旅の途中の音楽

ベスト8


「旅の終わりの音楽」という小説がとても好きで、それに対するオマージュのような気持ちで「旅の始まりの音楽」という短い原稿を雑誌に寄せたことがあります。
旅先で偶然に聴いた音楽で思い入れのあるものが多いため、「旅の途中の音楽 ベスト8」を。


1.
HPのなかで何度か書いたことがありますが、初めてロンドンに行った94年の晩秋、とくべつな思いを胸にヴァージン・アトランティックの機内プログラムを聴いていたら、素敵な曲が流れてきました。あわてて機内誌で曲目を調べると、それがoasisの「Live Forever」でした。オアシスはデビューしたばかりだったし、ハードロックに夢中だった時期なので知らなかったんです。
緊張と高ぶる気持ちからほとんど寝られない機内で、1時間ごとにその曲の順番になるのが待ち遠しかったです。湿った空気、よどんだ空とともに、この曲のイントロは深く心に刻まれました。


2.
バリに行った最後の夜、ホテルに戻っても寝付けそうになくてクタの街をぶらぶらと歩いていると、お腹が空いたので目についたレストランに入りました。だだっ広いのに客は数えるほどしかなく、とりあえずナシゴレンとビールを頼んで待っていたら、「いまからライブ演奏が始まるよ」と店員が親指を立てて笑いかけてきました。
やる気のない感じのバンドが出てきて、ボブ・マーレイ、ビートルズといったスタンダードを続けたあと、「じゃあ僕らのリスぺクトしているバンドの曲を」と言って歌い出したのがR.E.Mの「Losing My Religion 」でした。かなり雑な演奏でしたが、バリとR.E.Mというミスマッチな感じが逆によかったです。


3.
行ったことがある人はわかると思うんですが、ベネチアは車の出入りが禁止されているために夜はおそろしく静かで、ゴンドラが波に揺れる音さえ耳に届いてきます。
わざと遠回りしてホテルへ帰る道を歩いていたら、開け放してある窓から漏れてきたのがU2の「One」。ヴィム・ヴェダースが好んで使うことからわかるように、旅先で聴くU2の曲はかなり染みます。


4.
ほとんど知識がないのにもかかわらず、その雰囲気が好きでヨーロッパに行ったときには教会のクラシック・コンサートに好んで出かけます。バッハが好きなんですが、短い滞在ではいいプログラムに巡り会うことが少なく、チラシを頼りにいちばん好きな曲を演奏するものを見に行きます。
そういったなかで、いままでにいちばん印象に残っているのはパリのマドレーヌ寺院で見たMozartの「Requiem」。コンサートが始まる前にリンゴをかじりながら待っている人なんかもいて、そういうところも含めてよかったです。でも演奏は素人のぼくが聴いても圧倒されるものでした。


5.
これもロンドンで、コベント・ガーデンにモッズ関係の服を中心としたブティックがあります。そこのオリジナルで別注したジョン・スメドレーもあったから、きっと地元では有名なんでしょう。ゴルチエみたいにベリーショートの髪を金に染め、「100%ゲイだな」と思われる店員がラジカセから流れる音楽に合わせ、身をくねらせながら踊りまくっていました。
で、イントロが流れた瞬間に「ウワーォ!」とボリュームを大きくしたのがDepeche Modeの「Useless」。あまりにぴったりなんで、ちょっと笑っちゃうほどでした。


6.
四国は一度だけ、高松にしか行ったことがないんですが、岡山から橋を渡っていく電車のなかから見た景色は、これまで国内で見た景色のなかでいちばん心に残っています。
高松に着いて、夕食までぽっかりと時間が空いて街を散策しているとき、小さな古着屋さんを見つけて入ると、何かの曲(覚えていない)に続いて流れてきたのがThe Cureの「Charlotte Sometimes」でした。
この曲のイントロを知っている人なら、そしてキュアが80年代にどんなポジションのバンドだったかを知っているなら、ぼくの気持ちはわかってくれますよね?


7.
チェコにチェスキークロムルフという世界遺産に指定されている街があって、そこでクリムト展を見ました。あまりに身体が冷えちゃったけれど、カフェが見つからず、仕方なく近くにあったCDショップに入りました。
目が慣れるまでCDジャケットも見えないような暗い店で、外の寒さとのギャップもあり、どこかに迷い込んだような錯覚に陥り、一瞬だけ自分がどこにいるのかわからなくなりました。すぐ現実に戻ってきて、まず光を、続いて音を取り戻したとき流れていたのがPink Floydの「Summer '68」。もともと大好きな曲だけれど胸がどきどきしちゃいました。


8.
二度目にホーチミンに行ったときは一人旅で、頑張って写真を撮ろうとは思うものの、ときどき時間を持て余すこともありました。本のなかにも書きましたが、あの街で自分を保ち続けるのは、そう簡単なことじゃありません。
iPodでも持ってくれば自分の世界に入り込むことができたのに、と悔やみながら、REX HOTELの裏のほうにあるカフェでエスプレッソを飲んでいました。フランス領だったからか、ベトナム・コーヒーじゃなくエスプレッソもなかなかおいしい店が多いんです。
何を考えていたのか覚えてないのだけれど、焦点も合わさず遠くのほうを見ていたら、肩をたたかれるように大きな音で音楽が流れてきました。いや、流れてきた音楽によって肩をたたかれたように振り返った、というのが正しいかもしれません。
それがJimi Hendrixの「All along the watchtower」で、ジミヘンの曲でいちばん好きですし、なによりベトナムでジミヘンを聴くなんてはまりすぎです。