○ 安房・富山○(あわとみさん) 611

千葉県安房郡富山町に広がる富山(349米)。ここが江戸の戯作者滝沢馬琴が描いた「南総里見八犬伝」の舞台であることは、あまり知られていない。

舞台は中世の安房。滝田城主の里見氏は妖犬の八房に「敵将を討てばおまえに伏姫を」という。八房は約束を果たし伏姫をつれ富山に入るが、洞窟で家臣に撃れ伏姫も自刃。その時「仁義礼智忠信孝悌」の八つの水晶珠が天空に飛び散る。やがて珠を持つ八犬士が出合い物語りが展開していく。

完成まで二十八年、途中失明し、嫁に口述筆記させつつ七十五歳で仕上げた九十八巻百六冊、まさに馬琴執念の大長編である。その伏姫が八房と住んだとされる「伏姫籠穴」が冨山麓の緑濃き谷間にある。

架空の史跡だが苔むす岩壁に口を開けた洞窟はいかにも伝説の舞台らしい。町の文化財審議委員金木賢三さんは「籠穴は昔からあるが、だれがいつ探して名付けのか謎です。それにしても格好の穴を良く見付けたものです。」と感心する。

蜘蛛の巣をはらって洞穴に入った。薄暗い正面に八つの模擬水晶珠。岩天井は以外に高い。突然、黒い塊が羽音をのこし、眼前を飛びさった。コウモリだった。

「馬琴は房総志料という文章をもとに冨山を想像で書いたと云われますが、描写が的確で、豊かな想像力を感じさせますね」町には姫と八房の像、風雪が刻んだ里見氏の墓や、古戦場もあり、観光コースにもなっている。架空と史実が織りなす八犬伝の山里、天才馬琴もこの展開は流石に想像しえなかったろう。

八犬伝に記された「伏姫籠穴」は富山の谷間にある。町の許可をえて中をのぞくと、八剣士にちなんだ八つの模擬水晶珠が並んでいた、中は暗く、岩天井にはコウモリが巣をつくっていた。