Brian Eno
Music for Airports
played by bang on a can all-stars

(Point Music,1998) 314 536 847-2




さて、あの『エアポーツ』のアコースティック・カヴァーである。

あらかじめ録音された音素材をテープループにして、それを同時再
生することででき上がったイーノのオリジナル・ヴァージョンだが、
ここではその響きをかなり忠実に生演奏によって再現している。そ
の結果としてまず第一に挙げたいのは、響きがより立体的になった
ことだ。加工された素材がライヴの楽音に取って代わったことの効
果は、想像以上のものだ。
立体的とは、層(layer) が発生することを意味する。レイヤーの重
なり合いは、前後左右のスペースを得ることになり、この結果はオ
リジナル・ヴァージョン以上に音響彫刻・サウンド・インスタレー
ションという言葉にふさわしい。

パーカッション、チェロ、ピアノといったクラシカルな編成で、つ
まりこれは一般の室内楽曲にも聴かれるレイヤーという点では同質
だが、決定的に異なるのは音楽へ向けられたリスナーの視点だろう。
例えば誰の曲でもいい、ピアノ伴奏のヴァイオリン・ソナタなど、
メロディを演奏する楽器を焦点として、聴覚は向けられる。それは
水準以上のオーディオ装置で聴くなら左右のスピーカの中心に位置
するように聴こえてくるので、ほとんど比喩ではなく「視覚的に」
フォーカスを捉える聴き方になるだろう。

ではこのアコースティックな『エアポーツ』はどうか。いうまでも
なくこのアルバムでのイーノの作曲はまさに複数のフォーカス、言
い換えれば、焦点不在の拡散した音像を持つ音楽である。イーノの
ジャケット裏面に描かれたパターンのように、平行に横滑りするフ
レーズの連続。
ひとつのメロディ・ラインを追いかけてサビへ至るプロセスを楽し
むのでもなく、旋律の絡み合いとお互いの模倣を聴くバッハのポリ
フォニーとも異質のものだ。
つまり、前後左右に散った形で定位する各楽器は、誰もがリーダー
であろうとしない。それぞれを、それぞれの聴き方によって前面に
浮き立たせたり混ぜて聴いたり聴かなかったりというのは、音楽自
体に与えられた役割ではなく、リスナーの選択による。

これが新しい音楽の在り方、アンビエントの一大特徴であることは、
何度でも強調しておきたいことだ。

そして、伝統楽器によってもこうしたアンビエント的聴取を可能と
するイーノのアイディアとコンポジションの面白さと、それを実現
したということの両面から、重要なディスクであると思う。それだ
けでなく、美しい響きであることが、いちばんのポイントだけれど。

さてどちらを聴くか、という問いがもしあるなら...
生活空間になじむのは−残念なことでもあるけれど−そこに存在す
るさまざまな音に近しい、一度機械を通した響きによるオリジナル
を、あるいは空間を異化してしまいたい、立体のオブジェを部屋に
置きたいならカヴァーを、というのがひとつの提案かもしれない。
ついでに、<聴く>ということを考えるのなら、両方の聴き比べを。

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