旅はいいにゃあ
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「旅に行くと言ったら『どこへ?』と聞かれる。その過程も旅なのに」とかいう車のCMがありますね。でも普通はやっぱりそう言うでしょう。大人の会話って、そういうものです。「旅に行くんだ」「ふーん、どんな旅?」なんて、ちょっとしたヒネクレ者の会話だと思います。
でもたしかに旅って行った場所がすべてではなく、その過程や前後も含めて楽しいもので、だから多くの人を惹きつけて止まないわけですよね。もちろん僕だってCMがそのように作られているものだってことくらいわかっています。
旅の始まりを定義するのは難しいけれど、「行こう!」と決心したところからだと仮定します。じゃあ終わりはいつなのか。
洗濯物を洗って、切符の半券などを整理して、土産を配って、海外だったら時差ボケが抜けて、そのあたりでしょうか。
僕は撮ってきた写真をプリントし終えて、整理したところで旅が終わったことを自覚します。それを人に見せるかどうかは別のことで、自分のなかの区切りがそこでつくようで。どれくらい暇かにもよるけれど、プリントは時間もかかるからちょっと長めに旅を楽しめるわけですね。写真を撮っていてよかったと思う瞬間です。
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今となっては写真を撮らない旅なんてのがどのようなものなのか、想像するのも難しいのだけれど、きっとずいぶん印象は違うんでしょうね。もしかしたら「面倒くさい」なんて理由で、あまり旅が好きじゃなかったかもしれない。
寺社が好きとか、歴史に興味があるとか、旅に行った先でテーマを持っている人がいますよね。すごく素敵だとは思うけれど、残念ながら僕にはそのようなものがありません。
観光名所に興味もないし、食に関してもなるべく現地のものを食べたいと思う以上の欲求はないし、寺社や城などどれを見ても一緒です。端から見たら退屈な旅かもしれません。一人旅が多いので人を巻き添えにしていない分だけ罪は軽いけれど。
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一人旅って移動の時間をどう使うか、わりに難しいです。
デイバッグでも背負って歩きまくる旅でもしていると、移動は完全に睡眠に充てられるんでしょうけれど、普通にホテルに泊まるからその必要もないし、そもそも乗り物で熟睡できないんです。仕事の原稿を書くなんて哀しいですよね。せっかくの旅なのに。
でも弁当を食べるとか雑誌を読むとかでは、そんなに時間を潰せない。
飛行機だったら映画が観られるけれど、新幹線などではそうもいかないです。新幹線って現地での時間と引き替えに、移動の時間を犠牲にしているような乗り物ですよね。
その旅にあわせて編集したMDを聴いていることが多いのだけれど、音楽だけに集中するのも難しいので、結局は本を読むことになります。
でもそうすると持っていく本を選ぶのが難しい。薄すぎると簡単に読み終えて時間を持て余すし、厚すぎると中途半端に読み残してしまう。
帰りやホテルの部屋で読むものは現地の書店で買うことにしてからは、少しだけ気が楽になりました。余談ですが、書店って土地柄がはっきり現れるし、大袈裟に言うなら文化や風俗まで見えるような気がするので、すごく楽しいです。
ここのところカフカの短編集を持っていくことが多いです。感受性を豊かにしてくれて、旅で起こる出来事に期待できそうな気がするので。でもカフカ的な体験をしたことはまだないです。
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旅に必ず持っていくもの……と考えて、着替えとかカメラのような必需品は除くと、入浴剤とアロマ・オイルがあります。
匂いのせいで落ち着かないホテルの部屋ってありますよね。チェック・インしたら最初にアロマ・オイルを使って香りを出します。リラックス系よりも、元気が出るものが多いです。
寝る前にはなるべく気持ちをリセットしたいので入浴剤も必需品です。一週間くらいの旅なら無印良品のミルクのものを、短い旅の時には小分けされているものを持っていきます。寒い地方に行く人などはオススメなので、ぜひ。
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写真を撮ることもあって、とにかく僕はよく歩きます。そりゃあ、デイパッカーと較べることはできないですが、かなり歩くほうだとは思います。地元の人に道を訊くと「歩いていくには距離があるよ」と心配される距離を、3往復くらいは普通にしちゃいます。写真を撮るにしては荷物が軽いのは、そんな事情もあるのでした。
だから土地の感触は、足の裏が覚えていると言っていいです。空気の感じは季節によって違うし、視覚による印象は写真に置き換えているせいかあまりあてにしていない。でも足で歩いた道の感触や、その道幅や、人の流れの速度などは、わりにしっかり記憶しているように思います。合う、合わない、も食べ物や人ではなく、その感覚で判断しているのかもしれません。
そんなわけで、足がむずむずして「新しい土地を踏みたいよ」と訴えてくると、僕は旅に出ようと思います。
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