淀調 古くて暗い英国屋敷 

はい、淀調です。

BS放送の「魔の家」、お知らせくださったNORIさん有難うございます。

ホエール監督、しばらく陽の目を見ませんでしたが「ゴッド&モンスター」でまた一躍有

名になりましたね。「魔の家」もご存知でしょうって、勿論存じませんでしたね。ヴィデ

オも何もなかったんですからね。ぴあの映画年鑑シネクラブにも出てない。それがいきな

りDVDで出て、NHKも放送しましたね。「ゴッド&モンスター」のおかげですね。

ホエール監督よかったですね。番組冒頭にいきなり掲示が出るのね。ボリス・カーロフ

は執事役である、色々反対意見もあるだろうがそれも彼の才能の故である、て。「執事

役」言うたらみんなあのフランケンシュタインみたいな半開きの眼に無表情な

顔つきがぴったりかも知れん、これはホエール監督うまいとこに目えつけたな、

思いますね。違うんですね。道に迷った男女三人組が山の中に家の明かり見つけて突

進しますね、ああ良かった、助かった、言うてドアを叩きますね。ドンドン、ドンドン

、何度も叩いてやっと少し開きますね。さあ、出てくる、カーロフが出てくるぞ、思て

観客はじっとじっと息を詰めて待ちますね。さあ、どうした、ところがあのカーロフ、

顔にひげ生やしてるんですね。ひげもじゃの中から二つの目がぎょろりと覗いてるん

ですが、びっくりそれからがっかりですね。執事が、あのペンギン服着てない、

それでひげ生やしてたらもう執事じゃない、ただの下男にしか見えないんですね。

あのどっか貴族的な臭いもする高貴な怪物がもう単なるただの野獣ですね。その野獣

が口がきけない、あう、あう、うう、うう、しか言えない。観客は「ドラキュラ伯

爵」観てますから、そんな感じでいってくれるか思たらもう裏切られますね。その

モーガンいう「執事」、酒を飲んだら暴れるんですね。暴れたら誰にも止められん、

て屋敷の住人はおびえてるんですね。それまで待つしかないか、と観客はあきら

めるんですね。

カーロフに関して言えば、酒飲んで椅子振り回すところ、ドア破るところ、世話してい

た人間が死んで涙を流すところ、いろいろありますけどこの映画はね、カーロフで

観るもんじゃないんですね。この映画の後、ホラー映画はたくさんたくさんホエ

ール監督から勉強しましたね。嵐から逃げてきた男女がたどり着いて入ってみたら

変な屋敷、そしてこの闖入者と屋敷の住人は全くの別世界の人間、怖い怖い出来事

が立て続けにあって、一夜明けたら全く何事も無かったみたいな、あっけらかん

と明るい朝の幕切れ、変な人間ばかりの中にひとりだけボケた人間、太って無教養

だけど底なしの善人で振られ役入れる取り合わせの妙。

だけど、もっと言ったらこの映画はね、英国の臭いがプンプンなんですね。それも

誰もが憧れるたぐいのプンプンじゃなくて、「ゴッド&モンスター」でホエール

が言う肉汁の臭いなんですね。自分の祖国イギリスを切り刻んだブラック・コメ

ディをホラーの形で出してきてる。その臭いがかぎ分けられるとこの映画はもっと

面白く観られますね。だってね、アメリカはこのときまだ若いでしょう、長くて

古い歴史を持つ英国、ルビッチ監督の「ウインダミア夫人の扇」みたいな綺麗で複雑な

社交界が憧れなんですね。実際、ホエール監督もそういう映画作りました。テムズ川

にかかるウォータルー橋で怒った身分違いの恋、ヴィヴィアン・リーの「哀愁」はね、

このホエール監督の映画のリメイクなんですね。ベティ・デイビスまで出てるこの

映画の方が余程出来がいい、新しいのはヴィヴィアン・リーが出てなかったらただ

のカス、言う人もいるんですね。そういう英国のイメージも利用して、ホエールは

しかしそればっかりじゃない、言うてるのね。電気も来ない自家発電の家、この家に入

ってから家族皆気が狂った、この家は呪われてる、と百歳過ぎたお父さんは言うけれど、

家が悪いんじゃない。信仰信仰と言い立てて若い女に毒づく不器量な年老いた姉の

レベッカ、能面みたいに無表情な次男、サウルという名前の長男は破壊だけが楽しみな

放火魔で長年部屋に閉じ込められたまま、闖入者の方だって奥さんはこんな場合なの

に着替えるわ、と言って出してきたのがサテンの肩も露わなロングドレス、友人の独身

男に「パーティかよ」なんて皮肉られるの。サウルはナイフを投げつけながら旧約聖書

の話をするし、名前や性格、状況を洗い出していくとそれはそのまま英国文学のパロ

ディひいてはイギリス人家族や習慣のパロディになってるのね。

だからホエール監督は実はとっても知的な監督、知的いうことは意地悪と同義語、「ゴ

ッド&モンスター」のホエールそのまま、暗喩だらけでわからない観客を

おちょくって楽しんでるの。だからこれは意外に手ごわい映画でしたね。

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