割を引き継いだ」といったふうに。ぼくはこの瞬間が大好きで、まだ写真を撮るには暗すぎる時間なのに、早めにホテルを出て街を歩いていました。
ほかにも、地下鉄はずいぶんと明るくなったけれど駅は暗いし、ホテルの照明もカメラの露出で言うと2段くらいは東京より暗く、多くのインターネット・カフェ(みたいなところ)やゲームセンターは全暗に近い状態、コーヒーを頼んでココアが出てきてもわからないくらい暗いカフェはざらにあります。ケチって節電しているんじゃなくて、基準となっている照度がずいぶんと低いと感じました。

商品のディスプレイを見ていて思ったのは、光の扱いがていねいで、それぞれの質感とか形を上手に活かす光にしていること。写真を撮るときのライティングと同じで、透過光や間接光、スポットライトなどを使い分け、その商品がもっとも魅力的に見えるように考えてあるんですね。
そういうのを専門家ではなく、ふつうにバイトの子や下町の商店のおじさんがひょいひょいと並べていくのを見ると、すごいなって感心します。知識じゃなくて身に染みたセンスなんでしょう。子供の頃からルーブルだのオルセーだのに行けるわけですからね。ものの本によると、日本人も灯りに関しては独特の文化と感性を持っているらしいですが、障子や提灯の時代の話なのでいまはわかりません。
総体的に、東京なんかは影をなくするために灯りを足していって作られた街で、パリは必然ぎりぎりまで減らすことによって成り立っている街といった感じがします。それはそのまま日本とフランス(をはじめとしたヨーロッパ)の写真のライティングの傾向に似ているかもしれません。




雑貨をいくつか
「パリの東急ハンズ」などと称され、専門品も豊富に揃えてあるBHVというデパートでは、かなり興奮しました。時間があれば1日中いたいくらいだった。ここはレ・アールから歩くよりも、サン・ルイ島のほうから(もしくはノートルダム寺院の東側から)行くほうがおすすめです。ギャラリーなんかも多く見られるし、道も空いています。
とりあえずカメラ用のストラップに使える素材を探してみたんですが、そういった細かいものは日本のほうが豊富です。でもフレーム(写真や絵を入れる額)の品揃えがすごくて、いろんなサイズ、いろんな材質、いろんな値段のものがありました。新宿の世界堂なみ。写真や絵を飾るってことが日常なんでしょう。
嬉しくなってキャビネを4枚並べられるフレームを買いました。撮ってきた写真を飾りたいと思っています。
ここではほかに、WATERMANのおもちゃみたいな万年筆と、RHODIAのメモ帳を数冊。



映画
とにかく映画館が多いです。
レ・アールにあるシネマ・コンプレックスなんて、20を超える映画館が一緒になっています。だいたい7ユーロ前後でした。ただやっぱりハリウッド系の映画が中心です。

デンゼル・ワシントンの新作がいちばん上映館が多かったように思いますが、『誰も知らない』もいくつかのところで見かけたし、『2046』もけっこうありました。そういえば、小学生くらいの子供のグループを引率して『2046』の上映館に入っていくのを見かけたんですが、けっこう難解なのに小学生が観てわかるんでしょうか? 
映画が始まるちょっと前くらいの時間に、映画館の隣にあるカフェに行くと、時間を潰しながら話をしているグループをよく見かけます。映画『ドリーマーズ』のなかにあった場面みたいに、映画について論議しているのかもしれません。もしそれが男2人女1人という構成で、一人がチェスターコートでも着ていたら、「ああ、フランス映画でよく見かける場面だ!」と思わず涙が。



写真集
バリやハワイみたいな場所では難しいけれど、できれば旅では写真集も一冊は買えたらと思っています。値段だけを考えると、Amazonで買うより得なことって、あまりなさそうですけれど。
ただ、さすがはパリ。そこらの書店でふつうにドアノー、ブーバ、ラルティーグなんかを売っているんですね。「映画館と書店の数がそのまま文化水準の高さを表している」――なんて某ガイドブックみたいに短絡的には考えられませんが、立派なものだと感心はします。
マレにある「コントワール・ド・リマージュ」という写真集の専門店は、ちいさいながらも品揃えが素晴らしく、ベルナール・フォコンの初期のものなど欲しいのがいくつかあったのですが、高くて手が出なかったです。サンジェルマン・デ・プレにあるTASCHEN(*)でウィル・マクブライドも見つけたんですが、これも高かった。
そのほかに、FNACで「EXILS」の別のバージョン(収録作品は一緒)も売られていたし、それでも敢えてブレッソンにするのも悪くないし……、と何を一冊選ぶかずいぶん迷いました。
結局、旧国立図書館でロバート・キャパ展を見たあと、そこの売店にあったパリのオムニバスの写真集にしちゃいました。安いものだし、ふつうに日本でも買えるし、そのわりには大きく重かったんですが、今回の気分にいちばん近かったので。

*)かつてランボーが住んでいたというアパートのすぐ近くにあります。
このビュッシ通りというのはパリらしさが感じられる素敵なところでおすすめです。
タッシェンの専門店って日本にはないですよね?

と最初は書きましたが、表参道ヒルズの中にできました。


FNAC
上にも書いたように、FNACはフランス最大のブックチェーンで、街のいたるところで見かけます。
雑誌というのはブックスタンドで買うものなのか、書店は専門書や小説など書籍が中心です。FNACも例外ではないんですが、CDも売っているし、店舗によってはラボだったりデジタル専門店になっているところもあります。ブレッソンの写真で有名なサン・ラザール駅前と、モンパルナスの店は何度か利用しました。

とくにモンパルナス店は品揃えがよく、フロアの奥には暗室用品のコーナーもありました。感材に関してはアグファとイルフォードが中心です。日本みたいな量販店がない分、写真愛好家は苦労するかもしれないけれど、モノクロの技術書とか、そういうのを専門にしているギャラリーはすごく多いんです。機材を買うのが楽なのと、それを展開する喜びが身近にあるのと、どっちが幸せでしょう?
このモンパルナス店はギャラリーもあって、そこでFNAC所蔵の写真展をやっていたんですが、これに関しては雑誌のほう(*)で。
泣きました、これは。


もう雑誌は読めないので、ここに書いておくとブレッソンのものでした。



ピンバッジ
セーヌ沿いに並ぶ露店で適当に見つくろって8個。それで10ユーロくらい。
フランスっぽいものを選んだつもりだったのに、あとで明るいところでチェックしたら、DOLCE VITAなんてのも混じっていました。



H&Mの服

まだ日本上陸はしていないはずですが、北欧発のカジュアル服のチェーン店で、価格やクオリティはユニクロなんかとそんなに変わらないと思います。むしろ下かも。実際にロンドンでは隣り合った場所に店があり、同じような客層の人が買っていました。たださすがはヨーロッパのブランドで、アームホールなんかもけっこうタイトだし、サイズを上げても横幅ばかりデカくなっていくことがありません。
カール・ラガーフェルドがデザインを手がけたというので話題になっていて、ちょうど「○月○日ついに登場」なんて感じのカウントダウンをしていました。当日はすごい人の列で、テレビの取材も来ていました。
たまたま前を通りがかったので興味本位で入ってみたら、目の前でじゃんじゃん売れていきます。あっという間に最後の一着となったコートを手に取ったら、ちょうどぼくのサイズで、何かの記念だと思い、ジーンズ、セーター、ラガーフェルドの顔のイラストがプリントされたTシャツなどと一緒に買いました。



ファッションの都
エルメス、ルイ・ヴィトン、シャネルといったスーパーブランドは相変わらずの人気ですが、ここ数年は主役をイタリアのブランド――グッチ、ドルチェ&ガッバーナ、プラダなどに奪われ、すっかり元気がありません。「せっかくパリに行くんだから、何かフランスのブランドでも」と思っても、思い付くものがないんです。A.P.C.やPAUL&JOEももうひとつだし、いまさらセント・ジェームズとかアニエスを買うのもどうかと思うし、今期のディオールはものすごくかっこよかったけれど、あんなの服の値段じゃないです。
「ベルギーに行くんだから、マルタン・マルジェラでも買おうか」とか、「イギリスに行ったからには、ジョン・スメドレーを買ってこよう」とか、「アメリカでアバクロを買おう」なんてくらいのブランドで、ちょうどいいものが思い浮かばなかったんです。MONCLERがすごく安かったら考えてみようかな……と思っていましたが、売っている店がほとんど見つけられませんでした。東京ならほとんどのセレクト・ショップで扱っているのに。

世界3都市ファッション・チェックなんて企画があると、未だにパリ、ロンドン、ミラノというのがお約束で、それに次ぐのがN.Y.と東京といったところですが、知人のスタイリストに訊いたら「パリなんて、そうお洒落とも思えない」と言っていました。「東京の若い子のほうがずっとお洒落だよ」と。
でもやっぱりかっこ良かったです。とくに重ね着のセンスと、アクセントの作りかたは、奇跡的にうまい。
ぼんやりカフェから道行く人を見ていても、着こなしやアイテムで、すぐにわかる流行は見つけらませんでした。ディオールのデザイナーであるエディ・スリマンは、よく「服ってのは細すぎて悪いことはないから」とコメントしていて、そういう点でいえばルーズに着ている人が非常に少ないのがフランスの伝統なのかも。




バッグ
またバッグが壊れちゃいました。
安物のショルダーバッグを強引にカメラ用にして使っているので、いろいろと無理がかかっているんでしょう。仕方ないのでパッシーの鞄屋さんでナイロン製のバッグを買いました。UPLAで出しているようなものを想像するとわかりやすいと思います。すごく安かったです。




雨宿りで入ったサン・ラザール駅前のFNACで、漱石のフランス語版のものと、「PLAYLIST」という音楽もののイラスト本を。
漱石のほうはもちろん読めるわけもなく、それどころかタイトルを見ただけではなんの小説なのかもわかりません。本文のなかに登場する人名や地名を見てようやくわかるけれど。
イラストのほうは石川三千花さんみたいなタッチで、表紙がボブ・ディランなのでした。
日本文学の棚はわりにしっかり設けられていて、レジでぼくの前に並んでいた女の子は井上靖さんの小説を買っていたし、W村上、川端、三島なども多かったです。そういえば、マンガのコーナーに「MONSTER」が平積みされていました。そういうのを立ち読みしている若者が多かったのは日本と同じ光景。


galerie

この並びを見て、ぼくが泣かないはずはないですよね。
パリでは隔年で写真月間というものがあって、ちょうど今年がその年で、いまがまさにその時期。
街のいたるところで写真展が見られるし、ルーブル、オルセー、ポンピドゥという3大美術館でもそれぞれ写真展が開かれています。参加しているギャラリーに行くと小さなブックレットをもらえ、そこに「○○展はこのギャラリーで」とカタログふうにまとめてあります。
テレビをつけたらブレッソンの映画を流していたり、そのあとの番組が「ハッセルブラッドの使い方」だったり、フランスってすごい。日本じゃ、ケーブルテレビでもそこまでマニアックじゃないでしょう。





美術館は、ルーブルは企画展で、オルセーがスティーグリッツ、ポンピドゥはベッヒャー。
印象派を中心としたオルセーが、写真界の印象派と言っていいスティーグリッツ(オキーフ絡みのものもあった)で、現代アートを得意にしているポンピドゥがベッヒャーというのは、ぴったりな選択だと思います。

サンジェルマン・デュ・プレに、(カール・ラガーフェルドのギャラリーもある)セーヌ通りという界隈があり、ここはギャラリーがすごく多いんですが、そこでマリオ・ジャコメリも見ました。「ギャラリー51」というところで見たJEFF COWENという人の個展もすごく良かったです。大きなモノクロのプリントを現像処理で汚したようなものが中心で、表現や技法として新しいわけじゃないけれど、個々の写真とその並べ方がすごく考えられていました。ちなみにこのギャラリーの次の展示はセレブを撮っているMARK SELIGERで、キース・リチャーズの写真を用いたチラシが貼ってありました。それも見たかったです。もしぼくがパリに住んでいたら、絶対にここは通います。ギャラリーの作りや広さもすごく好きです。
この通りをそのままセーヌ川に抜けると、そこがすぐポン・デザール橋。つまりルーブル美術館の目の前。この橋から見たシテ島の姿はブレッソンの写真でもお馴染みですし、『アメリ』のなかでアメリが人生に開眼した際に歩くのがここ。いい場面です。

セーヌ通り界隈は保守的な作品が多いとされているらしく、それに較べてコンテンポラリーな作品が多いとされるマレに行ったら、サム・ハスキンスをやっていて嬉しかったです。でも、サム・ハスキンスはコンテンポラリーではないですよね。昨年あたり、ちょっとしたリバイバル人気があったようですけれど。
パリで最大とされるVU'la galerieということろで見たISABEL MUNOZという人の個展も素晴らしかったです。ここは地下にあって広さも相当なものだし、雰囲気も照明も素晴らしいです。もしぼくがパリに住んで写真家をやっていたら、ここで個展を開くのを目標にして頑張るんじゃないかと思います。
ほかにもリュクサンブール宮殿の外壁を用いて、YAWN LAYMAの中国の写真がずらーっと飾られていました。こういうのを見ると「やっぱりすごい」と感心してしまいます。写真の故郷なんですよね。

ちいさいギャラリーから美術館クラスの展示まで見て、いろいろと刺激もあったし思うことも多かったです。フランス的価値観こそが正しいとは言いませんが、やっぱり意固地になってでも守らなきゃいけないものはあると思います。時流がどうとか周りの人の意見とかはともかく、信念は持ちたいです。
フランス人みたいに、あんなわがままな生き方はできそうもないですけれど。ぼくにもささやかながら主張はあるのだと確信できたし、それをどこかに向けて訴えたいという衝動を感じました。


さて、ここで問題です。街のあちこちでよく見かけた二人の日本人の写真があります。誰と誰でしょう? 

ところで、フランスが世界のアートで先端を行っていたのはずっと昔の話で、ファッションの世界でよく言われるように「外に向けて世界を開かず、囲い込むようにしてしまったせいで、時代の流れに合わせて変化できなかった」のが、今日の衰退を招いたと指摘する声もあります。 たしかに。
でもそういう国があってもいいんじゃないかな。それはポリシーであって、生死に関わるような問題じゃないんだから。

上の問題の答え:
森山大道さんと伊島薫さんでした。森山さんは個展の告知のビラがあちこちに貼られていて、伊島さんは大きなビエンナーレに死体をモチーフにした作品で参加しているようで巨大なポスターになっていました。最初に見たとき、伊島さんの写真だってすぐにわからず、「日本人みたいな写真を撮る人がいるんだな」と思って見たら伊島さんのものでした。日本人離れしたセンスだけれど、ちゃんと日本的なエッセンスがあるんですね。





ブルゾン
クリニャンクールの蚤の市も、レ・アールの古着屋も、みんなが言うほど「もう見る価値なんてない」とは思わなかったんですが、こまめに一軒ずつ探していくには時間が足りず、茶色いブルゾンが欲しいという願いは果たされないままになりそうでした。
でも、最終日に泊まるホテルを探しているとき、たまたまA.P.C. SURPLUSを見つけました。開店を待って人が並ぶくらいなので有名なのかもしれませんが、ぼくは知らなかったです。リュクサンブール宮殿は好きなので、近くは何度も通っているんですけれどね。この店はアウトレットなのでろくなものを売っていないけれど、値段の付け方が乱暴で「上着はみんな70ユーロ、Tシャツは全部10ユーロ」って感じで、べらぼうに安いです。日本にもA.P.C.のアウトレットはありますが、それと比べても破格。もし欲しいものがあればラッキー……ということで、茶色のブルゾンを見つけました。買ったときには「うーん、安いから買っちゃったけど微妙。あまり着ないかも」と思ったんですが、わりに気に入っています。



ハサミ
バスティーユの市場で鶏の形をしたハサミを。
「エッフェル塔の形のものあるよ」とおじさんに勧められたんですが、あまりに恥ずかしいデザインだったので遠慮しました。小さいハサミなので何を切ればよいのかわかりません。



モラル
こういうのがモラルの範疇なのか自信は持てませんが、とにかく街中に犬の糞が落ちています。一度だけ、ぼくも踏んでしまいました。ものすごく嫌な感触が残ります。それが理由ということもないけれど、結局はその靴は捨ててきちゃいました。リュクサンブール宮殿の入り口に糞を入れる袋が常備されているのも見ましたし、なかにはちゃんと拾う飼い主もいるけれど、かなりずさん。
タバコだってどこでも吸っちゃうし、ぽいぽい吸い殻を捨てます。東京の新橋くらい煙たい。 一応は先進国とされる国で(ぼくが行ったことのあるところのなかで)、この時代にこれだけタバコをじゃんじゃん吸ってじゃんじゃん捨てているのって、日本とフランスくらいじゃないかと思います。「パリの街並みはきれいだけれど、道は汚い」という人が多いのはわかります。
地下鉄のなかでだって携帯電話をばんばん使ってます。東京ほど混むことはまれで、でかい音の着メロなどもなく、そんなに大声で話している人は見かけないけれど。

ところで、FNACにいて思ったのですが、各階ごとに精算するのではなく、最後にまとめて一階(向こうでは0階にあたる)にあるレジで精算します。だから商品を持って別の階をうろうろすることになります。当然ながら「やっぱり欲しくない」とか「お金が足りそうもない」なんてふうに気が変わって、CDの棚に本を返しちゃう人もいるでしょう。じゃんじゃん万引きもされそうな気もするんですが、そういう部分のモラルは大丈夫なんでしょうか? 
試聴コーナーがあって、日本でもたまに見かけるバーコードを読ませると曲の一部が聴ける機械があるんですが、聴き終わったものはそのまま積み上げておけばいいようになっていました。だから様々なジャンルのものがぐちゃぐちゃに積まれています。店員さんは大変だろうな――と。日本だったら自分で戻すのが常識なのに。





フランスで靴というと、真っ先に思いつくのはJ.M.WESTON。
昔は日本との価格差がすごくて、ほぼ半額くらいで買えたんですけれど、いまはそこまで差がないし、ぼくはここの代表モデルであるGOLFと呼ばれる靴があまり好きではありません。向こうではその丈夫さからジャーナリストが多く愛用していると聴きますけれど、日本でぼくが履いていたら、「あ、ウチダくんもゴルフを始めたの?」なんて言われること間違いなし。サルガドは「靴はカメラより重要だよ」なんて言っていて、それも一理あるとは思うものの、こんなの履いたら逆に写真が撮りにくくなりそうです。
ほんとうはパトリックのスニーカーが欲しかったのに売っている店がまったくないし、ほかのほとんどのスニーカーは日本で買ったほうが安いくらい。とくにコンバースのオールスターは高かったです。50ユーロを超える店もざらです。人気があるのか、履いている人は多かったですけれど。
モンマルトルの靴屋で、ようやくアディダスのREKORDというモデルを買いました。これに限らず、アディダスのクラッシック系のものは大きなサイズがなかなかないんです。



カレンダーふうスケジュール帳
観光客向けなのかもしれないけれど、ほんとうにどこに行ってもドアノーの写真を見かけるんですね。ヤラセだとか、精神性に欠けるとか、けっこうひどいこと言われても、やっぱり「古き良きパリ」を感じるよい写真だと思います。
考えてみたら、ぼくはドアノーの写真集を一冊しか持っていなくて、おまけに代表作がほとんど収められていません。そこで、先に触れたTASCHENでドアノーのカレンダーふうのスケジュール帳を見つけたので買いました。



パリところどころ

サンジェルマン・デ・プレ、モンパルナス、サン・ミッシェルといった左岸(地図でセーヌ川の南に該当する地域)は大学があって学生も多く、そのため書店や映画館もたくさんあります。逆に、高級ブランドが並ぶオペラ・ガルニエやシャンゼリゼ通りなどは右岸なので、「パリは右岸で金を使い、左岸で頭を使う」なんて言葉もあるくらいです。
とはいえ、いま開発が進んでいてもっともお洒落な街とされるマレやバスティーユは右岸ですし、下町であるモンマルトルも「右岸か左岸か?」といえば右岸です。
一方、左岸のサンジェルマン・デ・プレやモンパルナスにスーパーブランドのショップが多くできて、サン・シュルピス通りなんて代官山みたいだし、レンヌ通りも新宿みたいになってきました。わかりやすい勢力図はなくなりつつあるようです。

エルスケンの『セーヌ左岸の恋』なんて名作もあり、ぼくは圧倒的に左岸のほうが好きです。はじめて訪れたとき、サン・ミッシェルを拠点としていたこともあるのかもしれません。そういえば、イブ・サンローラン・リブ・ゴーシュなんてブランドもありましたが、リブ・ゴーシュというのは左岸という意味らしいです。
ブレッソンはアトリエが右岸にあったためか、写真の舞台になっているのは右岸が多いように感じました。


「無意識のうちにホテルに戻れるようになったら、旅もそろそろ終わりごろ」というのはぼくの友人の名言で、そういう状態になるのって刺激が薄れつつあるわけですから、短期の旅で写真を撮る上ではデメリットもあります。
ある程度の緊張感や新鮮さを保つため、今回はパリのなかでもちょっとずつホテルを変えました。モンパルナス→バスティーユ→モンマルトル→サンジェルマン・デ・プレといった具合。
新宿に泊まるのと上野に泊まるのと三軒茶屋に泊まるのでは、それぞれ東京という街のあり方が少しずつ違って見えるように、これはなかなか楽しい試みでした。チェック・インとチェック・アウト、ホテル間の移動など、無駄な手間や時間はかかるものの、おすすめです。


モンパルナスのホテルの近くにはINNOというスーパーマーケットがあって、スーパーとしてはけっこう上品な品揃えだったんです。サンダルフォーのジャムもあるし、ミネラル・ウォーターにしてもエヴィアンだってコントレックス(フランスで買ったのは初めてでしたが、すごく安いんですね)だってある。でも次に泊まったバスティーユの外れにあるホテルの近くでは、スーパーに行っても見たこともない銘柄のものばかりで、エヴィアンもコントレックスもありません。カフェで飲むエスプレッソの相場も違うし、そういうことから感じられるものも多かったです。

パリのカフェ事情



ところで、パリのエスプレッソ(カフェ・ノワールと言って、ふつうに「カフェ」というとこれ)は、イタリアのものよりちょっと薄めのことが多いです。マレ地区で、一度だけすごく濃くて美味しいエスプレッソを飲みましたけれど、たいていはクレマは形だけで、すっきりとした感じのものです。
ぼくはクレマがしっかりとしていて砂糖がすぐに落ちないくらいのほうが好きなんですけれど、砂糖を入れないで飲むほうが美味しく感じるくらいさっぱりしたものも多かったです。それが手間を惜しんでいるせいなのか、もともとすっきりしたものを好むのか、「あいつフランス語もまともに話せないから、適当に煎れちゃえばいいや」なんて思っての結果なのか、そこまではわかりません。みっつめじゃないことを祈るだけ。
ローマとパリというそれぞれを代表する都市を較べても、エスプレッソにかける情熱というのか、執念というのか――そこまで大袈裟じゃなくても思い入れのようなものは、イタリアのほうがずっと上だと感じます。
エスプレッソって、気圧を保ったり、粉の管理やタンピングなど、けっこう手間がかかるんですよね。イタリアのバリスタは美味しいエスプレッソを入れることに生き甲斐を感じているというか、誇りを持っているんじゃないでしょうか。

ちなみに席に座ると(*)2ユーロ前後が相場でした。
そういえば、お金で買えない価値がある――で知られるマスターカードのCMで、「このまま帰りたくないなってモンマルトルで飲んだカフェ・オレ 3ユーロ」なんてのがありました。エスプレッソが2ユーロだと、カフェオレは3ユーロを超えることもあります。
観光客に人気のフロールやドゥ・マゴなんかでは5ユーロを超えることも。

*)初めて行ったときには知らずに戸惑ったので念のために書いておくと、カウンターでの立ち飲みと座席では値段が違います。カウンターは座席の5〜6割くらいの値段であることが多いようでした。

カウンターで1ユーロってことは、今のレートだと100円ちょっとで飲めることになるので、缶コーヒーくらいの感覚でエスプレッソが飲めます。いいですよね。席に座れないので休憩にはならないけれど、よいリフレッシュができます。手応えのある写真が撮れないときや、歩き疲れて考えがまとまらないときなど、目についたカフェに入ってよくエスプレッソを飲みました。
とにかくカフェは多く、少なくともエスプレッソを飲むのに店が見つからなくて困ることはありません。公衆トイレが少ないために、そういう意味でもカフェの役割は重要です。
今まで行ったことのある都市ではホーチミンもモロッコもカフェが多かった印象があるんですが、ベトナムもモロッコも長くフランスに統治されていたから、その文化が残っているんだと思います。




雑貨 その2
丸い金属のボールを半分に切ったようなものから、ラジオのアンテナみたいなものがにょきにょき生えていて、その先にクリップが取り付けられたデザインの、メモクリップを買いました。この説明でわかるでしょうか――デジカメがあればと思うのはこんなとき(だけ)。
パリに5店舗ほどあるというインテリア系雑貨の店で買いました。ぶらぶらと地図も開かずに歩いていて、その5店舗のうち4店舗までは偶然に見つけたから、いかにぼくが歩き回ったかがわかります。



Tシャツ
フランスの伊達男というのか、ジャン・ユーグあたりが着ていそうな、Vネックの襟が少し深くて袖が長めなのに細くて……といった肌着みたいなTシャツを探していました。
似合うと思っていたわけではなく、その土地の人がよく着ているような服が好きなんです。「きっとそういうのは、そこらの日用品店で売っているものに違いない」と買ってみました。でも着てみたら、かなり恥ずかしいシルエットになってしまいます。
いまでは「メイド・イン・ユーロ」の表示になっていることが多く、生産国を特定するのが難しいのだけれど、綿製品の品質は総じて高かったです。



フランス語
「アン、ドゥ、トロワ」で知られる1から10までと、「ありがとう」を意味する「メルスィ」、「こんにちは、こんばんは」の「ボンジュール。ボンソワール」、英語だと「プリーズ」にあたる「スィルブプレ」、「ハウマッチ?」の「セコンビアン?」、そして「パルドン」しか、フランス語はわかりません。ほんとうに、きっかりそれだけです。「新しい」を意味する「ポン」とか、「黒」を意味する「ノワール」とか、単語はちょっとずつ知っているものもありますけれど。
もうちょっと覚えようかと努力したこともあるんですが、「ハウマッチ?」と言わずに「セコンビアン?」なんて訊いちゃうと、返ってくる答えもフランス語でわけがわからないんです。

たしかにフランス人は英語を話してくれないことが多いです。
プライドが高いだの、英語が苦手だの、いろいろな説をききますが、どちらにしろぼくは英語だって話せないんだから関係ないです。写真を撮って、ホテルを探して、食事をして、買い物をするくらい、何とかなります。だって日本でそういうことをするとき、どれだけの言葉を喋りますか? たいして喋らないですよね。。

ただ、メニューだけはほんとうに困ります。素材か調理方法か、そのどちらかくらいはわかると予想が付くんだけれど。あとは、お礼の気持ちを伝えたいとき。「ありがとう、ほんとうに助かったよ。パリに来て嫌な思いもしたけれど、あなたに優しくしてもらったおかげで良い旅になりました。日本に帰ってもこのことは忘れないからね」なんて言いたくても、「メルスィー」といって握手することしかできない。
表情やゼスチャーでちゃんと伝わっていればいいんですけれど。


「パルドン」って言葉はとても便利です。ああいった言葉が日本語にもあると、生活する上でいろいろと楽だなって思います。
だって、もしあなたが動く舗道を歩いていてちょっとだけ急いでいるとき、前に3人組のおばさんがいたとします。道いっぱいに広がっていて、どうにもなりません。咳払いをしたり、うんと近づいてみたり、いろいろするんだけれど、世間話に夢中でまったく気付いてくれません。そんなとき、「ちょっと失礼」なんていうのは若い人にはなかなか使いにくい言葉ですし、すさんだ満員電車みたいにわざと荷物をぶつけたり、身体をぶつけるようなこともしたくないとしましょう。そんなとき「パルドン」って言うと、ささっと道が開けます。「エクスキューズ・ミー」なんてのより「パルドン」のほうが、ほのぼのした余韻が残るような気がするのは、ぼくだけなのかな。
ぶつかるというほどじゃないけれど肩がちょっと触れてしまったなんてときにも、自然に言えます。「ごめんなさい」と言うには自分に過失が少なく、かといって無言で去っていくと相手に嫌な気持ちを残しそうだ、なんて場合にも便利です。こういうときにも年輩の人は「失礼」なんて言い方をしますが、この言葉はなかなか出てこないんですよね。自分が悪いわけじゃないから「スイマセン」なんてのも言いたくないし、とは言え無言ですますのも後味が悪いし……なんてことは多いので。
あるいはぼくが観光客で、「パルドン」って言葉の意味をほんとうに理解していないからそう思うだけなのかもしれません。けれども、「失礼」と「どうも」と「ちょっと」と「すみません」をすべて足したよりも多いくらい、「パルドン」って言葉はよく耳にします。

イタリア語の「プレーゴ」とか、ああいった「何も言わないのは嫌だけれど、そんなにちゃんとした言葉を言うようなほどでもない」といったときに、すらっと言える言葉があるといいなって思います。


「エクスキューゼ・モア」といって、「すいません」よりは「ごめんなさい」に近いとされる言葉もあるんですが、どれくらいの使い分けをするのか、実感として理解できません。思いっきり足を踏まれても、買い物のお釣りを間違えられても、「パルドン」ですまされます。



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