5月21日(日)  

かなり、凹み気味。ヒロは病院行けというし、喘息だ肺炎だという。あぁもうどうでもいいよ。

どうしてこんなにどうでもいいんだろう。私は人に対してまったくと言っていいほど興味がない。他人なんてどうでもいい。他人が存在しているのは、自分が存在する為。まったくもって自分は生きてる価値ねえよばーかって思う。

今月入って何もいい事ない。本当に何もない。日記見ても確かに嫌な事ばっかりだ。バイオリズム悪いのかな。そう言う問題?努力はしているつもりだけど、つもりだけなのか。だから今現在こうなのか。

よくよく考えたらどうしようもないんだ。今までの人生の選択全て間違っていたんだ。だから今こうしている。人と比べてやっぱり楽しみ少ない気がする。自分のせいだと思うけれど、だから余計に虚しい。人の所為に出来れば楽なのにな。

私の本心打ち明けたら今いる少ない友達もいなくなるだろうな、と友達の顔を見ながら思う事がある。いかに自分が作っているのかがわかる。気があうように見せかけているとか、嘘をついているとか馬鹿にしているとかのレベルの問題ではなく、本当は相手の事がどうでもいいのだ。「本当は」というのは普段は自分でもそれは意識していない。意識してたら、会話すら困難になる。

普段は意識していないから自分でも「見せかけだ」「嘘」だとかは思わない。でもフトした時にわかる。そわそわしちゃう。

結局人は自分のみたいようにしかものを見ない。何もかも変わっていくんだから、その場限りにしろ何かに固執するのは意味がない事じゃないの?でもその固執がみんな楽しいんだろうな。その楽しみが虚しく感じられる。だから私はいつもつまらない顔をしている。

私の好きなもの。趣味…本、映画。どちらも受動態。自分から働きかけるわけではない。例えばスポーツのように自分が動かなければ始まらないものじゃない。映画も物語も勝手に進んでいく。人の楽しみ、喜怒哀楽によってしか楽しみを体感する事が出来ない。これって問題ありじゃないすか?

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