人間と文化〜寛容〜

                             産能短大教授 佐藤 百合子

この論文は、産能短大に三味線講座を招請なさった佐藤先生が、以前に生徒に向けて書かれたも

のの抜粋です。

 

  1. 文化を体験する
  2.  「文化―Culture―」という言葉には、様々な意味があるが、その語源が”Cultivate”、

    即ち土地を耕すという意味から来ている。つまり、人間は文化を持っているが、それは生

    まれつきではなく、訓練され、耕されて育て上げる面を含むという事である。

    世の中には「美術鑑賞や音楽鑑賞は理屈ではない。自分が良いと思えば良いものである。」

    と感性のみを主張する人々と、「専門家の解釈に従って知識を持たなければならない。」と

    思い込んでいる人々―つまり常に薀蓄をたれずにはおれない人々―の2種類があるように思

    う。「人間と文化」はそれらの理論や知識をその時代背景と共に知覚心理学や社会心理学、

    精神分析学、哲学、図象学、音響学、歴史学、考古学、社会学など様々な学問の成果を基に

    提供し、かつ様々な体験や鑑賞を通して、文化への新たな理解の場を提供しようとするもの

    である。但し、最終的な判断は個々人に任されている。

  3. 自己を開放する
  4.  第2の目的は、五感を通して体験する事により、自己を開放し、柔軟性、創造性、想像性

    を養うことにある。

    大脳生理学によれば、五感である、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚から入る情報(刺激)の

    バランスが、計画、判断、創造などをつかさどる大脳前頭葉のネットワーク形成に役立つと

    言う。特に触覚経験の不足は、他者との係わりやコミュニケーションの不足を招き、また創

    造力を発揮することも出来ず、決まったパターン思考のみにとらわえる事になりがちである。

    本講座の目的は、決まりきった思考方法から自己を開放し、体験を通して五感を活用するこ

    とで創造力を高め、他者を認め受け入れることが出来る様な心の余裕を持つきっかけを作る

    事にある。特に「触る事、触れる事」に重点をおいて理解する様なプログラムを挿入してあ

    る。

  5. 文化の伝達
  6.  これまでに残ってきた芸術や文化は様々な淘汰を経て来たいわば普遍性を有すると思われ

    ているものである。それをあなた方のやり方で受け止め、次世代に伝えていく事は(否定す

    る事も含めて)、創造的な精神活動のひとつである。それは、同時にあなた方の心の生活も

    豊かにしてくれる事だろう。また、人間は自己を表現したい、自分の思いを誰かに伝えたい

    という欲求を持つものである。本講座を履修した事であなた方もまた、誰かに何かを伝えた

    いと思うであろうし、これだけは誰かに絶対伝えたい、というものが見つかるであろう。そ

    の事があなた方自身を豊かにし、大きく成長させてくれるはずである。

  7. テーマ

   「寛容性〜Tolerance〜」

   武者小路公秀氏は、「日本的な寛容」があるとする。これは「和を持って尊しと為す」や「

   小異を捨てて大同につく」ということであるようだが、toleranceの意味は「小異

   を捨てて大同につく」(周恩来)事にあるのではないかと述べている。それは、小異を捨て

   て、寛容であると言う事は、無原則になってしまい、小異に注意を払わない事から、結局は 

   不寛容になってしまう。あるいは不寛容の火種がいつまでも残ることになるからである。要

   するに、すべてをそのまま受け入れようとするのではなく、「ここが違うのだ」と叫びつつ、

   対話を継続していくプロセスが真の寛容であると解釈される。そうでなければ、必ず隠蔽さ

   れた欲求が蓄積し、爆発する結果になるからである。

   さて、文化には排他性と寛容性がある。今回の授業を通して、その二面性を理解すると共に、

   芸術(音楽や美術、ダンスや演劇など)は、寛容性を養う糸口となる事をも認識していただ

   けれは幸いである。