Harold Budd
Agua

(Sine Records,1995) sin003





インプロヴィゼーション・「異稿」


ハロルド・バッドの音楽には、その静けさと緻密なアンサンブルの印象に隠された、控えられた即興性も見い出されることを強く印象付ける、1995年、イタリアでのソロ・ライヴパフォーマンス。自身のピアノ、シンセサイザー、そして過去のアルバムの制作過程で生まれたテープ音源による演奏である。

こうしたライヴ盤は原曲との比較が楽しみのひとつであることから、オリジナル・ヴァージョンを参照する手がかりとなるよう各曲についてメモしてみる。


1 White Archade
同名のアルバム収録トラックのシンセ音源を流し、そこにピアノをライヴ演奏で乗せる。ピアノパートはもちろん、同一のテーマを持ちながらもアルバムとは別の結果を生むことになる。

2 Real Dream os Sails
ピアノソロ・インプロヴィゼーション。『By the Dawn's Early Light』収録の「She Dances by the Light of the Silvery Moon」のパターンにはじまり、やがて変形しながらアルペジオへとなだれていく。短い休止ののち、後半はおそらくアルバム未収録と思われる単旋律のテーマが残響豊かに歌われる。

3 Color
アルバム『The White Archade』全体を覆っていた雰囲気と同質のシンセをバックにピアノソロ。これはアルバムに収録されなかった曲のパーツを使っているのではないか。

4 The Pearl
タイトルは"the Pearl"だが、イーノとのコレボレーション*ではなく『White〜』収録「Coyote」の別ヴァージョン。トラック1と同様の手法での演奏。
*Harold Budd/Brian Eno with Daniel Lanois "the Pearl"

5 Algebra
ブライアン・イーノとの合作『Plateaux of Mirrors』のタイトル曲のピアノ・ソロ。これはイーノのエフェクトを取り去ったことによる、完結性を持ったピアノ曲の姿を見せている。エフェクトによってバッドのピアノが風景の一部へと埋没するありようが美しい−それは和音の存在に気付きにくい、ほとんど単音の旋律に聞こえていた−オリジナルに対して、ピアノが、ここでは離れた音程が平行して動く二重唱の美しさにひかれる。

6 Plateaux
『White〜』収録「Algebra of Darkness」別ヴァージョン。

7 Coyote
これも『White 〜』あるいはむしろその前作『Lovely Thunder』で聴かれるトーンに近い、ダークなシンセによるアンビエンスにピアノ・ソロが乗る。おそらくバッキングは未発表音源。

8 Agua
『White〜』収録「The Kiss」のテーマに始まるピアノ・インプロヴィゼーション。ありていに言えばメドレーということになりそうである。『Plateaux〜』で鳴っていたような弓型のパターンの左手に別の(どこかで確かに聴いた)曲の旋律が鳴る、というように、自身の音楽素材を再配置した趣を持つ。演奏は、言わば再現部のように冒頭の"the Kiss"のテーマが短く回帰して、14分に及ぶこのインプロヴィゼーションをしめくくる。作曲過程がピアノの即興に多くを負っているというバッドの音楽が生まれ、流れ出す瞬間を体験できるトラック。断片的なテーマによる即興であり、フリー・インプロヴィゼーションではない。むしろジャズのスタンダード演奏に近い形で音楽は進行して、繰り返される響きの柔らかな波に、聴き手は包み込まれていく。


注記:このディスクでの各曲のタイトルは、同一音源やテーマのオリジナルとのズレがあり(例えばトラック7"Coyote"のオリジナル音源はトラック4"the Pearl"で現われるなど)、これは単なるミスでなければ、意図あってのことだと思われる。混乱をきたさないよう、オリジナルと比較される際の参考までに付記しておく。




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