○ 江戸小紋 ○   (0018)

背景に使う私のコレクションのなかでは、江戸小紋が一番多いのですが、なぜ江戸小紋が、好まれたのか、考えて見たいとおもいます。江戸小紋という名称は、昭和二十七年(1952)当時の文化財保護委員会が、東京の小宮康助という(1882〜1961)職人の、江戸時代における裃(かみしも)小紋の伝統をふまえた、一色染めの細緻で、古格のある小紋を染める技術を評価し、一般の小紋染め(更紗染めの分類まで、含めて)と区別して命名したもので、その後文化財保護法の改正に伴い、五十五年に、江戸小紋は、国の重要無形文化財に指定され、小宮康助がその保持者と認定されて、江戸小紋の名は、世に知られることになった。・・・と文献にはありますが、当時、江戸時代から、続いた小紋型をもっている、小紋染めの職人は、かなりの数があり、職人たちの間では、「なんで小宮だけが、」と言う声が、多かったようです。

江戸小紋という小紋染めの作品が、現実にそこにあり、そのものが、文化財なのですから、有形の文化財と言うべきであり、無形文化財というのは、おかしな話しです。

話しが固くなってしまいました。江戸小紋を愛する方に知っておいていただきたいのは、江戸小紋は、女性の着物の文様としてではなく、侍の裃のためにつくりだされたものであるということです。江戸時代、幕府は度々贅沢禁止令を出しましたが、とうのお役人は見えないところで、贅沢をし、また富裕の町人も真似をしたとゆうことは、皆様ご存じの通りです。

小紋染めは、反物一反の長さの半分の長さ、約6メートルの板(ながいた)に、表と裏を使って弱い糊で、貼りのべます。その上に型紙をあてがって、箆(へら)で、文様を彫った部分に白糊をおいてゆきます。型紙の長さは、短いもので、約三十p、長いもので、約五十pで、連続文様の繰り返しを、「送り」(リピート)といいます。型紙はあらかじめ、適度の湿りを与えておいて、型紙の伸び、縮み、を加減します。

糊置きがおわると、長板をかつぎあげて、天井に近い所にかけて、乾燥を待ちます。つぎに、扱き(しごき)といって、地色になる部分に、染料をまぜた糊をおき、次に、蒸気で蒸すと、糊の中の染料が、布に染めつくのです。それを、昔なら、近くの小川で、今は水槽で、糊を洗いながして終わります。すべて、長い経験による熟練と体力が要求され、一日腰を折っての糊付け、型のつなぎめの、染めむらを刷毛で補正する地直しなども、単調にみえて、高度の技術が必要のです。