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○箱根お玉ヶ池○ 580
箱根芦ノ湖に近い二子山山麓に緑陰を映す古池がある。いつのころからか人は「お玉ヶ池」と呼ぶ。江戸時代、関所破りは重罪で、逮捕場所で磔(はりつけ)に処せられたといわれる。箱根の場合どうだ蔦の香。町立郷土資料館元館長、加藤利之さんは「記録によると、箱根本関での関所破りは五件六人です」という。罪人はいずれも処刑されているが、中でも憐憫(れんびん)を誘うのが、お玉悲話である。
元禄十五年(1702)二月十日夜、関所裏山の木柵を越えよとした少女が捕まった。南伊豆町の百姓の娘で名は玉という。正月に江戸に奉公に出たばかりだが、主人に叱られたか故郷が恋しくなって夢中で逃げ帰ろうとしたのだろう。だが少女とて情状はない。関所役人の日記が残っている。「玉女犠、明日死罪。おいたいらに獄門にかけられ候につき・・・」
「おいたいら」とは何処か。加藤さんは「字は笈平と当て、旧街道の甘酒茶屋付近で捕まり、この近くで獄門にかけられたことになる。故郷を目前にして処刑されたお玉。村人もいたいけな少女を憐れんだことだろう。そして後年、処刑された坂をお玉坂、首を洗った池をお玉ヶ池と呼んで少女の霊(れい)を慰めたのである。歳月流れて三百年。箱根は大行楽地に激変し、池畔はいま車は激しく流れる。お玉悲話は遙かに遠い。
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